01
「クラリス・ルドヴァン、お前はセシリア嬢への度重なる嫌がらせ及び殺人未遂を犯した。これまで婚約者だからと目を瞑っていたが今回の事件は甚だ許されることではない!
よってお前との婚約を破棄し、国外追放を命じる」
煌びやかなダンスホールに響くよく通る声。
皆に飲み物が行き渡りさあこれからパーティー開始の挨拶だというところでいきなりオーネスティ王太子は声高らかに私との婚約破棄を宣言した。
そして、全くもっていわれのない罪で断罪されてしまった。
和やかに始まろうとしていたパーティーが突如罪を暴かれる場と豹変した。
一体、いつ私がそこにいる女を虐めたというのだ。学園では恐れられ腫れ物のように扱われている私に接触してくる阿呆などいなかった。
それはなぜか、私がこの国の筆頭貴族であるルドヴァン公爵家の長女であり王太子の婚約者であったからだ。
それにセシリア嬢なんて知りもしない。王太子の後ろに隠れている彼女がそうだというのならば、その方には今初めてお目にかかりました、と言いたいほど。
”待って!誤解よ!”そう言おうと口を開いたのに言葉は音にならず微かな息が漏れるだけだった。
動揺して言葉が出ないのではない、私は話すことができないのだ。悔しさから唇を噛み締める。
「……ッ!!」
怒りと混乱により動けないでいるうちに腕には魔法制御装置を嵌められ引きずられるようにして会場から追い出された。
外に待っていたのは今にも壊れそうな馬車、いや荷馬車に近い。
ふざけるなと暴れても魔法が使えないんじゃ、ろくな抵抗もできずその荷馬車に押し込まれてしまった。
乗り心地は最悪、かろうじて座席があるだけの馬車は整備されている道路だというのにこれでもかと振動を伝えてくる。
怒りが沸々と湧いてくる。
魔法さえ使えたらこんな馬車から逃げ出すことなんて容易いのに。
あまりにも突拍子もない王太子の発言に自衛する術を持ち合わせていなかった。
手元に嵌められた魔法制御装置を恨めしく睨みつける。
どうしてこんなことになったのだろうか。
確かに私の素行は褒められたものではなかった。気に入らないことがあれば暴れ、なんでも自分の思い通りにいくよう力を持ってねじ伏せていた。
自分には声がないのだから行動で示すのだとでもいうように。
だからといって、見知らぬ令嬢をいじめたり、ましてや殺そうとするほど愚かではない。
そこはまだ理性が働いていたと言っていいはず。
そうよ、なんで私がこんな目に……。
バキッ、バリバリ、ドガンッ!!
急に荷馬車が大きな音を立てて落ちていく。いや、あの轟音は荷馬車の音じゃなくて橋が崩れた音だ。
どうやら随分と酷い道を進んでいたらしい。まるで私にここで死ねとでもいうかのように。
荷馬車の中で身体が跳ねる。あちこちぶつけながら落下していく様子にこれでは助からないのではと不安がよぎる。
こんなオンボロの荷馬車の中で私は死ぬというのか。
どうか夢であって欲しい。
轟音と共に落ちていく感覚も、この手首に嵌められた魔法制御装置も、パーティーも何もかも、夢だったらよかったのに。
何もかも、あの日から何一つとして楽しかったことはない。一体私が何をしたというのだ、やりきれない気持ちが私の心を覆う。
ついに全身へ大きな衝撃が走った。痛い、苦しい、今際の時、思い出すのはあの会場で唯一私の無罪を唱えてくれた義弟。そんな義理なんてないのに、私はあなたに辛くあたったことはあっても優しかったことなど一度もないのに、あの場で一人庇ってくれた。それだけは、ありがたく思ったのだった。
もう少しルイスと向き合っていれば何か変わったのかしら、あの日あなたの小さな手を払いのけることなく包み込んでいたら……。
霞む思考の中、どんどんと身体が重くなるのを感じる。ああ、ここで終わりなのね。
もう一度やり直せたら……。
薄れゆく意識の中、後悔を胸にゆっくりと瞼を閉じた。
ふわりと意識が浮上する。ふかふかのベッドに寝ているようなそんな夢心地。温かくて、どこか懐かしい香り、死後の世界かしら、そんなものがあったのね。
そっと目を開けるとそこは見慣れた天井。私のお部屋みたい。死後の世界は自宅のベッドを再現してくれるのかしら。くすりと笑いながら身体を起こす。
ふと感じる違和感、手が小さい。まるで子供の手のよう。
ベッドから降りて部屋をぐるりと見回す。どこをどう見ても子供の頃の自分の部屋だ。
ふと目に留まった鏡台。そこに映るのは7歳くらいの私。
ずきり、と頭が痛む。
今しがた馬車から落ちたはずなのに、目の前に映っているのは子供の姿をした自分だ。
ここは果たして死後の世界なのだろうか。だとしたらどうして子供の姿になってしまったのだろうか。
私はあの時、確かに死んだのよね?
今でもはっきりと思い出せる身体の痛みに背筋がぞわりと粟立つ。
両腕を抱きしめるようにして嫌な記憶を振り払おうと、鏡の前から離れる。
何が起こっているのかしら。混乱のまま自分の脚元を見つめていたら扉がノックされた。
「クラリスお嬢様、おはようございます。
朝のご支度に伺いました。」
ガチャリと扉が開くとそこには以前私の専属メイドだったアリーが温かいお湯が入った洗面器とタオルを用意して立っていた。
なんとリアルな夢だろうか。
鏡台の前でぼうっと立っていた私のそばにやってきてアリーは言うのだ。
「すでに起きていらっしゃったのですね。
それでは朝のお支度を始めさせていただきます。」
丁寧な手つきで私を椅子へ座るよう促してくれる。そしてやはり目の前の鏡に映るのは幼い頃の私。
アリーはお湯につけたタオルをしっかりと絞り、それを私の顔に当ててきた。ホッとする温かさ。アリーの優しい手つき、どうしよう懐かしいわ。
ずっとこうやって私を大切にお世話してくれていたアリー。
……。
待って、どうして温かいと感じることができるのかしら。
私、死んだのよね?それなのに椅子に座っている感覚もあるしタオルが温かいのもはっきりと伝わってくる。まるで生きているみたいに。
生きているみたいに……?
まさか、そんな……!!
思わず椅子から飛び降り紙とペンを手に取りアリーへと質問する。
『今日は何年何月何日?』
声が出ない私のために用意されていた紙とペン。過去一度も使ったことがなかったけれど置いてある場所は把握していた。
珍しく私がそれを使用したことにアリーは驚きながらも柔らかい声で答えてくれる。
「帝国暦756年4月23日ですよ」
ルイスがやってくる一週間前だ。




