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さよならを言うのは -義妹と過ごす5年間の軌跡-  作者: 枕元


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10/22

そういう話

 「それじゃあ、改めて色々とルールを決めるぞ」


 買い物から帰宅して、作った夕食を一緒に食べた俺と橙子は、ソファに横並びに座って話し始める。


 決めるのは家事の分担だとか、守って欲しいことだとか、あとは女の子特有の生理現象の部分だったりだ。


 「基本的に家事は分担な。炊事は俺。その代わり皿洗いは橙子。まぁこの辺はお互い手伝いながらって感じかな。この辺は今まで通りだな」


 今までも食事は俺が作って、皿洗いは橙子が自発的に取り組んでくれていた。なのでその部分は明確に役割っていうよりは、一緒にやろうなって感じだ。


 「掃除はそれぞれが自分の部屋を綺麗にすること。この部屋は橙子も使うだろうし、気になるところがあったら都度手伝ってくれ」

 「うん」


 特に異論はないようで、素直に頷く橙子。


 「ゴミ出しは朝家を出る時にだな。ゴミ捨て場もすぐそこだし、出し忘れがないようにだけ気をつけよう」


 と、ここまでは今まで通りのことでほとんど変わりはない。


 ここからは認識を合わせるための確認だ。


 「まずはお小遣いの話だな」

 

 俺はお小遣いとして、月5千円を橙子に渡している。だけどその5千円で何でもかんでも賄ってもらおうと思っていたわけではない。


 「別に服とか、必要なものはお小遣いとは別で買ってあげるから。そりゃ無制限とは言えないけど、その辺は分かってるみたいだし、ちゃんと言ってほしい」

 「わかった……けど」


 ここで初めて橙子の表情が曇る。大体言いたいことは想像がついているのだが。


 「その必要なものの範囲がわからないんだもん。だからって、聞くのはその、ねだってるみたいでやだもん」

 「ま、言いたいことはわかるけどな」


 遠慮だとかそう言う話ではないのだ。彼女にとってそこには、譲れない一線があるのだろう。


 それはきっと、自身が俺にとって重荷であることを理解しているから。自分が養われていると言う自覚があるからだろう。


 そして我が家の家計が、決して裕福でないこともわかっている。我儘を言える立場ではないと理解している。そう思わせたのは、きっとあの日の舌打ちだ。


 まずはそこの認識を改めたい。


 そこで思い返してみるとだ。俺たちがある意味で一番、意思疎通がとれていたのはいつだっただろうか。


 それはきっと、再開したあの日だ。


 「はっきり言うよ。俺の収入は決して高くない」

 「……」


 ぶっちゃけた俺の発言に、言えることがない橙子。困った顔をしているが、俺は構わず続ける。


 「だけどな。生活を切り詰めるほど、貧乏ってわけでもないからな」

 

 家を出て働き始めて今年で6年目になる。それまでの間、俺はほとんど金を使っていない。


 3食自炊をしていたし、趣味もこれと言ったものはなし。たまに気になったタイトルの小説を手に取るだけで、収入のほとんどは貯金となっていた。


 だから正直、金はそこそこある。もちろんそれは、過酷な労働環境でなく、親方たちが生活の面倒を見てくれていたおかげなのは間違いないのだが。


 ともかくだ。俺と橙子が程々の生活を送る金はあるし、高校だって通わせてやれる。過度な贅沢ができないだけで、たまに出費が嵩むくらいは許容範囲だ。


 「だからまずは、わからなかったら聞いて欲しい。ダメならダメって言うし、いいと思ったものはちゃんと買ってやる。それを聞かれて、俺が橙子に悪い感情を持つことは絶対にないから安心してくれ」

 「それは……うん。わかった」


 一応伝わったのだろうか。一瞬不服そうな表情をしたように見えたが、それを指摘する前に橙子が切り出した。


 「じゃあ、今聞く。今度の修学旅行に行くのに、その、リュックが欲しい」

 「ん、リュックね」

 

 なるほどな。確かにそれは必要だろうし、修学旅行以降も使う機会はあるだろう。その上で、お小遣いの中から買うのには確かに少し高いものだ。


 「いいよ。じゃあ、今度服を買いに行くとき一緒に買おうか」

 「うん。その、ありがと」


 こんな感じのやりとりを普段からできれば、すれ違いも減っていくだろう。


 だけど問題は、このやりとりがしづらい要素だ。


 「橙子。今から少し踏み入った話をするから、もし嫌だと感じたらすぐに言ってほしい。正直嫌なのが普通だと思うから、遠慮はするなよ?」

 「え、う、うん。わかった」


 急に剣幕の変わった俺にたじろぐ橙子。まずい、少し態度を改めすぎたか?


 とはいえ、大事な話であるのは間違いない。避けては通れない議題なのだ。


 「その、いわゆる女の子の日とか、そう言うのにかかるお金とか、そういう話なんだが」

 「えっ……」


 話題を聞いた途端、橙子の表情が青くなった。まずい。


 「ごめん。本当にごめん。その、すごく嫌」


 今まで見たことのない反応。悲しいとか辛いとかでない、明らかな嫌悪感。この様子じゃ、このまま話を続けるのは無理だな。


 「オーケー。この話は一旦やめようか」

 「あ……その、嫌っていうのは……!」


 話を切り上げた俺に対して、どこかハッとしたような表情を見せる橙子。


 ある程度覚悟はしていたが、ここまでの拒絶は正直想定以上だ。とはいえ決しておかしな反応でないことは理解しているし、嫌悪感に対しそれを許す許さないのは話ではないのだから、そこはきちんと理解してもらおう。


 「わかってるよ。この話はまた今度な。別に普通の反応だと思う。本当の本当の本当に怒ったりしてないから気にすんな」

 「うん……。その、本当にごめん。あと、ありがとう」


 デリカシーが無いとか、そういう風には思われてないようで一応安心だ。思われたとてどうしようもないのだが。


 「今日はそんなところだな。俺は風呂に入るから、遅くならないうちに寝ろよ」

 「うん。わかった」


 強引に話題を切り上げて、俺は部屋を出た。この二日間で色々と進展はあったし、踏み込みにくい話題だって、今なら相談する相手もいる。変に焦ることはない。


 とりあえずは、橙子とのすれ違いを減らしていくのが当面の目標だな。




ーーーー



 「……キモい」


 そう思ったのは、デリケートな話を持ち出されたからではない。


 信也があまりにも、自分に無頓着に感じたから。


 拒絶してしまったとはいえ、それが信也にとって必要な確認で、決して無神経に話を切り出された訳でもないのは重々承知している。


 だけどどうしても嫌だと感じてしまった。信也が嫌いだからとかそういう理由ではなく、言語化が難しく自分自身でさえ確かな理由はわからない。


 でも今は、少なくとも今日はまだ、そういう話を信也とはしたくなかった。


 まぁ、それはいいのだ。よくはないけど、信也も配慮してくれたし、怒ってないっていうのも本当だろうから。


 今度はちゃんと、私から話をしよう。きっと信也からは、とても切り出しづらいだろうから。


 問題はそこではない。この生活の根本の部分。


 (なにが、生活を切り詰めるほど、貧乏ってわけでもないよ)


 嘘は言っていないんだろう。いつも自炊をしてたり、贅沢をしている印象はないけど、実際無理な節約生活を送っているわけでもない。私を高校に通わせてくれるお金があるのも、きっと強がりじゃなくて本当のことだと思う。


 (でもそれは、本来信也のお金じゃん)


 私が金額を気にしたりするのは、余裕があるとかないとか、そう言う話じゃないんだよ。それを信也は分かってないない。


 本来私はここにいなくて、そのお金は全て信也が使えるものだったはずなのだ。


 負担になっている自覚はあるし、高校進学にかかるお金を軽んじているつもりはない。だけどそこはもう割り切っている。私はもう、信也に頼り切るって決めたんだから。


 私は私の人生のために、信也の人生に介入している。


 だからふと思う。私がいなかったら、信也は今頃どうしてたんだろうって。


 信也は何にだってなれたかもしれないし、その可能性を私が狭めたっていう自覚がある。私のせいでやりたかったことができなくなって、目に見えない以上の迷惑をかけてるんじゃないかって。


 その自覚があって、その上で信也に養ってもらうと決めた。


 だけど、だけどだ。


 当の本人は、そんなことを全く気にする素振りも見せない。決めつけるのはいけないかもしれないけど、きっとそんなこと、考えもしていないのだろう。


 自意識過剰でなければ、既に信也の生活は私を中心に回っている。その事実に嬉しさを感じながらも、形容しづらいもどかしさを覚える。


 もっと自分を大切にしてなんて、私の立場では絶対に言えないけれど。


 だからこれは遠慮なんかじゃない。私がするべき配慮だ。


 今後も迷惑をかけ続けるのは確定しているのだ。お金面は確定としても、多分いろんなところで私は信也に迷惑をかけるのだろう。


 だからせめて、私は信也にとっての「いい子」でいたい。


 遠慮するつもりはないけど、無遠慮とは思われたくない。好かれなくてもいい。だけど絶対に絶対に嫌われたくない。


 信也の優しさを享受しようとも、その優しさに溺れないようにしたい。ちゃんと自分の足で立って、信也の横を歩いていきたい。


 (まずは先生に相談しよう。できればまひるとまひるママにも)


 まずは今日拒絶してしまった話題を解決したい。だけど信也とはそう言う話は絶対にしたくない。本当に申し訳ないけど、どうしても嫌だ。


 (好かれなくてもいいは、嘘か)


 誰に聞こえるわけもない指摘をして、私は部屋に戻った。


 朝起きて、おはようと言って、いただきますとごちそうさま。そして行ってらっしゃいと行ってきます。


 習慣となったそのやりとりを楽しみにしているのが、私だけじゃなきゃいいな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。まだ読む途中ですが、メイン二人の感情が年相応のものをすごく上手に描いているところがいいと思いました。自分は普段じれじれ系の話をあまり好きではないけれど、この作品を読んでいると「…
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