動き出した悪意
私はきっと、気を抜いていたのだろう。
〈心配してくれてありがとう、ミリアム。僕もみんなも全員無事だよ。武器も船に積み込む前に気付いて、今は母さんが張り切ってるから安心して〉
アレクシアから届いた連絡に、ラッセから私に宛てた一言が書き添えられていたから。
このことが、彼らを死と言う最悪の未来から救えたのだと私を大きく安堵させ、一仕事終えた達成感と開放感にも似たその感覚が、私に勘違いさせたのだ。
ラッセ達の危機が去ったならもう大丈夫、何も心配いらない。私の身の安全だって、いつだって誰よりも守られているのだから危険なことなんて起こるわけがない、と。
決して、そんなことはなかったのに――
◇
ウゥスの店を訪れてからの私は、思いの外気持ちが軽くなったお陰で、不安に苛まれながらただアレクシアからの連絡を待つようなことにならずに済んでいた。
もしかすると、それに加えてレナートがそばにいてくれたことも大きな要因だろうか。レナートは私が再び不安に襲われないよう、極力共に過ごす時間を作ってくれたのだ。
降り続く雨に屋敷で過ごさざるを得なかった間は勿論のこと、雨が上がってからはレイラ達と一緒に森へ散策に連れ出してくれたり、街へ出掛ける代わりにレナート専用の焙煎小屋で珈琲を淹れてくれたり。王都への帰路とはまた違う形でレナートと多くの時間を穏やかな気持ちで過ごし、私が不安を感じる瞬間は明らかに減っていたのだ。
アレクシアからの連絡が思いがけない早さで届いてからは、レナートは王城へ戻ってしまったけれど、それでも三日に一度は屋敷へ帰宅して私のことを気に掛けてくれている。
今日も、前日の夜に帰ってきたレナートは私がジェニスの店の手伝いをすると知って、わざわざ私を店まで送り届けてから城へと向かっていった。護衛のオロフからは「愛されてるッスねぇ、お嬢」などと揶揄われたけれど、レナートがここまでしてくれる理由は、家族だからと言うだけでないことは私も理解している。
今のところ私が新たな未来を視ることがないのも、未来視の力が暴走してしまうようなことが起こっていないのも、レナートが私の不安を取り除こうと常に私を気に掛けて行動してくれたお陰だ。
フィンの手綱を繰って遠ざかっていくレナートの後ろ姿を感謝の思いを込めて見つめ、私は今日も店を手伝うべく気合を入れて店の扉を潜る。
――筈、だったのだけれど。
開店の準備をしていたサーラ達に挨拶をした私は、店の手伝いもそこそこに、何故かマダム・アンによって二階にある作業部屋へと連れらてしまったのだ。そしてそこに、室内を埋め尽くさんばかりに並んでいる仮縫い状態の服を着せられた十台以上の人台を目にして、嫌な予感が私の全身を駆けた。
「マダム・アン……あの、これは?」
驚きなのか呆れなのか、私の背後でオロフの口から「ひょえー」とおかしな声が漏れるのを聞きながら、私はぎこちない笑みでマダム・アンの背中に問いかける。
「オロフ。お前さん、何普通に入って来ようとしているんだい。私が用があるのはミリアムだけだよ」
「分かってるッスよ、マダム。俺はただ、護衛としてお嬢のいる場所の確認をしようと思っただけで……」
「そんなこと言って覗く気じゃあないだろうね?」
「するわけないじゃないッスか! んなことやったら、レナートの兄さんに殺されますって!」
とんでもないと、オロフが激しく手を振って否定する。振り返ったマダム・アンは必死なオロフの姿には片眉も動かさず、そんなことより、と何事もなかったように話を続けた。
「今日は注文した生地が届く日でね。しばらくミリアムはこの部屋にいるから暇だろう、オロフ。ベルタには伝えてあるから、頼んだよ」
「えぇっ!? ちょっ、俺はお嬢の護衛なんスけど!?」
「今この店には男手が足りないんだ。つべこべ言うんじゃないよ!」
有無を言わせない強い一言と共に私の鼻先に腕が伸び、その勢いのまま作業部屋の扉が閉まる。
そんなぁ、とオロフの情けない声が扉の向こうから聞こえてきたけれど、マダム・アンの表情は変わらないまま。それどころか、ふんと鼻を鳴らして扉に背を向け、オロフの存在を完全に無視してしまった。
「もー。いくらジェニスさんがいないからって、マダムは俺のこと便利に使いすぎじゃないッスか?」
オロフの零す不平にも最早マダム・アンは反応せずに、並ぶ服を前に早速何やら作業に入ってしまっている。もっとも、これは決してマダム・アンの機嫌が悪いわけでもオロフのことを嫌っているわけでもなく、ただただ彼女の通常なのだ。
私の護衛としてこの店に通うようになったオロフもマダムのこの当たりの強さにはすっかり慣れたようで、不平を口にはしても本気ではない。けれど、私にとっては久々のやり取りに、何だかオロフが不憫に思えて小さく苦笑した。
「お嬢ー、何かあったらすぐ俺に声掛けてくださいね」
「分かりました、オロフさん」
私がすぐに返事を返せば、扉の向こうからは大人しく階下へと向かっていくオロフの足音が聞こえてくる。やがてその音が聞こえなくなると、やっと静かになったとばかりにマダム・アンが私を手招いた。
「これはアレックスから受けた注文の品でね。お前さんが東の国境から帰って来たらすぐに見せるつもりだったものだよ」
「アレックスさんが? また、こんなにたくさん……」
ずらりと並べられた服達は、全てこれから先の季節に合わせたもののようだった。どの服にも厚手の生地が使われて、実に暖かそうだ。一番奥には、どうやら毛皮の外套まであるような気がする。見るからに値が張るそれを見なかった振りをして、私はそっと視線を逸らした。
それでも、服の居並ぶ威圧感は嫌でも私に考えさせた。アレクシアは、たかが服だけに一体どれだけの額を使ったのだろうか、と。そして、直後にこれは服だけに限らないぞと私の直感が告げて、思わずくらりと眩暈を感じてしまう。
そんな私の心中を知らぬ様子で、マダムの説明は淡々と続く。
「それなのに、注文を受けたジェニスは護衛の仕事に行ってしまって、私が全部やる羽目になってしまったのさ。おまけに注文主のアレックスまで急用で王都を出て行ってしまったと言うじゃないか。お陰で、服の細部を決められないままでね」
まったく邪魔で仕方がないとぼやいたマダムの視線が、脇の作業台に落ちる。そこには、注文書だろうか、紙の束が複数見えた。
マダム・アンが言うには、毎年今頃は祝祭に向けた注文が入って来る時期なのだとか。今年は特に、イェルドとキリアンの婚約が発表されたことで祝祭は例年以上に盛り上がることが予想される為、注文数は現時点で既に例年を超えているそうだ。それなのに、人手が全く足りていない。その為、本来であれば私の帰都に合わせて全ての注文の仮縫いを終わらせる予定が、随分と遅れてしまったのだそうだ。
「だからね。せっかく店を手伝いに来てくれたミリアムには悪いが、今日はこっちに付き合ってもらうよ!」
まずは、とばかりに櫛と髪紐を手にしたマダム・アンの瞳が鋭く光り、その有無を言わさぬ迫力を前に、私は「はい」と大人しく返事をするしかなかったのだった。
*
邪魔になってしまうからと髪を結われ、リーテの雫の入った小瓶も首から外し、大人しくマダム・アンに服を着せられて鏡の前に立たされる。
相変わらず身長に変化のない私の体は以前採寸してもらった時ともまるで変わりがないようで、仮縫い段階なのに手直しの必要がないほどに服の寸法はぴったりだ。マダム・アンにしてみれば手間がかからなくて助かることだろうけれど、私にとっては正直全く喜べない事実である。
即座に浮かんだライサの大人びた姿を打ち消して、私は鏡の中の自分からわずかに視線だけを逸らす。けれど、私の感情は浮かない表情となってはっきり顔に表れてしまっていたのだろう。鏡越しに視線の合ったマダム・アンの手が、私の背中を優しく叩いた。
「気にしているのかい?」
「えっ、と……」
「気にすることはないさ、ミリアム。体の成長なんてものは人それぞれだよ。ライサの奴はちょいとばかりそいつが一気に来ちまって、化け物みたいに早いだけさね。お前さんにもちゃあんとその時は来るよ」
再度、私を励ますようにマダム・アンの手が背中を軽く叩く。その気遣いと手の温かさ、表情から悩みを言い当てられた恥ずかしさに、私は「はい」と小さく返すので精一杯だった。
「それに、この服はお前さんの背がいつ伸びてもいいようにちゃんと考えて作ってあるんだから、お前さんは今を楽しみな!」
切れ長の瞳が笑い、先ほどよりも強めに背を叩かれて私が思わず息を詰まらせると、マダム・アンはこれで話はお終いとばかりにぱんと手を打ち鳴らした。
それから、どれほどの時間が経っただろう。休憩を挟みつつ順調に試着を繰り返してそれぞれの服の細部を決めていき、残りが数着となった頃――俄に階下が騒がしくなった。
私とマダム・アンは手を止めて顔を見合わせ、同時に扉へと視線を向ける。
「何かあったんでしょうか?」
「おかしな客は入って来ない筈だけどね」
マダム・アンの言うおかしな客とは、言うまでもなく泉の乙女を求める人間のことを指している。
実は、ウゥスの店での一件があってから、似たようなことが起こることを心配したウゥスが、私が時々手伝いに出向くジェニスの店にとお守りを作ってくれたのだ。
因みに、このお守りは普段「お守り」と聞いて想像するものとは全く異なり、小さな犬に似た木彫りの置物の形をしていた。お陰で、店内に置いてもさほど目立つことも違和感もなく、ウゥスの指示でお守りの効果がより発揮されるよう、店の扉を挟む形で一体ずつ向かい合うように窓辺に飾られている。
なお、このお守りには前述のおかしな人間を寄せ付けない効果の他にも、サーラの一件を案じてか邪な考えを抱く者も寄せ付けない効果もあるそうで、お守りを飾り始めてからはジェニスのいない間を狙った迷惑客がぴたりと止んだとか。
これほど確かな効果を発揮するお守りがあるこの店で、それでも騒ぎが起こっているとは。
「ミリアムはこれに着替えておいで」
只事ではない雰囲気を感じ取ったマダム・アンは手早く私に着せた服を脱がせると、代わりに手近の椅子に掛けられた服を手に取った。それは、私が休憩の際に自分の服を着ようとしたのを止められて手渡されたワンピースだった。
一時的に着ることを想定して作られたワンピースは、脱ぎ着がしやすいように頭から被るだけで着られる簡素な作りになっている。
私はありがたくワンピースを受け取って着替えると、先に部屋を出たマダム・アンを追いかけて階下へと急いだ。サーラとベルタ、それにオロフと聞き覚えのない男性の声が、階段を降りる毎に大きくなる。
「一体、どうしたんだい」
そこにマダム・アンの力強い声が加わり、室内がやや静まった。
マダム・アンに遅れて店内へと戻った私が目にしたのは、店の出入口に疲れた様子で座り込む中年の男性と顔を青くして立ち尽くすサーラ、そのサーラを心配そうに気にかけつつも男性を支えるオロフ、そして、男性に水を差し出すベルタの姿だった。
「マダム、どうしよう! 私っ、私の所為で……っ!」
マダム・アンの姿を見るや、真っ先に動いたのはサーラだった。マダム・アンに縋り付き、今にも泣きそうに顔を歪めている。
「落ち着きな。何があったのか話してごらん」
「おかっ、お母さんが、襲われたって……っ!」
それだけを絞り出すように口にしたサーラは次の瞬間には泣き出してしまい、続く言葉は嗚咽に消えてしまった。そんなサーラを優しく抱き留めながら、説明を求めてマダム・アンが残る三人へと顔を向ける。
私もサーラに駆け寄って震える背を抱きながら、自身の体を走った動揺を隠すように、三人それぞれが口にする話を聞き逃すまいと意識を集中させた。
三人の話をまとめると、近所に買い物に出ていたサーラの母親が、突然見ず知らずの若い男に殴りかかられた、とのこと。男は、一時はサーラの母親に馬乗りになるほどだったとのことだけれど、人の往来のある通りでの凶行に目撃者は多く、すぐさま複数の男性が止めに入ったそうだ。お陰で、男は更なる暴力をサーラの母親に振るうことなくその場を逃走。ただ、男性達が男を逃がすまいと追いかけたものの、残念ながら取り逃がしてしまったのだと。
そして、店の入口に座り込む男性は暴行犯を追いかけていた内の一人であり、サーラの近所に住む顔見知りでもあった。彼は男が王都の中心街の方向へと逃走したことから、サーラの身を案じて知らせに来てくれたのだ。
現在、サーラの母親の正確な容体は不明。男が手に瓶を持って殴りかかっていた為、出血があることは確かだそうだ。その為、男性は急ぎサーラを連れて母親の元へ戻ると言う。
ところが――
「途中で、足を挫いてしまってなぁ。俺も年を取っちまったよ……」
「歩けはするけど、一人では危なっかしそうなんだよ」
「……なんてことだい」
襲撃されるかもしれない少女と足を負傷した中年の男性では、万が一襲撃犯に出会してしまえば二人揃って餌食になってしまいかねない。勿論、サーラを一人で帰すなど論外だ。
状況を理解したところで全員の視線が自然と向かったのは、オロフだった。
「ま、待ってくれよ!」
ジェニスがいない今、この場で頼れるのは兵士としてフェルディーン家で働くオロフだけだ。オロフは皆が言いたいことを即座に理解して、それは駄目だと慌てて首を振る。けれど、その表情が苦渋に満ちていることを本人は気付いているだろうか。
オロフにそんな顔をさせたのは、間違いなくサーラが口にした「私の所為で」の一言だ。その言葉が指し示すのは、ここ最近サーラが感じると言う視線であることは言うまでもない。
正体不明の視線の主がとうとう牙を剥いた――それも、サーラ本人ではなくその周りの家族に対して。恐れていたことが予想外の、しかも最悪の形で起こったことに最も衝撃を受けているのは、もしかしたら兵士であるオロフかもしれない。
誰もが口を開けずにいる中、私は皆の気持ちを代弁するようにオロフの名を口にした。
「オロフさん」
「だ、駄目ッスよ、お嬢! 俺はお嬢の護衛としてここにいるんスからっ」
「だったら、私も一緒に――」
「余計駄目ッス! 若旦那にも言われたでしょう。アレックス様とだって約束してるッスよね?」
「でもっ」
私の口をついて出たのは、咄嗟の否定。けれど、それに続く言葉の持ち合わせは私にはなかった。
オロフの言うことは正しい。間違っていない。この場にいる誰より冷静に物事を考えてもいる。年長者であるマダム・アンだってそのことを分かっているから、私達の会話に割って入ることがないのだ。それでも、感情がその正しさを飲み込めないからこそ、皆の視線がオロフに向いている。
何より、サーラの母親の怪我が軽傷であればいいけれど、命に関わるような重傷だった場合、こんなところで悠長に対応を考えている暇などないのだ。
こんなことが起こるのならば、視てしまった未来を恐れて再び未来視の力が発現しないことに安堵するのではなく、力を使いこなせるように努力をするんだった。そうすれば、もしかしたら今回の事態を防ぐことができたかもしれない。
肝心な時に役に立たないどころか自分の存在が足を引っ張っていることに、私は唇を噛み締めた。
「と……とにかく! 今、俺らにできるのは警備兵団に通報することと、事情を話してサーラを母親の元まで送ってもらうことッス!」
「そんな……っ! ねぇ、オロフお願いっ」
誰より正しい判断を下したオロフに待ったをかけたのは、それまで泣いていたサーラだった。まだ涙が頬を伝ってはいたけれど、先ほどよりは幾分落ち着いた様子のサーラはマダム・アンの胸から顔を上げ、絶望に似た感情の浮かぶ顔をオロフに向けていた。
待ってなどいられない。この場でじっとなんてしていられない。兵団に話す時間なんてない。今すぐ母の元へ。
サーラの横顔は必死にオロフにそう訴え、彼女の表情を正面から受け止めたオロフは苦しそうに顔を歪めて言葉を詰まらせた。オロフだって、本心ではすぐにでもサーラを連れて彼女の母の元へ駆けつけたいと思っているのだ。恋人を、その親を心配しないわけがない。
「途中まででもいいのっ、家のある地区まででいいから、私と一緒に……っ」
「サーラ……」
オロフの握り締めた拳が、微かに震えている。その様子を目にした私は、自然とその言葉を口にしていた。
「行ってください、オロフさん」
「お嬢! だからそれは――」
「分かっています! オロフさんがサーラを送って戻って来るまで、私はお店から一歩も出ませんから。悪意のある人なら、ウゥスさんのお守りが守ってくれますよね?」
「そ、れは……」
私の言葉に、オロフの瞳がわずかに揺れる。自分の判断が間違っていると自覚していても、私はオロフの見せた隙を逃すつもりはなかった。
だって、サーラの大切な家族が大怪我をしたかもしれないのだ。しかも、その怪我の原因が自分にあるかもしれないとなれば、居ても立っても居られないのは当然。心配ですぐに駆け付けたい気持ちは、私には痛いほど分かる。
一瞬、真っ白な顔を血に濡らして土砂の中に倒れ伏したレナートの姿が脳裏を過り、私は両手を握り締めた。
サーラに、私と同じ思いをしてほしくはない。
「じゃあ、オロフさんは私の護衛に集中できるんですか?」
このままでは、サーラはきっと制止を振り切って一人でも母の元へと行くだろう。どこに母親の襲撃犯がいるかも分からない街中を、もしかしたら次はサーラを狙ってこの近辺に潜伏しているかもしれない相手に姿を晒す危険を冒して。それを見送って、恐らく危険なことなど起こらないこの店に留まり、オロフは私の護衛と言う仕事を十全に全うできると言うのだろうか。
オロフにとって、サーラはとても大切な相手だ。たかが仕事の護衛対象である私のことを最優先に考えて行動するなんて、本来はそうするのが正しいと頭では分かっても、きっと難しいに違いない。それでは、仕事に集中することだってできっこない。
迷いの中にいるだろうオロフを真っ直ぐに見つめれば、オロフは更に瞳を揺らし、私から逃れるように視線を落とす。
ほんの少しの沈黙が店内に落ち――次に言葉を発したのは、意外にもマダム・アンだった。
「……仕方がないね。ちょいと早いが、昼の休憩にするよ! ベルタ、悪いけど表に看板を掛けたら、この地区の兵団の詰所まで行ってきておくれ」
「ちょっと、伯母さん」
驚くベルタに、マダム・アンはやれやれと首を振って、犬を追い払うようにオロフに手を振った。
「もたもたしてないで早くお行き!」
「マダム!?」
「店を閉めてしまえば、危険も減るってもんだろう」
「いや、で――」
「――ただし! サーラを送ったらすぐに戻って来ること。これが条件だよ」
「ああっ! ありがとうマダム・アン!」
サーラがマダム・アンに抱き着き、すぐにオロフを振り返る。オロフはまだ迷いを残しているようだったけれど、サーラへの思いが勝ったのだろう。申し訳なさそうに私を見上げて、お嬢、と呼んだ。
「俺が戻って来るまで、絶対に店の外に出ないでくださいね? 絶対ッスからね!?」
「大丈夫です。分かっています」
私の返事に頷くとオロフは今度こそ迷いを振り切り、サーラの手を取って急いで店を出て行った。その姿を見送って、次に動いたのはベルタだ。彼女は店の扉に休憩中を知らせる看板を掛けると、座り込む男性に手を貸して私達へと振り返る。
「伯母さん。私は詰所に行くついでに、この人をお医者に連れて行くよ」
「こりゃ、すまないなぁ」
男性は騒がせて申し訳なかった、ありがとうと私達へ会釈をし、ベルタに支えられながら店を後にした。




