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第三話 嵐とカツサンド

 ネームプレートの文字、そして赤く輝くペン。もしそれらが見間違いでなければ彼女は──


「以上でご注文はよろしいでしょうか?」


 その声で現実に引き戻される。


「あの……」


 つい呼び止めてしまった。何を言えばいいか分からず焦る。


「どうされましたか?」


 結希は一瞬戸惑うが微笑みを崩さずに応じた。


「俺のこと、覚えてる……?」


 ぎこちない声だったと思う。


 彼女は首を傾げて俺をまじまじ見る。始めは怪訝そうな顔であったが、しばらくするとはっとして頷いた。


「えっ、お前ら知り合いだったの?」


 置き去りになっていた啓介が口を開く。


「あっ、いや」


 どう説明すればいいか分からず俺は困惑する。


「なんと言うか、その……お、幼馴染み?みたいな感じかな……?」


 結希は不安そうな顔でこちらを伺ってくる。


「あっ……! そ、そうなんですね」


 おそらく啓介は彼女が結希であることに気づいたが、知らないふりをして話を合わせてくれる。互いに気まずくなり、困っていたところを啓介に助けられた。


「せっかく会ったんだから話して来いよ!」


 啓介はウィンクをして俺の背中を押してくる。こいつはまた余計なことを。


「そうですね……じゃああともう少しで休憩なので食べて待っていてください」


 結希はそう言って奥に戻る。しばらくして、俺と啓介が頼んだカツサンドを運んできた。


「それじゃ……またね」


 結希はカツサンドを置いたあと、俺に小さく手を振ってまた奥に戻る。結希が完全にいなくなったのを見届けて啓介が俺に耳打ちした。


「お前の幼馴染みめちゃくちゃ可愛いじゃん」


 啓介は俺をニヤニヤ見てくる。


「急にそういうこと言うなよ、さっきも余計なこと言うし……」


 先ほどの不満を啓介にぶつける。


「余計なこと……? 何いってんだ、どう考えたってこれはお前と結希ちゃんが仲良くなるチャンスだろうがよ」


 啓介は俺の肩をツンツンとつつく。


「まぁ、確かにそうだよな……悪く言ってごめん、ありがと」


 さっきは焦ったが実際に結希と話すきっかけができた。それにこの後の予定をないがしろにしてまでの行為だ。やはりこいつはいいヤツなのかもしれない。


「いいってことよ、とりあえず食べようぜ」


そう言って啓介は目の前のカツサンドにかぶりつく。


──


「やー、おいしかった。ご馳走様!」


 啓介はとても満足した様子で上機嫌だ。


「そう言ってもらって嬉しいです。ここは私の祖父が経営しているお店でこの場所がとても好きなんです」


 結希が食器を片付けながら嬉しそうに言う。


「じゃあバイトしてるのはそういうわけか」


「夏休みの間だけですけどね、ちょっと食器を片付けてきます」

 

 結希はそう言って食器を奥に持っていった。


「おし、じゃあ満足したし帰るか!」


 啓介は結希がいなくなった瞬間に立ち上がる。


「帰るって、この後の予定は──」


「俺の分も払っといてくれ、あとは二人で頑張れよ!」


 啓介は自分の分のお金をテーブルに置き、店から出ていってしまった。


「…………」


「あれ、入谷君はどうしたの?」


 結希は立ち尽くす俺の顔を覗き込んで聞いてくる。


「か、帰った……」


 それを聞き結希は驚き、頓狂な声をあげる。


「なんか……嵐のような人だったね」


「そうだな……」


 啓介がいなくなってしまい、話すことが無くなる。空調の音が嫌なほどに聞こえて気まずい時間が流れる。


「あ、あのさっ」


「……ん!?な、何……?」


 結希は俺の声にビクッと驚く。


「なんか、その……接客とかすごく様になってた……」


 とりあえず思ったことをそのまま言ってみる。


「……! 恥ずかしい……からあんまりそういうこと言わないで……」


 結希は自分の姿を確認した後、顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。


 再び沈黙が続き、互いに目を反らし始める。時計の秒針の音が沈黙をより感じさせた。


「あの……そう言えば言わなきゃいけないことがあって」


 先に沈黙を破ったのは結希だった。


「う、うん」


 何を言われるのかが気になってそわそわする。


「その……い、色々あって夏休み明けから日高高校に通うことになったの……!」


「えっ……」


 棚見って俺と啓介が通ってる所じゃ……


「だから……! 家族で前の家に戻って来たの」


「前の家って俺の家の隣のとこだよな……?」


 八年間空っぽだった結希の家が脳裏に浮かぶ。


「うん……」


 結希が小さく頷く。


 ちょっと待ってくれ、展開が早すぎて思考が追いつかない。あの家に結希がまたいるだけじゃなく、同じ高校に通えるなんてことがあっていいのだろうか。


「じゃ……よ、よろしく……!」


 結希はそう言い放って小走りで奥に戻って行ってしまった。


──


「お会計は1720円でございます……」


 結希はどこかよそよそしい様子で会計をする。さっきので今日はもう顔を合わせることはないと思っていたから互いに気まずい。


 お金を払い帰ろうとしたその時、ふと結希に最後返事をしていないことを思い出す。俺は帰りかけた身体を結希の方に向け、


「その、こちらこそよろしく……!」


と言って慌ただしく店を出た。


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