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幕 2

「ごめんなさいね、みんな」

「レティは悪くない」


 いまだ少しばかり鼻をすするレティシアが、ようやく落ち着いたところでマイクロンたちに謝った。

 横にピタリとくっつくグレン・ロヴがすぐにそれを台無しにする。


「うん、まあ別にそれはいいよいいよ」


 過去に飛ばされたとうい話の説明を一通り受けたマイクロンは、それならば彼女のその号泣も無理はないと思った。

 自分がその立場でも我慢できないだろう。


「じゃあ、五年ぶりの再会になるのか、ゆっくり甘えたらいいじゃん。ベインからなら馬を飛ばしてもあと三日はかかりそう?」

「そうだな。とりあえず、今からサイガスト公爵家へレティの無事を伝えておこう。伯爵には公爵家から伝えてもらうことにする。飛ばし過ぎて事故を起こしても困るからな」


 そう言って、レティシアの頭をぽんっと軽くたたくと、グレン・ロヴは早速魔法で公爵家へ連絡をとった。


 その姿を見ていると、ようやくここへ帰ってきたのだなと、レティシアは実感した。

 そして同時にこのところの怒涛の日々に思わず大きく息が漏れた。


 ミラベルの思い付きのような魔王召喚に付き合わされ、しかもその魔王の屋敷で働くことになるとは思っても見なかった。

 その上魔獣のブランとも仲良くなるだなんて、誰が想像できようか。


 更には疑似魔陣牒騒ぎに、過去へまで飛ばされて、そして、父親までもが帰ってきた。

 たった二ヶ月間の出来事だとは思えないほどの凝縮っぷりだ。十八年生きてきて、ここまでの濃い日々はそうないだろうとレティシアは思う。


 そして、その中でも一番の出来事は、グレン・ロヴに出会えたことだ。

 魔王でも、貴族でも、そんなことは関係ない。レティシアにとって、ただ一人の人。


 しかし、再会の時は盛り上がって抱きしめ合ってしまったものの、元来レティシアは恋愛ごとに疎く、慣れない。


 ここからはどうすればいいのかと、全く経験知の無い頭でうすぼんやりと考えていると、向かい側のソファー、正面に座るフォルツが何かもじもじとしているのに気が付いた。


「どうかしたの?フォルツ」

「いや、その……俺、ここでお世話に、いや、勉強したいんだけど、いいかな?」


 思っても見なかったセリフが飛び出したのに、レティシアのみならず、マイクロンも、大きく驚いた。


「え、マジ?お前ここ気持ち悪くならないの?珍しいな」

「フォルツ、魔法の勉強をしたいの?」


 かなりとんちんかんな返しをするマイクロンは放っておいて、レティシアはフォルツへとずばり切り込んだ。そうすると、彼は遠慮がちに小さく頷く。


「レティシアには嘘ついてたけど、最近はずっと俺が魔陣牒作ってたんだ。だから、余計にいい気になってた。けど、今度はちゃんと勉強して、きちんとわかった上でやりたいって思ったんだ、けど……」


 顔はレティシアの方を向けたまま、ちらりと目線だけをグレン・ロヴへ動かして覗き込む。

 恐ろしいのはわかるが、こんな大事なことは面と向かってお願いしなければダメだろうと、レティシアがフォルツに向かい、叱咤した。


「フォルツ、本気なら、ちゃんと目を見てお願いしなさい」


 彼女の言葉に、ぐっと息を飲み込んだフォルツは、ソファーから立ち上がるとグレン・ロヴへ向かい頭を下げた。


「お願いします、で、弟子にしてください。俺、なんでもしますから!」

「弟子はとらん」


 黙って話を聞いていたグレン・ロヴは、むすっとした表情であっさりと言い捨てた。

 その言葉に、フォルツは大きく肩を落とす。

 あまりにもがっかりとした彼に姿に、レティシアがグレン・ロヴの腕をつついて、ダメ?と尋ねると、ああダメだと笑って返された。


「弟子にはしないが、勉強だけならみてやるよ。ただし、勝手に魔陣牒を作ったら、わかるな?」

「っは、はい!勿論です!」


 なんとか魔王に出入りを許されたフォルツは、大きく息を吐いた。

 すると、グレン・ロヴはレティシアの足元で丸くなっていた魔獣へと声をかける。


「ブラン、ヤツが出入りするが、いいな?」

「ん?いいよ。美味しそうだし」

「ひぃっ!」


 じっと見つめられ、そんなセリフを突きつけられれば、食べちゃうと言われたことを思い出し、フォルツは怯えた声を張り上げた。

 そのあたりを知らないレティシアは一体何があったのかと首を傾げた。


「おい、こいつの言う美味しそうってのは、魔力がめちゃくちゃ多いってことだぞ。喜べ、えーと、フォルツ、だっけ?」

「え、そう、なんですか?」

「そうそう。俺なんか魔力全然ないからな。初めて会った時の第一声が、不味そうだったぞ」


 マイクロンがそう言って慰めると、ほんの少し緊張が緩んだような顔をした。


 しかしそうすると、同じく魔力の全くないレティシアも似たような扱いを受けてもおかしくないのに、何故か会ったその日に名のりをして勝手に契約をしている。

 この差は何かと不思議に思い、彼女はブランに直接聞いてみることにした。


「ねえ、ブラン。聞いてもいい?」

「何?レティ!」


 レティシア相手には相変わらずのレスポンスの良さだ。耳を立て、尻尾もぶるぶると振っている。


「何で、私に名前を教えてくれたの?私も魔力は全くないのよ」


 そう尋ねると、何を言ってるのかな、とでも言うように、首を傾げたあとで当たり前の様に言い放った。


「だって、レティはロヴのお嫁さんになるんでしょ?ちゅーしてたじゃん!」


 そこに居た全員が一斉に噴出した。


「え、いやいやいや、したの?グレン?マジ?」

「っあ、あ、え?ええっ?」

「てっ、てめえ、ブランっ!いや、してない、レティ、勝手にはしてないからなっ!」

「………………」


 真っ赤になって言葉も出ないレティシアとフォルツをよそ目に、慌ててブランに詰め寄るグレン・ロヴ。

 その彼に、したの?したの?と嬉々としてまとわりつくマイクロン。

 と、一気に状況がカオスとなってしまった。


「だってー、頭ごっつんこしてくっついてたよー」

「ありゃ、レティの熱測ってただけだっ!この、おっちょこちょい!」

「なんだしてねえのか。ホント奥手だよな、お前」

「うるせえ!」

「じゃあ、ちゅーしないのー?ねえ、ロヴー」

「いい加減に、しろぉおお!!」


 何故かフォルツまでが引きずり入れられ、そのまま大乱闘が始まり、レティシアはソファーにずるずると落ちていく。


 ただでさえ、濃い一日がさらに濃縮され、既にもう何が何だかわからなくなってしまった。


「もう、好きにして……」


 そうしてレティシアは、彼らが落ち着くまでそこで一人、勝手に休むことにした。


***


 それから四日後、レティシアは無事との連絡を受けて、少しゆっくりめについたロズベール伯爵と再会したレティシアは、本当に久しぶりの親娘の会話を楽しんだ。

 伯爵はそのまま次の白の日の王太子の婚約発表まで王都に滞在することとなり、サイガスト公爵家でお世話になっているとのことだ。


 レティシアは相変わらずサイガスト公爵家と魔王の屋敷のダブルワークに勤しんでいる。


 ひとまず、魔王グレン・ロヴとの関係もまだそのまま何の進展もない。


 それでもレティシアは薄々気が付いていた。

 グレン・ロヴが、白の日の舞踏会のエスコートの申し込みをしてくれるのではないかということを。


 トールダイス侯爵家子息のパートナーとして、舞踏会へ出席するのはまだ戸惑いが大きい。けれども大好きな人と一緒に居たいという気持ちはそれをはるかに上回る。


 今日の掃除が終わったら、彼の好きな肉料理を用意して、その時を待つのだ。


 そんなことを考えながら、今日も魔王の屋敷まで飛ぶために、レティシアは自室へと急ぎ走っていく。



   ~ お終い ~

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