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昨日の君に、さよなら  作者: WW
第8章
27/28

昨日の君に、さよなら 2

 *



 息が切れて、肺が苦しい。喉が悲鳴を上げ、身体は疲労でもう動きそうにない。フィナーレが終わって、ようやく雅也は河原に着いた。そこには静香がいた。


 間に合わなかった。遅かった。けれどそれは最高のシチュエーションに間に合わなかっただけで、彼女がこの場所にいる時点で望みはある。

 静香が驚いたように振り返って、可愛い声を漏らした。


「遅いよ、ばか」

「ごめん。家から、だったから」

「もう花火終わっちゃったよ」

「うん。ごめん」


 静香は儚い笑みを浮かべた。花火よりも弱々しいその花は、今にも散ってしまいそうだった。


「謝んないで」

「あ、ごめ――」


 言葉を止めて、静香の下へ歩み寄る。


「あのさ。この前のことなんだけど」

「え、思い出したの?」

「いや、そうじゃない」


 パッと明るくなった彼女の表情がまた元に戻る。


「そっか。そうだよね」

「日記、見つかったんだ。それを読んで全部知った」

「そう。……それで?」


 静香は視線を逸らして、自分の手でもう片方の腕を掴んだ。白い肌に指が強く食い込んでいるのが見えて、雅也は一歩前に進んだ。


「日記には静香への想いが書いてあった。最後、この場所であったことも。馬鹿だよね。抱き締めたかったって書いてあった。だったら抱き締めればよかったのに。それだけで、よかったのに」


 雅也は静香の両肩を掴んで、目を合わせた。彼女の大きな瞳が揺れている。


「ありがとう。僕のこと好きなってくれて。間違いなく僕は幸せだった。忘れたくないって書いてあったんだ。その気持ちが、今なら分かるよ。覚えていなくても分かるよ。日記を読めば、いつだって君への想いを抱ける」


 雅也は彼女の身体を優しく抱き締めた。


「たとえ忘れてしまっても、僕は何度だって、君のことを好きになる」


 雅也の背中に静香の腕が伸びる。

 その力は徐々に強まって、雅也は彼女の気持ちを感じた。


「たとえ忘れてしまっても、私は何度だって、私のことを好きにさせる」


 腕が緩まって、静香は雅也から少しだけ身体を離した。お互いの鼻先が触れあうほどの距離で、二人は見つめ合う。


「もう迷わない。……信じて、いいんだよね」

「うん。信じて。僕も静香のことを信じるから」


 安心したように笑って、静香は瞼を閉じた。雅也は少し顔を傾けて、自分の唇を重ねた。

 気持ちいいとか、脳が痺れるとか。そんな表現はそぐわなかった。

 ただただ、心が満たされていく。


 そのとき、笛の音のような高い音が響いた。

 唇を離した二人は空を見上げる。


 夜空に大きな花が咲いた。煌めくそれは跡を残さず綺麗に消えた。それを歯切に、フィナーレよりも盛大な光が空を埋め尽くした。夜でも昼でもない。色彩豊かに光を放つ空に賑やかな音が鳴り響く。


 それはまるで、二人の誓いを祝福しているかのようだった。


「フィナーレ、終わったはずなのに……」


 静香が不思議そうに見上げる。

 雅也は同意の言葉を言おうとしていた。けれど、すぐに思い直した。


「可愛い後輩が奇跡を起こしたらしい」


 一瞬目を丸くした静香は、すぐにその人物に思い至って笑った。


 二人で見上げる花火はどこで見るよりも綺麗で、とても温かく心に響いた。

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