昨日の君に、さよなら 2
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息が切れて、肺が苦しい。喉が悲鳴を上げ、身体は疲労でもう動きそうにない。フィナーレが終わって、ようやく雅也は河原に着いた。そこには静香がいた。
間に合わなかった。遅かった。けれどそれは最高のシチュエーションに間に合わなかっただけで、彼女がこの場所にいる時点で望みはある。
静香が驚いたように振り返って、可愛い声を漏らした。
「遅いよ、ばか」
「ごめん。家から、だったから」
「もう花火終わっちゃったよ」
「うん。ごめん」
静香は儚い笑みを浮かべた。花火よりも弱々しいその花は、今にも散ってしまいそうだった。
「謝んないで」
「あ、ごめ――」
言葉を止めて、静香の下へ歩み寄る。
「あのさ。この前のことなんだけど」
「え、思い出したの?」
「いや、そうじゃない」
パッと明るくなった彼女の表情がまた元に戻る。
「そっか。そうだよね」
「日記、見つかったんだ。それを読んで全部知った」
「そう。……それで?」
静香は視線を逸らして、自分の手でもう片方の腕を掴んだ。白い肌に指が強く食い込んでいるのが見えて、雅也は一歩前に進んだ。
「日記には静香への想いが書いてあった。最後、この場所であったことも。馬鹿だよね。抱き締めたかったって書いてあった。だったら抱き締めればよかったのに。それだけで、よかったのに」
雅也は静香の両肩を掴んで、目を合わせた。彼女の大きな瞳が揺れている。
「ありがとう。僕のこと好きなってくれて。間違いなく僕は幸せだった。忘れたくないって書いてあったんだ。その気持ちが、今なら分かるよ。覚えていなくても分かるよ。日記を読めば、いつだって君への想いを抱ける」
雅也は彼女の身体を優しく抱き締めた。
「たとえ忘れてしまっても、僕は何度だって、君のことを好きになる」
雅也の背中に静香の腕が伸びる。
その力は徐々に強まって、雅也は彼女の気持ちを感じた。
「たとえ忘れてしまっても、私は何度だって、私のことを好きにさせる」
腕が緩まって、静香は雅也から少しだけ身体を離した。お互いの鼻先が触れあうほどの距離で、二人は見つめ合う。
「もう迷わない。……信じて、いいんだよね」
「うん。信じて。僕も静香のことを信じるから」
安心したように笑って、静香は瞼を閉じた。雅也は少し顔を傾けて、自分の唇を重ねた。
気持ちいいとか、脳が痺れるとか。そんな表現はそぐわなかった。
ただただ、心が満たされていく。
そのとき、笛の音のような高い音が響いた。
唇を離した二人は空を見上げる。
夜空に大きな花が咲いた。煌めくそれは跡を残さず綺麗に消えた。それを歯切に、フィナーレよりも盛大な光が空を埋め尽くした。夜でも昼でもない。色彩豊かに光を放つ空に賑やかな音が鳴り響く。
それはまるで、二人の誓いを祝福しているかのようだった。
「フィナーレ、終わったはずなのに……」
静香が不思議そうに見上げる。
雅也は同意の言葉を言おうとしていた。けれど、すぐに思い直した。
「可愛い後輩が奇跡を起こしたらしい」
一瞬目を丸くした静香は、すぐにその人物に思い至って笑った。
二人で見上げる花火はどこで見るよりも綺麗で、とても温かく心に響いた。




