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第二九二話 アチェーゾの英雄譚-22

 

 トーキョーは雪が降っていた。

 街並みは白く染まり、廃墟に掛けられたブルーシートも白いベールを被っているようだ。

 

 市内を駆ける車内。

 物言わぬ廃墟群を横目で見ながら、ハヤブサはスマホを耳に押し当てる。


 

「では、砲撃陣地の防御は不要です。前線指揮部隊の防御に残りの資材を投入し、厚さを300ミリに揃えてください」

『おぉっけー、弾薬庫も別にいらないよねぇ?』

「ミオが要ると思うなら」

『いらなーい。んじゃ、うまいこと作っておくねー』

「頼みます」


 

 攻勢陣地の資材不足も深刻だ。小さく溜息を吐きながらミオとの電話を切ってスマホをしまい、隣に座る男性に頭を下げる。


 

「すみません、アカツキ市長」

「いえ、構いませんよ。こちらこそ、お忙しいところすみませんね」


 

 トーキョー特別市長、陽菊(ヨーヒ)アカツキは柔和に笑った。


 

「トーキョー解放の英雄、凍咏(トーエイ)ハヤブサ大尉と同じ車に乗っているだけで、何故だか私の支持率が上がるものですから」


 

 トーキョー特別市の復興は早い。市民税の無償化など、一度避難した市民達の受け入れを促進するアカツキの政策も大きな要因だ。

 決して自分なんかが支持率には寄与していないと、ハヤブサは首を横に振る。


 

「俺は全然、なにも……」


 

 解体されていく建物の脇を通った。

 この建物に致命傷を与えたのは、アリか、それとも陸軍か。

 

 ハヤブサは眉間にしわを寄せながら、解体車両とトラックの群れを見つめた。


 

「…………シモノセキは順調ですか?」


 

 アカツキが話題を変えた。

 気を遣われているな、と悟りながら、ハヤブサはアカツキに向き直る。


 

「はい、想定よりは。来週には総攻撃の準備が整う見込みです」


 

 戦争は終わっていない。


 

 ダイチとヒテン、リュウセイはそのまま戦時入隊生(サブメン)として軍に残り、常任軍籍(スタメン)のミドリ、タイヨウと共に先週のイズモ攻略戦に参加。

 今はシモノセキ市への攻撃準備を進めている最中だ。


 

「桜が咲くまでにはカゴシマまで行きたいと息巻いています。俺の予想では、順調に行けば3月27日頃には到達できるかと」

「さすが、噂通り細かいですね」


 

 アカツキが笑う。


 

「大尉もまた戻られるのでしょう?」

「はい、明後日には」

「期待していますが……ご無理はなさらぬよう」

「ありがとうございます」


 

 車はアスファルトの段差を器用に避けながら、細い路地に入った。

 

 途端に目に飛び込んでくる、落ち着いた紺色の制服の群れ。

 本革の学生鞄を手に、ハイブランドのコートを羽織って歩く女子高生が、会釈しながら左右にずれて道を開けた。


 

「そういえば、煌舞(コーマイ)アラセさんから連絡はありましたか?」


 

 ──連絡?


 

 ハヤブサは一度首を傾げてから、気付く。


 

「……そういえば」

「来ていましたか、すみません。私と話していたせいで」

「いえ、あの……連絡してなかったので、来てないです……」

「え」


 

 アカツキがぽかんと口を開けた。


 

「サプライズ的なことではなくて?」

「はい、普通に忘れてました……」


 

 白髪混じりのグレーヘアが、車の振動で無言のまま揺れる。

 多分自分も同じ顔をして、黒髪を揺らしている。

 

 しばし無言のまま見つめ合ったあと、アカツキは小さく笑った。


 

実娘(アジサイ)から聞いてはいましたが……未だに、女性の扱いが苦手なようですね。サプライズでないのなら、会いに行く前に連絡してあげないと」

「はい…………」


 

 どちらかというと、時間ができたから会いに行こうという行き当たりばったりな部分もあったのだが。

 市長にまで言われては言い返せないし、というかアジサイはどこまで市長に言っているんだろう。

 

 恋人に会う前は身だしなみチェックが必要なのですから……と、アカツキが説明するのを、ハヤブサはカクカクと頷きながら聞くしかなかった。


 

 やがて車は路地の先の、立派な鉄柵に囲まれた建物の前で停まった。

 

 聖メイシャ女子学院高等部の建物は、戦火を生き延びたらしい。トーキョー奪還戦といえど、全市が火に包まれたわけではない。

 

 オオサカのようには、ならなかった。


 

「着きましたよ、大尉」

「……ありがとうございました」


 

 ハヤブサは深く頭を下げて、車を降りた。

 黒塗りの公用車(セダン)は静かに走り出し、下校途中の女生徒の隙間を縫って見えなくなる。


 

 ──さて。


 

 校舎を振り返った。

 アラセがどこにいるか、わからない。





 ⬛︎⬛︎⬛︎

 



 

 今、学校?


 

 メッセンジャーアプリの通知に、アラセは胸騒ぎがした。

 気配を消して、そっと教室を抜け出す。


 

「えっ、どこ? あれ誰?」

「正門のところよ、エグいイケメンじゃない?」

「なんだっけ、あのボーカルの人に似てないかしら?」


 

 窓の外を眺めていたクラスメイトが上品に騒ぎ出した。

 ロッカーから鞄を出してコートを羽織った瞬間、


 

「軍人さんよ、あの制服!」


 

 一人が声を上げた。

 

 そうだよ、ありゃ士官用防寒外套(コート)だ──

 

 アラセは逃げるように階段を駆け下りて、ローファーに足を突っ込んだ。


 

「アラセちゃん、ご機嫌よう」

「はいどーもご機嫌よーッ!」


 

 帰り支度をしていたクラスメイトへ雑に返しながらエントランスを出る。

 既に数人の女生徒が、雪の中立ち止まって遠巻きに正門を眺めていた。

 

 すらりとした長身、雪よりも白い美貌(かお)、物憂げな表情を黒髪が隠す──言葉足らずの大馬鹿野郎の姿を。


 

「……っ、あの野郎!」


 

 アラセは勢いよく走り出した。アリの脚に裂かれた右脚はほぼ完治していて、飛んでも跳ねても平気である。

 

 ハヤブサが顔を上げた。

 

 目が合って、ふにゃりと柔らかく笑う。


 

「アラセ──」

 

「バッカこのタコお前っ、来るなら先に言えよ!」

「ご、ごめん……タイミングよく大本営を出れたから、もしよかったら一緒に帰ろうかと」

「帰るっ、けどぉ……」


 

 周囲の視線が刺さる。このまま帰ったとて、明日の質問攻めは免れない。

 ハヤブサがゆっくりと手を差し出した。以前よりもふっくらとした、血色のいい掌。


 

「………………」


 

 学校の正門で、クラスメイトから先輩や先生達に見られながら、手を繋げ(ラブラブしろ)と?


 

 アラセは顔を赤くしながらハヤブサを思いっきり睨みつけるが、ハヤブサの表情は変わらない。

 

 優しい微笑み。頬に刻まれた、まだうっすらと赤みの残る傷跡。

 学生に戻った自分を置いて、何日か後には戦場に戻る、北方軍指揮官(キーパー)

 

 アラセはふっと白い息を吐き出すと、微かに雪を乗せたその細腕に抱きついて、全力でぎゅっと締め上げた。


 

「手繋ぐのダリィって、これでいいよ身長差あんだから」

「そうだね」


 

 ハヤブサが笑う。

 わぁ〜お、と歓声が校舎から上がった。

 

 ここまで来たら、隠すこともできないし。



 

 コイツがオレの最高で最強の彼氏です。



 

 アラセは一度、遠巻きに見つめてくる生徒達を舐めるように見渡したあと、ハヤブサを引っ張って歩き出した。


 

「行こ!!」


 

 ハヤブサが長い脚を振り上げて、音もなく並び立つ。

 いつかの宣言通り、うっすらと積もった真新しい雪の上に、大きな足跡を刻んで。

 






【了】

 

 

うわあああ……

書き、終わり、ました……

 

ここまで読んでくださり、本ッ当にありがとうございました!

二人の戦いは区切りを迎えたものの、これからも続くと思います的な長いあとがきはまた今度。

ひとまず、支え応援してくれた全ての皆様に感謝を!

地獄を戦い抜いたハヤブサとアラセに拍手を!

 

ありがとうございましたー!!!

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― 新着の感想 ―
完結お疲れさまでしたーー!! 最後、死ななくて本当に良かった。 ありがとうございました。
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