第十話 歯ブラシ共のトッカータ-10
10話まで読んでくださってありがとうございます!
この章は書いてるとおなかがすく…。
だいたい1話1,000〜2,000字程度なので、さくさくっと読めると思います。
序章「それは全滅へのオーバーチュア」はこちら!
↓
https://ncode.syosetu.com/n5132kk/1/
かつて国内外、観光ビジネス問わず、何百万という人々が訪れていたターミナルは、今や一般人立入禁止。
皇国軍人たちの家と化したそこは、各種フードコートやレストラン街が台所でありダイニングだ。
「えぇ~っ、すごい色々ある! なに食べよぉ~!」
アジサイが身をくねらせながらフードコートの人混みの中へ突撃していき、「太るっすよ!」「それ以上育ってどうする!」と言いながらノゾミとタイヨウが追撃。見事な単縦陣である。
ここで食事を作るのは、陸軍糧食班や給養員だけではない。
かつてこのフードコートで働いていた民間のシェフたちもまた腕を振るい、カレーやラーメンといった一般的なものから、地産牛のステーキだの朝どり野菜のだのと、創意工夫を凝らしながら軍人たちの胃袋を支えていた。
「…………」
あまりの広さに、立ち尽くす。
ハヤブサの人生で見たことのある一番広かった場所といえば、せいぜい学校の体育館レベルで。
軍が接収後大改造をしたとはいえ、端が見えないほどに開かれた空間に、様々な服を着た軍人たちが蠢いている。
迷彩服、といっても緑色の陸軍から空軍、青色の海軍のもの。
白ワイシャツの制服組。
暑さからかTシャツ一枚の者、タンクトップの者、前進基地の整備をしているのか軍とは無関係そうな作業服……
ざっと見ただけで百人はくだらない。
若者から初老の者まで男女問わず、せっせとトレーに載せた思い思いの食事をテーブルへ運んでいた。
「少尉、ごはんなに食べます?」
不意にかけられた声に、身を硬くしつつも振り向いた。
短く刈り上げた濃い茶髪の女性が、すぐ近くに立っていた。泣きぼくろがハヤブサを見上げている。
「私、フナバシ出身だから。ハネダって近いようであんまり来たことなくて、なにがあるかよくわからないのよね」
「……俺も、サッポロから出たことがないので」
世間話的に話題を振られそう返すと、泣きぼくろは鋭く辺りをさっと見渡した。
と思いきや、にこやかに。
「そちらと比べたら、トーキョーなんて暑いんじゃないかしら?少尉は冷たいお蕎麦、食べれます?」
言いながら彼女は遠くを指差し、目を凝らせば蕎麦や饂飩を提供するゾーンが見えた。
「あ、はい、好きですね蕎麦は。……あなたは――」
「苞莓ミドリ一曹、第一分隊二号車よ。よろしくね、ハヤブサ少尉」
一曹──基本的に、ANTとの戦争が始まってから軍に入ったいわゆる戦時入隊生の階級は、陸士長止まり。
それより上の階級である曹に上がるための昇進試験を受けることができないからだ。
一等陸曹ということは、もともと陸軍に所属し自己研鑽に励み、着々とその階級を上げてきた、いわゆる常任軍籍である。
「ミドリ一曹……よろしく、お願いします」
「階級はハヤブサ少尉の方が上なんだから、あんまり畏まらなくていいわ。士官学校出たら普通は准尉でしょう? 少尉ってことは、そこらへんの新米指揮官よりもいい成績で卒業してるんだから凄いわね。期待してるわよ」
そう言って、ミドリはにっこりと笑った。くしゃりと歪んだ顔に、黒真珠のような泣きぼくろが光る。
「おっ、ナニナニ?もう副指揮官と仲良くなったの?ミドリさん」
手には唐揚げ定食(米も鶏肉も特盛にタルタルソースまで掛けている)を手に、小柄な男性が話しかけながら歩み寄ってきた。この声には聞き覚えがある。
「分隊長は挨拶したの?ハヤブサ少尉に」
「いっけね」
そう言って、彼は器用にトレーを左手に持ちながら右手で鮮やかな敬礼を見せた。
「トゥースブラッシュ中隊第一分隊一号車、揣廻タイヨウ陸曹長、34歳であります! こちらのミドリ一曹よりふたつ歳下で──」
ビュンッッ──と、タイヨウの顔面すれすれを拳が稲妻のように通り抜けた。
腰の回転を利用したミドリの素早い右ストレートから発せられた衝撃波が、タイヨウの刈り上げた髪を数本巻き上げて散らす。
「分隊長。レディの実年齢をあっさり晒すのは軍法会議ものですよ」
「待ってミドリさん、軍隊×パワハラは駄目だってマジで!」
「当ててませんから」
涼しげに言い放ち、ミドリは呆気に取られているハヤブサに向き直った。
「さぁ、少尉?私は冷たいお蕎麦にするけれど、少尉も同じものでいいかしら?」
言葉にならず小さく頷いたハヤブサに、ミドリは小さく微笑んで踵を返していった。
あっという間に、他の兵士達の雑踏に紛れ姿が見えなくなる。
「マジで怖過ぎる……あの人格闘徽章持ちだし容赦ないから強いんだよな……」
ボヤきながら、残されたタイヨウはハヤブサにちらりと目線を向けた。
「てな訳で少尉どの、入隊記念と初勝利祝いってことで、シケた場所で申し訳ないが飯にしましょうや」
そう言って、近くの空いているテーブルにトレーを雑に放り投げた。
唐揚げ定食のタルタルソースが衝撃で跳ねて肉からこぼれ落ちる。
「別に、中央軍の人間とは飯を食うな、なんて――そちらの師団長からは言われていないでしょう?」
筋骨隆々の日焼けした腕で椅子を引き寄せてどかっと座りながら、タイヨウは笑った。
その目以外は。




