第十一話 歯ブラシ共のトッカータ-11
同時刻。
あの男は笑わない人間だ。いや、人間かどうかすら怪しい。
少し細かい指示、なんて言いながら指定してきたのは、僅か数メートルの移動。
車体自体が5メートルを超す三軸強襲戦車にとっては誤差とも言える数値を。
相手の感情を考慮せず駒のように動かす冷徹さ。
人の営みのあった都市建造物を躊躇なく砲撃する非情さ。
まるで戦術AIやコンピュータが導き出した、人間の想いを排した最適解を叩きつけられたようで。
「腹立っちや……」
呟くように吐き捨てながら、アラセは箸で摘んだ豚ロースを口に放り込んだ。
生姜焼き用の豚肉を甘酢で焼き上げた白米に合う味付けで、彩りとしてアスパラとミニトマトが添えてあるワンプレート。
もう少し人が少なければ、野菜系をもう一品と、たんぱく質の摂れる食材も選んで胃に入れておきたかったが、この人混みではフードコートを移動するだけでも一苦労なので。
「さっきの副指揮官のことっすか?分隊長」
となりに座るダイチが焼きそばの麺をほぐしながらアラセに話しかけた。
この人数に対応すべく大量に焼いた作り置きを雑に保温していたのだろう、水分を吸ってしまった麺が団子になっている。
「なんかぁ、ヤバかったよねえ。人じゃない感じ! ねえリュウセイ?」
ダイチの正面でヒテンの癖っ毛が揺れた。オリーブ抜きのベーコンレタストマトサンドの2つ目に右手を伸ばしながら、隣に座る1-3のリュウセイの肩を左手で叩く。
「……ヒテンの言うことは、わかるけど」
消え入りそうなリュウセイのバリトンボイスは、果たしてヒテンの耳に入ったか。
ベーコンの挟まる位置を指でそれとなく調整して、ヒテンは少し辺りを気にしつつ声を抑えた。
「自分は少尉で立場上なのにずっと俺らに敬語だし、笑わないし、急に早口になったりするし、実はハヤブサ少尉ってサイボーグか何かなんじゃないの? 国防研究所あたりが開発したみたいな」
茶化すでもなくそこそこに真剣な声色に若干呆れた表情のダイチをよそに、勢いよくサンドイッチにかぶりつく。
イバラキの朝獲れだというトマトがバンズからはみ出てトレーに落ちた。
「まあ、救出作戦自体は成功したんだし、別にいいんじゃないの。あの人がサイボーグでもなんでもさ」
「出ーたー、細かいとこ気にしないよねダイチさんは!」
ほとんどダイっさんと呼びながら、トレーに落ちたトマトを摘む。
ダイチとヒテンは歳は少し離れているが、同時期に入隊した戦時入隊生同士であり、よき戦友である。
そんな様子を眺めながら、アラセはアスパラを箸で弾いた。
ヒテンと意見は完全に一致している。
どこからともなく現れた副指揮官を名乗る人間味のない男に言われるがまま、作戦の詳細も、特火が砲撃するとも知らされず、撃てと命令されて撃った。
思い返せば、戦闘ではなく作業だったようにも思える。
否、作業させられたような感触さえある、つい数時間前の出来事。
しかし。
ダイチの言うこともまた事実だ。
今作戦で侵攻してきた敵は完全に駆逐され、奪われかけたツルミ川からツルミ駅周辺は、別部隊にて再度安全を確保。
救援要請を出していた兵士の生き残りは皆野戦病院へ収容され、我らがトゥースブラッシュ中隊もまた、その全員が無傷でトーキョー市内へと帰還した。
完璧な作戦だったのも事実で、だからこそ、
「腹立つちゃ……!」
「分隊長、また方言出てますって」
ダイチに指摘されるが無視だ。
「作戦完遂全員無事ですハイおめでとうって話でも無ェだろ! 無機質にちょこまかちょこまか動かしやがってよぉ、オレらのこと何だと思ってんだっつーの!!」
アラセの大声に、ヒテンの隣にいたリュウセイがびくりと震えた。
「そこまで怒ることでもなくないすかー?」
「ヒテンてめえ、自分がちょっと前までいたところにデケぇ瓦礫飛んできたの知らねえのか? アイツの言うこと聞いてないと殺されるぞ、言葉足らずのサイボーグ野郎に!」
2-3は2-1の真横へ前進、距離は2メートル以内で。
ハヤブサからのその命令に、訝しみながらも従った結果、ヒテンは今ここにいる。
撃つなと言われたからトリガーから指を離し、退がれと言われたからギアを後進に入れた。
その結果、全員がここにいる。
アリを倒して街を奪い返すために出撃したのに。
「まあ、分隊長とハヤブサ少尉は合わないと思いますよ。少尉は細かすぎるし、分隊長はまっすぐ突っ込んでいきたいタイプでしょ。俺は別に、どっちの上官にも従うけどさ」
ようやくほぐれた焼きそばを咀嚼しながらダイチが飄々と言う。
二分隊で最年長であるこのアラサー男は、常に一歩下がったところからぼんやりと全体を見てくれている。
それでも、闇雲に突っ込んでいきたいと思っている訳ではないので。
ダイチを睨みつけながら、アラセは小さく口を開いた。
「早く家に帰りてえだけだよ。トーキョーだヨコハマだっつって足踏みしてる場合じゃねえんだ」
吐き捨ててミニトマトを箸で摘む、が滑って落とす。それすらもなんだか腹立たしくて。焦ったくて。
指でヘタをむしって、そのまま真っ赤な果実を口に放り込んだ。




