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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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◆第5話 大ヒットの秘密 ~その1~

「それ、本気で言ってるのか!?」


 思わず発した俺の大声に、開発室の部下たち全員が目を丸くしてこちらを向いた。


「だって、本当に見たんです……」


 俺の前でうなだれて立っているチーフプログラマーの西田は、そのメタボの巨体に似合わぬか細い声で答えた。


 俺の名前は金谷かなや。三十一歳。ここ、『新宿ソフトウェア』という名の小さな下請けゲーム会社の開発部長だ。

 現在、新作ゲームの納期マスターアップを控え、スケジュール表と制作進行具合を眉間に皺を寄せながらチェックする日々を過ごしている。

 下請け会社にとってスケジュール管理は重要だ。なぜなら、クライアントと約束した納期が一日遅れるごとに、ペナルティー料金を支払わなければならないからだ。

 ところが、スケジュールとは何故か昔から『遅れるもの』と相場が決まっている。だからあらかじめ遅れを見越した余裕を持ったものを組むのだが、どういうわけかいつもギリギリセーフで納期を迎えてしまう。

 今回のプロジェクトはそうならないように、極力無駄のない合理的なスケジュールを組んだ。そのために無駄と思われるゲーム仕様は容赦なくカットしていった。

 当然ながら、ゲームデザイナーからはクレームがついた。


「かんべんしてくださいよ、金谷部長。そんなにカットされちゃ、僕の考えたゲームのおもしろさが伝わらなくなりますよ。ゲームに対して責任がとれませんよ」

「心配するな。君の考えたゲームのおもしろさの本質には影響ない。逆に客観性に欠ける無駄なゲームシステムや演出がとれて、スッキリしたゲームになるはずだ」


 客観性に欠ける――


 そう言うと、たいていのゲームデザイナーは黙ってしまう。なぜなら『客観性』という言葉に彼らは弱いからだ。

 ゲームデザイナーはプログラマーやグラフィッカーに比べて客観的な視点に欠ける傾向がある。

 でも、それは仕方がない。なぜなら、彼らは『おもしろい』という抽象的な概念を形にしてゆく作業がメインだからだ。それはゲームデザイナーに限らず、画家、小説家、音楽家など、おおよそ創作を生業なりわいにするすべての人種に共通する。頭の中で生まれたモヤモヤとした概念を現実の形にするには、どうしてもその作家の主観的な目、つまり『己の知識と感性の物差し』が必要となるからだ。

 もちろん、それを使わずに『豊富なデータに裏付けされた客観的な物差し』――つまり、マニュアルがあれば、それをもとにしても作品は創れるだろう。ただ、そのようなものは、おおよそ『個性』というものに欠け、まるでAIが作ったような味気ないものになり、不特定多数の人々の心をうつものにはなりづらくなる。なぜなら、それにはよい意味の『無駄』と『破綻』がないからだ。

 無駄と破綻が人間味を感じさせ、それが個性を創る――。俺は、そう確信している。

 じゃあ、そこまでわかっていて、なぜ俺は無駄なゲームシステムや演出をカットさせるのか?

 答えは簡単だ――。

 スケジュールに間に合わせるためだ。俺にとってそちらの方が圧倒的に優先順位プライオリティが高いからだ。それが会社から求められた俺の役割であり仕事であるからだ。

 

「西田。君がスケジュールを遅らせないように、いつも深夜までがんばってくれてるのは知ってる。疲れもかなりたまってるだろう。だからたまには早退して疲れをとりたいというのもわかるし、否定もしない。だから、正直に、疲れたから早退させてくださいと言ってくれればいいのに、なんでわざわざそんな幼稚な嘘をつくんだ?」

「嘘じゃありません! 本当に出たんですよ。幽霊が――」


 それでも早退理由を否定しない西田の怯えた表情を見て、俺は不安になった。西田は過労によって精神メンタルをやられたのではないかと。こういう場合は変に追い詰めない方がいい。


「わ、わかった。理由はどうであれ、今日はもう帰って休め。もし明日になっても疲れがとれないようだったら、会社を休んでいい。心配するな。スケージュールにはまだ余裕がある」

「でも、このままでは、残業する他のスタッフも同じような目にあいますよ」

「そ、それは――。俺の方でなんとかしておく」

「そうですか。よろしくお願いします……」


 そう言ってよろよろと自席に戻って行く西田の後姿を見ながら、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。それは、彼が言った『幽霊』が原因ではなく、西田の精神状態メンタルの悪化への懸念からだった。


(おい! 俺! おまえは、西田に万が一のことがあったらどう責任とるつもりだ。おまえはスケジュールを重視するあまり、西田に限らずその他のスタッフのメンタルに気を配ることを怠っていたんじゃないのか? それって管理者としてどうよ?)


 心の中で、俺を責めたてるもう一人の自分の声が聞こえてくる。思わず机に両肘をつき頭を抱え込んだ。


「あの~、部長。ちょっとお話が……」


 顔をあげると、目の前に長身のチーフグラフィッカーの佐藤がのっそりと立っていた。


「今の西田さんの話の件ですが……」

「話? 聞いてたのか」

「はい。席が近くだったもんで。で、幽霊の件ですが……」

「は? おいおい、まさか君も幽霊を見たって言うんじゃないだろうな」


 佐藤は言いづらそうに頭をかいた。


「幽霊は見ませんでしたが、実は、ぼくも先週、不思議な体験をしたんです」

「不思議な体験?」

「はい。一人で残業していた深夜……たぶん午前零時ごろだったかな。電話が鳴ったんです。で、それを取ろうと椅子から立ち上がったら、突然、その受話器が空中に舞い上がったんです」


 俺は再び頭を抱え込んだ。


「まいったな……。君も幻覚が見えるほど疲れてたのかい」

「幻覚? いえいえ、それほど疲れてませんよ。逆に仕事がノリノリで調子がいいくらいです」


 俺は佐藤の顔をじっと見た。顔色はいい。確かに疲れがたまっているようには見えない。


「それと、不思議な体験をしたのは僕や西田さんだけではないようですよ」

「どういう意味だ?」

「どうやら残業したスタッフのほとんどが体験してるようです」

「ほとんどのスタッフが? 俺は何も聞いてないぞ」

「たぶん、皆、そんな報告を部長にすると怒られると思ってたからでしょう。そのせいか、できるだけ残業しないように、昼休み返上でその日のノルマを達成しようと頑張っているスタッフが増えてきているようです」


(そうだったのか……。だから、最近、残業が減ってきたのか。てっきり俺のスケジュール管理が完璧で余裕が出てきたからだと思ってた――。いやいや! まてまて! それではその不思議な体験とやらを認めることになるだろうが。幽霊? 受話器が宙を舞う? ふざけるな! そんなことがこの世にあるわけないだろうが!)


 俺は子供のころから幽霊やお化けなどの類にはいっさい興味がなかった。だから怖くもなかった。夜でも平気で墓地内を歩けた。言い換えれば、俺は不可思議なものに対して恐怖を持つという感性がずっぽりと抜け落ちた現実主義のめた子供だった。それは今でも変わらない。そんなものは人間の脳が創り出す幻覚に過ぎないと思っているから。

 しかし、社内ではその俺が信じない幻覚が半ば事実化している。どういうことだ? 過労による社員の集団パニックなのか? もしくは会社に反感を持つ社員の嫌がらせか? いずれにしてもこれは由々しき問題だ。このままにしていては、いずれスケジュールにも影響が出てくるし、もしもそのせいでゲームの納期が大幅に遅れたら、この小さな会社の存続にも影響する。


 どうすべきか――?


 俺は不安げな表情の佐藤から目をそらし、しばらく考え込んだ。

 ひとつの答えが頭に浮かんだ――。

 俺は目線を佐藤に戻し、ゆっくりと口を開いた。


「わかった。俺がその怪現象の正体をあばいてやる」


 佐藤が怪訝な表情を見せる。


「えっ、マジですか? でも、どうやって……」

「今夜からしばらく一人でここに泊まり込む。そして、その怪現象とやらが始まったら、徹底的にその原因を究明してやる。どんな手を使ってでも」

「でも、もし、幽霊とか出たときにそんなことをしたら、呪われたりしませんか?」

「バカバカしい。佐藤。幽霊とやらが本当に存在するとしたら、それは怖いものでも不思議なものでもないぞ。それはただ存在する理由がわからないだけの現実のものに過ぎないのだから。ほら、君が好きな京極夏彦の小説に出てくる京極堂の中禅寺も言ってるだろ。『この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君』――って」


 佐藤は、その細い目を丸くした。


「部長って、変わったお人ですね……」

「おいおい、それって変人という意味かい? そんなことないよ。逆にそういうものに対して思考停止してただ怯える君たちの方が、俺からみれば変人に見えるけどね」


 佐藤は俺の返答に面食らったのだろうか? 丸くなった目をますます大きく見開いた。


「佐藤。あと、お願いがある。このことを社員全員に伝えてくれ」

「えっ、僕がですか? それより部長自らが伝えた方がよいかと」

「それだと会社の業務になる。こんなバカバカしいことはあくまで俺が個人的趣味でやることにしたい。だから、君はあくまでそのことを噂話として皆に伝えて少しでも安心させて欲しい。言いたいこと、わかる?」

「は、はい……。わかりました」


 佐藤は頭を掻きながら軽くうなずき、そして自席へと戻って行った。


(なにが怪現象だ! ゲーム開発の邪魔をする奴は、たとえそれが幽霊でも許さねーぞ!)


 俺は頭の中でそう毒づきながら、壁時計に目をやった。

 午前零時になるまで、あと八時間だった。



 ~つづく~

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