2-60 逢魔が時 2
「そう・・・クリートゥス家にあったのよ・・・この剣は・・・。」
幽霊なので触れられない事を惜しむかのように、そっと自分が持ってる剣の表面をなでる。
「きちんとは覚えてないんだけどね。」
そう言って、物語を紡ぎ始める幽霊さん。遠くを見る様な眼差しが、ただただ優しい。
「私はこの剣と縁が深い人と恋人だったの。クリートゥス家の人間だったわ。・・・私はこの剣を見せてもらうのが好きだった。でも、あの人は、あの日、ここで殺されてね。私はそれを見てて、次に私が刺されて湖に投げ込まれたのよ・・・。」
そう、惜しむかの様に言う。
惜しんでいるのは、自分の命か、それとも恋人の命か、それとも過ぎ去った時間なのか・・・
「その、恋人の方のお墓というわけですね。」
うーん、本人が出てくるならまだしも、恋人の方が自分の墓でもないのに出てくるのが謎だ。
いくら近くに投げ込まれたとはいえ、本人?が化けてでてきてないのに、その恋人が化けて出るというのは一体どいういう事なんだろう?
僕がもし本人だったら、恋人も助けられずこんなところで無念に殺されたら、それこそ恨んで化けて出る・・・あれ?
恨んで化ける・・・?
「そうよ。自分の名前も彼の名前も敵の事も覚えてないのに、シュライブングの剣は覚えてるなんて。・・・ホント私は死んでも剣バカなのね。」
と幽霊お姉さんは苦笑を浮かべている。
「幽霊さんは、鍛冶師の方なんですか?」
女性ではとても珍しいのだろうけれども、ありえない話でもない。
もしくは家族が鍛冶師だった場合だ。お爺さんの話ではクリートゥス家は兵士の家系だったはずだから、そんな家に嫁ぐとなると、やはり幽霊さんはそれなりの武家とか取引先の出の家の人だとおもうのだけれども。
「・・・たぶんそうね。今も体があったら、その剣を直したくて仕方ないもの。」
そう言って苦笑している幽霊さん。
自分も剣を直してもらえるなら嬉しいですが、体が無いから無理なのでしょう。
そして、なんだかイベントっぽい。
きっと、ゴブリンの村にあったこの剣は偶々特別な何かのキーアイテムで、イベントを持ってる剣だったって事なのかな。そうするとゲーム的には、直すのには特別なアイテムが必要だとかそういう話になりそう。
「直してくれそうな鍛冶師の人が居るのですが。このお墓にお供えするように言ってくれた人です。お知り合いじゃないですか?」
と一応聞いてみる。
「やだわー。自分の名前も覚えてないのに、知り合いどころか名前すら憶えてるわけないじゃない~!」
と明るくカラカラと笑われる。
た、確かに。
「でも、剣は直してほしいから、鍛冶師の方がいらっしゃるというなら会ってみたいわね。炉はどんな方式を使ってるのかしら?何処の工房のもの?最近新しい技術とか出てきた?月術士達は新しい論文でも出した?」
ああ、うん完全にオタクだねこの人。剣オタク・・・というより剣制作オタクの匂いがプンプンする。鍛冶オタクかもしれないけど。
ていうか、月術士っていうのがいるんですねー。面白い。不壊属性つける人達の事なのかな?
「えっと、自分にそんな話されても全然分からないですね?鍛冶師のお爺さんに聞いてきてもいいですが・・・。」
自分は剣オタじゃないしねぇ。
「何言ってるのよ。あなた月の力持ってるじゃない。それだけ月光属性があれば、クレンセーテに縁深い関係者でしょ?」
ああ、そいういう感じなのですか。自分は魔力とかホント疎いからなぁ。感知だけでもできる様になりたいなぁ。
「違いますよ。最近この世界に来た”霧向こうの民”ってやつです。まだファルディアに来て二週間くらいですよ。」
「何バカな事言ってるのよ。頭がおかしいの?」
『頭がおかしい』と来たものだ。
50年も昔には、そういった現象はなかったんだろうなぁ。
「ちなみにおそらくですが、幽霊さんがお亡くなりになってから50年は経ってます。」
「はぁ?嘘でしょ。」
ぽかーんと口を開ける幽霊お姉さん。しかし驚くのは、まだまだ早いですよ。こうなったら勢いで全部言っちゃいましょうね。
「その間シュライブングの剣はずっと行方不明だったそうです。そりゃ劣化するわけですよね。で、月都クレンセーテは3年前に消滅したと聞き及びます。」
「は?」
固まる幽霊さん。幽霊でもびっくりすると動作が固まるんだなぁ。
「そして、自分の加護はセレネーツァ様の残滓から数日前に頂戴しまして。セレネーツァ様は世界を救うためにお亡くなりになったと聞き及んでおります。」
本当になくなったのかもよく分からないし、再生する的な予言を聞きましたが、あれも謎が深すぎるからとりあえず考慮しなくていいかなと思う。
「ご理解いただけました?」
固まったままの幽霊さんに、とりあえず聞いてみる。
刺激が強すぎたかなぁ。強かったよね。でもなぁ、本当の話だしなあ。
幽霊さんは頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
「大丈夫・・・?です?なんか次から次へと、ごめんなさい?」
キャパオーバーしちゃいましたかね。
ちょっと詰め込みすぎちゃったかも。
「・・・今の話、嘘じゃないのね・・・。」
「はい、残念ながら。」
「正直・・・信じられないけれど、50年も経ってたら起こりうることなのかもね。信じられないわ・・・月神様がこの世界にいらっしゃらないなんて・・・。」
と、涙ぐまれる。この世界の神様たちはみんな慕われてるなぁ。自分の事ではないけれど、自分が好きな神様が好かれてるのは、ちょっと嬉しい。
「神様がいらっしゃらなくても、月の力は世界にあるのね・・・。」
そう寂しそうにポツリと幽霊さんは空を見上げてつぶやいた。
世界は徐々に黄昏の色を纏ってきており、赤みを増してきている。
だが、まだ空には月が上がる時間ではない。
月が空に無い事が喪失を表しているようで、もの悲しい気持ちになる。
「『世界と神様は同義だ』と神様が仰ってました。だから月の力が世界にあるのなら、神様の欠片は世界にまだ存在しているのかもしれませんね。」
慰めにもなっていなのだけれども、セレネーツァ様が選んだはずの道で、外野が勝手に悲しんだり残念がったりするのはちょっと嫌だった。神様が自分で選んだ事なのだもの、きっと凄く意味があって大切な事だったと思いたい。・・・ただの自分の感傷だけどね。
「そうね・・・。」
自分の大したことない慰めだけれども、幽霊のお姉さんは力なく少し微笑んでくれた。
自立した大人の女の人は強いなぁって思う。
「こんなところで変に落ち込んでても、何にもならないわね!・・・よく考えたら私幽霊だったけど!」
アハハハ!と幽霊さんが笑う。
明るい幽霊っていうのもなんだかなぁと思うけれど、まぁ人それぞれだしね。
大丈夫?成仏しちゃわないです?
・・・あれ?この場合だと天国とかになるのだろうか?
ファルディアの宗教観はその辺どうなっているのだろう。ちょっと気になる。
「なにはともあれ!シュライブングの剣を直すんでしょ?私にできることは手伝うわ!月神様が最後にお認めになった子ですものね!」
なんかテンションが高いけど無理してないかなぁと心配になる。まぁカラ元気から元気が出るパターンもあるから止めないけれども。
「直せるなら直してあげたいですね。自分もこの剣には助けられてきたので。あと、加護を貰ったのに月光属性の事が全然わからなくて困ってたんですよ。何かご存知です?」
「そういえば、あなた影族だものねぇ・・・。私が生きている時にも影族の人なんてほとんど見かけた事なかったし、影族の人が魔法を使ってるなんていうのも聞いたことがないわね・・・?どうしてあなた月神の加護がついてるの?」
「自分も聞きたいですが、なんでかくださいましたね・・・?」
「だって、普通影族の人は繋がってるでしょ?加護を受け入れる余地がないじゃない?」
「えっ?!」
どういう事だろ。繋がってると加護が受けられないの?
「どうということもないけれど、影族はみんな影の神の加護を授かってるから別の神の加護はつかないって聞いたわよ。違うの?たまーーーーーーーに稀に器が大きい人は別の神の加護を賜る事はあると聞いたことはあるけれども、伝説級よね?おとぎ話ってほどじゃないけれど、文献を調べても500年に1度くらいにしか聞かないわ?」
記憶が曖昧でも、意外と常識とかそういう普通の事は覚えてるって聞くけど本当かも。
つまり、『繋がる』っていうのはユイベルトさまから加護を授かるって事に近いのかぁ。もしくは同じなのかもしれない。で、普通の人間は加護は一つしか持てないって事なのだろう。自分何も考えず普通に月神様の加護を受け入れちゃったんですが・・・・おや・・・。どうしよう?
・・・。
まぁどうにもならんか。・・・後悔もしてないしねぇ?
・・・うん、全く後悔していない。
ユイベルト様も笑って見守ってくださってる。
自分は自分だ。
――――――――せめて、ゲームの中くらいは、自由に自分らしく在りたい。
なんて思ったり思わなかったりもするのだけれども・・・。
「・・・自分はユイベルト様と繋がっていないから、加護が給われたっていう事ですね。まぁ、なんでセレネーツァ様が自分に加護をくださったのかは、よく分からないのですが。」
―――あの時、倒れそうになった自分を抱きしめてくれた優しい神様。
死にかけていたのに、初対面の自分の心を心配してくれた神様。
何で会ったばかりの自分に加護をくださったかは、よく分からないけれども。セレネーツァ様がきっと必要だと思ってくださったのだと思う。
本当に要るのか要らないのかはよく分からないけれど。
でも、”いる”とか”いらない”とか、そういう事じゃなくて。
ゲームだからこそ、人の優しさをもっと大事にしたいというか。
・・・現実では考えなければいけないことが多すぎて、失敗できない事ばかりだ。リアルでは素直に思うがまま行動できない事でも、ファルディアの中なら素直にできる。
思うがままに、信じたい人を信じることができる。
失敗を恐れずに行動ができる。
ゲームの中くらい、自由に生きて、無駄が沢山あっていいと思うのだけれども、こういう考え方は異端なのかもしれない。
ゲームの中でこそ1番になりたいとか、自己実現したいという人もいるしね。
そういう人を否定はしないけれども、自分はそのプレイをしないというだけだ。
それこそ、データーの中だから好き勝手にしたい。
自由にしたい。
やり直しがきくから、イキりたいとか、PKしたいとか人それぞれに色々あるけれども。
「・・・繋がってない影族なんて、初めて聞くわ。本当なの?」
思考の海に沈みかけてたら、幽霊姉さんの声でこちら側に引き戻される。
危ない危ない。
「・・・本当ですよ。自分、生まれたばかりの時に沢山殺されかけまして、繋がる事に忌避観を覚えてしまったので拒絶したんです。そしたらユイベルト様がそのままでいいって仰ってくださって。」
本当はキルされてるんだけど、幽霊さんにそこまで納得していただくのは酷な様な気がして、分かりやすく改変しておく。
しかし、ユイベルト様も笑い上戸だけど、懐はでかいよね。
こんなポッと出の、生まれたての影族の意思を尊重してくれるなんて、そうないと思う。
ピカ神に睨まれても動じていないし、自分自身にブレがない感じ。
神様なのに、王様を掛け持ちするってどんな気持ちなんだろう?
王様をするって自分のためじゃなくて、完全に同胞のためだけだよね。
それを長い時間ずっとしているって、一体どんな気持ちなんだろうか。
自分はそういう事を全然分かっていない。
結局の所、守られてばかりだ。
そして今更ながら、王様の仕事と神様の仕事について大して知らないことに気づく。
ユイベルト様は何故王様をしているのだろう・・・?
今更ながらに疑問を覚える。
「そういう事もあるのね。あなたも苦労してるわね。ただのお坊ちゃんか何かと思って悪かったわ。」
そう幽霊さんには言われる。
「まぁ・・・ある意味甘やかされて育てられたのは間違ってはいないので・・・。」
自分の人生を振り返ると波がありすぎると思う。
当たり前といえる両親の愛は受けられず、でも代わりに祖母と祖父には良くしてもらったと思う。友達も親友と呼べる人がいるし、ばぁちゃんと内田には甘やかされてる気がする。つり合いが取れてるかは分からないけれど。
「そうなの?でもまぁ『自分は苦労してる』と言う人よりは好感が持てるわ。」
と、今度は割と自然に笑ってくださる。
そういうものなのかな。
「とりあえず、私は今の所消える様子はないし、・・・そうね。多分時期がまだ来ないと思うの。それまでは、あなたに手を貸してあげるわ。シュライブングの剣を直すことと、月光属性について私の分かる事は教えてあげる。」
なんと!ありがたいお申し出!
しかし、時期が来ないとはこれ如何に?
「時期・・・ですか?」
「そう・・・時期。なんで50年も経って今更なのかと思うのだけれども、何かが動いてるわ。きっと、あの人とも会える。そんな気がするの・・・。でもまだその時期が来ていない。きっとその時になればわかるわ。私が目覚めたのも、その予兆を感じ取って、なのかもしれない。」
とのこと。
うーん、イベントの香り?
ある時期が来たらイベントが来るって事なのかなぁ?それまでは色々教えてくださるみたいなので、イベントが始まる前に剣を直して、月光属性を教わらなければならないって事だろう。
ものすごく緩いタイムアタックの可能性もある。
「うーんと、よく分からないけれど、その時までよろしくお願いいたします。」
ペコリと幽霊さんに頭を下げる。何をしたらいいのかとか、全然分からないけれど折角幽霊さんと知り合ったご縁だもの。
・・・幽霊と知り合うってなんか変だけど。とにかく剣は可能なら直してあげたいし、月光属性のヒントがあれば嬉しい。基礎の基礎でもいいから知っておきたいところ。
「では、まず剣についてです。」
「はい。」
幽霊さんが真面目な雰囲気を出してきたので、こちらも真面目に受け答える。なんか学校みたいな雰囲気だ。
「どうしたら完全に直るか、正直私にも分かりません。」
ガクッっとなる。いきなり出足をくじかれたよね。コントか!
思わず胡乱な目つきで幽霊さんを見てると、焦りだす。
「で、ですが!・・・多少の事は知ってますので、一つずつ手探りで進みたいと思います。まず、あなた・・・。そう言えば名前も聞いてなかったわ。なんていうの?」
そういえば、自分も名乗っていないのでした。
相手が名前のない方だからつい…って思ったけど、よく考えたら鍛冶屋のお爺さんの名前もちゃんと聞いてないや、自分。ハハッ。
「あ、ごめんなさい。自分の名前はSakuと申します。どうぞよろしくお願いします。」
「Saku・・・サク・・・サク君ね。幽霊だから忘れちゃわないか心配だけど、頑張って覚えておくわ。忘れないように墓石に名前ほっておいていい?」
「やめてください。」
お姉さんの幽霊ギャグで墓石に名前を掘られた日にはたまったものじゃない。
「冗談よ。えっと・・・まずサク君はなるべくでいいから、機会があったら刀身と鞘を月光にあててあげて。初めは大して変わらないと思うけれど、その剣は月光に属する物。月の力を取り戻すきっかけになっていってくれると思うわ。」
ぉおう。まさかシュライブングの剣にもPNTがあるという事なのか・・・?いやまさかPNTではないだろうけれど、似たような類の挙動を示す数値か?吸収するモノは一緒だろうけれども。きっと月光の魔力ってやつだろう。
「分かりました、なるべく月光に当ててみます。」
何事もやってみないと分からないからねぇ。
「それでどれだけ剣が回復するかにもよるのだろうけれど、話を聞いただけでも下手したら50年は眠っていたのでしょう?それだけで回復するとも思えないわ。本当は月術士に頼むのがいいのだけれども、月都クレンセーテがもう無いとなると・・・。」
腕を組んで考え込む幽霊姉さん。
「とりあえず、全国にクレンセーテの方々は散っているそうなので、世界を旅した時はそれとなく聞いて回ろうとは思っていましたが、かなり時間がかかりますね・・・。」
まだ大分先になりそうな話だよね。アルシオンに帰る事さえ儘なってないのに。
「そうね。月術士の力を借りられるなら、それがいいと思うわ。ただ私たちもできることは進めておきましょう。この手入れは誰が行ったの?あなたがさっき言ってた鍛冶師の方?」
「そうです。この墓を立ててくださった方だそうで、亡くなった先ほどのクリートゥス家?でしたっけ?その人のお友達だったそうですよ。」
「お友達・・・そんな人いたかしら?・・・まぁいいわ。どうせ殆ど忘れてるんだもの。砥ぎやバランスはとてもいいわ。でも月都の技術を知らない人、という感じはするわね。シュライブングの剣はね、ある意味魔剣に近いのよ。だから専用の手入れが必要なの。」
なるほど。それは道理にかなってるね。
「今は剣の力が失われているから、今すぐではなくていいのだけれども、完璧な状態に持っていくには専用の鉱石や炭、油、水も必要だわ。剣という器がしっかりしてなければ、力も戻りづらいかもしれないし。・・・一度その鍛冶師の方とお話したいわ。」
道のりが長そうな話である。少しずつマイペースに集めればいいよね。
「分かりました。今度来てもらえるか聞いてみますが・・・そもそも幽霊さんは移動できないんですか?」
浮遊霊とかじゃないのですかね?
「どうだろう?ん・・・・移動できそうではあるけれど、この場所を離れると次第に不安定になっていく気がするの。」
それはそれは。
「危ない事はしない方がよさそうですね。お爺さんに来れないか聞いてみます。」
「申し訳ないけどお願いね。・・・さて次は、月光属性についてね?」
「はい。」
月光属性は上位属性って聞いたけれども、自分に扱えるか、とても心配です。




