2-58 棒棒鶏
結局ティラ君の回避が一レベル上がったところで、時間が来たので帰る事にした。
「ずるい。」
と半泣きだったが、それは自分が悪いせいじゃなくてティラ君の日頃っていうか、蟻への行いが悪かったせいだよね?
兎君は頭に納まっていたまま突然砂の上にボトッと落ちたのでビビった。
が、毛が厚いので大したダメージでもなかったらしく、スピョスピョと気持ちよさそうに寝ていたので抱っこして歩いてる。
ティラ君がうらやましそうにしていたが、ティラ君の頭くらい大きいのでずっと抱っこはキツイと判断して諦めた模様。
若干しょんぼりしている。
PKだろうが引きこもり幼女だろうが影族だろうが一心にチャームする兎君はホント凄いって思う。
「ところで。」
「なんです?」
「私、暗殺者、失職した。町入ったらつかまる?」
正直暗殺者の方が捕まりそうな気はしますが、その辺どうなんですかねぇ?
「品行方正に生きている自分には分かりかねますので、ギルドででも聞いてください。」
というか、街に入ろうとしたらすぐわかるんじゃないですかねぇ、という気持ち。
捕まっても罰金で済めばいいんですが、普通のNPCはキルされたら死ぬので誰を殺したかによる様な気もする。プレイヤーの命の方が軽そうだ。
アポリア王国の門、この時間だと南門が開いている様なので南門の方に向かう。
そろそろ寝たいですね~という心持でぼーとしてたが、門に近づいたら
「あ!あいつはお尋ね者のティラだぞ!」
「捕まえろ!」
という感じになりまして、ティラ君必死で逃げていきました。ついでに門番の衛兵さんたちが7人くらい追いかけていきました。
ティラ君・・・アウトだったんだね。
「君はアレの知り合いか?」
と別の門番さんに聞かれたので、
「さっき南の方で強いモンスターに出くわして共闘したんですけれど、悪い人だったんですかー?知りませんでした。」と明るく言っておく。
まあ自分のプレイスタイルを変える気は毛頭ないし、ティラ君は自業自得という事で頑張ってくれればいいと思う。
「なに!?それは本当か?」
と、門番さんにネームドモンスターの方に食いつき、話を根掘り葉掘り聞かれた。
ティラ君と討伐したことと、NMが冒険者5人を殺したみたいだっていう事も伝えておく。
お情けで、ティラ君にキルされかかった事は言わないでおいてあげる。
まぁ言っても言わなくても変わらないかもしれないが。
自分だけ、無事に宿屋に戻ってくる。
意外と朝でも人通りが多かった。
ファルディアは丁度朝でみんなが起き出してきている時間帯だ。
受付のおばちゃんに戻ったことを伝えて部屋に戻る。
1階の食堂は割と人がたくさんいた。
こんな中で一人部屋に戻るのは、退廃的な気分。
特にティラ君からは何もメールとかこないので、今頃必死に逃げてるか捕まっているか。
なんにしても、彼には強く生きてほしいと思う。
そういえば、シレっと抱っこしたまま兎君をつれてきてしまったのだけど、これこのままでいいのだろうか?宿屋の受付のおばちゃんも何も言わなかったなぁ?
夜ログインしたらギルドに聞きに行かなければ・・・と思う。
兎君をベットで寝かし、一緒に布団にもぐる。
それではおやすみなさい。
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ファルディアをログアウトすると、時間は16時40分くらい。いつもより少し遅めだ。ティラ君が蟻に集られていたからねぇ・・・。
隣を見ると内田は爆睡中だ。
「熊鍋・・・」
突然寝言を言い出す。一体なんの夢を見ているのかが謎過ぎる。
まぁきっと里美おばさんを避けて夕飯は来ないだろうから、このまま放っておこう。
まず日課から片付けますかねぇ。
・・・。
・・・。
日課の鍛錬や水まき、洗濯物の片付けやらして、家に掃除機をかけたり風呂掃除などしていると18時半ごろ、里美おばさんがやはり来る。
「こんばんはー!」
内田は姑息にも靴を二階に隠している。
里美おばさんに聴かれたら庇う気はないけれど、ぱっと見は分からない。
で、ばぁちゃんの飯のラインナップが里美おばさんの好きなものが多い。
水餃子とか、青椒肉絲、棒棒鶏、春雨サラダ、焼きビーフン、酸辣湯、杏仁豆腐まである。さっぱり目の中華だ。
「里美さん、はようきてー。」
と、中からばーちゃんが声をかける。
「おばあちゃん!聞いて!うちの子ったらね!」
「知っとるしっとる。逃げたんじゃろ。ダイスケは遊びたい盛りだからなー。」
と、笑ってるばーちゃん。
「もう、ホント私も仕事も忙しいのに、私疲れちゃって。うちの子もカヅキ君みたいに、少しくらいお手伝いくらいしてくれたらいいのに・・・。」
と嘆き頭を押さえため息をつくおばさん。ホント疲れてそうで大変だな。
そのまま椅子に座ったので、「はい、どうぞ。」とお茶を煎れてあげる。
クーラーが効いてるので、ばーちゃんのご飯も体を冷やすのが多いし、食が進むように温めのお茶である。
「多分、お手伝いしない奴の方が多いんじゃない?」
と自分が言う。
あんまりクラスの男子とかで手伝うって奴は聞いたことがない。
最も、家業でかりだされてるやつとか、漁をしてから学校にくるやつとか、牛の世話をしてから学校に来る奴とかいないわけではないけれど、ホント少数だよね。
するしないで言ったらした方がいいんだろうけれど、誰かが熱心に教え込むか、必然性があったか、相当もの好きでもない限り自主的に家事をやる男子は、そういない様な気もする。いや、女子だってそうだと思う。
あと、勉強が出来ればいいみたいな家もあるよねぇ。
「そういうもんなのかしら?」
「向こうの山田さんちも、共働きだったけど、息子二人と旦那が仕事から帰ってくるまで誰も作らないでご飯ずっと待っとる!って怒っとったがなー。」
「やる人もいるみたいだけど、やらない人は全然やらないよね。」
この辺は漁も畑もやってるから、男も女も総出で働く!って感じだけれども、もっと畑ばかりの所とか場所によっては女しか台所仕事しない!みたいな集落もあるみたいだしね。
まあこの辺も「口が悪い」って言われてる地域だけれども。
このへんの漁師町はそんなもんである。
ばーちゃんも、一人称は実は「俺」だ。この辺のおばあちゃんたちは、みんなオレオレいってる。詐欺もびっくり。
だから性格はさばさばしているのに女言葉の里美おばさんは、この辺だと意外と女っぽく見られてるんだよねぇ。おばさんは気づいてないかもしれないけれども。
「あの子、独り立ちできるのかしら・・・。ホント今から不安だわぁ・・・。大学とか行ったとしても、絶対彼女の家に入り浸るか、カヅキくん家に入り浸るか、遊び惚けて単位落として留年する未来しか見えないわ。」
おばさんが嘆きながら水餃子をつついてる。
美味しかったのか、一口食べたら目が輝いているけれども。
そんなところは、ホント内田とそっくりである。
「ダイスケはやりかねないなー。あまったれだしなぁ。」
「ほんとよねぇ。育て方本当に間違えたわ。共働きだし生きるのに必死で仕方なかったんだけれども。」
カラカラと笑うばーちゃん。オブラートという単語はない模様。
「やりたいことが見つかったら別人になるけどね。」
ホント中学3年の時はびっくりしました。
絶対高校は別れると思っていたしね。内田全然勉強していなかったし。
まさか3か月猛勉強するとは思わなかった。そして、まさか同じ高校に受かるとも。
そういうところはホント凄いなって思います。自分にはない力だ。
「そう?カヅキ君にそう言ってもらえると安心だわ。」
と、微笑むおばさん。心なしか弱々しい。
ちょっと内田は罪づくりではないですかね?
ところで・・・とおばさんがこちらに向き直る
「カヅキ君は他人のおばさんにこんな事言われたくないとは思うんだけど…」
と前置きをしてくる。
一体なんだろう?
「ファルディア?だったかしら?お父さんが作ったゲームなんでしょ?どうだった?」
直接何のひねりもなく、ストレートに聞かれる。
「それは・・・。」
なんで里美おばさんが突然そんな事を言ったのかわからない。
普段そんな事を言う人でもないし、自分の事を詮索してくるタイプでもない。
内田の友達だから、人より心配してくれてるって事だとは思うけれども。
・・・正直、心の準備ができていなかったからダメージがでかい。
「ああ、ごめんね。私、あの子と一緒でデリカシーがないから、嫌な聞き方しちゃったかも。ごめんなさいね。」
と、黙りこくってしまった自分に里美おばさんは慌てて言葉をつけ足してくる。
この話題については、内田は駄目になった自分を間近で見てたから、かなり臆病になってて殆ど何も聞いてこない。そして、それを良い事に自分もその状況に甘んじて、いろんな事を先送りにしてきたことを思い知らされる。
「里美さん、それは・・・。」
ばーちゃんも何か言いたそうにはしてるが、言葉が続かない。
「違うの。ごめんなさい。カヅキ君を傷つけたり詮索したり、そういう事がしたいわけじゃないの。・・・私もね、父方の祖母に育てられたの。」
初めて聞く里美おばさんの話に顔を上げる。里美おばさんが何を言おうとしているのか、会話の着地点が見えない。
「はっきり言ってね、すげーーーーーーーーーーー嫌な奴だったわ。ホント、カヅキ君のお祖母ちゃんが羨ましい!ホント大好きなの私!私のお祖母ちゃんになってほしい位よ!」
ご立腹の様子に思わず少し笑ってしまう。
「私はね、逃げ場がなくてね。高校の時に借金の代わりにババアの求める親戚の家に人身御供ばりに嫁にされそうだった。その時にね、いろんな人に言われたわ。『お祖母ちゃんはあなたのためを思って言ってるのよ。』『育ててもらった恩があるでしょう。』『貴方よりも可哀想な人は沢山いる。』とか色々ね。」
それは・・・自分よりもさらに過酷な状況だと思う。
少なくとも本当に行けるかはともかく、大学に行っていい、好きな事をしていいと言われる自分と比べたら、余程大変だ。
「そんな言葉全然助けにならないし、要らないわ。大好きなお祖母ちゃんの前でこんな事は言いたくはないけれど、カヅキ君は傷ついてカヅキ君の気持ちがある。貴方が本当にやりたいならゲームをやればいいと思うの。でもね。「やらなきゃいけない」わけじゃないの。だから、カヅキ君に直接聞きたかったの。無理してうちの子にやらされてたり、付き合ってるわけじゃないのね?」
そう、真剣に尋ねてくれる里美おばさんの瞳を見る。
ああ、この母があって内田が居るんだなと思うと心地いい。
こちらを真剣に慮る目。
そして間違う事を恐れないで、行動しようとする貫禄。
自分も里美おばさんには勝てる気がしない。そんな気持ちになる。
逃げてばかりの自分には、とてもかなわない。
「ダイスケ君に誘われてるからゲームをやってるわけじゃありません。・・・・・・正直、自分があのゲームをやりたいのかとか、まだわからないです。でも逃げてても駄目だと思うし、もう少しやってみてもいいかな、と今は思ってます。・・・何であの人が今更、自分にあのゲームを送ってきたのか、全然わからないけど・・・。」
本当に分からないのだ。
ただ、ファルディアとギアだけが送られてきた。
もしかしたらばーちゃんには何か言ってあるのかもしれないけれど、それでも大した事は伝えてないのだろう。ばーちゃんも不思議そうにしていた。でも、アイツが望むならと、とゲームをすることに賛成をしている。ばーちゃんはアイツをまだ家族だと思っているのかもしれない。
自分には本当に分からないのだ。
なんで、アイツが自分を捨てたのかも、この家から出て行ったのかも、3年経った今になってファルディアを通じて接触をしてきたのかも、何故それ以降、音沙汰がないのかも。
アイツが、自分の事をどう思っているかさえ―――。
そうなの。と言っておばさんが一つため息をつく。
「あまり深く考え過ぎちゃだめよ。意味なんて無い時だって、世の中には沢山あるんだから。」
とアドバイスをしてくる。
ああ、それもありうるな。
ただ、思い出して、ただ自社製品だから、余っていたから送っただけ。
他に与える人がいなかっただけ。
ちょっとした罪滅ぼし的な、何かの気持ち。
「あなたは、まだ高校生で未成年だけれど、もう大人のなりかけ。どこにでも行こうと思えば行けるわ。ただ、より強く羽ばたくために、まだ巣にいるだけなのよ。」
そうおばさんが言ってくれる。意味合いはきちんとはきっと理解できている気がしない。ただ、自分の可能性を信じて認めてくれる気持ちがして、こそばゆい。
「私は今の旦那に『君は自由なんだよ。どこへだって行ける。どこに行きたい?』って聞かれた事が一番救いになったわ。カヅキ君はどうか知らないけれど、もう小さな子供じゃない。何にだってなれる。それを忘れないでね。」
と、優しそうに言ってくれた。
きっと、里美おばさんの気持ちは全部分からないけれど。自分の足で立ち、自分で考え、自分で決めろと言われている気がした。
もしくは、その準備をしろと言いたいのかもしれない。
「・・・分かりました。心配してくれて、ありがとうございます。」
里美おばさんに比べて全然気の利いた返しはできないけれども。
とりあえず、里美おばさんが自分の事を真剣に心配して、自分の過去を話してくれたと思うし。そういう気持ちはありがたいと思うんだよね。
だから、感謝の言葉しか言えなかった。
里美おばさんの言ってる事が自分にとっての真実になるかは分からないけれど、あくまで里美おばさんの人生で感じた事の一つの道を示してくれた。それは今わからなくても、そのうち何かあった時の判断材料になるかもしれない。簡単な慰めとか、口先での「可哀想」とかそういうのとは全然違った、重い重い言葉だった。
「難しい話もいいけんど、ばーちゃんの折角の料理が冷めちまうよ!」
と、明るくばーちゃんが茶々を入れてくる。
ばーちゃんなりの気遣いだろう。
「本当ね!おばあちゃん、どうして今日は私の好きなものばかりなの?」
「里美さんがダイスケにいじめられてるって聞いたからな!ばーちゃん頑張ってみたよ。」
「おばあちゃん!ホント優しい!大好き!」
などと、いつもの漫才が始まる。
「おばあちゃん、この棒棒鶏、ゴマがびっくりするくらい美味しいんだけど・・・」
「そのゴマ貰いもん!」
「怖いわぁ・・・。何でゴマが一番おいしく感じるのかしら。」
「里美さん、疲れてるんじゃないか?ゴマは栄養価高いから。」
「否定できないわぁ。でも下のトマトとキュウリも美味しい。」
ご飯談義から、明日何の店を見るとかそういう話に花を咲かせているおばさんたちを見ていて、こういうのが普通の幸せなのかな、ってちょっと思う。
明るい食卓。
賑やかな我が家。
他愛のない会話。
穏やかな気持ち。
自分は何にでもなれる。
本当にそうだったら、いいのに。
心からそう思う。
―――――『カヅキは、将来何になりたいの?』
久しぶりにアイツにそう問いかけられた、そんな気がした。




