4
私が名付けた兄の名前は、シンという。短くて呼びやすくて可愛らしい。なんなら一日中呼び続けて居てもいいくらい彼は可愛い。私が名を呼ぶと、頬を染めてこちらを見る。抱きしめるといまだに一瞬体を硬くして、撫でていくと徐々に力を抜いていくのもいつまでも初々しくてたまらない。無駄に置いたままにしていた後宮の女どもをすべて里に返したときに、「僕は後継者を生んだりできないのにいいの?」と震えていた時などは、あまりの可愛さに一週間だき潰してしまった。どうせ魔族は子供に跡を継がせる習慣などなく、新しい魔王はその魔力量で、今の魔王の魔力を超えた時に、自然に譲位されるのだ。まあ、私は正直未だ嘗てないと言われるレベルの魔王なので、そうそう次代ができると思えないのだが、最近はこの魔王の位が嫌で仕方がない。仕事は今ももちろん少ない。それでもシン以外に煩わされたくないのだ。二人でいちゃついてる時に現れる宰相などは時々殺してしまいたくなる。
その日もそうだった。
「魔王様、お忙しい中申し訳ありません。」
シンを膝に乗せて耳を舐めていただけだ。まあ確かに心の底から邪魔だが、忙しいと言われると皮肉としか思えない。私は舐めることをやめて、赤くなっているシンの顔を宰相に見えないように抱き込んで、宰相に目で続きを促した。
「トーイと名乗る男が、魔王様を退治しに、この地に向かっているそうです。」
…忘れてた。綺麗さっぱり忘れていた!!シンも忘れていたのだろう。今までで一番体を硬くして固まっている。
「わかった。下がれ。」
「つぶさなくていいですか?」
「自分でする。」
私がいうと、宰相は頭を下げてさっていく。私は腕の力を緩め、胸に顔を埋めていたシンの顔を持ち上げると、シンは目を真っ赤にさせて、両手で私の胸にすがりついた。
「お願いだから、トーイを、こ、殺さな、いでください。できたら傷もつけないで。」
「当たり前だ。シンの大事な弟だ。しかし困ったな。シンに夢中でトーイをすっかり忘れていた。」
さっさと王に襲うのをやめたと伝え、トーイにはシンの同意付きで私がもらうことにしたから、剣は持参金がわりにやると言っておけばよかった。いや剣では足りないか。シンの価値はもっと高い。などと徒然に考えてると、シンが微笑んで言った。
「さらわれてから10年が経ったんですね。僕、魔王様が監獄にくるのがあと1ヶ月遅れてたら死んでましたよ」
…改めて言われて大ショックを受けた。そうだ。あの時殺しかけたのもショックだが、シンは私よりもはるかに早く死ぬのだ。嫌だ。そんなのはすごく嫌だ。呆然とした顔の私に焦ったシンが、慌てていう。
「でもあれからずっと幸せです。僕、自分の人生がこんなに幸せになるなんて、夢にも思ってませんでした。」
「魔王やめる…」
「え?」
「もう魔王なんてやってる時間はない。引退してずっとシンといる。」
「え?え?」
「私はほぼなんでもできるが、他の生き物の寿命を延ばすことだけはできない。シンは残り数百年も、私と生きてはくれないだろう?」
「む、むり…。」
「魔王をしてると、魔力の循環で、魔力が安定して寿命が伸びる。私はもう長生きしたくない。なんなら寿命を縮めたい。そうだ。トーイに倒されたふりをしてやめよう。」
「え。だ、だめです!トーイが他の魔族に恨まれます!」
うーむ。魔族はそんな情に厚くない。大丈夫だとは思うが、次代が決まってない状態で引退するのは場の安定が悪くなって世が乱れる。世が乱れたら私とシンが安心して過ごせないか…。あくまで自分本位に考える。まずは次世代探しか…。って、トーイの件が目の前か。1秒も早く王をやめるためにもトーイをなんとかするとしよう。戦う必要もない。私はシンがいればそれでいいから、戦う必要はないことを告げにいこう。私をシンを抱き上げると、そのままトーイの前に空間移動した。




