第八話
「まず最初に、天音さん。あんた、俺に隠してることがあるだろ?」
「……なんのことですか?」
「あんたの足のことだよ」
「!」
――人形発見の、少し前、
『天音さん。あんた、足でも怪我してるのか?』
――円は、慎のその問いに、
『大丈夫です。ちょっとした筋肉痛ですから。最近忙しくて疲れが出てるんですよ、きっと』
――そう、答えた。
「あれ、嘘だろ。あんたの足はもっと重傷だ」
「なんでそんなことが――」
「わかるんですか――だろ? 簡単なことだ」
慎は、人差し指で自分の頭をコンコン、と突く。
「俺にはな、他人の考えてること読み取る力があるんだ。――〈思考の読者〉と勝手に俺は呼んでる」
「……うそ、そんな……」
〈思考の読者〉
他人の思考を読むなんてなんとも信じ難いことだが、実際慎は、円が喋ってもいないことを本当に当てて見せた。
そう。円の足は、筋肉痛などではなかった。
円が大会の選手に抜擢されてからの数週間、円は試合に出られるようになったこともあり、練習に更に精を出していた。朝練は毎日体育館に一番乗りで、放課後に至っても早めに来て、点呼前の少量の時間をも自主練に費やしていた。
――もちろん、努力はそれ相応の作用を及ぼした。
事実、時を重ねる毎に円の動きには磨きがかかり、ボールの扱いも上手くなって、練習試合でも見せ場が増えた。偶然のような形で試合のメンバーになったことをよろしく思っていなかった部員達も、だんだんと円を認め始めた。
――ただ、努力は作用と共に副作用を迎えた。
それは、最初はただの違和感だった。だから円は、気にも留めていなかった。
後に、違和感は少量の痛みを伴った。これでは練習に支障を来す。
そう思って訪れた診療所で、その結果を耳にした。
『一応X線で調べてみたところ、足――正確には頸骨の一部に、小さなひびが見えた。おそらく跳躍型の疲労骨折だね』
――疲労骨折――……骨折……。
円は大会を待たずに、試合終了のブザーを聞いた気がした。
天音円の不幸は、頑張りすぎたことだったのだ。
『今のところあまり問題はないな……。この段階なら、派手な動きをしなければ自然治癒するはずだよ。……君、確か光来高校のバスケットボール部だったね? ――二、三週間は運動を控えた方がいいよ』
そのとき、大会は既に二週間後だった。骨の治癒を待っていたら、大会を棄権することになってしまう。
――運動を控える? そんなわけにはいかない。
決意して円は、誰にも足のことを話さず、平然と部活に取り組むのだった。
「俺は思考が読める。だから、神葉さんの動機もわかっている。……神葉さんは、あんたに無理をして欲しくなくて、脅迫状や人形なんて送りつけたんだ」
「え!?」
疲労骨折とはいえ、ひびを広げていけばいつかは、ちゃんとした治療の必要な骨折に発展する。
脅迫状や異質な人形を送りつけてまで、円を試合に出すまいとした犯人の目的は、決して嫉妬ではなく、かといって悪意の欠片もない――良心だった。
だから犯人――環はそれらを送る度に、申し訳ないという謝罪の念でいっぱいだったのだ。
「――そもそも、なんでタマちゃんが私の怪我のこと知ってるんですか!?」
「さあ。俺の思考を読む能力にも限界がある。その辺は本人から聞いてくれ」
慎は投げやりな態度で、環に視線を送った。
「……円の行った診療所の医者が、あたしの親戚で……診察に来た子があたしと同じ高校の学生で、同じ部活だって気づいて……それで、様子を見てて欲しいって連絡くれたんだ……」
環は観念したように、重い口から言葉を吐き出した。
「……でも円は怪我なんて嘘のように、熱心に練習してたから――当たり前だよね。念願叶ってレギュラーになれたんだもん。……だから私の方からは話を切り出せなくて……。それに、あたしがどう言ったところで円が引き下がってくれるとは思わなくて……それでも円には怪我を悪化させて欲しくなくて……だから――」
手紙で脅し、大会に棄権させ、そして練習を止めさせようとした――。
最後の方は涙声になっていた。
「……タマちゃん……」
円はすっかり落ち着きを取り戻していた。
――大会に出場したいという一心で、怪我を隠してまで練習を続けていた。それによって怪我が悪化したのは言うまでもないが、
――傷ついていたのは自分だけではなかったのだ。
何も気づかずに、ただただ環の心に負担を掛けさせていた。その事実は、円の心に深く突き刺さった。
円は、泣きじゃくる環の肩を抱いた。
「……ありがとう。そんなに私のことを大事に思っていてくれたんだね……。……それなのに……心配かけちゃって、ごめんね……」
「……ううん、誤るのはあたしの方だよ。脅迫状や人形を送りつけて……円を困らせちゃって……」
「……タマ……ちゃん……」
円の頬にも、涙が伝った。
「本当に……ごめんね」
抱きしめる腕により力を込めて、二度目となる謝罪の言葉を環に捧げた。
鮮やかに輝く月の下、しばらくの間、二人はお互いの心の傷を癒し続けた。




