「エピローグ」
「何やってるのさ? 瀧さんは彪を守ろうとして戦ってたんだよ? 君が死んだら意味無いじゃないか?」
「そんなこと解ってる。俺には火鮫を倒す力は無い。でも瀧なら可能だ。だったら俺の役割は盾になること。紫郎にとって的になる人間は二人居た。なら俺が瀧とその場所を入れ替えることも出来るんじゃないかなって、瀧の生け贄の話しを聞いたときに思いついたんだ」
「もう彪の尽くしっぷりは、異性への見栄張りをとうに超えてるね?」
「そんなの俺の知ったこっちゃない。『始めた』人間に聞いてくれ」
「始めた?」
「俺を拾ってくれたのはドッペルゲンガーの瀧 順子。俺を庇って死んだのは本物の方。俺と友達の作り方を教えたのは一文字 ゆかり。出来もしないやり方で妹を救おうとしたのは風見 孜朗乎。『何か』を始めた奴らは、俺に影響を与えた奴らはたくさん居る。ひょっとしたら俺が瀧を庇ったのだって、ヒーロー様を救った英雄になりたいなんてゆう単純な理由かもしれない。他に答えようと思えば、いくらでも理由を並べられる」
「ふうん、随分人に左右されるね」
「今回のことで理解出来た。やっぱり俺には他人は必要だ。誰かが言ってくれるから、誰かが見せてくれるから、自分とは違う答えが見つけられる。俺が選んだ行動なんて瀧のまねっこだ」
「じゃあさ、何か言い残したことはないかな?」
「瀧に謝っとかないとな。死ぬなんて言ってなかったわけだし。まあ無理だけどな」
「僕も最後に彪に月並みなことを言っておくよ。どうかこれからも瀧さん達と面白く生きてかつ、『幸せ』になってくれよ」
※
「いや、俺は死んでるんだから生きろとか無茶なお願いされてもな…………ってアレ?」
「女王様~! 女王様~! 菟柄君が目を覚ましましたぞ~」
「見張りご苦労。じゃ、とっとと行ってください。後、女王様と呼ぶなと何回言わせるんですか!」
うっすら開いた瞼の前で近くに居た人影が蹴り飛ばされ、別の人間が現れる。
「確認しますけど、貴方は彪君の方ですよね?」
俺は寝かされているようだ。最初に目に入ったのは前屈みになって伺う瀧 順子の、揺れる大きな胸だった。一気に目が覚めた。
「……成るほど。この性欲の持て余しっぷり、間違いなく彪君ですね」
寝ている部屋は和室。瀧の家ではない。ここはどこだ?
「風見家です。今は私の物となりましたが」
「そもそも俺は死んだと自覚してたんだが?」
「菟柄 洸が紫郎の逆をしたんです。消える貴方の人格を自分の体に上書きした。彪君の体は今やノーマルとは言えない代物になってます」
あんな話しするんじゃなかった。俺が皆に影響を受けたように、アイツもまた俺の自分勝手さを学んでしまったらしい。何が俺が死んだら意味ないだ。アイツが居なくなったら、俺があそこに来た意味も無くなるだろうが。
「風見家は名前の取り潰しになりました。元々去年に孜朗乎がドッペルゲンガーを作ったことから、組織からの印象は悪かったんです。資財も門生も瀧家が吸収することになります。まあ元風見の人間が私の言うことを聞くわけもないので、実質的な代表は善筑さんに任せました。彼は私とは顔見知りでして、実力もあるし彼等の混乱も数日もすれば回復するでしょう。火鮫 由城の処遇も彼に一任しています」
「なあ、孜朗乎はどうなったんだ! 紫郎が勝手に動いただけで、アイツは今回は悪くないんだろう? ついでに一文字は?」
襖を少しだけ開けて、部屋の様子を伺っている巨体。ソイツはニヤニヤしながら、期待の眼差しで俺達を見ていた。
「孜朗乎、どっかに行けと行った筈ですが?」
「はッ。ですからこうして遠くから、二人がいい雰囲気になってラブコメ合体するか見守っているのであります!」
瀧は俺に了解も取ることなく、頭を乗せている枕を引っこ抜き、枕を投げる。器用なことに彼女は、隙間から見えている孜郎乎の顔面に命中させた。
「あの後、命令で紫郎の人格を破壊しました。孜朗乎本人が直接の悪でないにしろ、責任があります。だから彼を守る為に私の奴隷にしたんです。この男への復讐心や憎悪を演技するのはまあ、難しくもなかったのですが。これで孜朗乎を殺さずに済みました。ゆかりはピンピンしてますよ? とても貴方のことを心配していましたし、早めに連絡をあげてください」
「俺のことは、その組織とやらではどういう扱いになったんだ?」
俺の質問に答えたのは、頭に枕をめり込ませている孜朗乎だった。彼はとんでもないことを口走る。
「愛人扱いだよ。君が気に入ったから傍に置いておくと、反対を押し切って勝手に決めたらしいよ? 言い訳にしては随分熱っぽい語りだったが。それならボクのことも愛人にして、爛れた人間だとカミングアウトすれば良かったものを」
瀧がズンズン孜朗乎に歩いてゆくのを見ながら、目覚める前にしたアイツとの会話を思い出す。今度は俺がアイツの願いを叶える番だ。
「まあとりあえず探してみるか。アイツの言っていた『幸せ』ってヤツを」
おしまい