第53話 神の顕現
今になって思えば、ギギラ・クレシアは珍しく慢心していたのだろう。
メイン戦術である禁術を封じる力。
簡単に肉体をえぐり取り、数多の攻撃を防ぐ【役割神託:操り人形】。
この二つをこれ以上ない形で彼女は攻略した。
もちろん、そのうえでギギラ本人にかかった負担も大きい。
「はぁ、はぁ。今日もギギラの勝ち」
そう、だから彼女は思ったのだ。
今日の戦いはこれで終わりだと。
『ふざけるなよ!!』
『アンタは今まで禁術使いを捕まえた実績があっただろうが!!』
『このコロシアムのNo2がこんな所で負けるの見せられて、私達は今後の生活をどう生きればいいの!!』
喧騒が響く。
一層うるさい罵倒が混じってはいるが、これもいつもの事だ。
だからこそー
「死んでる場合か!!【何としてでもギギラ・クレシアを殺せ】」
その罵倒にジャーエルの赤い糸が答えているなどギギラは知る由もなかった。
「えー」
グニャリ。
聞くだけで脳が悲鳴を上げる音がする。
ふと視線を横にずらした。
そこにあったはずのギギラ・クレシアの左腕はどこにもない。
代わりと言わんばかりに滞在しているのは、幾重もの赤い糸が編み込まれた縄だった。
「え?」
「何?」
ギギラ本人も、先ほどまで罵声を浴びせ続けていたギャラリーも、何が起こったのか分からず沈黙する。
「ッツ。バラン君!!」
唐突に起こった悲劇を脳に叩き込み、ようやく飲み込んだギギラは自分の身よりもバランの心配をした。
さっきまでバランを左手で握っていたのだ。
もしかしたら、さっきの縄に巻き込まれているかもしれない。
ギギラは急いで眼球を回す。
そして、自分の腕と一緒に虹色に光るバランが地面に落ちているのを発見した。
それと同時に、複数の縄がギギラ達を襲う。
「バラン君その状況解いて!!」
ギギラの声を聞いてバランは身にまとっていた虹の魔力をパージする。
いつもの形態に戻ったバランは叫び声を上げながら赤い縄の攻撃をかわす。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!なんで?!使い手のジェーエルはさっき確実に殺したはずだぞ!!」
「バラン君落ち着いて。今そっち行くから!!」
幸いなことに、今ギギラは彼氏No25【直線覇王の雷撃靴ハック】を装備している。
直線距離に限っては最速を誇る彼の力でバランに接近。
右手に持つ大弓の弦を歯で噛みつきながら引き、そして開放する。
放たれた空気の矢は眼前を覆い隠す赤い縄を全部弾き飛ばした。
「ギギラ!!お前腕が」
「大丈夫だよバラン君。こんなケガぐらい簡単に直してくれる彼氏がいるからさ」
心配を掛けまいと、無理をして明るい声を出す。
荒い息を上げながらギギラが見たのはジェーエルの死体がある方向だ。
ジャーエルが復活していたりだとか、息を吹き返していたりだとか、そう言った事は無かった。
しかしながら、彼女の死体周辺に赤い糸が生成されている。
ジェーエル本人は死んでいるのに、彼女の能力だけが生きている。
「役割神託……ギギラが使う禁術とは違う力……その源は、【耳無し】とか言う神の」
声に出して、情報を整理する。
そうしてギギラはやっと気づいた。
ジェーエルの死体を優しく抱きかかえる淡い光があることを。
その光の正体が【耳無し】と言う神であることを。
『皆さん!!落ち着いて聞いてください!!まだ勝負は決していません』
いつもコロシアムの実況をしている男が声を張り上げる。
『現在ジェーエル・モランシーは生と死を彷徨っています!!しかしながら、皆さまの声があれば彼女を死の淵から復活させることが出来るのです!!』
その声は、ただただ勝敗を伝えていただけの言葉とは別物だった。
れっきとした意志を持ち、民衆を扇動させるための力がこもった声だった。
『民衆の声を聞き、それを実行する代行者!!弱き我らの気持ちを代弁する端末!!我らが望む未来への行動を示す民衆の為の操り人形!!そうある為の異能こそ彼女の能力であるのならばー』
『俺達が声を上げれば』
『答えてくれるのね』
最後まで聞かずとも分かる。
そう言わんとする勢いで民衆が湧く。
『頑張れ』『負けるな』と脅迫する祈りが怒号を上げた。
この世の全てを排除しろと無茶振りをする怒りが産声を上げた。
その声に答えるように赤い糸があらゆる所から生成される。
そこに込められているのは言うも間でもなく他責思考の祈り。
糸はギギラを襲わず、民衆を護らず。
ただただ真っすぐにジェーエルの死体へまとわりついた。
「なるほど、ギギラ達はこの瞬間の為にはめられたんだ」
ギギラは【嫉妬狂いの風穿弓ベイリル】.の攻撃力が一番上がる状況を作りながら戦っていた。
きっとジェーエル達も同じだったのだ。
【役割神託:操り人形】を一番効率よく、この上なく強力にする為にこの状況を作った。
それを悟り、焦るギギラに追い打ちが掛かる。
「逾晉ヲ上?莉翫%縺薙↓縲∵眠縺溘↑逾槭?逕溯ェ輔繧」
かの神、【耳無し】がこの世の物とは思えない言語を放った。
音として理解できないその言葉は、不気味な事にその意味を直接叩き込んでくる。
空の臓器は糸で再現を。
貧弱な人の肌には直接赤い糸を。
神にふさわしい装いを、その身に直接縫い合わせ。
数多の祈りを彼女は受け入れた。
であればこそ、彼女は人を辞め、新たな秩序として変性する。
「ならば私は神になりましょう。この世界を良き方向に進めるために」
祝福をここに。
彼女への神託は書き換わる。
【赤き軍服の戦神】
それが新たな神となる彼女の名前であると。




