第43話 【声無し】の神託
アルチナの人生は殆ど完璧な物だった。
家柄は優秀で、魔法の才能あって、容姿にも優れていた。
「なんであいつが……あの魔法属性は混沌じゃない」
何かをやりたいと声を上げれば、家族のコネで協力者が集まる。
彼女の才能、美貌に惹かれて色男も集まる。
自分を慕ってくれる友達も多い。
「家も平凡、頭も無い才能も無い。ないない尽くしのアホに出来てどうして私が出来ないのよ!!」
誰もがうらやむ人生を歩いていた。
そんな彼女の完璧な人生にヒビを入れたのはー
「許さない……許さないわ、バラン」
取るに足りないと思っていた幼馴染が起こしたまぐれだった。
◇
「───────」
「相手が神であろうと私に攻撃するなんて大罪よ。これって常識だと思うけど?」
【声無し】とアルチナのスペックの差は明らかだ。
アルチナには神の攻撃を防ぐ手段は無く、アルチナ側に神への攻撃手段は無いはずだった。
人の目では追う事の出来ない速度で飛び回る神。
それを魔術で打ち落とすなんて現実味の無い話だ。
『解析完了。敵対勢力ギギラ・クレシア、および【声無し】の行動予測実行。軌道修正機能起動』
「今度こそ死になさいバラン!制圧する海魔弾」
そんな現実味の無い光景がコロシアムで繰り広げられていた。
「嘘だろあの杖。こっちの動きを予測してやがるのか??」
【声無し】の手に握られるバランは心底アルチナの作った杖に恐怖していた。
このスピードをものともしない予測。
おまけにこっちの攻撃はオートガードで止められる始末だ。
アルチナは魔術的な人工知能だかなんだかを杖に盛り込んだと言っていたが……それがここまで恐ろしい性能だとはバランは夢にも思わなかったのだ。
「にしても度し難いわね。バランごときの力で私の攻撃を相殺するなんて」
「───────」
そんな想定外の状況に対して、【声無し】の動きにも変化が表れていた。
高速を活かして速相手を殺す動きから、相手の攻撃を確実に処理する守備よりの動きへと。
高速でバランの魔力を放出させ続け、彼を疑似的に膨大となった魔力を纏う刃へと変化させていた。
この状況に合わせた最適解の無茶ぶり。
バランにも【声無し】にも、【声無し】を降ろしているギギラの体にも大きな負担がかかる戦い方を強制させられたのだとバランは気づき、心に踏ん張りを効かせながら神の要望に応えていた。
「まぁ、神様なんだしそれぐらい出来て当然か。バラン本人は神様の力に振り回されてるだけみたいだし」
「うるせぇな!!それでも攻撃に貢献出来てるから良いんだよ!!」
『解析完了。神は杖の力を光速で繰り返し、疑似的な重ね掛けで威力を向上。かの杖との相性はいいですが、効率はやや悪い様に見えます』
「最後の一文いらなかったろ!!」
必死に声を上げるバランを見てやはりアルチナは悪趣味な高笑いを上げている。
余裕そうな姿を見せているが、アルチナは決して慢心はしていなかった。
バラン達の隙を見て天球の様な魔弾を生成し、彼女の周囲を回る様に巡回させているのだ。
いつでも、どの属性の魔弾でも攻撃が出来る様に。
「でもこの状況じゃ俺もお前も互いに有効打はねぇだろ。余裕そうにしてる場合じゃねぇんじゃないのか?」
「あらバラン。あなたやっぱり馬鹿の脳無しなのね」
「はぁ?!」
【声無し】の高速乱舞とモーゼアロンの軌道計算によるピンポイント迎撃が繰り返される激しい戦場の中、幼馴染の二人は罵り合う。
「その神様をギギラ・クレシアの体に降ろせる時間はほんの僅かだって私知ってるの」
流れる隕石、渦で地面を切り裂く水球、体を吸い込む嵐、空気さえ灰と化す灼熱、悪しきものを消滅しつくす光、なんでも飲み込んでしまいそうな闇。
次から次へと凶悪な魔弾がバラン達を襲う。
「先にスタミナ切れでへばるのはそっちの方じゃない」
◇
「あんの女。調子にのってぇ」
一方此処はギギラの精神世界。
【声無し】が彼女の体を借りて戦っている間、外の状況を確認しながら思考する場所だ。
「にしても神様がここまで押されるとは思わなかった。あの女を徹底的にぶちのめす為にギギラがする事はー」
「まったく、女性に対しての嫌悪は留まる事を知らないな」
「ん。ミノト君」
イライラしているギギラの前に現れたのは、和服を着た不愛想な男だった。
【声無し】の降臨に使った武器であるミノトだ。
「それに不敬だぞ。【声無し】様の戦を不安そうな顔で見つめるのは」
「痛ったぁ。ポコッと叩かなくても良いじゃん」
ミノトはハッとため息をつくと、外の戦いが映し出されている場所へ目を向ける。
「【声無し】様はお前の体に降ろされたとき、全ての記憶を見た。あの杖との馴れ初めも、アルチナなる女との因縁も」
「その因縁を踏まえたギギラの勝ち筋も?」
「もちろんだ。だから今【声無し】様はあの杖に無茶をさせている。良いか、よく聞け」
ミノトはギギラに耳打ちをする。
言葉を発さない神の代わりに、その意思をギギラに伝えるために。
◇
「そら!!そら!!さっさと落ちなさいよバラン。あのイカレた女ごと死になさい!!」
「くそっ。このままじゃ」
爆撃。
爆撃。
1回躱してまた爆撃。
その体に傷は無くとも、体の消費は馬鹿にならない。
バランは気づいている。
神様の装束が乱れ始めている事に。
それどころか、神様の力が全て自分の魔力を回す事に使われている。
そのおかげでバランは今や莫大な魔力を纏った剣を疑似的に再現している状態になっているのだが、それも大本も神様が居なくなっては成り立たない。
つまりだ。
自分たちはジワリジワリと詰みへと追い詰められている。
「私の余力はまだまだあるわ。一日中こうやっても問題ないぐらいにはね」
神様の装束が大きくはだける。
あと何秒でこの均衡が崩れてしまうのか、そんな不安からバランは神様の顔を見つめた。
「───────」
「え?」
その一瞬、神様がバランに見せたのは……この状況にそぐわない微笑みだった。
◇
『【声無し】の消滅を確認』
「そう、よくやったわね」
モーゼアロンの報告を聞いてアルチナは内心ほっとしていた。
ギギラ・クレシアの戦闘記録を見返したとき、一番危険視していたのがこの神様の降臨だった。
アルチナは魔法使いではあるが戦士ではない。
動体視力はもちろん良くない。
魔法を使わない猛スピードの攻撃など対処のしようも無い。
だから、モーゼアロンの性能が【声無し】の攻撃能力を上回る必要があった。
「ふふふ。あははははは。予想以上じゃない。これは私が勝ったのも当然ね」
繰り返し言うが、彼女は優れた魔法使いであっても戦士ではない。
だから知らない。
「頭の中お花畑なの??こんなのでギギラが負けるわけないじゃん?」
「は?」
死体を確認せずに行う勝利宣言など愚の骨頂であるということを。
『敵性攻撃急接近。オートガード起動』
モーゼアロンがバリアを張る。
その直後、風の塊が怒号を放ちながらバリアと激突した。
「これはー」
「良かったねぇ。その杖が勝手にバリアを張らなかったら、今頃死んでたよ君」
イライラしながら声の方に視線を向ける。
そこには嫌な笑顔でこちらを見つめ返すギギラ・クレシアの姿があった。
「バラン君。ギギラね、神様から色々聞いたんだ」
「へ?な、何の話??」
宿敵は視線をこちらから外さず、いつの間にか取り出していた大弓を構えている。
そして、妙に甘い声でバランに声をかけていた。
「バラン君。この戦いに終止符を打てるのは君だけ」
「おいおいおい。お前も俺の性能は知ってるだろ??」
「大丈夫。その性能差をひっくり返せる舞台をさっき神様が作ってくれたから」
「ちょ、ちょっと待て!!いくら何でも唐突すぎて追いつけねぇぞ!!」
「まぁ行ったら分かるよ」
ギギラはけろっとそう言うと、ゲートを開いた。
「バラン君はこの中に入って神様とミノト君の指導を受けてね」
「ちょ、急!!って押すな」
ギギラはテイっとバランを押してゲートの中に放り込んだ。
「バラン君が戻ってくるまでの時間はギギラ達が稼ぐから安心してよね」
「ちょー」
バランが完全にゲートの中に戻る。
それと同時に、ギギラの声がドスの効いた低音に変化した。
「さて、バラン君が戻ってくるまで私達が遊んであげるよ」
「ハッ。長々と何が始まるかと思ったら。しょうもないったらありゃしないわ!!」
アルチナが杖を握る力が自然と上がる。
その憤怒に答えるように、天球のごとき魔弾が再展開された。
「何をしたいのか全く分からなかったけど良いわ。バランが戻って来る前に、アンタを殺してやる」
それを見て、ギギラ・クレシアは不敵に笑った。
瞬間、バランが入ったゲートから複数の武器が飛び出す。
「彼氏No39、【希望の双翼エトセトラ】」
「彼氏No59、【悪食の咢ブロン】」
「彼氏No44、【嫉妬狂いの風穿弓ベイリル】」
「彼氏No18、【写し鏡の流水剣ルキーラ】」
飛び出した武器がギギラに装着されていく。
背中には羽。
口には牙。
右手には大弓。
左手には魔法陣の描かれたワイングラス。
それはかつてバランと共に戦い、強敵を打ち倒して来た仲間達だった。
「それじゃ、ギギラは全力で抗わせてもらうよ」




