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限界社会人は女子高生を拾ってしまった。そして溺愛される百合の話  作者: 秋羽


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7/7

お仕置きという名のご褒美

 人生なんて、大抵はなんとかなる。

 後悔に時間を使うくらいなら、次に進んだ方がいい。


 そう思って、私は何も考えずに行動してきた。

 困ったことは特になかった。だからきっと、何かを取りこぼしていることにも気づかなかった。

 自分にコンプレックスはない。性格を除けば、欠点なんて思いつかない。

 見た目も、頭も、恵まれていると思う。


 学生の頃と今で変わったことがあるとすれば、人のために動くことに多少のやり甲斐を感じるようになったことくらいだ。


 教師になろうと思ったこともあった。

 けど、やめた。


 ああいう仕事は、きっと私には向いていない。

 規則正しく生きて、誰かの模範になるなんて、どう考えても無理だ。


 ——多分私は、まともな人間じゃない。


 現に今、私は教え子の前で正座しているんだから。


「誤解です。今回はマジで浮気なんてしてません」

「……今度はするつもりなんですか?」


 深呼吸を三回。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。


 凪の誘いに乗ったのは、別に間違いじゃなかったはずだ。

 ただ、少し相手が悪かっただけで。


 二十八にもなって、酒の誘惑に釣られるのはどうかと思うけれど。


「特に、この肩から香水の匂いきつくないですか?」


 この子の嗅覚はどうなっているんだ。

 凪の香水はきつい方じゃない。

 あれくらいで移るものなのか。

 もたれかかっただけで匂いがつくなんて、初めて知った。

 アルコールや煙草の匂いさえ香水に負けるというのか。


 私は顔を上げ、あやめを見上げるように目を合わせた。

 あやめは、何かを押し殺したような、判別のつかない表情をしていた。

怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。


「一刻も早くお風呂に入ってください。今すぐ洗濯するので、ここで脱いでください」

「え、ここ……? せめて脱衣所で……」

「いつも全裸で寝てるんですよね?」

「脱ぎまーす……」


 あやめが眉間に皺を寄せている。

 ここに来てから、あやめは基本的に笑顔だった。笑った顔か、少し照れた顔。


 だけど、初めて見るあやめの顔は、鋭く私の心に刺さる。


 あやめには、きっと一生勝てない。

 ……いや、違う。

 勝てないんじゃなくて、嫌われたくないんだ。

 ああいう顔をされると、思考が鈍る。


 なのに私は、反省しきれていない。

 もっと、この顔を見たいと思ってしまっている。

もっと困らせたい。


 アルコールのせいかもしれない。まともな判断ができている気がしない。


 あやめが私の生徒になってから、後悔しないように、なんてことを考えるようになった。



 私はあやめの要求通り、目の前でカットソーを脱いだ。

 白い肌の所々に、小さな赤い痕が見える。

 首筋や鎖骨周りは、特に目立つ。



 あやめは私の前にしゃがみ込んだ。


「自分の立場、自覚してるんですか?」


 唾を飲み込む。

 まさか、たった一日で、こんなふうに堕ちるなんて。

 数時間前の理性はどこかへ消えたようで、私はあやめから目を離せない。




「自覚が薄い薫さんには、お仕置きをしないとわからないようですね」


「お仕置き」という言葉がこんなにも甘く響くなんて。脳が蕩けてしまいそうだ。


 あやめは私をカーペットの上に押し倒し、お腹に手を当てた。


 障害物のない腹部を撫で回す手つきは、すごくくすぐったい。


 あやめは何を考えているのだろうか。

 この状況に興奮しているのだろうか。


 少なくとも私はすごく興奮している。心拍数が上がって、心音が聞こえそうなぐらいに。


 彼女の視線が私から離れることはなかった。私が触れようとした手を、あやめが制止する。


「薫さんが動いたら、お仕置きにならないですよ」

「……もうすでにご褒美なんだけど」


 本音が漏れる。この状況を、私はすでに楽しんでいる。

 アルコールのおかげで、良くも悪くも後のことを考えられない。


「薫さん……私、薫さんのことが大好きなんです。最初の彼女にはなれませんでしたが、私が最後の女になりますから」


 私は固まってしまった。

 この至近距離で、これほど巨大な愛を伝えられるなんて。

 腹の奥がぎゅうっと締め付けられる感覚になる。あまりの衝撃に口が半開きになり、呼吸することさえ忘れていた。


 顔が熱い。珍しく、心底照れてしまった。

 惚れられる側から、惚れる側になるなんて、思いもしなかった。


 あやめは、戸惑っている私を見逃してはくれない。

 顔が近づいてくる。瞬きをした瞬間、唇に柔らかい感触が触れた。

 触れるだけのお仕置き。


 私は我慢をしなければならない。

 どちらが獣なのか、もうわからない。

これのどこがお仕置というのだろうか。


「薫さんって何でも似合いますけど、青が一番似合いますね」


 あやめは少し体を起こし、私を見下ろした。

 下着の色。勝負下着というわけではないが、それなりにデザインのいいものを着けていた。


 今から何をされるのか、期待してしまう。


 良くないことだと分かっていながら、やましい気持ちが膨らんでいく。


 倫理観なんて捨ててしまおうか。バレなければいい話なのだから。

 私はあやめの手首を掴み、自分のお腹へと誘導した。

 もっと触れて。もっとお仕置きして。


「……もう手放す気はないし、あんたは私の女だ」


 私の言葉に、あやめの体が一瞬ビクリと跳ねた。

 人に向けていい感情ではないのかもしれないが、もうあやめをこの家から出すつもりはない。いっそ監禁してしまいたいほどだ。


 あやめは私のお腹を撫で、唇を近づけた。

 両手で私の骨盤を強く掴む。

 明るいリビングでは、彼女の行動がすべて丸見えだった。

 愛おしすぎて、私は下唇を噛みながらあやめの頭を撫でた。


 湿った音が聞こえるほど、あやめは私のお腹に何度も何度も甘くて痛いキスを繰り返す。

 時折混ぜられる甘噛みの感触が、鋭く神経を刺激する。


 少しずつ、私の胸元へと這い上がってくるあやめに、心が震える。

 体に乗っている彼女の重みが、今はただ心地いい。


「好きが溢れちゃいます……」


 その一言で、ビリビリとした衝撃が全身に広がる。

 もっと欲しい。


 あやめは私の手を掴んで、顔を近づけた。

 触れるようなものではなく、抵抗を許さない強引なキス。


 余裕がないのか、彼女の息は荒い。


 がっつくようなキスなのに、蕩けるように甘い。溺れそうだ。


 私は舌を出し、あやめの唇をなぞった。

 あやめもすぐに応じ、互いの熱を確かめ合う。


 暖かい。

 吐息が漏れ、意識が遠のく。


 何分、あるいは何十分経ったのか。

 時計の秒針の音さえ聞こえないほど、私たちは水音を立てて繋がっていた。


 あやめは唇を離し、私の鎖骨に顔を埋めた。

 最初は優しく吸うような感触。


 不意に、鋭い痛みが走った。

 鎖骨を、思い切り噛まれている。

 また一つ、消えない痕が増えた。


「……お仕置きは、これくらいにしておきます」


 物足りない。もっと、刻み込んでほしい。


 私は体を起こし、下腹部の違和感に気づいた。



「気持ちよかった」と、体が正直に反応している。



 欲求に素直すぎる自分に、思わず唇を噛んだ。


 あやめも同じ状態なのだろうか。


 紅潮した彼女の顔が、私のどろりとした感情を唆る。


 押し倒そうかとも思ったが、時計の針はもう深夜を指していた。


 あやめは深く呼吸を整え、私の手を離した。


「……お風呂入ってきてください。お湯は張ってありますけど、追い焚きしてくださいね」

「ありがとう……」


 あやめは余韻に浸る様子もなく、すっと立ち上がり寝室へ戻っていった。


 私は床に座り込んだまま、抜けない熱を反芻する。


 これほど興奮したのは、いつ以来だろう。

 今の感覚は、しばらく頭にこびりついて離れそうにない。


 しばらくしてようやく立ち上がり、冷蔵庫からビールを一本取り出して豪快に煽る。

 ため息とも深呼吸ともつかない息を吐き出した。


「……ご褒美じゃん」


 あそこで止められたこと以外、すべてがご褒美だった。


 手に持った缶を飲み干し、いつもより長く湯船に浸かった。


「あ、着替え忘れた……」


 習慣とは恐ろしい。いつも風呂上がりは全裸で過ごしていたから、着替えを持って入るという発想がまた抜け落ちていた。


 仕方なく、バスタオルを体に巻いて脱衣所を出る。


 あやめはもう寝ていると思っていたが、どうやら起きていたようだ。

 私が風呂から上がった音を聞きつけたのか、彼女が寝室から顔を出した。


 手には、自分の着替え。


「どうしたの?」

「……何でもないです。もう一度お風呂に入ろうと思っただけですから」

「こんな時間に?」


 あやめは黙り込んだ。さっきより、ずっと頬が赤い。


 ははーん。なるほど。

 思春期だね。


「ほどほどにな」

「なっ……! うるさいです… 薫さんこそ早く服着てください」


 あやめは逃げるように私の前から消えた。


 私と同じように、彼女も体に違和感を感じていたのだろう。

 その初心さが、たまらなく愛おしい。

 今すぐ追いかけて、抱きしめたい。


 ——もう、後戻りはできない。

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