シュークリームと栄養ドリンク≪今昔≫
駅の東西をつなぐ通路。
真理子が真ん中あたりに来た時、到着メロディが流れた。
なんとなく気になり、窓から電車を見る。
電車の行く先にも、ここまで走ってきた方にも、銀色に輝いている二本の線が続いている。
就職も卒業も決まった。
卒業式まではいったん実家で過ごすことになる。
ここから離れることになるのは、ちょっと淋しい気持ちもある。
就職。
希望の方が大きいけど不安もある。
デイリーリーフの店長と奥さん。
お父さん、お母さんのように見守ってくれてた。
バイトのみんなも兄妹みたいで、なんでも言い合えた。
お客さんと話すことも楽しくて仕方なかった。
今日も…
そのデイリーリーフも、もう少しで辞めなきゃならない。
こっちに来て出来た友達にも、なかなか会えなくなる。
これからの希望と不安、淋しさが、
銀色の輝きが闇に吸い込まれていくレールと、
重なって見えた。
車掌さんが吹いた笛の合図のあと、電車はゆっくり動き出した。
真理子は電車を見送り、連絡通路を歩く。
これが一番の近道。
東西の入り口を繋ぐ跨線橋だから、本当なら駅の利用者が使うものなのだろうけど。
電車には乗らない時は通っちゃダメ、とは書いてない。
駅を通らないと、アパートからバイトへ行くにも、バイトから帰るにも、物凄く遠回りになってしまう。
駅の西側は飲食店や商店も少なく静か。
街灯も少なめだけど、不安を感じさせない明るさ。
この時間に帰ると、お隣さんに気を使い、そぉーっと鍵を回す。
[カチャッ]
鍵を回す、この儀式が好き。
オートロックのマンションも進められた。
だけど、4年間だし、親の負担もある。
考えて、ここを選んだ。
決して広くはないけど、一人には十分。
洗面台の鏡に写る私。
今日の出来事を思い出し、顔が赤い。
冷たい水で顔を洗っても、変わらない。
誰に見られるわけでもないのに、嬉しさと恥ずかしさがどんどん湧いてきて、急いでベッドに潜り込んだ。
シーツが冷たくて心地いい。
火照った顔を適度に冷やしてくれる。
だんだん、恥ずかしさが消え、いつもの自分に戻っていく。
いつの間にか、シーツが温かくなっていた。
落ち着いてから、お風呂の湯沸かし。
湧くまでの間、部屋を見渡す。
もう要らないってもの、結構ある。
机の上に並んでるクレーンゲームの景品、なんとなく買ったクッション、旅行記念のぬいぐるみ…
本当に要るものなんて少ないのかも。
本棚にも、読まなくなった資料本、なんとなく残してたテキスト、参考書…
社会人になったら要らないだろう。
でも、
これだけは絶対に手放せない。
実家から持ってきた、アルバム。
いつでも、すぐに見れるようにと、本棚に入れていた。
頑張る力が湧く原点。
部活も入試も、就活も卒論も。
何とかなったのも、これがあったから。
初参り、
お食い初め、
歯が生え始めた時、ハイハイし始めた時、つかまり立ちをした時、
記憶のない私の写真がいっぱい。
保育園の入園式、なんとなく雰囲気だけは、記憶のどこかに残っている。
門の前での記念写真。
父が写っていない。
この後、父が写ってる写真は一つもない。
卒園式も入学式も、笑顔のお母さんと顔をくしゃくしゃにして笑ってる私。
お母さんは
[明るく笑ってれば何とかなる]
って口癖のように言ってた。
それがあったから、お父さんがいないこと、受け入れられたのかも。
どんな人だったんだろう…とか、
お父さんがいたら…とか、
考えたりした時、
行き詰ったり、辛かったり、嫌になったりした時、
お母さんの言葉を思い出す。
何もかも、魔法のように吹っ切れて笑顔が戻る。
「オフロガワキマシタ」
この部屋で唯一、話しかけてくれる、湯沸かし器。
「うん、わかったよ。すぐ入るから」
湯沸かし器には聞こえてないのは分かっているけど、たまに答えてみたりする。
フワフワの泡で身体を洗い、シャワーで流す。
今日の嫌な事が泡と一緒に洗い流される。
足は延ばせない湯舟。
肩までつかると、膝と胸が近付く。
それでもお湯につかれば、心が癒される。
目を瞑り、明日を思い浮かべる。
夕方のバイト。
授業の後に急いでバイトに行ってた時とは違う、楽しみな感覚。
それに、来てくれるかもって、期待感。
デイリーリーフから離れなきゃならないのは辛い。
けど、残りのシフトは楽しみしかないって思って店に立つ。
ここに来る人たちとは今日で会えるのが最後かもって思って、「ありがとうございました」を言おう。
バイト時間が終わったら、シュークリーム。
明日は絶対、シュークリームを食べる。
それを食べた時、その日が満たされてる。
そんな、一日を思いながら、お風呂を上がった。
髪を乾かした後、もう一度アルバムを眺めた。
何があっても、なんとでもなる。
明日も楽しく笑ってる、そんな一日になる。
(ね、お父さん…)




