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もういない子だれだ  作者: 相生


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32/76

7-2

博士の家の中は、まるで研究室のようだった。リビングには書籍が天井まで積み上げられ、最新のコンピューター機器が整然と配置されている。壁には複数のモニターが設置され、常に何らかのデータが表示されている。


「驚いたかい?普通の老人の家とは思えないだろう」博士は苦笑いを浮かべた。「妻を失ってから、研究だけが私の生きがいになったんだ」

健一は部屋を見回した。これほどの設備があれば、確かに高度なAIシステムを構築することが可能だろう。


「お茶でも入れようか」博士はキッチンに向かった。「君は昔から真面目だったから、きっと全部調べてきただろう。私の経歴も、優子たちの死も、君が監視されていたことも」

「はい」健一は正直に答えた。「全て知っています」

「そうか。それなら話が早い」博士は湯呑みを二つ用意しながら続けた。「しかし、君はまだ最も重要なことを知らない。なぜ私がこのシステムを作ったのか、そして優子たちがどれほど君に会いたがっていたかを」

博士は健一の前に湯呑みを置き、自分も座った。温かい湯気が立ち上り、部屋に静寂が流れる。


「田村くん、君は意識とは何だと思う?」

突然の哲学的な問いに、健一は困惑した。「意識…ですか?」

「そうだ。人間が人間たらしめているもの。感情、記憶、自我。それらが統合されたものが意識だ。では、その意識をデジタル化できるとしたら、それは元の人間と同じ存在と言えるだろうか?」

健一は慎重に答えた。「それは…難しい問題ですね。技術的には可能かもしれませんが、哲学的には議論が分かれるところです」

「その通りだ」博士は満足そうに頷いた。「私も長年その問題と向き合ってきた。そして、妻の死をきっかけに、確信を得たんだ」


博士は立ち上がり、壁のモニターに向かった。画面には複雑な脳の神経ネットワーク図が表示されている。

「意識のデジタル化は可能だ。ただし、従来の方法では不完全だった。単純にデータをコピーするだけでは、魂のない抜け殻しか作れない」

「どういうことですか?」

「記憶移植という技術がある」博士は画面を操作しながら説明した。「人間の記憶は、脳内の神経回路に保存されている。その回路パターンを解析し、デジタル化することは理論上可能だ。しかし、記憶だけでは人格は再現できない」


健一は身を乗り出した。技術的な説明に興味を惹かれる。

「必要なのは感情エミュレーションだ」博士は続けた。「人間の感情は、記憶と密接に結びついている。同じ記憶でも、その時の感情によって意味が変わる。だから、記憶と同時に感情パターンも移植する必要がある」

モニターに新しい図が表示された。脳の構造と、それに対応するデジタルネットワークの図だ。

「私が開発したのは、記憶と感情を統合的に移植する技術だ。ただし、これには一つの条件がある」

「条件?」

「移植される側に、強い感情的動機が必要なんだ。愛、後悔、願望。そういった強い感情が、デジタル化された意識に『魂』を宿らせる」

健一は背筋が寒くなった。「つまり、優子たちは…」

「そうだ。彼らは皆、死の直前に強い後悔と願望を抱いていた。『もう一度、高校時代の友人たちと会いたい』という、切実な願いを」

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