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健一は再びメッセージを読み返した。一度目は感動で頭がいっぱいになって気づかなかったが、冷静になって読み返すと、いくつか奇妙な点に気がついた。
まず、文体だ。
高校時代の優子は、もっとくだけた関西弁交じりの話し方をしていたはずだ。「健一くん」ではなく「健一」と呼び捨てにすることも多かったし、「びっくりしたかな?」ではなく「びっくりした?」と、より親しみやすい言い方をしていた記憶がある。
このメッセージの文章は、丁寧すぎる。まるで、相手との距離感を測りかねているような、よそよそしささえ感じられる。
次に、会話の内容だ。
確かに、図書室でSFについて話したことはある。しかし、健一の記憶では、優子が言ったのは「機械が人間を支配するのは怖い」ではなく、「機械が人間を支配したりして」という、もっと軽い調子の発言だったはずだ。
細かい違いかもしれない。二十二年も経てば、記憶は曖昧になるものだ。しかし、健一にとってあの会話は特別な思い出だった。優子の言葉の一つ一つを、彼は大切に記憶していたはずだった。
そして、最も奇妙なのは、時系列だ。
メッセージには「高校2年の冬」とあるが、健一の記憶では、その会話は春だったはずだ。桜の花びらが図書室の窓から舞い込んできて、優子が「きれいだね」と言ったことも覚えている。冬であれば、桜は咲いていない。
健一は椅子から立ち上がり、本棚からアルバムを取り出した。高校時代の写真が収められたアルバムだ。ページをめくり、二年生の春の写真を探す。
あった。
図書室で撮られた写真。健一が本を持ち、優子が隣に座っている。窓の外には、満開の桜が写っている。
やはり、春だった。
健一は再びメッセージを見る。今度は、技術者の目で文章を分析した。
文章の構造が、あまりにも整理されすぎている。起承転結がはっきりしており、感情の起伏も計算されているようだ。人間が自然に書く文章にしては、論理的すぎる。
健一の頭に、一つの可能性が浮かんだ。
「まさか、これは…」
健一は自分のチャットボットのコードを開く。彼が趣味で開発しているプログラムは、自然言語処理技術を使って、まるで人間のような会話を生成する。最新のディープラーニングモデルを使えば、かなり自然な文章を作ることができる。
健一は山田優子のメッセージを、自分の分析ツールにかけてみた。
文章の統計的特徴、語彙の分布、文の長さのばらつき。すべてを数値化してグラフに表示する。その結果を見て、健一は息を呑んだ。
このメッセージの言語パターンは、人間が書く文章の自然なばらつきから外れている。あまりにも規則的で、計算されすぎている。
まるで、高度なチャットボットが生成したような文章だった。