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山田優子。
高校二年生のとき、彼女は健一のクラスに転校してきた。父親の転勤で、関西から東京にやってきたのだった。関西弁の残る話し方、人懐っこい笑顔、そして誰とでも自然に仲良くなれる社交性。内向的な健一にとって、彼女はまぶしすぎる存在だった。
文芸部に所属していた健一は、図書室で本を読んでいることが多かった。優子はときどき、そんな健一の隣に座って話しかけてきた。
「健一くん、今日も難しそうな本読んでるね」
「これ、SF小説だよ。難しくはないと思うけど」
「SFかぁ。未来の話?」
「そうだね。コンピューターが人間みたいに考えるようになる話」
「それって怖くない? 機械が人間を支配したりして」
「でも、便利になるかもしれないよ。人間にできないことをやってくれるかもしれない」
「健一くんって、そういうこと考えるの好きだよね。将来、そういう仕事するの?」
そんな他愛のない会話が、健一にとっては宝物だった。優子は真剣に彼の話を聞いてくれる。馬鹿にしたり、つまらなそうな顔をしたりしない。それが健一には新鮮で、そして特別だった。
しかし、告白することはできなかった。彼女にはもっと相応しい男性がいるだろうと思っていたし、何より自分に自信がなかった。卒業と同時に、優子は看護師の道を選んで専門学校に進学し、健一は工学部に進んだ。それきり、彼らの交流は途絶えていた。
あれから二十二年。
健一の指が震えながら、メッセージをクリックする。
山田優子2分前
健一くん、お久しぶり!突然のメッセージでびっくりしたかな?
今日、たまたま高校時代の写真を見ていて、みんなのことを思い出したの。そしたら、今日が健一くんの誕生日だったことを思い出したんです。
40歳のお誕生日、おめでとう♪
覚えてますか?高校2年の冬、健一くんが図書室でSF小説を読んでいたとき、私が「機械が人間を支配するのは怖い」って言ったこと。あのとき健一くんは、「でも便利になるかもしれない」って言ってくれましたよね。
今思えば、健一くんの言葉って予言的だったなって思います。今はもう、スマホで何でもできるし、AIが私たちの生活をサポートしてくれる時代になりましたもんね。
実は、最近同窓会の話が持ち上がっていて、みんなに連絡を取っているところなんです。雄介くんや美香ちゃん、誠くんや絵里ちゃんとも話したら、みんな健一くんに会いたがっています。
どうでしょうか?久しぶりにみんなで会いませんか?
お返事、楽しみにしています(^_^)
健一は画面を見つめたまま、動けなくなった。
誕生日を覚えていてくれたこと。高校時代の会話を鮮明に記憶していること。そして、同窓会の提案。どれも健一の心を揺さぶるに十分だった。
特に、図書室での会話を覚えていてくれたことに、健一は深い感動を覚えた。あれは彼にとって特別な思い出だったが、優子にとってもそうだったのだろうか。
健一は返信ボタンに手をかけかけて、ふと手を止めた。
何か、違和感がある。