4-4
午後3時、健一は小林の個人ラボに案内された。会社の一角にある小さな部屋だが、最新のハードウェアと専門的なソフトウェアが整備されている。壁には複数のモニターが設置され、サーバーラックには高性能なマシンが並んでいる。
「ここが僕の研究室だ。会社の許可を得て、デジタル・フォレンジックの研究をしている」小林は誇らしげに設備を紹介した。「このシステムなら、SNSアカウントの詳細な解析ができる」
健一は圧倒された。個人レベルとは思えないほど本格的な設備だった。
「まず、君の同級生たちのアカウント情報を入力してくれ。プロフィールURL、投稿履歴、友人リスト、すべてだ」
健一は山田優子、佐藤雄介、鈴木美香、木村誠、高橋絵里の情報を入力した。小林は慣れた手つきでシステムを操作し、解析を開始する。
「最初にメタデータを抽出する。投稿された画像のEXIFデータ、位置情報、デバイス情報を調べてみよう」
画面に解析結果が表示される。健一は結果を見て驚いた。
「全員の投稿画像に、位置情報が含まれていませんね」
「それだけじゃない。EXIFデータ自体が削除されているか、意図的に偽装されている。これは明らかに技術的な知識を持つ人物の仕業だ」
小林は次の解析に移った。「IPアドレスの履歴を調べてみよう。どこからアクセスしているかが分かる」
解析が進むにつれて、驚愕の事実が明らかになった。
「信じられない…全員が同じIPアドレス帯域からアクセスしている」
「しかも、このIPアドレスは…」小林が詳細を調べる。「データセンターのものだ。個人の自宅からのアクセスではない」
健一の心臓が激しく鼓動した。「つまり、全てのアカウントが同一の場所、同一のシステムから管理されているということですか?」
「その可能性が高い。しかも、このデータセンターは…」小林はさらに調査を続ける。「東京都内の高度なクラウドサービス施設だ。個人で借りるには相当な費用がかかる」
次に、投稿パターンの詳細解析を行った。時系列グラフが画面に表示される。
「見てくれ、これは異常だ」小林が指差す。「5つのアカウント全てが、分単位で同期している。人間なら絶対にありえないパターンだ」
グラフには明確な規則性が現れていた。毎日同じ時刻にオンラインになり、同じ時刻にオフラインになる。まるで、一つのプログラムが5つのキャラクターを演じているかのようだった。
「さらに、画像解析も行ってみよう」小林は新しいプログラムを起動した。「彼らの投稿写真を詳しく調べる」
画像認識システムが、プロフィール写真や投稿画像を分析し始める。解析結果は、健一の予想を超えるものだった。
「これは…完全に合成画像だ」
「合成画像?」
「AIが生成した偽の人物写真だ。最近のGANテクノロジーを使えば、実在しない人物の写真を作ることができる。しかも、年齢を重ねたバージョンも作成可能だ」
健一は画面を見つめた。山田優子の美しい笑顔、佐藤雄介の人懐っこい表情、皆の個性豊かな写真。それらが全て偽物だった。
「でも、高校時代の写真は本物のはずです。僕も一緒に写っているものがあります」
「それを調べてみよう」
高校時代の写真を解析すると、また別の事実が判明した。
「この写真は本物だ。しかし、最近デジタル処理された痕跡がある。おそらく、元の写真から特定の人物を抽出し、AIの学習データとして使用したのだろう」
健一は愕然とした。彼らの思い出の写真が、AIの学習材料として使われていた。