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皇くくり、皇としての責任。

 人類存亡の機に立ち向かうために、私は忙しい日々を過ごしていた。


「はあ……」


 一通りの仕事が終わった私は両手を上げて体を伸ばすと、椅子の背もたれに体を預ける。

 シェルターの建設、治安維持、BERYLや男の子たちの保護、BERYLの宇宙ライブに向けての完全サポート……それに、メイトリクス大統領達のプランが失敗した時にあくあ様を絶対に生き残らせるための第2、第3のプランの準備……。ああ、新学期も始まっちゃうし、ミルクディッパーや皇くくり個人としての活動もあるから、本当に忙しくて仕方がない。

 私は気分転換に掲示板を流し見すると、えみりお姉ちゃんのくだらないレスを見て表情を緩ませる。

 何よ、オメコの嗜みって。そんなしょーもない事を言っていたら、また、カノンさんに怒られちゃうわよ。

 私は携帯をポケットにしまうと、残りの仕事を片付けてから部屋を出る。


「それじゃあ、私は帰るから、後の事はよろしくね」

「「「「「はっ!」」」」」


 私は聖あくあ教の本部から出ると、車の中で面を外してシスター服から普段着に着替える。

 ああ、そういえば、春のビスケット祭りって今日からだっけ。

 私は運転手に、帰り道の途中にあるスーパーに立ち寄ってもらうようにお願いする。

 あそこは入荷量が多いからまだ、売り場にビスケットが残っているといいな。


「ありがとう。それじゃあ、ちょっと行って買ってくるから待ってて」


 本当は自分の出自とか立場を考えたら、誰かに買いに行かせた方がいいのはわかっている。

 それでもやっぱり、1人の女の子として、皇くくりとして、この時間を楽しみたいと思った。

 カノンさんやえみりお姉ちゃん、メアリーも言っていてたけど、やっぱり好きな人のグッズやコラボ商品を買いに行くこの時間も私達にとっては宝物です。


「あ……」


 スーパーのあるフロアに到着すると、メリーさんの着ぐるみを着た人が特設売り場を片付けていました。

 あ……ちょうど、売り切れちゃったか。残念……。帰りのコンビニのどこかに売ってたらいいな。

 私が肩を落としてガックリとしていると、私の存在に気がついたメリーさんと目が合う。

 すると、メリーさんは看板に貼られた商品の画像を指差す。


「そうそう、それを買いに来たの」


 私は首を何度か縦に振る。

 それを見たメリーさんは「ちょっと、待っててね」と手話で返してきました。

 私も「わかりました」と手話で返す。

 メリーさんは、特設売り場を手早く片付けると、私を手招きして関係者しか入れないバックヤードへと案内してくれた


「えっと……ここって、私が入っていいんですか?」

「もちろん」


 あ……私は、メリーさんの声を聞いた瞬間に、誰が中に入っているのか気がついて驚く。

 私を連れて更衣室に入ったメリーさんは、頭の部分を上に持ち上げてパカっと外す。

 そ、それって、そうなってるんだ。


「はい、くくりちゃん。これ」


 あくあ様は自分のバッグの中からビスケットの箱を取り出すと私に差し出した。


「え……? いいんですか?」

「もちろん。ちなみにこれが今日の俺のバイト代ね」


 嘘でしょ!?

 私はあくあ様から詳しい経緯を聞く。


「たまたま森長本社に遊びに行ったらさ、茶々さんがぎっくり腰になっちゃってさ。めぐみさんは別の特設会場に行ってるって聞いたから、この俺が急遽きたってわけ」


 なるほど、そういう事でしたか。

 普通ならあくあ様のフットワークの軽さに驚くべきところですが、この程度で驚いていては聖あくあ教の信徒はやれません。これがあくあ様の日常茶飯事なのです。


「でも……このビスケット、本当にいいんですか?」

「うん。本当はカノンにあげようとしたんだけど、SNS見たらもう買っちゃったみたいだしな」


 ふふっ、さすがはカノンさんね。行動が早いわ。

 って、あれ……? 私が嬉しくてじっくりとビスケットの箱を見つめていたら【非売品、試供品】と書かれた看板を持ったメリーさんのイラストが目に入った。

 こ、こここここれって!?

 ビスケットの箱を持つ私の手が震える。


「ああ、これね。パッケージのここの部分が違うだけで、中身は同じだから安心して。俺の貰ったこれはサンプル品だから、通常の売り場では売れないんだよね」


 くっ! あくあ様は気がついてませんが、これは確実にカノンさんが欲しがると思います。

 だって、ヲタクはみんな非売品が大好きなんだもん!!

 カノンさんが後で知った時の絶望した顔を想像するだけで心が痛くなった。

 ああ……神様、私はカノンさんのためにも、この秘密をちゃんと墓場まで持って行きます。


「ところで、くくりちゃん、この後の予定は?」

「えっと、今から帰るところです」

「そっか、じゃあ、着替えてくるからちょっと待ってて。せっかくだから、デートしよう」


 デデデデデ、デート!?

 ちょっと待って、私、完全に普段着なんですけど!?

 私はバッグの中から手鏡を取り出すと、身だしなみをチェックする。

 くっ! こんな事ならもっと気合を入れた服を着てくるべきでした。

 いや……これは忙しさにかまけて、完全に油断し切っていた私が悪い。

 私が今朝の自分に悔やんでいると、バッグの中に入れてあった携帯が振動する。

 電話……誰からだろう。

 私はバッグ口から携帯を取り出すと電話に出る。


『おーい、くくり! 今晩の飯はカレーだぞ!!』


 はあ……そんな事で電話をかけてくるのはえみりお姉ちゃんだけだよ……。

 私はえみりお姉ちゃんに、さっき偶然、あくあ様と出会った事、その流れでデートするから晩御飯はいらないという事を伝えた。


『くくり……ヤるんだな!? 今日、そこで!?』


 何をやるのよ! えみりお姉ちゃんのバカ!

 恥ずかしくなった私はえみりお姉ちゃんからの電話を切る。

 すると、更衣室の扉が開いて着替えたあくあ様が出てきました。


「お待たせ。あれ……? くくりちゃん、顔が赤いけど大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫です」


 私は待ってくれていた運転手にメッセージを送ると、あくあ様のバイクに乗って夜の街に繰り出す。

 バイクの後部座席に乗った私は、夜の街を行き交う人々へと視線を向けた。

 情勢不安な国や地域では夜間の外出を禁止しているところもあります。

 それなのに、日本では前と変わらないくらいの人数が夜の街を普通に歩けているのは奇跡に近いと思いました。


「よし、この辺でいいだろ。くくりちゃん、何か食べたいものはある?」

「んー……せっかくだから、ジャンクなのが食べたいです」


 私をジャンクなところに連れて行ってくれるのって、えみりお姉ちゃんくらいしかいません。

 だからこれは滅多にない機会だと思いました。


「良いよ。じゃあ、そこのダイナーに行こっか」

「はい!」


 私はあくあ様の後について、近くにあったダイナーに入る。

 わぁ、こんな雰囲気のお店に入ったの始めたかも。

 白黒の床に赤いインテリアとネオンの光に私の目が奪われた。

 お店の中に居た人達は私達の姿を見てびっくりした顔をする。


「な、何にしましょうか?」

「じゃあ俺は肉厚ジューシーステイツバーガーで」

「わ、私もそれで」


 私とあくあ様はソファに座らずに、背の高い丸テーブルに移動する。

 って、待ってください! このテーブルだと、お互いの顔が近すぎませんか!?

 あくあ様と簡単に触れ合える距離に私はすごくドキドキする。


「くくりちゃん」


 あくあ様は私の方に顔を近づけてくる。

 えっ? あ、あくあ様、待ってください!

 こんなところでキスなんて流石に恥ずかしすぎます!!

 あくあ様は私の頬に手を伸ばすと、そこから私の髪に優しく触れた。


「髪の毛、乱れてるからなおしてあげる」

「あ、ありがとうございます」


 周囲からドンドンと何かがぶつかる音が聞こえてくる。

 私が周囲を確認すると、他のお客さん達が一斉に机に向かって頭突きしていました。


「あ、料理がきたみたいだよ。うまそう!!」

「わ、本当だ」


 肉汁が滴るハンバーガーとポテトフライのセットがやってきました。

 いかにもステイツって感じです。

 あくあ様はハンバーガーを掴むとパクリと食べた。


「んっ、ただ肉が厚いだけじゃない。この焼き加減、塩胡椒の振り加減、全てが最高だ。それにこの奥に感じる香り、何を隠し味に使ってるんだろう。気になるな」


 さすがはあの美洲ランを引き継ぐあくあ様の食レポです。

 私はあくあ様にならってハンバーガーにかぶりつく。


「ん、おいひいです」


 手や口の周りがソースで少しベタついてしまいました。

 私はハンバーガーをお皿の上に置くと、紙ナプキンで顔についたソースを拭き取る。

 すると、あくあ様が手に持った紙ナプキンを私の顔へと近づけてきました。


「鼻先にソースが残ってるよ」

「あ、ありがとうございます」


 あくあ様に鼻先を拭いてもらった私は顔を赤くする。

 うう、これは私の失態です。

 今日はどうしてこんなにもポンコツなのでしょうか。

 やっぱり、疲れてるのかな? それとも試供品を横取りする形になってしまったカノンさんからのポンの呪いでしょうか?

 私は残りのハンバーガーとポテトフライをもぐもぐと食べた。

 会計を終わらせてお店を出た私たちは夜の街を彷徨く。

 こ、こんな時間に歓楽街を歩くのなんて初めてでドキドキします。


「くくりちゃん、はぐれないように俺の腕、掴んでて」

「は、はい」


 私はあくあ様の腕に自分の腕を絡ませる。

 こんなに体を密着させたら、私の胸のドキドキ音が聞こえちゃうかも。

 あくあ様は途中で立ち止まると、警備員の立っているお店へと視線を向ける。 


「ねぇ、くくりちゃん。クラブって行った事ある?」

「な、ないです!」


 そもそもクラブって大人の人達が行くところです。

 私たちは未成年ですし、その……。


「ちょっとお店の人に聞いてみよっか」

「えっ?」


 あくあ様はお店の前に居た警備員さんに声をかける。


「クラブって、高校生でも入れますか?」

「制服じゃないし、うちはお酒さえ飲まなければ未成年でも大丈夫ですよ」


 へぇ、やっぱりこういうところって制服禁止なんだ。

 私はあくあ様と並んでお店の中に入ると、地下に向かう階段を降りていく。

 目的の場所に近づくにつれ、音楽のボリュームが上がって頭の中に音が響きます。

 階段の1番下も大きな扉になっていて、その扉が開くと同時に頭の中に先ほどよりも大きな音量の音楽が流れてくる。

 わっ、入り口は小さかったのに、中はこんなに広いんだ。

 クラブの中では大勢の女の子達が立って踊っていました。


「俺たちも行こっか」


 あくあ様は私の手を引いてダンスフロアの中に入っていく。

 何人かの女性達が私たちの顔を二度見して驚いたような顔をする。


「くくりちゃん、踊り方知ってる?」

「し、知ってるわけないじゃないですか!」


 あくあ様は私の反応を見て笑う。


「はは、俺も。でも、こんな感じかな?」


 わっ、さすがはダンスの上手いあくあ様です。

 すぐに周りに溶け込みました。


「ほら、俺の動きに合わせて」

「はい」


 私はあくあ様と至近距離で見つめあったまま、DJがかける綺麗なハウスミュージックのリズムに合わせて体を揺らせる。


「どう、くくりちゃん。さっきまで、疲れた顔してたけど、少しはリフレッシュできた?」

「あくあ先輩……」


 私が疲れてる事、気がついてくれていたんだ。

 音楽のボリュームに負けないくらい私の心臓のドキドキが加速していく。


「くくりちゃん、あんまり無理しちゃだめだよ。君は俺より年下なんだから。たまには皇のくくりちゃんを休んで、ただのくくりちゃんとして過ごしたって良いんだよ」


 ……好き。こんな私の事を、ただの1人の女の子として扱ってくれるあくあ様が好き。

 踊り続けてるせいかな? それとも体を密着させてるせい?

 ううん、貴方の言葉の全てが私の体を熱くさせてくれる。

 このまま、この熱であくあ様と一緒に溶け合えたらどんなに幸せなんだろう。

 私の頭の中に、えみりお姉ちゃんが最後に言った言葉が浮かんできた。


『くくり……ヤるんだな!? 今日、そこで!?』


 私の心の奥底に閉じ込めた本当の私の気持ちが私に語りかけてくる。


【勝負よ。ここが、今、決めなさい!】


 ……と。

 皇くくりとしてじゃない。

 たった1人の女の子として、もうこのドキドキから自分の本能を誤魔化せないと思った。


「あくあ先輩」

「ん? くくりちゃん、どうかした?」


 私はあくあ様の体に自分の体をしなだれるように体重を預ける。

 そして、私はあくあ様の耳元で甘い声で囁いた。


「今日……帰りたくないな」


 あくあ様は私の腰に手を回すと、耳元に顔を近づける。


「それじゃあ……行こっか」


 はい……。

 私は頷くわけでもなく、あくあ様の体に自分の体を預けた。

もしかしたら、次回はお休みかも。


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