おひるね日和
本編より少し後、のんびり暮らしているだけの話。
まほろの髪を触っていると、ロウは心地良い。自分の髪を触られるのも好きだが、細くて柔らかいまほろの髪はつるんとしていて触り心地がいい。
いいや、髪の触り心地など関係なく、愛おしい女にベタベタ触るのが好きなのだ。神とは案外、助平な者なのだ。
まほろがロウのもとに来てから大分時間が経ち、いつの間にか、また年号が変わった。まほろと共に現世を散歩していると、人々の服装や髪型がほんの数年のうちに大きく変わり、牛や馬の要らぬ車が田舎でも走るようになった。
ロウが驚いたのは鋼でできた大きな鳥だ。何やらそれは空を飛ぶ籠のようなもので、羽音が煩わしく、驚くことに人が中に乗っている。時折ぽろぽろと糞のように何かを落とすのだが、それが火筒の中身のような、人々を殺めるものと知り、しばらく現世に行くことをやめた。
まほろも同じように思ったのか、自分から現世を見たいと言わなかった。
神はささやかな幸福、偶然と呼ばれるそれに人を導くこともあるが、それをしてやるのはほんの一部だ。それも物の怪などや神自らに関係あることならば面倒を見なくもないが、人と人の争いに介入することはない。
生き物の争いは生き物同士で解決すべきだ。
まほろの髪で好き勝手遊んでいると、鏡に映ったまほろが少し寂しそうな顔をした。
小さな手のひらにちょこんと佇む花。まほろが人であった頃にロウがやったものだ。
「どうかしたのか?」
「昔、これとよく似たお花をロウに貰ったことを思い出して……ごめんなさい、あの時はロウが龍神様と知らなくて、捨てたりなんてして……」
まほろは贄に奉げられる直前、空っぽの長持に忍び込んでいたこの花を、村の若い男に捨てさせた。
その光景をロウも見ていたが、干乾び、枯れてしまった花など捨てても当然なので、そのことに対して特に悲しいなどとは思わなかった。
だが、風に乗って一旦離れていくそれを見つめる、今にも泣き出してしまいそうだったまほろを思うと自分まで切なくなって、己の犯した過ちに胸が痛んだ。
あの時、まほろに自分は龍神であると言っておけば、ああして無理に持ち物を捨てさせはしなかった。どちらにせよこの花は持ち主の元へ戻ってきてしまうのだが、そのことも伝え損ねていた。
自分はいかに強欲で、他者の痛みに鈍感なのだろう。
ロウは己を責めるが、神は欲深く、嫉妬深くもあり、そして鈍感なものだ。繊細で、他者に優しすぎる神は、神としての重責に耐えられぬのだろう。
儚い命、その持ち主にいちいち心を痛めるようでは、神として存在することそのものが難しくなる。
残忍で、鈍感ながらも、それぞれが目的や所有物、場所、伴侶などに執着心を持つことで、神は己の意思を保ち続けている。
意思がなければ何も守れぬし、裁けぬ。ロウにとっては生贄、妻がその執着の対象だ。
贄姫のために村を守り、今は妻のために門の番をしている。
妻を囲い込んで奪われぬように、己に縛りつけるように、他の物の怪や神の類いには近付けさせない。亡者ら渡さまいと力を振るっている。
そして、それをまほろのためとも思っている。まほろが二度と苦しまぬよう、悲しまぬように、永久に庇護下に置き続ける。
人間からすれば、命を奪われたうえ、輪廻転生の流れからも引き離されて見張られ続けるなど酷なことかもしれぬが、ロウも、おそらくまほろ自身もそうは思っていない。
今、ロウの心はまほろを守るために存在しているというのに、そのまほろに悲しい思いをさせてしまうなど何とも不甲斐ない。
ロウは内心、少し慌てているものの、いつもと変わらぬ声音で妻の名を呼んだ。
「まほろ、その花はあの時のものだ。お前に付いてきた」
「えっ? ふふ、ふふふっ」
おさげ髪にしたのち、三編みにして、団子にして……また解いて編み込んだりと遊びながら言ったからか、冗談かと思われてしまった。
冗談は言えど、ロウは滅多に嘘はつけぬというのに。
口に手をあてて笑うまほろが可愛いので、それでも構わない。だが、本当のことは本当のことであるとしっかり伝えるべきだ。
「付いてくるものなのだ。長持に入ってたのも、俺がやったのではない」
「そうなのですか? 私、てっきり……」
「花もお前を好いているということだ」
「……それなら、とても嬉しいです」
結った髪に花と髪飾りをつけていく。まほろはどんな髪型でも可愛らしい。
特に最近は生前の頃よりもよく笑うので、愛らしさに磨きがかかったようにすら思う。
「私もこのお花が大好き。ロウがくれたものだから、大好きです」
「そうか」
「ロウ、大好きです」
「俺もまほろが大好きだぞ」
そのまま、まほろを後ろから抱き込む。
幸せに思ってすりすりと顔を寄せると、まほろの方からも頬をぴとっと軽く押し付けてくる。
華奢な体を抱きしめている腕を、まほろに撫でられた。
自らを撫でてくれる白い手を見ていると、そのすきをつかれて、頬に柔らかな物で触れられた。
その口付けの感触は一瞬だったが、嬉しさに心は舞い上がる。
ロウの顔面は少し目を細めただけだが、ぶわっと空から落ちてくる花びらに、まほろへ感情は筒抜けだ。
白んだ空から降る花に、まほろが気付いて頬を染める。
青々しい草原を外に作って良かった。
ロウはまほろを抱いたまま地べたに倒れて、空を見上げる。
くすぐったそうに笑いながら、ロウの上腕を枕にするように寝転ぶまほろと共に、のんびり二人で降りしきる花びらを眺めているうち、すやすやと寝息が聞こえ始めた。
安心しきって、実に無防備で幸せそうな寝顔だ。この安らかな寝顔を見たくて、あの橋の先へと手招き、冥の食べ物を与えたのだ。
穢に満ちた地上は、まほろにとって残酷なことばかりだ。永久にこの腕の中に閉じ込めて守ってやりたい。
ロウはまほろの心にもこうして花びらが降っていれば良いと願う。
もう、嬉し涙以外の雨は見たくない。
夜までにはまだ時間がある。
ロウもふわりと微笑し、目を瞑る。
こうして互いに傷付け合わず、くっつき合って添い寝することが嬉しくてたまらない。
傍にいる。それだけで幸せで、何よりまほろが愛おしい。
ここは龍神にとってのまほろば。愛おしい人と共に笑い合って過ごせる空間だ。
もう新しい生贄は必要ない。
命を奪ってまで、欲しいものはもう何もない。
もう二度と、この空から花以外のものは降って来ないだろう。
(おわり)
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砂糖トシヲ




