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嫌われ者の生贄ですが、愛してくれますか?  作者: トシヲ
現世の章

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贈物

 まほろは日課の洗濯を終えると、厨へ顔を出す。ここで働いている年老いた厨女は昔から、余った食事をまほろにこっそり渡してくれる。

 元綱に知られれば解雇となるかもしれないので、まほろはなるべく音は出さず、急いで朝食兼昼食を受け取ると、お辞儀だけをして納屋の方へと帰る。

 まるで施しを受ける孤児のようだが、矜持など初めから殆どない。


 今日はなぜか少し豪華な炊き込みご飯だ。雑穀と一緒に茸まで入った握り飯を二つも貰えた。

 これだけ余ったということは、誰か、食事を摂らなかった者がいるのだろう。体調でも崩したのかもしれない。まほろは自分の幸運が誰かの不幸に繋がっていると認識しているので、素直に喜ぶことができない。

 やや俯き、地面を見ながら歩いていると、青に近い薄灰色の着物の裾が見えた。


「あっ、あの、おはようございます、幽霊さんっ」


 この幽霊は不思議なことに、明るいうちしか現れない。幽霊ならば夜中……特に丑三つ時が定番だと思っていたのだが、そうでもないらしい。

 薄灰色の着物には所々に装飾があって高価なものに見える。まほろの着ているものとは違い、身分の高さが伺えた。

 背の高さや肩幅、節の目立つ大きな手は確かに男性のものだが、長い黒髪と優美さの溢れ出る佇まいが、やや女性的にも見える。

 見れば見るほど、その幽霊は美しいのだ。まほろは神々しいものを見ることに慣れていないので、それも相まって更に煌々(きらきら)と輝いて見える。


「おはよう。まほろ、息災のようだな」

「幽霊さんのおかげで、とても元気です」

「元気か。そうか。良かった」


 まさか自分が元気でいることを、良かったと言われるなどと思っていなかった。もうすぐ死ぬというのに。

 まほろも幽霊に調子を聞こうと思ったが、幽霊は生きていないので元気ではないようにも思う。聞いたら失礼に当たらないかとそわそわしていると、紙越しに幽霊がふわりと微笑んだ気がして胸が大きく跳ねてしまった。恐ろしいだとかそういうものではなく、初めて感じるものだった。ドキドキと脈動は強くて煩いくらいなのに、全く不快感がない。


「あっ、あ、あの、えっと、お供え物をしても良いでしょうか」

「俺を供養するのか」

「その、え、ええと、そういうことになるのでしょうか?」

「ふふ、まほろは可愛いな。それで、何をくれるのだ?」


 切り株に腰を下ろし、膝の上で茶色の竹皮の包みを開く。まほろにとってはご馳走の握り飯を一つ取り出して、隣にちょこんと座った幽霊に包みごと、素手で触っていない方の握り飯を差し出した。


「これはまほろの食事だろう」

「二つ、頂いたので」

「だが、生きているお前は、たったの一つでは腹が減るだろう」

「でも、一緒に……あ、ごめんなさい、やっぱり幽霊さんは、食べ物はいらないのでしょうか……」

「いや……では、それの半分だけ貰おう」


 人と食事をとるのは、納屋に来てからは初めてだ。幽霊を人と呼んで良いのならば。

 口に含んでもぐもぐと咀嚼するまほろと違い、幽霊はまほろが半分に千切って差し出したものをしばらく見つめていた。朝食の半分の握り飯をまほろが食べきると、ようやく幽霊も食事を始めたのか、まほろの手の上のそれがほんのり暖かくなり、そしてすぐにぱらぱらとした土のようなものに変わってしまった。


「手を汚してしまったな。すまない。まだ実体に触れられない」

「いえ」


 不思議だなと手の中の土を眺める。生き物の糞とも違う、握り飯が乾燥して長い時間を経て朽ちたかのようだった。

 食べたというよりも、握り飯の食べ物としての生命を吸い取ったかのようだ。


「あの、まだということは、いつかものを触れられるようになるのですか?」

「……さあ、それはどうだろうか」

「不便ではないですか?」

「まあ、確かにそうではあるが、触れなくとも、このくらいは運べるぞ」


 さーっと風が吹き、まほろの髪を巻き上げる。指で視界を覆った髪をどかしながら目を眇めると、幽霊の手がまほろの頬のあたりに伸ばされた。

 触れている感触などないのに、わずかにひんやりと冷たい空気が頬の熱だけを溶かしているようだ。


「可愛いな、まほろ。後で鏡を見るといい。とても綺麗だ」


 幽霊の言葉に、まほろは胸のあたりから何か熱いものがじわじわと全身へ広がっていくのを感じる。頬はひんやりしているのに。

 もしもこの幽霊がまだ生きていて実体があり、この家に仕える者だったなら、まほろにこうも優しく接してはくれないだろう。そうは思っても、それでもたった一度で良いので触れたくなってしまう。


 男の強くて大きく、皮の厚い手はいつもまほろに痛みと悲しみを与えてくる。

 恐ろしいと何度も思ってきたが、この男の手には初めて触れたいと思った。


 贄として死した後、自分は龍神の元に居続けるのだろうか。まほろは不安に思う。

 龍神はまほろなど求めやしないだろう。教養が無く、母を殺すような無価値な女を、神が欲することなどない。

 きっと父や兄のように、龍神も自分の顔など見ただけで嫌な気分になり、それを勝手に妻と言われたらどれほど不快だろう。


 もしも龍神の元を追い出されたら、肉体を失ったまほろは、この男のように霊にはなれないだろうか。未練ならば、数え切れないほどこの世に残している。

 もし自分も霊としてこの場所に再び存在できたなら、この人ともう少し共にいられるだろうか。


 不義な女だ。母を殺し、神をも裏切ってこの世にしがみつき、勝手に親近感を抱いた孤独な霊に縋りつこうと言うのだ。


「幽霊さん、私は、綺麗じゃない……です」

「そう謙遜をするな。まほろは綺麗だ」


 否定して咎められないことも、否定をされて傷付かないことにも不慣れなまほろは、顔を真っ赤にして俯くのが精一杯だった。

 悪いことをしているのに、幸せで幸せで、つい涙が溢れてしまう。


「私、幽霊さんと一緒にいれて、嬉しいです。こんなに楽しいって思うのは、多分初めてです」

「ならずっと一緒にいるか? 今すぐにでもお前を攫ってしまおうか」


 ――嬉しい。攫ってほしい、けれど


「だ、だめです。私、贄姫に選んで頂いたので……龍神様にこの身を奉げるのです。その、お、およ、お嫁さんに……行くんです……」

「ふふ、そうか。人身御供が神隠しにあったら騒ぎになるな。仕方がない」


 諦めの早い幽霊に少しだけ切なくなるが、もとから何にも期待をしないようにしているまほろは、すぐに諦めて今の楽しい時間に集中する。

 生きている間に楽しいことがあって良かった。それも相手が幽霊だからか、漠然と抱いていた死への恐怖が和らいで、まほろは贄に選ばれたことで何かを恨んだり、悲しいと思わなくなった。


 食事を終え、まほろは裁縫をするために納屋へと戻る。

 それから、恐る恐る幽霊に言われたとおりに小さな手鏡を覗き込むと、髪にいつくか花がくっついて、髪飾りのようになっていた。

 ひび割れた手鏡の向こうにいるまほろは、ほっぺたを紅らめて柔らかい表情をしている。まほろのせいで皆が不幸だなどとも言わずはにかむ姿は、今まで見たことがないほど幸せそうで、笑った顔は確かに少しだけ綺麗かもしれない。



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