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第27話 「リディアとレーテの神隠し」

狸穴まみあな通りの最奥にマダムの経営する娼館はある。

派手派手の原色、ピンクと赤で塗りたくった外壁はとてもではないが、学も品もない者の手による装飾だろう。

そこにこれまた稚拙な筆致で婦女子の裸体ハダカ裸体ハダカ裸体ハダカの絵。

つまりは誰がどう見てもそう見える店構えである。


その娼館の3階、とくべつ内装の凝った、そして成金趣味全開の調度品に囲まれた部屋でひとりの老婆がフカフカの椅子に鎮座していた。

目の前の机に金貨の軍隊をぴっちり並べ、左へ右へ滑らせていく。

そのたびに老婆の笑みはより醜悪に深まるばかりだ。

そうして、その左右の運動を飽きるほど繰り返してると、唐突に階下から騒ぎの音が響いてきた。


------------


下品という言葉すら品があるほどにひどい建物へ、裏口から侵入。

そうしてすぐさま、盗賊シーフ技能のないリディアは発見された。

そこからはもう、力ずくだ。


「やはりこんなものですか凡百は」

「あーリディア、あのねあんまりその言い方はよくないよ。汚い言葉だと僕は思うんだ」


忠告は当然聞き入れられず、お姫様は次々と障害を薙ぎ払っていった。

先のアリス候補、死霊術師エディスから奪った『痛覚ペイン』の呪いで次々と傷なき被害者を増やしていく。


「ここがレーテの個室ですね」


まったく躊躇ためらいなく扉に手をかけ、ぐいっと押し開く。

部屋に入ると、ショートボブの地味めな娘が怯えた瞳で震えていた。


「あなたの弟、マルスの頼みで来ました。さあ、あなたをミウケ致しましょう」


------------


娼館のマダムは、最初その惨状を受け入れられなかった。


傷一つないクセに苦しみに悶える用心棒も、

ガタガタと震えまったく会話の通じない少女しょうひんも、

ただただ静かに、さめざめと泣く幼女しょうひんも。


まったく受け入れられなかった。

そうしてその木偶でくの群れからなんとか言葉をひり出させた。

なんとふざけたことに、このマダムの店で。


郭ぬけ(だっそう)を図ったヤツがいる。


怒りでマダムは足元の女性しょうひんをしこたま蹴り続けた。

蹴って蹴って、蹴り続けた。

マダムの爪は割れ、高価な靴はほつれ、つまりは価値がまた損なわれ。

その事実にさらにマダムは吠える。

足の運動がさらに激しくなる。


そうして、

そうして。


……女性は商品価値を失った。

ついでに生存部位も喪われた。

呼吸と心肺とそれから思考も。

永遠に、この世界から消え去った。


それでも彼女ケモノの、マダムの怒りは収まらない。

商品ひとつ程度では収まらない。

なにしろ商品を自分の断りなく降りたやつがいるのだ。


獰猛な怒りで目をカッ開きながら、彼女は誓った。

神に、己に、そして己に。


……逃げたやつも逃したやつも、手足をもいで置物しょうひんにしてやると。


------------


「マルス!」

「姉ちゃん!」


ふたりはしっかと抱き合い、暖かい涙を流している。

あっ、僕こういうの弱いんだよね。


「感動の再開はそこまでにして、すぐにでも発ちますよ」


あっ、やっぱリディアはこういう娘だった!

でもなんだか、いつもより口調が柔らかいような気がする。


「……その、リディアさんでしたか。どうして私を助け……」

「弟さんの依頼です。それ以上でも以下でもありません。それより一刻も早くこの街を去りましょう」


リディアの一方的な通告にむしろ危機感を抱いたのか、姉と弟は目を見合わせ頷いた。


「「リディアさん、お願いします!!」」


リディアは、本当にちょっぴりたじろいだ。




あれから3日。

僕らは闘技都市から北へ伸びる街道を旅している。

マルス少年は歳に似合わず力持ちで、旅の荷物を収めたパンパンの袋を笑顔で背負っている。

レーテはそんな頼もしい弟の姿をにこにこと眺めている。

リディアは終始無言。

うんざりでもしているのかな、と彼女の顔を覗くと、ちょっと見たことのない表情をしていた。


戸惑いというか、不可思議というか。

そんな迷いがうかがえる。


「……リディア、どうしたの」

「……いえ、デス太。なんでも……」「なくはないでしょ」


わざと言葉に言葉をぶつける。

そうされるのが彼女はキライだということを知ったうえで。


「……ふう、そうですね」

「うん」

「……この旅の最初の最初。私は馬車に乗り、馬車から降ろされ、馬車を止めました」

「そこで初めて第三者あかのたにんを殺した。縁深い肉親でもなく、知りもしない他人を」

「そうだね」


僕が応えると、少女はいったん言葉を置いた。

静かに、そう。

本当に静かに時間をかけて。


「……たまに、本当にたまにですよ? 考えることがあります」

「うん」

「アレがなかったら、違う私になっていた可能性も、どこかの世界ではあったのかもしれません」

「……うん」

「ふつうに冒険者をやって、ふつうの仲間パーティを得て、なんだかんだ楽しい日々です」

「…………うん」


それは確かに、彼女が成り得た未来のひとつだろう。

ヒトの運命は、ささいなことで大きく変わってしまう。

ヒトの運命は、硝子のように脆い。


「あの姉弟を見ていると、違う私も悪くはないと感じます、けれど……」

「……。」


「私は、今の私が大好きです」

「そうだね」


ふたり、……いや4人街道を歩む。

のんびりじっくり警戒は怠らず。

そうしてお待ちかねの野営の時間が訪れた。

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