第四十九話(ビンセント)
ラルフが人間の娘をこの世界に連れて来ると言った。
しかもラルフは、その娘と結婚するつもりでいる。
ビンセントはラルフの気まぐれのお陰で、いつもうるさいハイドが加わり、迷惑をしていた。
そこにまた、ラルフの気まぐれで屋敷に人が増える。
「ラルフの好みの女って、どんな奴だろうな」
ハイドは男ばかりの屋敷に女が加わることで、いくらか華やいだ生活になるだろうと期待していた。
ラルフが連れてきたのは少女だった。
「ラルフのやつ。
人間の子どもなんか連れて来てどうするつもりだ?」
ビンセントはハイドに対しても同じセリフを言いたかったが、
「ラルフの気まぐれはいつものことだ」
と、返事した。
娘が目覚めた時、一瞬セシルの姿を思い出した。
顔も雰囲気も全く似ていないのに。
ビンセントは娘を避けた。
この娘はゆくゆくはラルフと結婚をする。
むやみに近付いて面倒な事に巻き込まれたくはなかった。
「ラルフ、本当にあの娘と結婚するつもりか?」
「ああ。リリアの返事は未だもらっていないが」
「気まぐれに人間を連れてくるお前が、永遠の愛なんて約束出来ないだろう?」
「ああ。だからリリアは簡単に返事をしないだろうな」
「まだ子どもじゃないか。あの娘のどこが良い」
「一緒にいれば、ビンセントもリリアの良さに気付くはずだ」
ラルフが笑った。
人間に永遠は不要だ。
幸せは長く続けば良いと思うが、幸せばかりが永遠に続くとは限らない。
過去の憎しみを永遠に背負って生きているビンセントは、娘を人間のまま元の世界へ還してやりたかった。
「夜会に参加するな」
ビンセントは娘に忠告をした。
しかし娘は夜会に参加し、結局、女たちの嫉妬の標的にされた。
「だから言っただろう」
「……ごめんなさい」
振り返ると、娘は泣くのをぐっと堪えているようだった。
たった一人でこの世界へ来るのは、どれだけ不安だっただろう。
「……。言い過ぎた」
ビンセントは娘の手を掴んだ。
ビンセントが着替えとお茶の用意をしている間、バスルームから娘の泣く声が聞こえた。
娘はビンセントの前では涙を見せなかった。
そこがセシルに似ていて、放ってはおけなかった。
ビンセントは娘の髪をタオルで乾かした。
人間だった頃、セシルの髪も毎日乾かしていた。
「人間は、すぐ風邪を引く」
ビンセントは、セシルと二人きりで暮らしていた頃を思い出していた。
あの日は二度と還って来ない。
ビンセントは娘が眠りにつくまで側にいた。
娘はハイドと仲良くなっていた。
毎日泥まみれになったり、怪我をして帰って来てはラルフに注意されている。
婚約者と言うより、まるで子どもだ。
娘は、ラルフやハイドが相手をしてくれそうにない時は、ビンセントの元にやって来た。
娘はビンセントが嫌そうにしているのを知っているのかいないのか、特に気にせず話しかけてきた。
「夜会でお前を助けたが、お前の事が好きだから助けた訳ではない」
「知っているよ?」
娘が微笑んだ。
何故、嫌われている者に近づくのか、ビンセントには理解出来なかった。
ビンセントは娘を、冬が来るまでに遠ざけておきたかった。
冬になれば、セシルを殺した時の獣の姿になり、感情をコントロール出来なくなる。
娘は春を待たず、ビンセントの前に姿を表した。
「近寄るな!」
そう叫んだのに、娘は躊躇することなく近づいて来た。
気が付けば、真っ白な服を血に染めた娘が雪の上で倒れていた。
ビンセントは我に帰り、娘を抱き上げ、自分の部屋へ連れて行った。
服を脱がし、傷の手当てをした。
傷は浅かったが、自分の心の中でコントロールしきれない人間への憎しみが娘を襲った。
ビンセントは娘を新しい服に着替えさせ、娘の部屋まで連れて行った。
翌日、ハイドがビンセントの部屋に来た。
ハイドは今まで見せたこともない顔をビンセントに見せた。
「ビンセント、リリアに何をした」
「分からない」
「リリアがお前に何をした」
「分からない」
「もしリリアに何かあれば、お前はこの世界から消えることになる」
「ああ。それで良い」
「ビンセント!」
ハイドは、部屋から出て行った。
ビンセントは窓の外を見た。
雪がまた、ビンセントを呼んでいた。
翌朝、ビンセントは娘の部屋へ行った。
娘とハイドは同じベッドの中で体を寄せ合って眠っていた。
ふと目を下ろすと、ベッドの下に一枚の絵が落ちていた。
ビンセントが人間の頃に描いたセシルの絵だ。
ビンセントは日記を探し、自分の部屋へ持ち帰った。
また雪が降った。
白い羽のような雪は、セシルの背中から一枚一枚抜け落ちて、ビンセントの心に刺さってゆく。
ビンセントは永遠にセシルを忘れることが出来ない。
そこに娘が現れた。
娘はセシルなのだろうか。
ビンセントを恨んだセシルが少女の姿を借りて、ビンセントの前に現れているのだろうか。
「私を殺したら、憎しみは消える?」
娘はそっと目を閉じた。
ビンセントは、あの日の事を思い出した。
ビンセントが獣になってセシルに襲いかかった瞬間、セシルはビンセントの名を呼んで、そっと瞳をを閉じた。
あの時セシルが何を考えていたのか、今さら聞くことは出来ない。
ビンセントの目からいつの間にか涙がこぼれ落ち、娘の頬を濡らしていた。




