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パラダイス・ネスト~異世界における楽園の作り方~  作者: トヨム
一章・気がつけば異世界
22/59

第22話 ティファリーゼ(修正)

2015年7月5日修正


 第22話 ティファリーゼ


 その日は朝からお祭り騒ぎだった。

 その理由はフィネ殺害未遂ひったくり犯の逮捕と処刑が終わったからだ。


 オランという名の少年は、この日の午前中に極囚として犯罪奴隷に落とされ、太守に引き渡された。


 どんな扱いになるのかマリオンは詳しくは知らないが、聞くと飯がまずくなりそうだったのであえて聞かずに済ませる事にした。

 ただこの先三か月、生きていられれば良い方、半年生きていたら奇跡であるそうだ。


 彼の仲間という少年たちもあらかた捕まった。

 ただこちらは普通の犯罪者集団なので…あえて言うと普通の軽犯罪者の集団なので、もっと言うと町の不良グループのようなモノなので、騎士団ではなく衛士隊が捕縛処理に当たった。


 昨夜のうちに八割が捕まり、厳しい取り調べの後、ほとんどが犯罪奴隷に落とされた。中心的存在だった男二人、女一人は極囚だそうだ。


「ふつうこの程度の犯罪者を極囚にはしないんだけどな…まあ衛士隊も面目をつぶされたから…」


 プラクトはそう言って話を濁した。

 つまり体面を保つためと面目を潰されたことに対する報復という事らしい。

 しかとは知らないし知る気もないが、きっと取り調べも苛烈を極めたのだろう。

 おいしい食事をしながらする話ではないと思うのだが、彼らは仕事柄なのか全く気にせずに食事を続けている。


「いやー、うまいなこれ、さすが走翼豚はしりはねぶた

「いや、食い方がいいんだ、すき焼きだっけ…うまい食い方だ」


 確かに彼らの言葉は間違っていない。


 マリオンは割り下の作り方を教えただけだがさすがプロの料理人、一段上の味に仕上げて見せたくれた。

 走翼豚はしりはねぶた一頭は地球でいえば牛一頭分近くの量があるので、それなりにみんなに回るわけだが、それだけでは寂しいとほかの肉も加えられた。


 そこに大量の野菜が加えられたのだが、野菜がなくては美味しくないと主張したのはマリオンである。


 すき焼きを知らない無知に付け込んで『こういう野菜を一緒に食べるのが掟ですー』とうそを吹き込んだ結果だ。

 久しぶりの食物繊維である。これは嬉しい。しかも味が合う。

 白滝、豆腐はなかったので代わりに丸蒟蒻が入っているがまあそこら辺はご愛嬌。ネギは同じものがあった。


 だからすき焼きもどきなのだが、おいしいから細かいことはいいのである。


 大食堂に集まったみんなから声をそろえて『ありがとう』と言われたときはさすがに顔がひきつったが、まあ知り合いのタニア達メイドやプラクトたち騎士たちも喜んでいるからまあいいのではあるまいか。


 タニアなどはマリオンの姿を見てガッツポーズまでしてくれた。まあ『走翼豚』を寄付してよかったと思える瞬間だった。


 その日の夕食にはお酒も付き、みんなが気分よく、楽しく過ごした。ただこういう施設である以上一度に全員というわけにはいかない。もちろん彼らの分も取り置かれているがまだ仕事をしている者もいるのだ。


 ◆・◆・◆


「もういい?」

「はい、ありがとうございました」


 ティファリーゼはもう動くことのない祖母の前でゆっくりと立ち上がった。

 彼女が亡くなったのは神殿に担ぎ込まれてわりとすぐのことだった。


 神官たちが回復魔法をかけてくれたが、もともと弱っていたこともあり、治療の甲斐なくこの世を去った。きっかけは胸を激しく蹴られたことによるダメージだった。

 たた神官たちの魔法のおかげで苦しまずに逝かせてやれたことは幸いだったとティファリーゼは思う。


 だがお別れになるその時まで意識が戻らなかったことは悲しかった。


 神殿の騎士たちはティファリーゼが最後まで祖母のそばについていることを許してくれた。


「私はどうなるんでか?」


 ティファリーゼは付き添っている女性神官にそう聞いた。この質問に女騎士は『犯罪奴隷に落とされます』とそう答えてくれた。


 こういうやり取りも慣れている所為かもしれないが、その淡々とした返事は不思議とすんなり受け入れられた。

 おそらくそうなるだろうと考えいたのもある。


「オランはどうなりましたか?」


 その質問にも女騎士は答えてくれた。

 すでに極囚に落とされた。と。

 そして彼らのグループもほとんどつかまり、その内の主要メンバー三人も同様に極囚の落とされることになったと。

 三人ともティファリーゼには面識のある人たちだった。


「くすくすくす」と、口から笑いがこぼれた。

 暗くて小さな笑いだった。


 ティファリーゼもこの国で生まれ育った娘だ、しかも冒険者であり博識だった父からいろいろなことを教わった。だから犯罪奴隷や極囚の末路も知っている。


『あいつらはこれから家畜のようにこき使われて、最後も魔物の餌として家畜のように処理されるんだ…』


 極囚は一言でいうと死刑囚だ。どうせ殺すなら死ぬまでの間、せいぜい役に立ってもらおう。それが極囚というものの在り様だ。

 一切の人権は取り上げられ、家畜扱いならましな方、道具かへたをすれば魔物をおびきよせるための撒き餌扱い。彼らはそうやって死んでいく。


 同情する気は起きなかった。

『あいつらはおばあちゃんのかたきだ』

 そう思ったから…


 ティファリーゼの祖母はどのみち長くはなかっただろう。この世界の平均寿命は越えていた。不足のない年だった。


 だがそんなことは慰めにはならない。


 両親を亡くしてから女手一つで自分を育ててくれた人だ。

 貧しい暮らしを二人で支え合って生きてきた人だ。

 いつだって『アタシはいいからお前は幸せにおなり』と笑っていた人だ。


 こんな死に方をしていい人じゃない。


 ティファリーゼにとっては領主より国王より誰よりも生きていてほしい人だった…


 だから同情はしない。


 それでもたった一人、極囚に落とされた女友達の、自分のより二つ年上のお姉さん、エンリケ…彼女にだけは…


「きっとひどい目に合ってる」


 この国は女性の権威が強い。女性に対する暴行などは厳しく罰せられる。女性の意思は尊重されるのだ。


 だが犯罪奴隷はその権利も制限される。


 ティファリーゼも売られていく。買いとるのが男ならいずれ性的な仕事をさせられるのは目に見えている。それでもティファリーゼに手を出せるのは『主人』だけだ。


 だが極囚は違う。女性と言えどもすべての人権と尊厳をはく奪されて、同じようにすべての人権と尊厳を奪われた凶悪犯の中に放りこまれる。しかも相手は明日にも魔物に食い殺されるかもしれない儚い身の上。

 極囚に落とされた女が、同じ極囚からどんな扱いを受けるか…


 エンリケはじきに死ぬだろう。それも多分女としては絶対避けたい死に方で…


 なら自分はましなのか? と考えると答えは出ない。

 ティファリーゼは売られていく。十四歳。成人前なので娼館に売られるとは無い。だが成人した後は分からない。買い取った人が転売しないとは限らない。

 そして娼館にもピンからキリまである。

 たとえそこが『いっそ死んだ方がまし』な場所だとしてもティファリーゼにはやめる自由はおろか、自殺する自由もないのだ。


「囚人、ティファリーゼに間違いありませんね」

「はい、間違いありません」


 いつの間にか祭壇ある部屋にたどり着いていた。

 ここはティファリーゼに『制約ギアス』を刻印する儀式の間だ。

 名前を確認され、祭壇の前に立つ女性神官に手招きされるままに進み出る。彼女の瞳から涙がこぼれて、床に落ちた。


 ◆・◆・◆


「マリオン君。子供を作らないかね?」


 いきなりな質問だった。だがら返事も当然。


「は?」


 となる。かなり変な顔だ。


 食事会の後トゥドラの屋敷により、ゆっくりとお風呂を貰った後、お茶を飲んでいた時の質問だった。


 うん、意味が分かんない。


「実はタニアから申し出がありましてね…あの子は君の子供が産みたいそうなんですよ…君の年齢で子作りをねだられるというのはこれはなかなか大したものですよ…君がこの世界に子供を残す価値がある人間だと、自分の子供の父親にふさわしいとタニアが判断したというとですからね」


「ええっと、それってつまりタニアからのプロポーズ? ということですか…」


 マリオンはそう言って後ろに立っているタニアを見た。

 といってもトゥドラの奥さんズの後ろに隠れていて顔は見えない。恥じらいという言葉が良く似合っている。


「そう、ん? いや違いますね。君は辺境出身ということだったね…だったらわからないかもしれない。タニアが言っているのは結婚しようではなく、自分に子供をください。だね」


「???」

 余計わかんなくなった。


「ふむ、では最初から説明しましょうか?」


 顔中を?だらけにして首をひねるマリオンに対してトゥドラは解説してくれた。

 それはこの世界で性行為というものに関して女性の意向が優先的に考慮される。その理由、その文化の話だった。


 この世界は『一夫多妻制』が普通にあるが、それは男が複数の奥さんを持つということが制度として決まっているということではない。

 むしろ逆に複数の女が優秀な男に群がるため。結果として成り立つ制度だ。


 女性は古来太陽であったという言葉があるがこの世界はそれに近い。

 女性が威張っていると言うことではなくとても大事にされている。


 神殿は女性率が高いがその他の社会は男性社会と言っていい。

 これは男尊女卑と言うことではなく、生物学的な要請というものだ。


 例えば男が一人女が一〇〇人しかいなくなったとする。

 この場合一〇〇人の女性が三人ずつ子供を産めば次の世代は三〇〇人。

 この内一五〇人が女としてこれが三人ずつ子供を生むと次の世代は四五〇人と言うことになる。


 では逆に女が一人男が一〇〇人だったら?

 同じだけ女性が子供を産むとして次の世代は三人。内、一人か二人が女だったとても人間は増えない。

 もし三人男だったらそこで人類滅亡だ。


 いろいろな条件をすっどばしてみるとわかりやすいのだが。男と女を比較したときに男は死んでも良いが女は死んではまずいと言う現実が見えてくる。

 

 この構図が男が表に出て、女が内を守るという構造の基本的な原因だ。


 男の女の出生比率は元々男の方が多い。

 これは生物として、種として、男は数を減らしてもいい消耗品。その上で優秀な存在ものだけ生き残ればいいということを意味している。


 だからこの世界でも表社会で働くのは男と言うことになる。


 だがこの世界にはその裏にコミュニティーという存在ものが存在する。

 ここで言えばトゥドラの奥さんを頂点とした、女子供で構成されるグループ。見習いの男女や、下働きの男女を含めた一つの家族としての単位だ。

 これにおいては家長はトゥドラである。つまりお父さんだ。そしてお母さんとなるのが奥さんズと言うことになる。


 そして家族において奥さんが強いというのはこの国では当たり前だった。


 この世界の家族単位は女を中心にできている。

 頂点はトゥドラの奥さん三人。その下に彼女たちの子供達。そしてその下に弟子に当たる見習いの若い男女がいて、この全ての親として奥さん三人が存在し、その夫としてトゥドラがいる。


 そして前述のような理由で男よりも女の方が人口が多く、そして優秀な男が限られると言うことになると優秀な男を確保するのはその家族グループの死活問題にもなる。

 だから婚姻関係に目を光らせ、優秀な男を捕まえるのは彼等の重要な役目になる。


 彼等がよくやる手が優秀な男にコミュニティーに所属する複数の女をあてがって婿として捕まえるというやり方だろう。

 捕まった男は複数の女に種付けできる代わりにそのコミュニティーに取り込まれることになる。


 まるで花が蜜を餌に蜂を引き寄せるように。


 この方法なら万が一蜂が外で死んだとしてもほとんど影響がない。

 そして生まれた子供達はコミュニティーの子供として家族で守り育てていく。


 効率的なやり方だ。


 蜂にたとえたが捕まった男は大概厚遇される。

 仕事に対してもコミュニティーのバックアップが着くのでやりやすくなるし、衣食住などもこのコミュニティーの方で面倒を見てくれる。


 さらにその相手が次世代の女リーダーであれば、家長の座も転がり込んでくる。


 平安時代の婚姻形式というか、王女が王権を引き継ぐエジプト方式というか、ライオンのハーレムのようでもある。


 甲斐性のある男は全てを手に入れ、そうでない男はスポイルされる。なかなかシビアである。


 家長であるトゥドラから奥様方立ち会いの下でタニアとの関係を推奨されたと言うことはつまり、マリオンはこのコミュニティーの娘たちに種付けをする権利を認められたと言うことだ。


「とは言ってもマリオン君もまだ若い。

 私としては君がこのまま家に居ついてくれればいいとも思うのだけれど、以前言った通り時期尚早だと思うのですよ、

 今は広い世界に出て経験をつむべきでしょう。

 以前にも言いましたが、いずれ君がもっと大人になって、ここに戻ってくる気になったなら帰っておいでなさい。きっとタニアもタニアと君のに間に生まれる子供も歓迎してくれますよ」


 すでにタニアとの間に子供が生まれることが決定事項に!


 市井しせいの男女の間ではもっと直接的に男と女がくっついたり離れたりしている。

 この世界の人間は性行為に対してあまり忌避感は持っておらず。とてもおおらかなのだ。

 中には生まれた子供の父親が全部違うなどということも結構あったりする。


 だが有力なコミュニティーとなるとそういう行き当たりばったりなこともできない。

 優秀な男を確保して、もっというと優秀な遺伝子を確保して勢力を拡大していかなくてはならない。

 名家となると個人よりも『家』と言うレベルでの物の考え方がはいってくるわけだ。

 

 現状では『マリオンの価値は今ひとつはっきりしないけど、放置してしまうのはもったいないような気がするから、タニアが懸想しているのをよいことに、タニアを与えて取りあえず粉をかけよう』…と言うことだろう。


 あくまでも表向きはタニアの希望を叶えてという形だ。


 こうなってしまうと断るのは難しい。政治的背景でもあればまだしも、何のしがらみもないマリオンがこれを断るというのはタニアに対して『お前なんか俺の子供を産む価値がない』と宣言するようなものだ。


(無理だ…無理過ぎる…)


 しかも心情的に一度は関係を持った女性だ。情が移っているということもある。


「うん、めでたいめでたい。今夜からタニアの部屋は君が泊まれるように個室にするからよろしくお願いしますね…それと、お風呂はうちの風呂をいつでも使ってください」

「あっ、ありがとうございます」


(て、しまったーお風呂につられた)


「ではそういうことで」


 トゥドラたちはシュタッと手をあげてそそくさと部屋を出て行った。

 後に残ったのはタニア一人。


「よっ、よろしくお願いします」


 真っ赤になってお辞儀をするタニアはなかなか凶悪に可愛い。最初の夜は余裕綽々でマリオンの方がタジタジだったのに今は全然余裕がない。真剣味が違うのだろう。


(まあ可愛いからいいんだけど…)


 そしてこの世界は娯楽が少ない。

 つまり夜が長いということだ。

 マリオンは変な言い方だが覚悟を決めてタニアの手を握った。


 ◆・◆・◆


 そんなことがあっても日常というのは大して変わらないものだったりする。

 変わらないのになぜか顔がにやける。

 いたすことは同じでも、不思議と行為の持つ意味が違う気がするのだ。


(これってつまり、勝ち組ってこと?)


 そうなのかもしれない。

 この世界で生きていていいのだという証明であり、生きていた証しを残す資格を認められたということである。

 その事実が、今更変な話なのだがそれが『大人になった』時ようなうれしさを思い起こさせるのだ。


「あー、いかんいかん」


 それでもいつまでも浸っているわけにも行かない。今は鍛錬の最中だ。

 マリオンは顔を引き締めて武術の型を繰り返しながら修練場の外周を回っていく。その内側を騎士や神官達が普通にランニングしていくのだが、ここに来てから身体機能が上がったのかランニングだけではあまり運動したような気にならず、仕方なく型と組み合わせてのランニングをする事にした。


 型というのは良くできた全身運動で、手を抜かずにやっていると体に適度な負荷をかけてくれる。動き続けるため体力アップになるし、型の繰り返しによる技術の上達がある〔ような〕気がして採用したのだが、騎士達の中にも真似するモノが出て、外周をいろいろな型を繰り返しながら歩く多数の人間が生まれ、シュールな盆踊り会場のようになってしまった…


「あれ? これ誰だ?」


 そんな時にマリオンは近づいてくる人間が知覚に引っかかるのを認識した。

 それは知っている人間で、しかもここにいるはずのない人間の反応だった。


「どうした。マリオン」

 騎士の一人が声をかけてくる。

「ああ、ちょっと…何か思いつきそうな気がして」

「なんじゃそりゃ」

 その騎士がマリオンの背中を一つたたいて追い抜いていく。きっちりと鎧を身につけ、自分が得意とする剣術の型を繰り返しながら。


『やっぱりシュールだな…』


 自分で始めたことではあるのだが、やはり異様だ。


『いや違う今はこっちだ』


 マリオンはサーチをかけ、反応の位置を割り出して、そこに意識を集中して詳しい解析をかける。

「やっぱり…名前は…聞いてないか…」

 脳裏に映し出されたのはギルドで何度か字を教えてくれた女の子。


(なんでこの子が…)


 神殿の通路を、手に縄をかけられた状態で騎士にひかれて歩いてくる。前後に神殿騎士が一人ずつついている。

 少女はかなり憔悴しているようで、力ない足取りで騎士に誘導されるままにふらふらと…


 もうすぐそこの角を曲がるとこの修練場の脇の通ることになる。

 マリオンはすぐにそちらに移動するとその騎士に声をかけた。


「やあ」

「やあ、マリオン、鍛錬か?」

「ああ、そっちは…仕事か?」


 ちょっと声をかけるのが速すぎた。通路に出てすぐ声をかけてしまったからマリオンからはっきり見えるのは先頭の騎士一人だ。だがもはやこの神殿の人間はほとんどが顔見知り、声をかけること自体は不自然ではない。


「そうなんだ…ほら、例のフィネさんの事件の共犯者」

「え?」


 それは本気で意外だった。


「その子がかい?」

「そうです」


 マリオンの意外そうな言葉にティファリーゼの後ろにいた女性騎士も前に出てくる。それにつられてティファリーゼも前に出てくる。


 マリオンは本気で驚いた。

 彼女があまりに憔悴していたからだ。肩を落とし、地面見つめ、髪ははらはらと顔にかかっている。

 偶然を装って声をかけたのでここは驚かなくてはならないと思ったのだが、そんな芝居は必要なかった。


「君は…ギルドで僕に字を教えてくれた子だよね…」


 ティファリーゼがゆっくりを顔を上げて、マリオンを見つめた。そして一瞬驚いて、深々と頭を下げた。

 その瞬間ティファリーゼの瞳からせき止められていた涙がはらはらと地面に落ちる。


 ティファリーゼにとってマリオンの存在は、まだ何も知らなかったころの自分と祖母を思い出させた。


 そしてマリオンは、肩を震わせしゃくりあげるティファリーゼを見捨てることなどできなかった。

 マリオンは可愛いものの味方なのだ。


 ◆・◆・◆


「しかし意外でした。まさか知り合いだとは…」

 トゥドラはそう言ってしみじみと頷いた。


 マリオンはあの後、すぐにトゥドラを訪ね、事情を話した。と言ってもティファリーゼに以前世話になったことがあること、できれば多少なりとも力になりたいという事をだ。

 今更だが、何かできることはないかと相談に来たのだ。

 マリオンの考えたのは刑期があるならその割引とかだったが、犯罪奴隷というのは基本終身刑で割り引こうにもそもそも刑期がない。


「でしたらどうでしょう…マリオン君が彼女…ティファリーゼ君でしたか…彼女の所有者になるというのは?」

「は?」


 その発想はなかった。


「犯罪奴隷とはいっても何も極囚〈凶悪犯〉ではありません。奴隷として働き、真面目に努めれば主人が解放してくれるということはあるのです。彼女は10日後の競売にかけられますが、その後の人生がどうなるかは主人次第ですからね」


 だったらマリオンが主人になって、いずれ折を見て開放してやればいいのではないか? という提案だった。


解放それってすぐにできるんですか?」


 そう聞いたのは彼女のためということもあるのだが、現代人として奴隷を持つということに忌避感を感じたからだ。

 だが、答えはノーだった。


 普通の犯罪者であればあまり問題にならないのだか、中には犯罪組織に所属し、大きなお金を動かせるバックがいる場合もある。そういう組織が奴隷を買戻し、開放すると元の木阿弥になることがある。


 奴隷身分であれば『制約』のよって犯罪行為を禁止されているので、この状態で開放を禁止すると犯罪組織は仲間を買い戻すことができなくなる。


 そのため一定期間。最低でも十年ほどは奴隷からの解放は許さていない。


「あの獣人の子は積極的に犯罪に加担したわけではありませんし、マリオン君の小間使いとしてそばに置くのも悪くないと思いますよ」


「奴隷というのがどういうものが良くわからんのですが…そういうのもありですか?」

「良いのではないかな?」


 それもいいか?


 マリオンはそう考えることにした。

 奴隷というのがどういうものかわからんが、あの女の子の保護者を自分がやると考えればいいのではないだろうか? 自分だってそうやって周りの人の善意で育ってきたのだ。


 ようは自分の心構えだ。


「じゃあ、そうします」


 マリオンはそう決断した。


 ◆・◆・◆


 ティファリーゼの朝は早い。


 彼女の主人であるマリオンは朝まだ暗いうちから神殿の修練場に出かけ、鍛錬をしている。

 ティファリーゼの仕事は起きたらすぐにかまどに火を入れ湯を沸かし、お茶を入れることから始まる。時間の短縮のために火は起き抜けにつけ、お湯が沸くまでの間に着替えをするのだ。


 着替えは神殿の端女はしためが着ているものと同じ作業服で、簡素な作りのワンピースにエプロンという構造で、お尻の所には尻尾を通す穴が開いている。神殿で働く獣人は多いのでこういう服もちゃんとあるのだ。


 以前は常にスカートの中に隠していた尻尾だが今は堂々と表に出している。主人であるマリオンがかわいくていいといてくれだからだ。


 ティファリーゼはふさふさ尻尾タイプの獣人だったが、しっぽが短く毛並みも良くなく結構コンプレックスを持っていた。そのためいつも服の下に隠していたのだ。

 耳も人間並みに小さく髪の毛をかぶせると目立たなくなり、ほとんど隠れてしまう。

 主人であるマリオンも最初は獣人だとは思わなかったといっていた。


 だがそれももうどうでもいいことのような気がするのだ。ご主人様(マリオン)がそれでいいと言ったから。


「旦那様、おはようございます」


 お湯が沸くとティファリーゼはマリオンを起こしに行く。そっと部屋に入り、カーテンを開ける。それから本人を揺り起す。


 ティファリーゼにとって、奴隷に落とされたときの絶望感は、今から思うと悪夢のようだった。


 祖母を亡くしたことと、これからの人生に、真っ暗な気持ちだったのだ。

 そんな時に引き合わされたのがマリオンだった。


 十日後に競売があり、そこで所有者が決まると言われていたティファリーゼに、いきなり彼がお前のご主人様だと紹介されたのがマリオンだった。

 かつて何度か文字の読み方を教えたことのある青年。そしてできれば雑用でもいいから雇ってくれないかと考えた冒険者、その人が目の前にたって『やあ』と手を上げているのだ。吃驚した。


 そのあと神官たちと祭壇に移動し、ひときわ立派な身なりの女性神官に契約の儀式を行うと宣言された。

 肩から服が落とされ、胸があらわになる。

 ティファリーゼの胸元には白い紋章が刻まれている。

 これが制約ギアスの本体だ。


 ティファリーゼはあわてて胸を隠した…のだがそこには隠すべき胸のふくらみはなかった。完全なツルペタ。だがそこは女の子、恥じらいを忘れない。


 マリオンの方はティファリーゼのことをちっちゃい子としてしか認識していなかったから、恥ずかしいとは思わなかった。はっきり言って微笑ましいと思った。

 その反応がよりティファリーゼに別の意味での恥ずかしさを抱かせるのだが…男は鈍いのである。


 儀式と言っても難しいことはない。

 ティファリーゼの胸に刻まれ紋章に主人となるマリオンの血を一滴垂らすだけ。


 この紋章は高神法官以上の術者が魔石を使って体の上に描き、魔法で焼き付ける存在ものだった。


 これは『制約』の魔法のうち『隷従紋』と呼ばれるもので、この紋章は奴隷本人の意思に反応する魔術式の刻印で、奴隷の行動を制肘する機能を持つ。


 主人に逆らったり、主人に嘘をついたりするとこの魔術式が起動し、奴隷の体機能狂わせる。それは呼吸困難や神経に直接流される激痛などとして現れ、奴隷に服従を強制するのだ。


 これの特徴は体に直接ダメージを与えるわけではないということだろう。

 殴られたから痛いのではなく、神経に直接激痛信号が流れる。体は傷つくことなく際限なく苦痛だけを与え続ける。

 これに逆らえる奴隷はいないといわれている。


 マリオンは指先をナイフで切り、その血をもってその紋章をなぞっていく。

 これで紋章は主人を血を覚え、魔力を覚え、ティファリーゼにマリオンへの忠誠を強制する。主人と奴隷をつなぐ鎖ということになる。

 紋章の色が白から黒に変われば完了だ。


 ここが神殿だから厳かにやっているが、奴隷商館などではもっと簡単に紋章に血をつけて終わりというやり方をするところもある。

 普通神殿の仕事はこの隷従紋の基礎を刻むまでで、後は奴隷商人などのもとでマスター登録が行われる。

 今回神殿で行われたのはマスターがマリオンだからだ。


 この儀式の光景を見ていたティファリーゼに発想の転換が訪れた。


『これってひょっとしておばあちゃんの導き?』


 一度はマリオンにやとわれて仕事をするのもいいかと思ったのだ。

 そしてその時はどんな苦しい仕事でも一生懸命やろうと思ったのだ。だったら今の状況もそんなに変わらないのでは?


 それは自己欺瞞の類ではあったが、あながち間違いではないかもしれない。


 翌日からマリオンはティファリーゼの代わりに祖母の葬儀を取り仕切ってくれた。


「残されるものが逝く人を送ってやれないのはとても悲しいことだからね」


 といって…

 ティファリーゼはマリオンが悲しそうな顔をしているとそう感じた。


 ティファリーゼはマリオンの後ろで祖母を送ることができた。そしてその日一日部屋の中で泣いている自由をもらった。


 ティファリーゼは思いっきり泣いて、泣いて、泣いて、次の日は元気に笑った。無理やりだったかもしれないが笑うことができた。

 そしてその時からマリオンはティファリーゼにとって忠心から仕えるべき主人になった。


 その主人はというとベッドの中で右に一回パタン、左に一回パタンと動いて伸びをしながらぬおーと起きだした。

 猫の背伸びのポーズでどちらが獣人だかわからない。


 ティファリーゼはそういう主人を『可愛い』と思ったりする。

 似た者主従である。


「おふぁよう…」

「おはようございます旦那様。お茶の支度ができています」

「あいよ」

 マリオンはもそもそとベットから抜け出しベットの脇のテーブルに用意されたお茶を飲みながらゆっくりと目を覚ます。


 これが一つのパターンだ。


 ということは別のパターンもある。マリオンが別な場所にお泊りするパターンだ。

 もちろん宿泊先はタニアの部屋である。


 妻問婚の風習のあるここでは男が女性の部屋にお泊りに行く。

 その場合は朝のお茶までが向こうの家で、朝食からがこちらの家ということになる。

 そのことにティファリーゼは結構感動していたりする。


 マリオンはどう見ても十代後半。二十歳前だ。


 その年でちゃんとした『通える』女性がいるというのはすごいことだと思うのだ。


 そしてマリオンが訓練から帰ってくると一緒に森に出かけ、日帰り、あるいは何日か泊りで狩りをする。

 ティファリーゼ仕事はマリオンのサポート。それが今の彼女の日常だった。


 そんなある日ティファリーゼはマリオンにきいてみた。

「旦那様、出発はいつごろになりそうですか?」


 マリオンがいずれこの町を出て東の果てにあるオオエド伯爵領を目指すという話は聞いている。そしてそれはそれほど遠い未来ではないのだと。


「もうちょっと先になりそう…ものすごく長距離の旅だからな…普通の馬じゃダメなんだと…神殿の人たちが手配してくれているから…それができたらだな」

「そうですか」

「悪いな…ここには家族の墓もあるんだろ?」

「いえ、気にしないでください。わたしの父は冒険者でした。わたしもいずれは他所の土地に行ってみたいと思ってしましたから…」


 ティファリーゼはそう言って草原の向こうをまぶしいものを見るように眺めた。


 すべての準備が整い、旅立つまでここで冒険者としての日常が続く。

 ティファリーゼにとってはとても穏やかなすばらしい日々だった。

 そして一緒に旅をするのだ。

 ずっとずつと遠くまで。


 こんな日々がこれがも続いていくことにティファリーゼは幸せを感じていた。


第一部と言いますか、導入部の終了でございます。〔なっがいどうにゅうだったなー〕

もちろんまだ続きます。

次話投稿は11日を目指しています。

よろしくおねがします。


誤字、脱字などお気づきなりましたら是非お知らせください。

また感想などいただけましたら幸いです。


それでは本日の所は失礼いたします。

お相手はトヨムでございした。


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