第21話 追跡(修正)
2015年7月3日修正
第21話 追跡
結局のところ『一km先行』の事実は大きく、町に着くまでにその『人』に追いつくことはできなかった。
「ええい、くそ、あと少しだったのに!」
思わず悪態がでてしまう。
やはりこの件に関してはいろいろ思う所があるのだ。
根に持っているともいう。
「どうしたんだ坊主?」
そんなマリオンにすっかり顔見知りになった衛士が声をかけてくる。完全に小僧定着である。
「ああ、タウラさん…なんでもないよ、ちょっと狩の調子が悪くってね…」
一瞬、タウラに話をしようかとも思ったが説明のしようがない。今からしばらく前にこの門を潜ったやつが犯人だ。等と主張したところで相手にしてはもらえないだろう。
「そうか、まあ、そういう日もあるさ…毎日いい獲物が取れたらだれも苦労はせんよ」
タウラは手ぶらのマリオンを眺めてうんうんを頷いた。
クラインという特殊な装備〔?〕をあまり喧伝しないために、いつもは町の近くまで来ると獲物を出してぶら下げて町に入るようにしていたのだが、今日はそれをしている余裕がなかった。
「そうだね、ありがとう」
タウラが話しているのは狩りの話だ。それは分かるのだが同時に示唆に富んだ話だとマリオンは感じた。
(成程すべてがうまくいくことなどありはしないのだし、一つのことがうまくいかなかったら即座に次の手を打てばいい。諦めてしまえばどんなプロジェクトもうまくいかない…)
社会人をやっているときに身につけた真理だ。失敗したからといって投げ出していいのは学生の内だけ、どのみちやらねばならないのだからできる範囲で最良の結果を…
それが仕事というものだ。
マリオンは門番タウラに手をあげて挨拶をし、素知らぬ顔で町に入った。しかしマリオンの魔力知覚は犯人と思しき人物をロックオンしたままだ。
「やっぱり間違いないな…」
犯人と思しき人物は町に入ってすぐに移動速度を落とした。多分店でも冷かしているのだろう。なかなかいい度胸だと思う。
それとも現実逃避だろうか…
だがこの距離なら解析をすればさらに詳細なデータ―の比較ができる。
マリオンはためらうことなくセンサーをその男に向けた。
結果は間違いなく本人。
まだ若そうな少年と言っていいくらいの若者だった。
「だがそうすると、どうやって検問を抜けたんだ?」
捜査権は既に神殿騎士に委譲させたとはいっても、門番というのは不審者の出入りを取り締まるためにいるのだ。そして現在黒髪の若者は不審者扱いのはず。
そして門番が不審者を押さえる分には、縄張り云々の話にはならないはずだ。
それに加えて今日の門番はタウラだ。あの真面目なお人よしが仕事をおろそかにするとは思えない。
(僕の時に懲りて、もう黒髪を調べるのをやめたとか?)
ありえなさそうな話だ。
羹に懲りて鱠を吹く。という言葉もあるが、それにしても門番にまで怪しい奴の取り締まりをやめさせることはないだろう…黒髪黒目というのはこの町では目立つ特徴だし、タウラなら初めて見るその対象に、身元の確認をしないなどないだろう。
ましてこの場合羹に該当するのはマリオン1人。ほかの黒髪はふん捕まえたところで問題になるような要素は見当たらない。
ひどい話だが、マリオン以外なら誤認逮捕をしても握りつぶすのは簡単なのだ…いや。そもそも意に介す必要すら感じていないかもしれない。
(なら僕のように無実が証明されて出入り自由が保障されたのだろうか?)
「いやそれもないな…」
少し考えてすぐにその可能性を否定した。
もしこの少年がこの町に潜伏していたのならマリオンのセンサーに反応しないはずがない。
町中ではサーチを使わないようにしてはいたが、何度かテストはしているのだ。
つまりこの若者は町の外にいたことになる。
首をひねる僕だったがその答えはすぐにわかった。マリオンが近づきその目で確認した犯人の髪の毛は色が抜けたように銀色になっていた。
「ああっ」
声に出そうになってすぐに自分で口をふさぐ。
(そうか…魔力知覚って色は見えないんだった…)
魔力知覚だけでものを見るとすべてがモノクロ…というよりすべてが作りかけのテクスチャーを貼っていない状態のCGの様にグレーを基調としたグラデーションの世界になる。
はっきり言ってその方が立体感は分かりやすいのだがこれは色彩が犠牲になるという欠点がある。
――そうかそうかうっかりしてた…色は肉眼で見える範囲でしか見えないのか…
可視光線〔電磁波〕で知覚ている範囲は普通の人間と何も変わらなくみえる。
そして魔力知覚は色が見えない代わりに質感などの別の情報が入力させれる。
そのために色彩情報の欠落に不自由を感じていなかった。
色のないところも普段の感覚で色があるような気になっていたのだ。
(ならばよし)
これで疑問は解消した。
マリオンはそのまま追跡を開始した。
ここで飛び出して取り押さえるというのもまずいだろう。
マリオンは神殿に世話になっている身ではあるがその実ただの民間人だ。
行き場所を突き止めて神殿騎士に通報。それが一番穏当なやり方だろう。
マリオンはポケットから取り出した広告〔ギルドの物〕を見詰めながら尾行を開始する。視線は下に落としていても目標を見失ったりはしない。
直接視認する必要のない魔力知覚は尾行向きのスキルだった。
ただここら辺が素人の悲しさ、人ごみを広告に眼を落して周囲を確認することなく、それでいてまったく人にぶつかることなく進んでいく人間というのはかえって変なのだが…
本人が気が付いていないからいいことにする。
◆・◆・◆
「マリオン殿…なにをしているのかな?」
『にひゃー!』
あわてて自分の口を押さえたが、やっぱりマリオンは変な悲鳴の人だった。
『いきなり声かけるなこのおバカ者!』
しーしーといいながら文句をかます。
魔力知覚があるのにどうしてと思うかもしれないが、マリオンの能力はマリオンの意識の在り様に左右される。
地面を見ながらセンサー類を犯人に固定していれば他がお留守になるのは仕方がない。
尾行をしている間にいつの間にか近づいていたプラクトに気付けなかったのだ。
マリオンはプラクトの首に腕をかけ、物陰に引きずり込んだ。
彼とはこの十日余りの修練ですっかり仲良くなっている。すでにけっこう気の置けない友人だ。
マリオンはいきなり話を切り出した。
「プラクト…あいつだ。フィネさんを刺したやつ、あの銀色の髪をしたやつ、髪の色が変わっているけど間違いない…同じ顔だ」
「なっ」
マリオンからもたらさせた衝撃の事実にプラクトは瞠目した。
しかし相手は角を曲がって見えなくなっていた。
チョコチョコチョコチョコっと道を移動し、曲がり角でやりなおす。
「あいつ、あいつ、あいつが犯人」
「なっ、なんと…」
マリオンが建物の角から横に顔をだし様子をうかがう。その上にプラクトが乗って同じように様子をうかがう…
付き合いの良いやつである。
漫画とかアニメでよくあるシーンだ。
けど…男と密着してもあまり嬉しくはなかった。
嬉しかったら変態であるが、マリオンはノーマルであるので気色悪いのは正常である。
鎧が間にあるため感触が伝わりづらいのが救いだ。
野郎の体の感触より、鎧の感触の方がまだしもロマンがある。
鋼鉄の美学とかそういうものがある。まあ鎧の材質は甲殻なのだが…
マリオンはプラクトと二人頷き合って銀色の髪の若者を尾行することにする。
「うん、やはりいいなこれ」
「何が?」
「新しい靴だ。鋲がないから音がしない…」
そう言えばとマリオンは耳を澄ます。周囲は喧騒に満ちていてその中には衛士達が鳴らす靴のカチャカチャ言う音が混じっている。
今まで気にしなかったので気が付かなかったが、意識すると目立つ音だ。
銀髪の男は警戒しているのか周囲をきょろきょろと見回す動作がたまにある。この警戒ぶりではもし同じ音が後ろをついてきたら気が付いたかもしれない。
「それにしても新型の靴、もう配備されたのか?」
「うむ、希望者数名に配布してテストし、良ければ配備ということになっている」
「つまりプラクトは希望者なんだ?」
「だって新しいのは使ってみたいじゃないか」
「まあ気持ちは分かるが…装備品というのは命がかかってるんじゃないのか?」
「だからこそだよ。だからこそ少しでも性能のいいものが良い、俺はこの靴を見て良いと思ったのだ、これがハズレだったら俺の見る目がないってことだ。仕方がないとあきらめる」
「おお、男前だなお前…」
そんな話をしながら〔君ら尾行をする気があるのか?〕道を進むうちに神殿騎士が一人二人と集まって尾行に加わる。
ここまで来る間に気が付かなかったがプラクトか連絡を取っていたようだ。
新しい騎士はマリオン達のさらに後方。犯人を尾行するのではなく、犯人を尾行しているマリオン達を尾行している。
そしてさらに進むと一人のおじさんが歩み寄ってきた。
「よし、変わろう、ありがとう」
そのおじさんはマリオンの肩をポンとたたいてねぎらいの言葉をくれた。どこにでもいる普通のおっさんに見えたがこの男も神殿騎士だ。
しかも激しく見覚えがある。
毎日マリオンのことを厳しく鍛えてくれる武術系の達人の人だった。
達人なのに妙にまん丸な人だ。
彼は素知らぬ顔で犯人の尾行を開始した。変わってマリオンがその場に立ち止まる。プラクトもこうなると後衛に移るらしい。
「まあ心配するな…俺たちは尾行だのは慣れないが、あのおっさんは武術の達人だ…気配を気取られるようなことはない」
「まあそうだよな…あの人が見つかるようなら僕らは役立たずだろうからな…」
マリオンの彼の実力に対する信頼はとても大きいのだ。
そう言う間もプラクトは周りの騎士たちとサインを送りあいながら何かを確認している。
(ふーん、なんかできる男って感じだな…)
「じゃあ後は任せたぞ…」
マリオンはそう言って彼らを見送った。
きっと逃げられないところに追い込むか、アジトを探し出してから踏み込むのだろう。
なかなか優秀である…のか?
マリオンの目の前できちんと鎧と兜を装備した神殿騎士が中腰で、並んでほぼ同じポーズでズンドコズンドコ進んでいく。
………ギャグにしか見えない…
マリオンは顔をひきつらせながら彼らの活躍を祈った。
◆・◆・◆
「ティファ、ティファリーゼ。誰か来たようだよ」
「はーい、ちょっと待って…んっと」
老婆がドアをノックする音を聞きつけ、裏で片付け物をしている孫娘に声をかける。
ティファリーゼは奥からパタパタと駆けてきてドアに取りつくが、その間もドアをたたく音はせわしなく続いていた。
だがそれでもティファリーゼはすぐにドアを開けようとはしない。ドアには鍵がかかっているがそのままで声を出す。
ここはあまり裕福でない人たちの暮らすエリアだ。平たく言うと貧民街。お世辞にも治安のいい場所ではない。とはいっても強盗などもあまりない。
やったところで盗めるものなどなにもないからだ。
だから出かけるときは鍵を締めなくてもいい、入られても困らないからだ。
清貧洗うがごとしというがここに極まれりと言った風情がある。
その代り自分が室内にいる時は鍵は必須だった。自分の身や命を守るために。
「どなたです?」
ティファリーゼはドアの前で声をかけた。
「俺だ、オランだ」
「なんだ、オランか」
声を聴いて胸をなでおろしたティファリーゼはドアをあける。途中で引っかかるのでここは蹴っ飛ばして大きく開ける。いつものことだ。
だがいつもと違ってティファリーゼはオランの姿を見て目を見開いた。
「どうしたの? その髪?」
漆黒だったはずのオランの髪はすっかり色が抜けて銀色といってよい状態になっている。良く恐怖で白髪になった人の話など聞くが、まさにそれのようだ。
「あ、ああ、ちょっと毒にあたっちまってな…森にはえてるマッダキノコにあたっちまってな…熱を出して何とか持ち直したらこんなになった」
マッダキノコというのはこのあたりの森に自生する毒キノコだった。
よく似た食用キノコがあり、森でキノコ採りをしている農民などがたまにあたる。
量を食べれば命を落とすほどの毒性を持ち、助かったとしてもかなりひどい苦痛を受けることなる。
とするとこの白髪化はその苦痛の所為だろうか…
「ちょっと大丈夫なの?」
「ああ、もうずいぶんたつからな…体調は戻ったよ…髪の毛も時間をかければ戻るさ…」
「うん…」
運が良かった…とティファリーゼは思った。
マッダキノコは他に失明したり、麻痺がのこったりとかなり深刻な後遺症を残す強力な毒キノコだ。
多分オランは少量を間違えて食べただけなのだろう。ティファリーゼはそう考えた。
「それより、この前預けた物…すぐ出るか? このキノコの所為で約束からずいぶん遅れちまったから…これからすぐにとどなくちゃいけないんだ…なんて言うか相手がかなり怒っててな…事情を説明したら一応許してくれたんだけど…代わりにすぐに届けないと…」
珍しくよくしゃべるな…とティファリーゼは思った。だがもともとあれは預かり物だ。返せと言われれば否やはない。
「う、うん、出るよ…待ってて」
ティファリーゼは唯一の家具であるタンス。ただし服だけでなく食器や道具類も入っているそれの引き出しを開け、中から一つの包を取り出した。
「おお、ありがとう…助かったよ…後はこいつを届ければ仕事は完了だ…」
オランは明るく言うと懐に手を突っ込んで金貨を取り出した。
「これは礼だから取っといてくれ」
「…………いらない…」
ティファリーゼはしばしの逡巡の後その金貨を押し返した。
いくらなんでも金額が大きすぎる。それに嫌な感じがしたのだ。まるで怖気が足から這い上がってくるような…そんな感じが…
オランが出しのは一万リヨン硬貨が三枚。普通の仕事で得られる額ではない。
「なんで?」
「…これやばいものでしょ? 持ってるとやばいもの…」
それは確信だった。犯罪がらみでなければこんなものを一〇日かそこら預かるだけで大金を渡したりしない。
「あんた目が泳いでるよ」
ティファリーゼは小さい体で精いっぱいオランをにらんだ。
ついにオランは何かの犯罪に手を出したんだ…そう思った…
「その荷物を持ってすぐに出て行って…あたし、貧乏だけど犯罪に手を出すつもりないから…もう二度と来ないで…」
「おっ、おいおい、なに勘違いしてるんだよ…これは真っ当な…」
それはとっさのいいわけだった。だがオランはその言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
ドカンという音が響いた。
ついで怒声。
「突入――――!」
「「「うおおーーーーっ!」」」
扉を蹴破って大量の神殿騎士が突入してきた。
突入してきて引っかかった。
それはもう組んず解れつである。一気に飛び込んだものの、だから入り口につっかえてしまった。
押し合いへし合いしつつ小さな扉に引っかかり、引っかかった相手をひっつかみ、絡み合うように部屋になだれ込んできた。
『うおー』
『どけー』
『放せー』
『引っ張るなー』
『いやんどこ触って…』
あほの集団である。
だが当事者たちはどこまでもまじめだった…とてもそうは見えないけど…
「畜生! なんでわかったんだ」
オランは家の奥、たった一つの窓に向けて走り出した。その進路上にはティファリーゼの祖母が。
老婆の脇を抜け、小さな窓に体をねじ込む。
だが窓は男が通るには小く過ぎた。
「うがっ…なんでここばっかり丈夫なんだよ」
片腕と頭が通ったところで行くも引くもできなくなったオランは、何とか窓枠を破壊して外に出ようと暴れるが果たせない。
(あっ!)
ティファリーゼは祖母がオランに向かっていったのを見た。
ティファリーゼの祖母は必至だった。
ここでオランを逃がすわけには行かなかったのだ。
オランが逃げてしまえば彼の犯罪の責任をティファリーゼが取らされる可能性がある。
そして神殿騎士がこれだけ大挙して押し寄せる犯罪となるとどれほど大きな罪だろう…
孫娘を。愛する孫娘を守るために、なんとしてもオランを逃がすわけにはいかなかった。
だが暴れまわる若い男を年老いた、しかも体を壊している老人が取り押さえるなど所詮は無理な話だ。
無理な話ではあるのだが、孫娘を助けるために彼女は一切の躊躇をしなかった。
ティファリーゼはオランの暴れる足が祖母を蹴り飛ばすのを見た。
大きくのけぞり、あおむけに倒れていくのを見た。
「お祖母ちゃん!」
駆け寄ろうとした彼女の体を神殿騎士の一人が押しとどめる。
その目の前でオランは窓から引きずり出されて地面に転がされた。
倒れた老婆はそのまま動かない。
オランの手から落ちた包は地面に転がり大量の金貨と血で汚れたどす黒い布を床にばらまいた。
ティファリーゼは後ろ手にひねりあげられ、動きを封じられた状態でそれを見た。
(ああ、やっぱり危ないことしてたんだ…)
「間違いありません、フィネ殿の巾着と盗まれた金です。
神殿の刻印金貨です。こちらはフィネ殿が刺された際の血痕だと思われます。家紋はナール家のものです」
「トゥドラ様の家紋か…決まりだな」
「畜生、はなせ、放しやがれ…」
「黙れ人殺しが」
言葉の綾である。
暴れるオランに対して騎士たちは一切の容赦をしなかった。硬いつま先が腹に食い込みオランは激しくのた打ち回った。
「くそ、なんでだよ…一〇日もかけて髪の色抜いたのに…なんで戻ってきていきなりつかまんだよ…この金があれば、俺だってきっと一人前の冒険者になれんのによー」
「ふざけるな…他人様を刺して金を盗む程度のことしかできんクズが魔物と対峙することなどできるものか!
貴様などたとえ一〇〇〇万あろうとも身を起こすことなどできんわ!」
おらんの顔が絶望に歪む。
辛辣で容赦のない真実だった。
「しっかり、しっかりしなさいご老人」
狭い部屋の中に人の輪が三つ出来ていた。
一つはオランを取り押さえている騎士たち。
一つはティファリーゼを取り押さえている騎士たち。
もう一人が倒れた老婆に寄り添い治療をしている騎士たち。
「お祖母ちゃん…お祖母ちゃん?」
「担架だ、すぐに神殿に運ぶぞ」
「担架なんて用意してねーよ」
「そこのドアの板でいい。このくらいの老婆なら乗る、急いで運べ」
「お祖母ちゃん」
祖母について行こうとしたティファリーゼは騎士に引き戻された。
呆然とした顔で騎士を見つめる。
その騎士はゆっくりと首を振った。
意識のない老人ならともかく若くて健康な人間を、しかも犯罪の共犯者である人間を、自由に行動させるわけにはいかないのだ。
ティファリーゼはその場でがっくりと膝をついた。
この町は貧民には容赦がない。そして犯罪者に対してはさらに容赦がない。それはずっと見て来て知っている。
知り合いが犯罪に手をだし、ちょっとその手伝いをしたというだけで官憲につかまり、そのまま帰って来なかった友人は両手の指に余るだろう。
だから自分の運命もろくなものではないだろうとティファリーゼは思う。
だからもうそれはいい。
運の悪い自分にその順番が回ってきただけだ。
そんなことよりも祖母の安否が気にかかる。
「私を連行するなら早く連れて行ってください…おばあちゃんと同じところなんでしょ」
「そうね…いらっしゃい…」
獣人族の女性騎士がティファリーゼの手に縄をかけた。
町の人は縄で縛られた小さな女の子が、縄を持った騎士を引きずるように、急いで神殿に向かう奇妙な光景を見た。
ふつうの犯罪者は騎士に引きずられるように歩いていくのに、その女の子は何かに急き立てられるかのように騎士を急かし、走っていた。
その光景はその日の語り草だった。
◆・◆・◆
この世界の官憲がどういう仕事をしているかというと、治安維持が第一にある。
だがこの治安維持は町の外での魔物の討伐や窃盗や殺人などの犯罪者の集団との戦闘という意味合いが強く、現代警察のような捜査というようなものはあまりしない。
もちろん警察活動をまったくしていないわけではない。町の治安維持のために警邏はしているし、その警邏中にスリや窃盗を見かければ追いかけて捕まえる。
ただ起きてしまった犯罪を捜査して解決、というのはこの世界で技術的に難しい事なのだ。
だから金持ち達は被害に遭った後それを取り戻すよりも、被害に遭わないことを考える。つまり自費で警備員を雇い、襲ってくる盗賊を返り討ちにする。
この際盗賊を皆殺しにしても罪に問われたりはしないからその方がいいのである。
だから地道な捜査や盗まれたものの奪還などは冒険者の仕事だったりする。
用心棒。盗賊のアジトのがさ入れ。賞金首のハンティング。これらはみな冒険者の仕事だ。
じゃあ官憲ってひまなの? というとそうでもない。
官憲にはもう一つ仕事がある。
それは税金を納めなかった平民を捕まえることだ。
この国では15才が成人で16歳から納税義務が発生する。
税金は人頭税〔一人いくら〕で決まっていて、これを治められないと官憲につかまって、強制労働につかされる。
これは3か月くらいで戻ってこれるが二回目、納税を怠ると本格的に捕まって犯罪者として処理されることになる。
ではこの国で捕まった犯罪者がどうなるかというとほとんどが犯罪奴隷に落とされることになる。
もちろん軽犯罪の場合、先に『罰金刑』が科せられるのだが、この罰金が結構高く、『こんな金が払えるんなら犯罪なんかしねーよ』というレベルだ。
家族を養うために人様の金に手をだし、罰金を払うために家族を金で売り払うというよう本末転倒な話もあるくらいだ。
罰金を払えずにそのまま犯罪奴隷に落とされるものは多い。
もう少し罪が重くなるとこれは最初から奴隷落ちという裁定が下る。
この犯罪奴隷いという制度は行ってみれば強制労働つきの懲役刑なのだが、刑務所というものは無く、奴隷として主人に仕えるという形がとられている。それで逃げられたりしないのか? というような話になるのだが、ここで魔法文化というものが真価を発揮する。
制約という魔法が存在するのだ。
平たく言うと人間の体に魔術式を刻印して、終わることのない魔法をその人にかけるという技術だ。
神殿の神官たちが自分の体に刻む回復魔法の『魔術刻印』と同系統の技術で、回復魔法が使用者が魔力を流し起動することで効果を発揮するのに対して、この制約は刻まれた人間の魔力を利用し、施術された奴隷に『服従』を強制する。
『違法な行為をしないこと』
『主人の命令に従うこと』
『主人の下から逃げないこと』
『主人に対して嘘をつかないこと』
これら基本事項が魔法で刻まれた後は、これに反すると耐え難い苦痛を受けることになる。
その人に『状態異常』の魔法をかけたような状態で、殴られたから痛いのではなく直接神経に激痛信号を流したり、呼吸困難を起こさせたり、平衡感覚を狂わせたりするもので、間接的な要因がないため耐えればどうにかなるというものではない。
大概の奴隷が一度主人に逆らった後は二度と逆らおうとはしなくなる。
毎年大勢の犯罪奴隷が生まれ、そして売られていく。
そんなにたくさんの犯罪奴隷に魔法かけるの大変じゃね?
とマリオンは思ったが、これは完全に定型化されていて、焼き印を押すようにどんどん処理できるのだそうだ…
なかなか恐ろしい話である。
ちなみにこの『制約』の刻印も神殿が門外不出として一括管理しているものだった。
この『制約』を施されれば犯罪奴隷は逃げることも逆らうこともできない状態になる。
そのあとで奴隷商人の元に送られ、そこで一般の人々に売られていくことになる。
もちろん奴隷の側に拒否権はない。若くて綺麗な娘は高く売れるのだが、彼女たちがどういう運命をたどるかは推して知るべしである。
そして最後にもっとも罪の重い囚人。極囚。これは重犯罪者が落とされる奴隷で、何が変わるのかというと、『制約』自体は何も変わらない。
ただ扱いが極端に違う。彼らのそれは懲役ではなく死刑と同義だ。
この極囚は売られることはなくそのまま太守や領主の所有となる。
その後、魔物との戦いの場において前線での陣地の設営や、迷宮での荷物の運搬。魔物との戦闘そのものなど、死亡率の高い過酷な任務に投入される。
どうせ死刑になるのなら死ぬ前に役に立ってもらおうという趣旨だ。
この話を聞いた時マリオンは『うへー』と思ったが、結局この世界というのは死刑になるような人間ですら有効に活用しないとならないほど、厳しい環境ということなのだ。
どうせ殺すなら死ぬまで徹底的にすりつぶす。
恐ろしい話である。
前述の犯罪奴隷にしても、結局のところ、人間として規定された義務を果たさない、あるいは果たせない人間を…社会システムからはみ出してしまった人間を…無理やりシステムの中に取り込むためのものと言える。
本当に『うへー』なのである。
◆・◆・◆
「それで犯人は間違いなかったんですか?」
マリオンは気になっていたことをトゥドラに聞いてみた。
「ああ、間違いないですね、証拠としてはフィネが持っていた金貨も、フィネの血をふき取ったと思しき布も見つかりました。我が家の家門入りの巾着も持っていましたし、金貨にも神殿の刻印がありました」
刻印金貨というのは国とギルドと神殿だけが造れるお互いの直接取引にだけ使用される特殊な金貨だということだ。これはそもそも一般に出回るものではない。
マリオンにしても確信はあったわけだ。
だがそれは基本的に自分の記憶力によるもので、霊子情報処理能力のサポートがあり、その性能がとびぬけているのは分かっていても、いつの間にか取り付けられていた能力、あるいは機能だ。全幅の信頼を置くまでには至っていない。
もし間違いで違う人を犯人扱いしてしまったらという恐怖感はどうしても残っていた。
「犯人の名前はオラン、十六歳でした」
「若いですね…」
まったく…とトゥドラは応じた。
「成人して何とか自立しようとしてうまくいかずに身を持ち崩す人間というのはままいるモノです、十六から十八くらいですかね…一番多いのは…青雲の志をたてて、しかしそれを果たせず、少しずつ犯罪に手を染めることになり、仕舞いはこれです」
そしてオランは極囚に落とされることに決まったとトゥドラが教えてくれた。
午後に犯人が逮捕されて、その夜には極刑が決まる…怖い世界である。
「捕まったのは二人と聞きましたが?」
「はい、もう一人、こちらは女の子でしたね…犯人が盗んだりしたものを一時預かる役だったようです。
どうも本人は犯罪がらみとは知らなかったようですね。貧民街の子ですから…ちょっとした仕事のつもりだったんでしょう…それもよくある話ですよ…知らないうちに犯罪に手を貸していて、気が付いたら立派な犯罪者…本当によくある話なんです。
ただこの子はまだ成人前の十四歳ですから、そのあたりも考慮して、犯罪奴隷ですか」
(それを考慮して犯罪奴隷か…)
動機や犯罪の意思の有無にかかわらず、実際に犯罪をしてしまったのなら犯罪者。
もみ合っている内に誤って人を殺してしまっても、金のために明確な意思を持って人を殺しても扱いは同じ。
もちろん重い方が基準になる。
結構衝撃的だ。
そして、この世界の法律は『犯罪者は有効活用』というものだ。更生を期待するような要素は全くない。
それに貧民街で荷物預かりで小遣いを稼いでいたのなら罰金刑に減刑されたとしても結局は奴隷落ちだろう。
現状ではマリオンにできることは何もないのだ。
「ところでこれおいしいですね。すき焼きって言いましたか?」
「えっ、ああ、そうです。すき焼き」
マリオンは現在トゥドラ達とすき焼きをつついている所だった。作り方を教えたのはマリオンだ。
あまり料理に造詣が深いわけではないのだが、すき焼きの作り方は簡単なので記憶していた。
これは醤油とみりんと酒と砂糖があれば割り下が作れる。これらはこの町でも簡単に手に入る調味料だ。
「これは明日の本番が楽しみですね」
「はい」
犯人が捕まり、うまいものを食べ、御機嫌のトゥドラに水を差す必要もないと、マリオンはそのままあいまいに微笑んだ。明日は神殿に暮らすみんなと『パニップルすき焼き祭り』が予定されていた。
現状では事件解決のお祝いもかねてということになるのだろう。
ただやはり、すっきりと、というわけにはいかないようだ。
トヨムです。
21話をお届けします。
感想などお寄せいただけたら幸いです。
誤字など見つけましたらご指摘ください。お願いします。
次回は3月8日を目指しています。
それではおつきあいいただきありがとうございました。
トヨムでした。




