第20話 謎の痕跡クエストと魔法使い(修正)
2015年6月27日修正しました。
第20話 謎の痕跡クエストと魔法使い
『ぬわーっっっ! ダメだー、これはダメーーーっ』
下から聞こえてくる話の内容にマリオンは冷や汗を流して悶絶する。
彼らの話から状況は理解できる。
(つまり僕が歩いた後が謎の魔物が歩いた後と勘違いされたわけだ…)
やっちまったぜ。という気分である。
ただここまで周囲が過敏に反応するのを予測しろというのはやはりマリオンにとって酷な話だと思う。
この世界は魔物が跋扈する世界で、町の外で奇妙な現象が観測されれば一番に疑われるのはやはり魔物の存在だ。
調査が入るのは自然な流れだった。
だが、それにマリオンが思い至らないのも当然だろう。マリオンにはそういった発想自体がないのだ。
まして今回はこのあたりですでに八人の人間が行方不明になっている。
下からそんな話も聞こえてくる。
これにはマリオンはもちろん関わっていないのだが、この二つの情報が存在するとき、この世界の人間は『危険な魔物』の存在を確信する。そしてそれに対処するべくすぐに動き出す。もちろん生き残るためにだ。
日本人のマリオンにとって奇怪な現象というのは眉唾でしかなく、しかし此処の人々にとっては隣にある恐怖なのだ。この温度差は大きい。
異世界に飛ばされるという極めつけの怪奇現象に出くわしてもなお、こういった長年の感覚というのはなかなか抜けなかったりする。
だからこの世界では今回のような事件で、冒険者が調査に乗り出すのは自然な流れなのだ。とマリオンが思い至らないことは仕方のないことだった。
この手の話は冒険者の間でまず噂になる。『どこそこに変な魔物が…』というような噂だ。
ギルドはこの手の噂に耳をそばだてていて、うわさが広がるようなら情報収集を始める。所属の冒険者の気の利いたもの、噂周辺で活動する者に『何か情報があったらあげてくれ』と話を持っていく。
このうわさが集まって『どうも、本当に何かあるらしい』となると冒険者に調査依頼を出す。この時どの程度の冒険者に依頼を出すか、そこらへんがギルドの腕の見せ所というものだ。
この依頼は『調査と解決』の二段構えで、冒険者が手に余るようなら調査のみ。そうでないなら解決まで行ってよし。という構造だ。
もし手におえない様ならさらにクラスの高い冒険者か、冒険者を集めたチームに解決依頼が行くことになる。
この事件はまず行方不明者が出るという噂から始まった。
実際に冒険者が行方不明になっているので、かなり確度がたかい噂話だった。その調査を準備しているときに森の中で巨大な魔物が這いずったような跡が見つかった。ギルドは当然のようにこの二つを結びつけて考えた。
『魔獣の森から何かとんでもないものがやってきた』と。
そのために即座にトルムたちに調査依頼が出され、これ幸いとソルタがついてくるという事態になってしまったのだ。
(いや、おちつけ落ち着け…もうどうしようもない…この場は黙ってやり過ごして…町に帰ってあとは知らん顔…それしかない…)
マリオンは即座に決断した。
そんなことを考えているうちに下ではとんでもないことが起こっていた。
(魔法だ!)
ソルタの放った強風刃という魔法が周囲の草を薙ぎ払ったのだ。
魔法の名前はソルタがでっかい声で叫んだから分かった。
ああいうのは端で見るとちょっと『ハズイ』。
恥ずかしいとはちょっとニュアンスが違う。
マリオンは『自分は大声で決めぜりふを叫ぶことは絶対にするまい』と心に誓いながらソルタの魔法を観察するために即座に意識を集中した。
周りのすべてが一段階鮮明になり、魔力の流れがよくみえるようになる。手に入る情報量が飛躍的に上昇したのだ。
以前これをやったときにはひどい頭痛に悩まされたが、まあ大丈夫だろうと思う。
魔力訓練の成果もあり少し慣れた。
魔力はソルタから直接に滲み出ている。そしてその場には魔導器のようなモノは見当たらなかった。
(ひょっとして僕と同じか?)
マリオンの心臓は跳ね上がった。
自力で魔法を使える人間。
魔力の属性は風の属性だ。以前見たことのあるものだから間違いない。
風属性の魔力がソルタの体からあふれ、ソルタを取り巻き。ソルタの口から呪文が紡がる。
紡がれた呪文は『魔力』に『力と在り様』を打ち込む『プログラム』だ。
高速言語というのだろうか、音に比して情報量が多い。
呪文に導かれる魔力は全体として一つまとまった流れを形作る。これは立体的な魔法陣であり、そしてそれ自体が魔法の本体でもある。
風が渦を巻き、その中から風の刃が放出され、周囲の草を切り刻み、吹き飛ばしていく。
『間違いない…直接魔法を使っている…確か…名前は…』
『簒奪者…本当にいたんだ…』
「魔法使い…本当にいたんだ…」
マリオンの小さな声にしたから聞こえてきた声が重なった。
ソルタと一緒にいるフィアーネの声だった。
思い起こせば魔法使いという魔法を使える人間の存在を語ってくれたのは彼女だった。まあ今のつぶやきを見る限り、自分でも半信半疑だったようだが。
ソルタの周りにある魔力は主に風。だがそのほかにも二つ、属性の違う魔力が体から放出されている。つまり彼は三つの属性の魔力を自分で生成して操っているわけだ。
マリオンにとって魔力というのはマリオン自身の意思を汲んで動く存在であるのだが、彼は魔力に『術式』というプログラムを『呪文』によって打ち込んでいる様に見える。
これは魔導器でも理屈は同じで、魔力に対して必要なプログラムを打ち込むという形は変わらない。
ではなぜ人間が自力で魔法を使えないかというの魔法のもとになる『属性魔力』を精製することができないからだ。
だがソルタからは属性魔力があふれている。
「まあこういうことだ…」
マリオンに眼下でソルタは振り返りいつもの暑苦しい顔でニカッと笑った。
驚き固まっていたトルムたちもさすがはベテランの域に入る冒険者。すぐに再起動して周囲の痕跡を調べるために散っていく。
こういうものは経験の蓄積によるところが大きく、言われたからすぐできるというものではない。
トルムたちも地道に経験をつんでここまで来た冒険者なのだ。
マリオンは熟練の冒険者がてきぱきと働く姿を感心しながら見つめていた。
だがマリオンが見ているのはそれだけではなかった。
刈り取られなかった高い草の向こう側から近づいてくる大きな魔力の反応。
(なんだっけ? 瓢箪から駒?)
マリオンはやっと行方不明事件が自分とは全く関係のないところで進んでいることに思い至った。
つまり行方不明事件の原因は別にあり、その原因が今ここにやってきたのだと理解したのだ。
大きく、そして攻撃的な魔力の波動。
多分ここでおこった大きな音に反応したのだ。それは巨体に似合わず音を立てることもなく意外なほどの滑らかさでソルタ達に忍び寄る。
そしてソルタが刈り取った草地のギリギリのところで息をひそめ、その巨体に似合わない静粛性を発揮し、ソルタたちをうかがっている。
それは巨大なトカゲだった。コモドオオトカゲをずっと大きくしたような魔獣。
頭だけで一m強、口はワニのように波打ち、鋭い牙が並んでいる。そして全長は七mにも及ぶ。離れているときは四肢の力で体を持ち上げ軽快に走っていたが、近づくとワニのように腹を擦る姿勢で忍び寄る。サワサワ、サワサワと忍び寄る。
(さて…どうしよう…余計なことをして見つかるのは嫌だし…だからといてこのまま放置も…)
マリオンはソルタ達が気が付いてくれることを願った。それが一番面倒がない。
様子を見守るマリオンの眼の目の前で、その魔物はソルタたちの様子をうかがいながらタイミングを計っているのか、それともとびかかる体勢を作っているのか、かさかさと細かく移動している。まるで『G』のような静粛性だ。デカいのに。
だが魔力というのは意志に反応する性質を持ったエネルギー粒子だ。たとえば物陰に潜んでも獲物を狙う意思は魔力の波として世界を伝わる。
だからわかる。
マリオンはそれが見える。
マリオンが感じるその魔力の感触をあえて言葉にするならば『餌! 喰う! 餌! 喰う! 餌! 喰う! 喰うー!』だろう。
まあ獣だからね…
魔物の放つ意思はまっすぐにフィアーネに向かっている。
そしてパーティーのメンバーの意思は周囲を散漫に撫でるように動くだけでまだ魔物に気が付いていない。
(このままじゃまずいな…
仕方ない…)
さすがによくしてくれた顔見知りを見捨てることはできない。
マリオンは触手を伸ばし地面から大きめの石を拾うとそれを魔物に向けて大きく放物線を描くように放り投げた。
ところで覚えているだろうか…マリオンはノーコンであると…
投げられた石は狙いたがわず…という言葉などどこ吹く風と勝手に飛んで勝手に落ちた。マリオンはちょっとアワアワしたが今回はこれがよかった。
ガサッ。ドスッ。という重いものが草を押しつぶし地面に落ちる音が響く、トルムがそちらに意識を向け、その途中で魔物の影に気が付いたのだ。
「フィアーネ!」
トルムの声が響いた。
◆・◆・◆
トルムは上からパラパラ落ちてきた何かに注意を引かれた。頭から砂をパラパラとかけられたような感じだ。これはマリオンが持ち上げた石から落ちた土だった。
何が? と上を見上げようとしたときにガサッ、ドスッという重い音が響いて、そちらの方向に視線を移す。そのときに草むらの中に黒い影が見えた。
「フィアーネ!」
そちらの方向にいるのはフィアーネ一人だ。もし何かいるとしたらフィアーネが危ない。トルムは剣を抜き放ち、大急ぎで駆け寄った。
ゴグアァァァッ
それと同時に大きな吠え声が響き、その声の主が飛び掛かってくる。
的外れなところに落ちた石ではなく、トルムの声に反応したのだ。
凄まじい速さで飛び掛かってくるそれも、すでに駆け出していたトルムなら間に合う。
『大きい』
トルムは瞬時に迎え撃つのをあきらめた。七mもある動物の突進を受け止めようなどと考えるやつがいたらそれはきっとバカだろう。
呆然としているフィアーネを抱えて横に飛ぶ。そのうえで飛び掛かってきた魔物にすれ違いざま大剣を叩き込む。
魔獣は目のそばに一撃を食らい、わずかに怯んだ。そして大きな剣の反動はトルムとフィアーネを横に押し出す。
この二つが相まって二人はぎりぎり魔獣の咢から逃れることに成功した。
「こいつか!」
全員の中でパズルのピースが組み上がり一枚の絵になった。
行方不明者はこいつに食われたに違いない。
奇妙な痕跡もこいつの這った後に違いない。
そう思った。
思い込みって本当にすごい。
サイズの違いとか、今この魔物が四本足で立っていることなど些末事である。
って、それじゃまずいのだが一度動き出した獣車はなかなか止まらないと言う言葉がこの世界にある。
だから動き出した歯車はとどまることなく回り続ける。
「総員戦闘配備。正面は俺がトルムたちは横から攻めろ、魔法攻撃は前衛の後ろから、前に出るな、回復は俺の後ろに隠れていろ」
「「おう」」
「「はい」」
ソルタとオオトカゲがにらみ合う。
「ソルタさんこいつは…」
「メガラニアだ。爬虫類系の魔獣だが、あの大ジャンプは初めて見たな…亜種かもしれん…気を付けろよ。こいつは毒持ちだ。顎の力もすさまじい。かみつかれたら鎧ごとかみ砕かれるぞ」
ソルタのいう通りその口から垂れる涎は草地に堕ちるとシュウシュウと音を立てて周囲を溶かしている。
「酸か…確かこれ以外の特殊能力は持っていないはずだが…それでも…」
ソルタは慎重に剣を構えた。
魔物の恐ろしい所というのは魔力に裏打ちされた特殊能力だ。
炎を吐く魔物もいれば、風を操る魔物もいる。強い力、素早い動き、飛行能力、特殊な形状。様々な特徴があり、そのすべてが脅威になりうる。
そしてこのメガラニアのような巨体も驚異的な力であることは疑いようがない。
トラックの突撃の破壊力を考えればいい。この巨体でぶつかられたら人間など簡単に吹っ飛ぶだろうし、大きな口は人間サイズのものを一噛みで潰していまえるだろう。そしてこの長くて太い尻尾は破城鎚ような威力があるに違いない。
大型魔獣というのはそれだけで十分に脅威なのだ。
「行くぞ」
「「はい」」
「「おう」」
皆が一斉に攻撃を開始する。だが皮膚は剣を弾くほどに硬い。良く見れば皮の表面には皮骨でできた小さな装甲がびっしりと並んでいる。
痛がって入るようだがあまり効果はないようだ。
「無理をするな、一撃離脱に徹するんだ。魔法使い、回復魔法はぜったに前に出るな。戦士の影から攻撃するだ」
トルムが仲間たちに叫んだ。
『うん、やはりこいつら悪くないな…』
ソルタは周囲の戦闘の状況を見てそうつぶやいた。
まともに攻撃が入らない相手だ。普通なら意志がくじても不思議ではない。なのにトルムたちは考えながら戦い、しだいに一か所に攻撃を集中し、ダメージを蓄積している。そこに火炎魔法が襲い掛かり、皮の防御性能を落していく。
メガラニアの首にできた傷は少しずつだが確実に広がっているのだ。
メガラニアが口を開け、シュッと何か霧のようなものを吐き出した。標的はソルタだ。
まともに攻撃をしていないソルタだったがパーティーに攻撃が向かないようにところどころ痛撃を繰り出している。
それがうっとうしかったのだろう。
「ソルタ殿」
「なんの『▽・▽▽▽●○・◇・ストーム』」
周囲の心配をよそにソルタは即座に反応し呪文を唱える。
轟と風がうなり、その霧を巻き上げ押し戻す。それはそのままメガラニアにふりかかった。
周囲の草が白煙を上げて溶け、メガラニアも焼かれている。
もっとも自分の酸なので大きなダメージを受けない程度に耐性はあるらしい。
『よし、もういいだろう…こいつらは合格だ』
そうつぶやくとソルタは大きな魔法を唱えた。
「『▽・▽□□○●・◇・エア・ハンマー』」
ソルタの詠唱によって大気が集まり凝縮され塊を作る。数は六個、そしてソルタ振り下ろした握りこぶしに反応して、エア・ハンマーのひとつが高速で移動しメガラニアの頭に突撃、激しくぶつかったところでさらに空気の圧縮がほどけ、炸裂する。
圧縮空気のハンマーだ。メガラニアの頭が大きく揺れた。
「それ」
ついで左手がフックのように振りぬかれる。
二つ目のハンマーが同じように叩き付けられ爆発する。メガラニアの皮膚が裂け、右目がつぶれる。
「おりゃ! ぬりゃ! そりゃ」
立て続けに三発。
ガッ、グガッ、ガッ!
まるで爆発する鉄球を叩き付けられているようなものだ。しかもメガラニアが弱ってくるとその分効果が上がっていく。
衰弱によってメガラニアを包む魔力の防御がはがれていくためだ。
「仕上げ!」
最後のひとつが口の中に飛び込み、その口内をずたずたに引き裂く。
ゴオガァアァァ
さしものメガラニアも苦鳴を上げでのた打ち回る。
非常に痛そうである。
「くらえ『▽・▽▽◇▽・◇アトモス・ブレード』」
ソルタか別の魔法を唱えた。彼の前に構築された風で出来た巨大な刃。
ソルタはそれをためらうことなくメガラニアの首に振り下ろした。
逃げようと首をめぐらせたことが不幸だったのか…いや、何であれ結果は変わらなかっただろう。
ズバン! という弾けるような音が響きメガラニアの首は見事に切り落とされて地面に転がった。
「おお、やったー」
「まだ近寄るなよ」
沸き返る一同にソルタが注意を喚起する。
だが言われるまでもなく、トルムたちはまだ戦闘態勢のまま警戒を続けている。ソルタの口がにんまりと嬉しそうにゆがんだ。
メガラニアはいかにも爬虫類らしく首を失ってもしばらくの間のた打ち回っていた。だがそれは復活を意味するものではない。断末魔だ。いずれとまる。
その動きが完全に停止するのを確認してからソルタは終了宣言を出した。
「よーし、みんなご苦労だったな…魔物の正体を突き止め、討伐までしたんだ。このクエストは大成功だぜ」
ソルタのその言葉にトルムたちはちょっと複雑だった。なぜなら魔物を倒したのはほとんどソルタ一人だったから。
だがソルタはその考え方を窘めた。
ソルタといえども呪文を詠唱には集中が必要だ。どつき合いをしながらでは思うに任せない、その間トルムたちが注意を引いてくれたからこそ大技を繰り出せたのだ。
「それにお前さんたちの攻撃も連携も良かった。剣が通らないとみると一か所に攻撃を集中させた判断もいい。魔法の使い方も効果的だった。
ただ…」
そう言ってソルタはフィアーネを見た。
「お前さん呪文の詠唱はできないのか?」
「いえ、そういうわけではないんですけど…ちょっと苦手で…」
フィアーネは自分の魔導器を握りしめてそう答えた。
「その魔導器は結構いいものだな…いつくかの魔法が自動で繰り出せるように作られている高級品だ。これだと呪文の詠唱なしでも魔法が使える分、魔力量の伸びが良くなる…んだが…逆に魔力制御の練習がおろそかになることが多い…
せっかくの触媒だ。お前さんの魔力を『火の魔力』に変換してくれるアイテムだ。呪文の詠唱をマスターすれば本当にいろいろな魔法が使えるようになる。お前さんは魔力が多い、熟練すれば上級魔法でも行けると思うぜ…魔導器頼りの戦闘しかしねえのはもったいないな」
「・・・・・・」
フィアーネにもそれは分かっていた。魔導器にあらかじめセットされた魔法は『ファイヤーボール』『ファイヤーナックル』そして『ファイヤーストーム』の三つ。
この三つに限れば詠唱も制御もなく魔法名を唱えるだけで発動ができる。
それだけにフィアーネは呪文の詠唱をほとんど鍛えずに来てしまった。
このあたりの魔物なら、その三つで十分対応できるのだ。そのせいで魔法使いの基本と知りつつどうにも詠唱には苦手意識がある。
「そんなもの誰でも同じだ。俺は魔導器なしで魔法を操れるが…確かにこの能力は魔導器よりもずっと高性能だが、それでも呪文の詠唱は喉から血が出るほどやった。
俺がAクラスでいるのはそのご褒美だと思ってる。
魔法を使いまくったせいだろうおまえさんの魔力量はかなり大きいようだ。やってみろ。詠唱をマスターすればお前は一流になれる…やらなかったらお前はもうこの先には進めないぜ…トルムたちが体を鍛えて先に進むのを指をくわえてみているしかない…」
さっとフィアーネの顔から血の気が引いた。
仲間たちが前に進み、自分は置いて行かれる。それはちょっとした悪夢だった。
フィアーネがトルムたちのパーティーで一線を張っていられるのはこの魔導器と魔法のおかげなのだ。
「わ…わかりました…やってみます…死ぬ気で…」
「よし、良く言った。その気があるならいい教師を紹介するぜ。俺のほんちゃんのパーティーメンバーでな…俺の師匠でもある。まあ練習はきついが…やってみろ、絶対に損はしねえ」
フィアーネは決意に満ちた顔ではいと答えた。
ソルタはその答えにニカッと笑った。
ほかの連中もみな一様に胸をなでおろしている。
この時点で彼らがソルタたちに取り込まれたのは間違いないだろう。
「さて、こいつを回収して帰るか?」
そう言うとソルタは自分のクラインを引っ張り出してメガラニアの死体を格納した。
「これって食えるんですか?」
トルムがメガラニアにの頭を剣の鞘でつつきながら聞いてくる。
「それはだめだ。毒が強すぎてつかえねえ。内臓もダメだがモモ肉や尻尾は普通に食えるぞ、あと皮が結構高く売れる…このサイズだしな」
ソルタの言葉を聞いてトルムたちがガッツポーズを決めている。この世界の人にとって相手が食用に向くかどうかは重要な問題だ。
「さあ、これでクエスト完遂だ…町に帰ろうぜ…町に戻ったらお前たちに相談があるんだ…聞いてくれるとうれしいぜ」
「はい」
パーティーは全員で大きく返事をして意気揚々と引き揚げて行った。
◆・◆・◆
マリオンは彼らが離れていくのを見送って。
「すごい実力者なのはわかったけど…意外と抜けているな」
とつぶやいた。
ただ今のマリオンの状況は怠け者みたいに木にぶら下がっている状態なので、このままだとマリオンの方が間が抜けている。
ただソルタたちが抜けていることも事実ではある。
マリオンは地面に降り立ち、森の奥を見つめた。
そこにはもう一匹、メガラニアが…戦闘の気配を察して寄ってきたのだろう。
今討たれたメガラニアとどういう関係なのかそれは分からない。
救援に来たのか、それとも単に餌を求めて乱入してきたのか…
分かるのは殺る気満々だと言うこと。
マリオンは意識を集中して相手を観察する。
(大きさはほぼ互角、こっちの方が少し大きいかな…)
(よだれで草が溶けてる…能力的には大して変わらないかな…)
(とりあえずメガラニア二号でいいや)
いいのか!?
ある程度近づくとメガラニア二号はまた大きくジャンプした。
尻尾で地面をはたくようにして、飛び方はムツゴロウに似ている。
もちろん目標はマリオンだ。
マリオンはかなりの勢いで落ちてくるその巨大な魔物に向けて左手を指し延ばす。腕の延長線上で空間属性の魔力が渦を巻き、斥力場の盾が形作られる。
つまりマリオンはバカ正直に真正面からメガラニアに対峙したわけだ。
マリオンを押しつぶすように落ちて来るメガラニアは盾に近づくにしたがって落下速度を鈍らせ、距離がゼロに近づくと強い力で支えられているかのように空中に縫いとめられた。
距離が近くなると幾何数的に大きくなるのが斥力場の特徴だ。
そして次の瞬間打ち出されたかのようにもと来た方向に押し戻される。
空中で暴れながら落ちていくメガラニア。
マリオンは後ろにあった右足を半歩前に出し、体を正面に向けて。
「『インプロ―ジョン・カノン』」
と叫んだ。
マリオンの声に呼応して、あるいは意志に呼応してマリオンの前に魔法陣が展開し、魔力弾が生成される。そしてそれは瞬時に、地面に落ちたばかりのメガラニアに向けて打ち出された。
インプロ―ジョンカノン――『爆縮』――『砲』だ。
かつて魔法①と呼んでいた存在。
どうやら名前を付けたらしい。
そしてありがたいことに魔法は自分の名前に文句は言わない。
ネーミングセンスについてはあきらめた方がいいだろう。
打ち出された魔力弾は、今度は狙いたがわず飛翔して巨大なトカゲのその胴体に着弾した。そして閉じ込められていた魔力を開放する。
メガラニアの体が一点に巻き込まれるように一瞬歪んだ。
魔力の中心点に向けて物質を押しつぶす爆縮が発生したのだ。
ついでその力場は自身を維持できなくなり、ほどけてはじける。
リンゴをハンマーでたたきつぶしたようにそこにあったすべてが砕けてつぶれはじけ飛ぶ。
メガラニアの胴はひとたまりもなくはじけてちぎれた。
ドサッドサッと重たいものが地面に落ちる音がひびく。
一つは頭。一つは後ろ足から下の部分。胸部は消失していた。
マリオンはほっと息をつく。魔物と対峙するのはやはり緊張する。
「うーん、魔法では負けいないと思うけど…」
マリオンは自分の魔法とソルタの魔法を比べて威力的には引けを取っていないと確信を持った。
だが汎用性や、多様性では溝をあけられていることもわかってしまった。
「まあ仕方がないか…こっちは魔法が使えるようになって一か月だ…ずっとやってきたソルタさんに負けるのは不思議じゃないものな」
もし、今ソルタと戦ったら負けるだろう。仮に魔法が互角だとしても戦闘経験で溝をあけられている。
正鵠を得ているかどうかはともかく、それがマリオンの自分の戦闘力に対する評価だった。
「まあ、よくあるようなTUEEEEEとかはないってことだよな…だけどこれだけでも十分ずるだ…」
自分は最強ではないかもしれない。だが自分の魔法は魔物と戦ううえで十分に力となる。その事実がマリオンの腑に落ちた。
鍛錬をつづけていることで、魔力を扱うことに馴染んできたということもある。
自分よりも強い人間がいても、自分が弱いということにはならない。
自分が強い…かどうかは自信がないが、かなり恵まれた能力を持っていることは間違いないのだ。
「なら、何とかやっていけるかな…」
マリオンはメガラニアに手を合わせて、その下半身を『大福』に格納した。これは生きていくための糧なのだ。
ソルタにならって頭部はここにおいていく。
「内臓もダメって言ってたけど…のこってないな…」
魔法で完全に吹っ飛んでしまった。手間が省けた…といえないこともない。
マリオンはソルタたちと出くわさないようにもう少し時間をつぶすことに決め場所を移動してお茶を入れることにした。
◆・◆・◆
このあたりのお茶というのはひとことでいうとハーブティーになる。
いろいろなハーブを乾燥させて刻んでお茶にする。
その中に緑茶に似たものを見つけてからマリオンはそのお茶を愛飲していた。
入れ方はワイルドで石をくみ上げ竈を作り、その上に金網を渡してそこにやかんを置く。
お湯が沸いたらそこに茶葉を投入。しばらく煮だしてからカップの上に手拭いを広げそこにお茶を注いで濾過する。
まあ町ではもっとちゃんといれてくれるのだが、冒険者はこうして飲むのだと竈の組み方からお茶の入れ方までクエストの時に教わったものだ。
味はたいして変わらないから問題ないのである。
そしてお茶を飲みながら心を落ち着けて周囲を魔力探査をかけ。
サーチのいうのは地形やオブジェクトを把握するためのものだが、人間や魔物もオブジェクトではある。
感覚としてはソナーに近いもので、自分を中心に球形の魔力の波が広がり、その波が通過したところが次々と脳裏に映し出される。
ここがこんな地形でここに大きな岩があって、ここにこんな動物がいて、ここにこんな木の実がなっている。そんなイメージが次々と頭をよぎる。
「あれ、珍しいな…」
そのイメージの中に一瞬、人間の姿が見えた。
「ひょっとしてこいつも凄腕冒険者かな?」
ここは森の割と深いところで、メガラニアで分かるように危険な魔物も出ないわけではない。そこを一人で歩くというのはよほど腕が立つのだろう。マリオンはそう思った。
マリオンはサーチによって描き出された周辺マップ。つまり周囲の地形データ―を呼び出し、その人間の位置を俯瞰地図上にマーカーとしておいてみる。
その人間は森の中を抜けるようにして町に向かっていた。
「ふむふむ」
俄然興味がわいた。どんな強者だろう、ソルタのような豪快な人だろうか?
だがそれが間違いであることに気が付くまでそれほど時間はかからなかった。
「あれ、マーカーにタグがついてる…ってことは知ってるやつか」
タグというのは付属情報だ。
サーチに引っかかったオブジェクトが以前にデーターを取得したものである場合それを知らせてくれるものだ。
親しいかどうかはともかく、良く会う人間のデーターは霊子情報処理能力に記録される。これは人間の記憶というものに似ている。
たとえば誰がが誰かに合う、それは記憶に残るわけだ。
集中していたか、上の空かで記憶の鮮明さは変わってくるが、同じ人間に何度も会えば大概はその相手の特徴を覚える。
知る機会があれば仕事や人となりも覚えていくだろう。
それと同じように、マリオンのこれは相手の持つ存在の特徴を覚えていくものだ。
相手の顔を覚えるように魔力の波形や構造を覚える。
これは認識の仕方の特徴から直接視認する必要がない。
たとえは神殿の関係者で、トゥドラなどの親しい人間は、探査範囲内にいればどこにいるのか調べられるわけだ。
それとは別にあともう一つ、解析をかけた相手、集中して意識を向けた相手はなんであれデーターが記録されている。
これはたとえば相手の写真を撮って、計測データ―取って、そこに注釈をつけてコンピューターに保存するのに似ている。
「魔力波形に魔力特性…ここまで詳しい情報が上がってくるのは直接会って解析をかけた相手だよな…」
そのはずだった。
さてだれだったろうかとマリオンは考えた。
「今まで詳細なデータ―をとったのは…」
けがの治療のためにセンサー全開で解析をかけてしまったフィネ。
そのヌードにいや間違い、その尻尾に見入って観察してしまったシスイ女史。
そして心ならずも? いろいろゴニョゴニョしてしまったタニアとスィトナ…
そしてたった今魔法を観測するために解析したソルタ…
だがこの五人なら見てすぐわかるしタグに名前もついている。それどころか再現しようとすれば体の隅々までイメージとして再現できる…
いやいや、それは関係ない。
ところがこの人間は容姿に関するデーターがない。名前もついていないし、注釈もない。
「これだけだよな…あー………ほかには…うーん…どうせここに来てから会った人間なんて数えるほどしか…解析をしたくせに…直接会ったわけじゃなくて……姿が印象に残るほど知り合っていない…姿かたちのデーターを…取る余裕がなかった…」
「……………」
「…いた! もう一人いた。フィネさんをさしたやつだ。あいつは確かセンサー全開で解析した」
そうであれば詳細なデーターがあっても不思議はない。
しかも容姿に関するデーターはとる余裕が無かった。
「こりゃ一大事だ…早く追いかけなきゃ…ああくそ、思い出すのに時間がかかりすぎた」
マリオンは大急ぎで荷物を片づけ、その人物の後を追う。
ただ相手は既に探知範囲ギリギリ、つまり一km近く先に行っている。町までの距離は三キロちょっと…町に入るまでに追いつけるかは疑問だった。
それでもマリオンは全速で走り出した。
トヨムです。20話をお届けします。
感想などございましたらぜひお寄せください。
次回更新は3月5日を目指しております。
またお会いできるのを楽しみにしております。
トヨムでした。
 




