エピソード9:シュエンウー②憑依された男!魂の救済は成功するか!?
田植えを終えたフェイフォンは、泥だらけの手袋と長靴を脱ぎ、身だしなみを整える。そして他の女性たちと一緒にお茶を飲みながら休憩していた。その中に20歳前後の若い女性がいた。頭に麦わら帽子をかぶり、顔にはそばかすがある。
「文句ばっか言ってたけど、わりと上手にできたんじゃね?」
「まあ、タダ飯食う身だし、サボる権利はないわ。ところであのシュエンウー、気のせいかあたしと打ち解けてないみたいだけど」
「あー、心配すんなって。シュエンウーは人見知りが激しくてよ、特に見知らぬ人にな。ましてやフェイフォンさんのような美人でスタイルのいい女性なら尚更だべ。でもあの子は本当に優しい子だ。嫌ってわけじゃねえから」
「ふーん、なるほど。ロンウェイとはうまくやってたみたいだけど」
「ああ、シュエンウーは子供全般と仲良しだ。街の子供たちにとっては大きなお兄ちゃんみたいなもんだ」
女の子は座ったままフェイフォンに近寄り、話しかける。
「おらはヌーリーって言う。あんたは?」
「フェイフォンよ」
「ねえ、あんたの出身地の人ってみんな...青いんか?」
「青い?」
「髪も目も青いべ。こんな人初めて見た。ヂーリーさんに、青や緑の目を持つ人もいると聞いたことあるけど、青い髪の話は聞いたことねえ」
「ああ、髪は染めてるの。リェンフー・ダ・ジョウの流行りなの。目は祖母からの遺伝よ。母ですら受け継いでないのに」
「リェンフー・ダ・ジョウ?どこだそりゃ?」
「文字通り世界の反対側よ。タイピン海を越えてきたの」
「うわっ、そんな遠くから?何しに来たんだ?」
「大災厄前の遺物や失われた技術を探してるの。あたしは技術考古学者だから。この地域は調査が少ないから、たくさん発見できると思ったんだ。実際その通りだったわ」
「すげえなあ。あんたみたいな華奢な女の子には大変そうだ」
ヌーリーは自慢げに腕の筋肉を見せつける。
「この筋肉は毎日の労働の賜物だ。街に食料が不足しないよう、汗水垂らしてるんだ。あんたの仕事より単純かも知れねえが、根気と体力が要る。盗賊や妖怪が襲ってきた時のためにもな」
フェイフォンは微笑み、ヌーリーの力を賞賛する。
「ええ、その通り。でも力は肉体だけじゃないわ。あたしは知力、敏捷性、それに気の制御を頼りにしてるの」
「気?シュエンウーやヂーハオ、寺院の僧侶たちと同じか?」
「そうよ。あのシュエンウー、ポタラ寺院の僧侶なの?」
「ああ。ヂーフェイ大師がグアンロンチョンに災いが迫ると予見するたび、寺院から人が遣わされる。今回はこの村の出身であるシュエンウーが来てくれたんだ。どの僧侶も信頼してるが、シュエンウーがいる時は格別の安心感がある。言葉では説明しにくい平和と安全の感覚をもたらしてくれる」
一方、対岸ではロンウェイとシュエンウーが茶菓子を食べながらくつろいでいた。
「僕、世界全体が砂漠で水もないとばかり思ってたが、この街は違うんだな」
「ああ、グアンロンチョンには肥沃な農地がある。でもこれはポタラ寺院の僧侶たちのおかげなんだ。彼らは知識と気の掌握力で、この土地の一部を再生させ、水をもたらした」
「わあ、気でそんなことまでできるんだ」
「高度な技だ。気は生命そのもののエネルギーだから、熟練者はある程度生命を操れる。傷や病気を治すように、僧侶たちはこの土地を『治癒』したんだ。ただ、彼らにとっても難しく時間がかかる作業だから、街の一部だけがこうなっている」
「なるほど。じゃあ世界全体を治すことはできないの?」
「いや...無理だ。この技は自分の生命力を土地に分け与えるようなもの。僧侶たちは自らの寿命を削って、この街に肥沃な土地と水を与えた。全ての僧侶の力と命を合わせても、この街より広い範囲は癒せない。ましてや世界全体なんて」
「じゃあ僕が傷つけた苗を直したのも、その技?」
「気づいてたのか?そうだ。小さな稲苗なら、少しの気で十分だった。それに...ちょっとした助けも借りた」
シュエンウーは衣服の下から首飾りを取り出す。そこには小さな宝玉が下がっており、ロンウェイの持つものと似ているが、赤ではなく翡翠のような緑色をしていた。ロンウェイがそれを手に取ると、目の前に山々を歩む巨大な亀の幻影が浮かび上がった。その大きさは山と同じほどだった。
「これって...天の宝珠じゃないか!?」
「そ...そうだ。君は知ってるのか?」
ロンウェイはポケットから自分の宝珠を取り出し、シュエンウーに見せた。
「僕は天の竜の宝珠を持ってる!」
シュエンウーは驚愕する。2つの宝珠が近づくと、より強く輝き始めた。
「じゃあ...君は火の龍の天選 なのか?それに竜人でもある。天が龍の宝珠を龍に託したかったようだ」
「天選 な?」
「ああ。天の宝珠は誰でも使えるわけじゃない。五聖獣に選ばれし者だけがその力を使えるんだ。天が世界の均衡と平和をもたらす英雄として君を選んだということさ」
「すごい!まさに僕がなりたいものだ!人々を救うヒーロー!天上戦隊シェンレンジャーを結成する仲間を探してるんだ。一緒に来ない?」
「天上戦隊シェンレンジャー...?」
返事をする前に、街から叫び声が聞こえる。ロンウェイ、シュエンウー、フェイフォン、ヌーリーは急いで現場へ向かう。
到着すると、一人の市民が剣を振りかざし、人々を脅していた。その男は正気を失ったように見え、恐怖と攻撃性が入り混じっている。
「俺に近づくんじゃねえ!この化け物どもめ!皆殺しにしてやる!!」
「どうしたんだ?何か怒ってるの?」
「シュエンウー!タンリーに何が起こったの!?突然こんなことに!」
「突然...?」
ヂーリーがノートをめくりながら駆けつける。
「シュエンウー、タンリーは昨日から体調不良だった。もしかして憑依か?ヂーフェイ大師が残したマニュアルによると、病人や酔っ払い、憎しみに満ちた者に取り憑くブートゥ(亡霊)という存在が――」
突然、タンリーの周囲の物体が浮き上がり、人々に向かって飛んでいく。地面の影は身体から離れて踊り、笑い声と泣き声が混ざった囁きが響き渡る。
「ああ、ヂーリーさん。間違いなくブートゥだ」
「皆、聞いたか!タンリーの周りに粗塩と線香で囲いを作れ!急げ!」
「ヂーリーさん、私たちにできることは?」
「申し出に感謝するが、距離を取ってほしい。こうした事態には慣れている。遠慮なく私たちに任せてくれ」
人々は線香に火をつけ、タンリーを中心に半径2メートルの塩の輪を作り始める。タンリーは叫びながら後退する。
シュエンウーがチベットの金属製ベルを持ってきてヂーリーに渡す。
「ヂーリーさん、これを鳴らしてください。あとはおいらが」
ヂーリーがベルを鳴らす中、シュエンウーはゆっくりとタンリーに近づく。
「誰か倉庫から麻縄とニームの葉を持ってきてくれ!ブートゥを祓うのに必要だ!」
シュエンウーは穏やかな笑みを浮かべて振り返る。
「大丈夫です、ヂーリーさん。おいらがなんとかします」
タンリーは剣をシュエンウーに向け、襲いかかる。
「死ね、この野郎!」
タンリーの剣がシュエンウーの腹に突き刺さる――が、触れた瞬間に砕け散る。シュエンウーは優しくタンリーを抱きしめると、彼は動けなくなった。
「離せ、化け物!殺してやる!!」
「大丈夫です、タンリーさん。すぐに楽になりますよ」
シュエンウーはタンリーの耳でマントラを唱え始める。タンリーは苦悶の叫びを上げ、ついに黒く煙ったような粘液を嘔吐する。その中には赤い目が浮かんでいた。タンリーはシュエンウーの腕の中で気を失う。
「そこにいたか、ブートゥ。あなたはどこかで悲劇的な死を遂げた、苦しむ魂なのだろう。だがもう大丈夫だ。おいらが安らかな場所へ導こう。そこでこの痛みと悲しみを忘れられる」
シュエンウーは慎重にタンリーを地面に寝かせ、ブートゥに向かって歩み寄る。ブートゥは塩の輪から出られず、ベルの音に苦しんでいた。影の触手でシュエンウーを攻撃するが、衣服が破れるだけで、彼はまばたき一つしない。
「わかってる。水も食料もなく、痛みと暴力と苦しみだけの世界で生きるのは辛かっただろう。だが正しき者には必ず平安が訪れる。もう苦しむ時は終わったのだ。安らかに去りなさい、哀れな魂よ」
シュエンウーの手が緑の微光に包まれる――ロンウェイとフェイフォンだけが見えるそのエネルギーは、ブートゥを蒸発させるように消し去っていった。
ブートゥが消えると、他の村人たちが輪の中に入りタンリーを抱きかかえる。
「タンリー!?大丈夫なの?シュエンウー!」
「ええ、心配いりません。ブートゥは宿主の体や魂を傷つけません。熱が下がるまでよく水分を取らせてください。それから家の四隅に芥子の実を撒けば、他のブートゥが憑くのを防げます」
「ありがとう、シュエンウー!」
シュエンウーは微笑み、お辞儀で応える。ロンウェイが彼に近寄ってくる。
「すごい!幽霊を見るのは初めてだよ!気で幽霊を倒せるなんて知らなかった」
「『倒す』じゃないんだ。おいらは気でブートゥの邪気を浄化し、その人の魂をあの世へ解放しただけだ」
フェイフォンがシュエンウーの背後に近づく。
「それにあなたの体、相当頑丈ね。剣が触れただけで棒みたいに折れちゃったわ」
シュエンウーはびっくりして飛び退り、顔を真っ赤にする。
「あっ...えっと...おいら...体を鍛えて...頑丈にして...それに気も組み合わせて...そういうことだ」
遠くで、覆面をしたバイクの男が双眼鏡でこの光景を観察していた。男はすぐに方向転換する。
洞窟の中、その男は斗笠を被った人物に報告する。
「親分!指示通りブートゥをグアンロンチョンに送り込みました。はい、現在ポタラ寺院の僧侶が駐在しています。あっさりブートゥを祓われました。でぶでぶの大男です」
斗笠の男は笑みを浮かべる。
「今日の見張りがシュエンウーか。まさに我が思う壺だ」