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040.火閃槍

 鳳花達の戦いが折り返しに着いたのと同じ頃、東馬と焔山の戦いも佳境を迎えていた。


 東馬は空中にて斬り結んでいた霊獣を弾き飛ばすと地表へ落下しつつ瞬時に御技を練り上げる。



「ハッ!」



 振り抜かれた太刀から五条の風刃が放たれる。

 それは撃法の中伝技『鎌鼬(かまいたち)』。視認困難の風の刃が霞がかった大気を貫き、同じく落下している霊獣へと殺到する。


 霊獣は羽を震わせて躱そうとするが、有形(うけい)の風は狙いも疾さも鋭ささえも絶技の域。消耗している状態で逃げられるほど甘くはなく、瞬く間に追い込まれた末に自慢の羽を切り落とされる。



「グウゥッ……ギイィィィッッ!!」



 羽を失った霊獣に空中に留まる力は無い。存在強度を削られ続けた今となっては回復も瞬時には行えない。

 そして回復が滞ることによって生じる隙を、二人は決して逃さない。



「シッ!」



 氷河へと落下する霊獣に焔山は接近、霊獣の体へ槍を放って突き貫く。

 しかし弱っているとはいえ霊獣もさるもの。頭部の霊核を狙った槍の穂先を片腕を犠牲に受け止めた上で、槍を掴んで逆に焔山を引き寄せる。そうして懐に入ってきた頭へ(あぎと)を開き、噛み砕かんと覆い被さる。



「オォッ!」



 寸前、跳ね上がった焔山の足が霊獣の下顎を蹴り上げる。霊獣の体がわずかに浮き上がった瞬間を狙って焔山は槍を体に引き寄せ、



「東馬ァッ!」

「承知!」



 渾身の力で振り抜いて貫いていた霊獣を着地した東馬へと薙ぎ飛ばした。


 着氷し、腰を落とした東馬の手から神威が伝播(でんぱ)し刀に渦巻く。編み上げられるは奥伝の撃法。その一撃は存在強度を大きく削り取る。

 はずだった。



「くっ……!」



 直前、周囲一帯の氷が消える。


 霊獣の足場を除いて大河は元の姿を取り戻した。踏みしめていた氷の足場は消え東馬の両足は水中へ落下する。東馬は展開していた撃法を即座に解除。歩法の『氷靴(ひょうか)』を『水断(みずたち)』に切り替え、飛来する氷柱を斬り払いながら霊獣から距離を取った。


 ほぼ一瞬で一連の動作をやってのけた腕は神業(かみわざ)と呼ぶべきものだったが、この場に賛辞を送る人間がいたとしても東馬の渋面は変わらなかっただろう。焔山も表情にこそ出さないものの槍を握る手の強張りには悔しさがにじみ出ていた。


 これで()()()だった。このような“あと一歩のところで”が、すでに三度も続いていた。


 東馬の『かえらずの刃』によって霊獣が翼をもがれた後、主な戦いの場は空中から氷上へと移行した。霊獣はおかしな技を体に刻まれたことで警戒が強まったのか羽が戻った後もこちらを近付かせない戦法を採っていたが、二人の連携はその隙間を掻い潜って着実に存在強度を削っていた。


 しかし無駄な消耗を避けるため時間をかけて確実に削る方法を取っていたのが(あだ)となったのか。討滅完遂が目の前に見えてきた頃、二人は霊獣の戦い方が変化していることに気が付いた。


 端的に言えば、異能の使い方に幅が出てきたのだ。


 霊獣はそれまで水を氷に変え、それを操って相手を攻撃したり動きを封じるなどにしか異能を使っていなかった。それが今のように、あえて氷を水に戻してこちらの意表を突くといった戦術的な使い方をもするようになったのだ。


 元々霊獣は出現した時点からある程度の知能を有している。それは高位になればなるほど向上し、『い』級ともなれば人の言葉を理解し話す個体も確認されている。この獅子面の霊獣一つ取っても分かるように、相対する討ち手の機微(きび)や自身の状態によって戦い方を変える程度ならごく普通のことなのだ。


 とはいえ自分の能力を十全に扱えるようになるには知能だけでは足りない。何がどこまでできるのかを把握するためには訓練と学習がどうしても必要になる。御伽衆が霊獣の出現に際し“即滅”を基本原則としている理由の一つはその機会を作らせないためだ。


 しかし獅子面の霊獣はその機会を得てしまった。他ならぬ東馬と焔山との戦いによって。


 有象無象が相手であればまた話は違ったであろうが、達人二人が相手ともなればその経験値は極上だ。膠着(こうちゃく)状態がこれ以上続いてしまえば今度は二人の方が不利になっていくだろう。


 つまり、ここが分水嶺ということだ。


 東馬と焔山は視線を交わして頷き合う。そんな二人に異変を感じ取ったのか、霊獣は取り戻した羽を震わせて再び空へ飛び上がった。



「ガアァルルッッ、アアァアアァッ!!」



 霊獣が天空で雄叫びを上げる。直後、まるで水中で爆発が起こったかのように大河の水が轟音を立てて吹き上がった。


 東馬と焔山は咄嗟に護法の壁を張って防ぎはしたが、足場となるべき石柱群のほとんどが今の衝撃によって土台を崩し、折り重なるように大河の中に沈んでいく。

 さらに衝撃の余波によって水飛沫(みずしぶき)は周囲一帯に飛び散った。つまり二人は霊獣の異能の(てのひら)に追いやられたのだ。


 そして――



「これはまた壮観だな」



 倒れず残っていた石柱に立ちながら東馬は感嘆の声を漏らす。


 再び霊獣の咆哮が轟いた後、(あらわ)れたのは全方位から向けられる氷の槍と空を覆い尽くす氷の天蓋(てんがい)だった。幻想的なまでの絶死の光景が見渡す限りに広がっており、逃げ場などどこにも存在しない。


 砕き壊す選択肢を奪う圧倒的な数の暴力。


 槍の間には人一人分の隙間さえ無い。


 炎で蒸散させるには範囲が広過ぎ、溶かした先から氷は再度作られてしまう。


 このまま護法の殻に閉じこもっているのはもちろん悪手だ。止むことのない攻撃を前にして耐久戦など馬鹿のやること。



「東馬」

「ええ。ここからは正真正銘、()()でいきます」



 であれば本気を出すしかないだろう。

 機は満ちた。仕込みは終えた。敵の限界はすでに見え、加減の理由も全て消えた。

 御伽衆最強天武八達。その真価が開帳される。



(カタチ)をここに、(カタチ)はここに」



 ここに()でるは御技を(かたど)る最後の一法。

 霊脈へ干渉し自然を操る神意(しんい)の具現。



仙法(せんぽう)奥伝(おくでん)――」



 東馬の体から広がっていく神威のざわめき。それは東馬の意思を(あまね)く伝える概念昇華の(みことのり)


 故に、呑み込まれてしまえば万象はひれ伏し従うのみ。焦ったように異能の氷が全方位から襲い来るが、



「――『太極図(たいきょくず)(かい)』」



 ぱんっ、と祈るような柏手一つ。それで全てが消え失せる。


 槍も、空を覆う天蓋も、大河に残っていた流氷も含めて霧さえ生じず無に()した。



「……グルッ……?」



 霊獣から漏れる戸惑いの声。異能によって支配していた水分の全てが溶かされるのでも払われるのでもなく、跡形もなく消え失せたのだから当然だろう。


 消えたのは氷に限らない。戦いの余波で荒らされていた川沿いの森は元の青さを取り戻し、大河に乱立していた石柱群さえ一欠片の石も残さず姿を消す。


 思い出したように広がっていく大瀑布の音と水煙。土地を襲っていた非日常はあっさりと日常へ上書きされた。


 御技四法の一つである仙法は自然と霊脈を操る技を集めたもの。その奥伝技の一つ『太極図・廻』は、術者の周囲一帯を霊脈に残っている“過去の姿”へと強制的に回帰させる技だ。

 これも概念昇華によって可能になった技の一つだが、『かえらずの刃』や『縮地』と異なるのは世界の(ことわり)に“穴を開ける”のではなく“元に戻す”技だという点。故に世界に対して無理は生じず、戻された風景はしっかりと現実に固着する。


 異能の氷が消え失せたのは異能という“異常”を強制的に(なら)し、集められた水分を元の場所へと還したため。異能の多くが自然を操る能力である以上、この技は異能を無力化する切り札にもなる。


 しかし結果的に異能を無力化する技ではあるが、異能を“封印する”技ではない。規模の大きさから必要な神威の量も膨大であり、霊獣の学習能力の高さを勘案すれば多用もできない。この技を戦闘中で使う状況は実のところ限られている。


 それは例えば、防ぐのが難しい異能から仲間を守る時。


 それは例えば、決着を付けるための前準備。


 号砲となったのは大気を切り裂く稲妻の叫び。



「我らは神成らざりき。しかして我は神鳴る者」



 霊獣が顔を上げた先には(いかづち)(まと)った轟木焔山。一見すれば体を雷が覆っているように見える姿だが、しかしその実情は大きく異なる。


 それは御技でも数少ない()()()歩法。雷という概念にその身を溶かす歩法における“(しん)”の究極。



「歩法奥伝――」



 御伽衆第三席、歩法()()()()轟木焔山。

 最速の討ち手の代名詞たる技が水煙(すいえん)の中で顕れる。



「――『雷迅(らいじん)』!」


 雷が落ちた。

 比喩誇張を一切抜きに、霊獣の体を雷速の雷撃が貫いた。



「ガッ……――」



 弾き飛ばされる巨体。口から押し出される悲鳴。削り取られる存在強度。


 落雷は一度で終わらない。次なる雷が悲鳴が全て口から出るより先に霊獣の体を打ち据え抉る。

 正面から、背後から、上方、下方、左方右方、斜めの上下左右。寸秒で突き立った雷撃は五つを超えてさらにさらに加速する。


 霊獣にはもはや異能を使う暇も逃げる自由も無い。雷の檻によって縛り付けられ一方的に削られ続ける。


 概念昇華によって“術者自身に”雷の概念を新しく付与し、雷と同様の速度と攻撃を実現する。それが焔山が得意とする歩法奥伝『雷迅』だ。

 術理としては撃法の『稲光・白』とほぼ同一。違いは“お前は雷である”と言い聞かせる対象が“武器”か“自分”かどうかだけ。


 とはいえ使っている武器と自分の体、概念昇華させるにあたりどちらの方が危険で難しいのかは言うまでもない。生半可な討ち手では黒焦げになって自滅して終わる。

 また雷の性質上途中で軌道の修正はできず、神威の効果が切れるか雷の衝撃でも壊れないものにぶつかるまで直進は続く。そして数ある歩法の例に漏れず、再行使するにはまた一から技を編み上げなくてはならない。


 つまり『雷迅』とは本来、このように霊獣を空中に縛り付けるかの如き使い方はできないはずの技なのだ。



「『(ひらめ)き描くは白き(ほむら)。彼の者は空に(とどろ)(いかづち)の如し』」



 東馬が呟いたそれは御伽衆にて囁かれる詩句の一節。御伽衆最速の討ち手へと贈られた称賛の言葉。


 御伽衆において速さとは必ずしも“速度”を指す訳ではない。討ち手達は人意・神威による体の強化はもちろん、『替地』や『縮地』等の歩法によっても移動の時間を短縮できる。そんな彼らに対し移動の速さを物差しに据えても意味のある差は付けにくい。


 御伽衆において速さとは御技の“展開速度”――人意ないし神威を明確な技へと編み上げるまでの時間のことを指す。

 もちろんただ速ければいいというものではない。重要なのは確かな威力と効果を持たせた上で短い時間で編み上げることだ。


 御技の展開は絵を描くことに例えられる。完成図を思い描き、線を引き、影を付け、色を塗り、仕上げをする。一つを省けば出来上がるまでの時間は省略できるが、どれか一つでも手を抜いてしまえば完成度は当然低くなる。同じように御技も技を編み上げるまでにはきちんと必要な過程があり、一つでも疎かにすれば不発や暴発が起きてしまう。


 それを前提に見れば焔山がやっていることは明らかに異常だ。


 焔山が使っている技は奥伝の歩法『雷迅』。御伽衆の中でも使えるのは席次持ちくらいのものであり、実戦で使える討ち手となればさらにその半分。東馬も使おうと思えば使えるが、一秒や二秒で技の完成まで持って行けるかと聞かれれば首を横に振るだろう。

 だというのに焔山が『雷迅』を編み上げるのにかかる時間はどう計算しても秒に満たない。さらに言えば雷化によって途中で止まれず小回りも利かないというのに、しかも一つ所に留まれない空中にいるというのに、落ちる雷は全弾余さず霊獣の体を貫いている。


 反射じみた展開速度と機械的な正確性。


 連続する絶技の中に思考の時間は存在しない。


 故に焔山の“速さ”は才能が理由では断じてない。そんな月並みな理由でこの絶技を語れるものか。



「オオオオオオオォォォッッッ!!」



 焔山の咆哮が雷鳴をこじ開けて大気を揺らす。己の全てを絞り尽くして閃光と化し、霊獣の存在強度を削り続ける。


 焔山の速さの由来。それは体に刻み込まれた技の記憶だ。

 『稲光・白』『火結び』『虚空』『縮地』そして『雷迅』。他にも数多くの御技を焔山は何度もなぞり、磨き、数限りなく反復して体に染み込ませてきた。


 それは地味で面白みのない修行だ。常に飽きと疑問に襲われる苦行だ。成長の実感も乏しく、同僚に笑われることさえ珍しくなかった。


 それでも何度も。


 何度も何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 飽きるという言葉がすり減ろうとも焔山は己の体に徹底的に技を刻み込んだ。それこそ、思わずとも考えずとも自動で技を繰り出せるようになるまで。



「グギギギィッ!」



 すでに腕も脚も奪われ達磨(だるま)となった霊獣は、それでもなお殺意を漲らせて異能を発動する。漂う水煙をかき集め、なけなしの氷柱の壁を己の周囲に張り巡らせる。


 しかしそれさえ乾いた音一つで再び消える。出し惜しみなく使われる『太極図・廻』を前に異能はもはや意味を成さない。


 抗う(すべ)の全てを封じられ、稲妻の嵐の只中で霊獣は何もできず回り続ける。


 そして視界がちょうど天を向いた時、絶望に染まった霊獣の目は見た。



 ――神の裁きの如く突き立った、白く輝く槍の穂先を。



「ギャオオオオォォォォッッッ!!」



 雷槍(らいそう)に貫かれ、()かれ、異形の獣は断末魔の悲鳴を上げて墜落する。

 その行き先は大河の小島。墜落の衝撃で岩が飛び散り砂煙が舞い上がる。


 ややあって煙が晴れた後、そこにあったのは槍で地面に縫い止められた霊獣と槍を握って立つ焔山。

 完全に霊核を砕いたことで霊獣の体は力を失い、やがて空気に溶けるように消えていった。


 ――細胞一つ一つにまで及ぶ狂的な修練。それがもたらしたるは雷光の如き展開速度。烈火の槍撃からは誰も逃れ得ること(あた)わない。


 故に当主威三朗より贈られた()は『火閃槍(かせんそう)』。


 御伽衆最速にして()()()()()()()。轟木焔山はここに討滅を完遂した。

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