039.己を知り、敵を討つ
2話連続投稿の2話目です。
鳳花は先の大会にて青葉に徹底的に叩きのめされた。
東馬の面目を潰したあの一件は鳳花にどれだけ自分を責めても足りない後悔を残したが、一方でいくつかの発見を鳳花にもたらした。
一つは自分の視野と考えの狭さ。親しい討ち手以外をろくに気に留めていない、という青葉の指摘はもちろんのこと、終始青葉に翻弄されていたあの時の自分からは冷静さと余裕というものが決定的に欠けていた。
他には自分の客観性の薄さ。東馬以外の討ち手への意識の薄さを青葉に言われるまで自覚していなかったこともそうだが、自分の実力の程度や、何ができて何ができないのかの線引きがろくにできていなかった。
これらの欠点は実戦の中では致命的な要素になる。それに気付いた時鳳花の背筋を凍えるような寒気が襲った。
その寒気は鳳花の頭を冷やし、視線を足元から前へと向けさせるきっかけになった。
“勤勉”という言葉を背骨の芯にして生きてきた鳳花である。問題さえはっきりすればそれを解決するための努力を惜しむことはない。この二ヶ月近く、鳳花は東馬や義母の手を借りながら定めた目標にひたすら邁進していた。
その努力の成果が今、戦果という形で実を結びつつあった。
「ギルルッ!」
霊獣が一体、鳳花に向かって突進してくる。獲物を狙う時の野生の肉食獣が如き殺意が鳳花の肌をビリビリと叩く。
しかし鳳花は動じない。すぅ、と小さく息を吸い込んで腰を落とし、刀と足にそれぞれ神威を集中させる。そして交差する瞬間に歩法でわずかに位置をずらすと刀で霊獣を弾き飛ばした。
転がり、体勢を崩した霊獣へ鳳花はさらに追い打ちをかける。放ったのは撃法初伝『一文字』。神威の刃が矢のように飛び、霊獣の胴体を刻んで霊核へと確かに傷を付けた。
それでも返ってきた反応は腹立たしげな唸りの声一つ。傷はすぐさま修復され、霊獣は何事もなかったかのように体勢を整える。
今相対している霊獣は『は』級の一。鳳花が戦ってきた霊獣の中ではもちろん最上位であり、撃法に秀でていない鳳花では一対一に専念しなければ討滅できる相手ではない。
しかしそう離れていない場所のあちこちで霊獣と討ち手達の戦いが繰り広げられている今この時、目の前の相手に専念するのはそれこそ命取りとなってしまう。
そんなことはここに来る前から分かっていた。第三隊と肩を並べるまで成長するには二ヶ月という期間は短すぎる。
それでも大会が終わって今日までずっと、己の課題に向き合い続けてきた鳳花だからこそ「できない人間なりのできること」で彼ら彼女らの力になれる。
それを証明するように、鳳花は背後から襲いかかろうとしていた霊獣へと振り向き様に刀を突き出す。
「『角壁』」
刀を中心に形成される円錐状の透明な壁。すくい上げるように突進を受け流された霊獣は、鳳花の頭上を飛び越えた勢いのまま真向かいに居た霊獣に激突する。
間を置かずに放たれる撃法初伝『稲光』。鳳花の刀を媒介に射出された槍は折り重なった二体をまとめて串刺しにする。
その槍が霊核に傷を付けることはなかったが、元より鳳花の目的はそこにはない。
「では後はお任せします」
「はいはい、いただきますよっと」
鳳花は追撃を仕掛けることなくあっさりと後方に跳び、その下を青葉が駆け抜ける。赤く輝く青葉の槍が二体の霊獣を貫き穿ち、直後、槍を中心に吹き荒れた『火枯らし』の炎が霊核ごと霊獣の体を焼き抉った。
初伝とはいえ集束させた『火枯らし』であればその威力は折り紙付きだ。核を失った霊獣の体は砂のように解けていく。
瞬殺。動きを止めていたとはいえ今の鳳花では不可能な芸当だ。
しかし胃の腑を炙るようなその事実と共に、こちらへ振り返った青葉の視線を鳳花は冷静に受け止める。
喧噪に包まれた戦場の中で、ほんの数秒だけ両者の視線が交差した。
青葉は見ていなければ分からない程度に片方の口角を上げ、すぐに次の相手を求めて彼方へと走り去っていく。
「…………」
それに対して鳳花はほんの少しだけ目をつむる。そして目を開けると踵を返して駆け出した。
青葉にも話したようにこの戦場で鳳花は支援に徹することを決めた。自ら霊獣を倒すのではなく、他の討ち手達が多くの霊獣を少ない消耗で倒すための手助けをすることを選んだ。
大量発生した霊獣と戦う際、連戦によって重なる疲労は討ち手達の二番目の敵となる。戦闘特化の第三隊の隊士であろうと奥伝到達者であろうと天武八達であろうと、この“人としての当たり前”から逃れることはできない。適切な力の抜き方を覚え、適度な補給をしていても、心身の疲労は戦いが終わるまで増え続ける。
だから霊獣大量発生の報せを青葉が持ってきた時、鳳花は自分のやるべきことを“そこ”に定めた。
幸いにもそれは鳳花の得意分野でもあった。なぜなら鳳花は皇家の嫡子。生き延びて血を繋ぐことを最重要の使命とするが故に、護法と歩法を最優先に鍛えてきたからだ。
加えて大会での反省を踏まえこの二ヶ月間、鳳花は東馬や雪子を相手に“身を守る術”を一貫して磨き続けてきた。元々『は』級相手には余裕を持って戦える鳳花である。冷静さと視野を保つことができていれば『は』級の群れを捌くこと自体は難しくない。
繰り返すが鳳花の討滅能力は第三隊に比べて大きく劣る。しかし霊獣の群れを相手に生き延びることはできる。生き延びることができるのであれば、共に戦う仲間達の背中をどうして守れないと言えようか。
背伸びをしてもできないことはできないけれど、できることは確かにできる。
後はその範囲を適切に見極めた上で自信を持って挑めばいい。
つい最近まで卑屈を極めていた鳳花にはその自信が足りなかった。けれど昨夜、他ならぬ東馬がそれをくれた。
『当然のことをしただけとか、逃げられなかっただけだと言って、自分を過度に貶めないで下さい。当然の行いだったとしても逃げられなかっただけだとしても、それを今に至るまでずっと貫き通している貴方のことを、私は本当に尊敬しているんですから』
誰よりも頼りにする幼馴染みからそう言われたのなら卑屈な自分ではいられない。自信と誇りを胸にして、鳳花は再び己の神威を迸らせる。
決着が付いたのはそれから十分が経過した頃。副長によって最後の霊獣の討滅が確認されると一同はその場に集合する。
この峡谷東区の南地域に来る前と違ったのは戦闘による負傷者が二名出たことだ。片方は腱が傷付いたことで右腕をだらんと下げており、もう片方は足を打ち据えられ骨折したのか立つのもままならない。
他にも治療をするほどではないが軽傷を負った討ち手も何人かいる。この戦いが彼らにとっても決して楽なものではなく、少しずつ疲労が溜まってきている証左と言えた。
鳳花は討滅に力を注いでいなかったこともあって傷らしい傷はなかったが、溜まってきた疲れのせいで肩の重みは増していた。それでも他の討ち手よりもまだ余力はあったので進んで負傷者の治療役に名乗り出る。
「お手数をお掛けします、姫様」
「何てことありません。私は一番大変なところをお前達に任せきりにしているのです。これくらいのことはさせてください」
そう言ってもう一人にも治癒術をかけて体の損傷を元に戻す。
もちろん鳳花のこの言葉は本心からのもの。ただこの時、少し離れたところでこんな会話が青葉と副長の間で交わされていた。
「謙遜せずともいいだろうに。これくらいのこととは仰るが、治癒術が使えるのは割と大きなことだと思うがな」
「ま、そうですね。特に第三隊は戦闘特化だから治癒術の向上に時間を割くくらいなら撃法を鍛えて負傷率を下げれば良い、なんていう脳筋がほとんどですし、医療系の専門知識を持っているような“学”のある奴も居ませんしね」
「お前もその一人だろう。偉そうに言うな」
例えば神威を使って切り傷から流れている血を即座に止めたい時、傷口を焼く、体の自然治癒力を上げる、同一の物質で削られた箇所を埋める、といった方法が考えられる。
もちろん体に優しいのは二番目以降の方法だろう。しかし二番目にせよ三番目にせよ、実際に実行するには人体の仕組みへの理解――体系立った“知識”が必要となる。傷を治すために必要な細胞の働き、損傷箇所の組織構造、どれも聞き齧った知識では実用には耐えない。
このように感覚や直感に頼ることができないのが治癒術が他の御技と明確に異なる点だ。習得にも時間がかかるため修めている討ち手の数自体が少なく、その意味では実のところ、治癒術が使えてなおかつ東馬も認める高い熟練度を持っている鳳花の価値は、第三隊の討ち手と比べても遜色がなかったりする。
そうして重傷の二人の治療を終え、他に治療が必要な人はいないか鳳花が聞いて回っているその途中、もはやお馴染みとも言える通信の音がその場に居る全員の耳に届く。
『こちら本部。南区北の十号から十五号の範囲で霊獣十体の出現を確認。併せて西区東の七号から十四号の範囲で十二体の出現を確認。『ろ』級の二との戦闘地域と近いため相対する両名の妨げになる危険性あり。一班と三班の人員は至急討滅に向かって下さい』
届いた報せの内容にその場の一同に緊張が走る。出現した霊獣の数もそうだが、特に後半の内容が討ち手達の危機感を煽った。
現在、焔山と東馬の両名は峡谷の中央部にて『ろ』級霊獣と戦っている。一方で本部は峡谷の南半分の範囲に霊獣の出現を誘導し、鳳花達は峡谷中央を遠巻きにそれぞれの境界をはみ出させないようにして戦っているのだ。
しかし報せにあった霊獣の出現位置はそれをはみ出しかねないほど境界に近い。自分達が向こうの戦いに巻き込まれる分にはまだいいが、焔山と東馬の負担も間違いなく倍増する。
可能性の話として、二人がもしも欠けるようなことがあればこの難局を乗り切るのはほぼ不可能。副長が号令をかけるまでもなく一同は目標地点へと全速力で走り出す。
ただし状況の何もかもが悪い方向に進んでいる訳ではない。
「副長。今回の霊獣の大量発生、総数はおおよそ二百体くらいでしたよね」
「その通りです姫様。正確には少し膨らんで二百と十二体ですが」
「これまで倒してきた霊獣は他の班も含め九十は超えていますから、次を倒せば折り返し地点を過ぎることになりますね」
「ええ、確かに。まだまだ先は長いですが、それでも終わりは見えてきました」
東から南へ最短経路で向かおうとすれば、自然と東馬達の戦闘区域の近くを通る。
夏だというのに川の水は凍り、吐く息も白くなる逆しまの光景。遠目に見えるのは居並ぶ石柱の群れと飛び交う影、そして雷鳴の如き衝撃音。
「……私達も負けていられませんね」
「ですな。もう一踏ん張り、急ぎましょう」
一団はさらに足を速めて目標地点へと疾走し、鳳花も置いて行かれぬよう背中を追う。
こだまする激闘の余波に後ろ髪を引かれながら。
誰よりも頼れる幼馴染の無事を祈りながら。




