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024.三と六の兄妹

お待たせしました。2日連続投稿の1話目です。

「旅行、ですか」

『はい。正確にはサークルの合宿ですが、やることは食べて飲んで騒ぐだけなので、まあ旅行と言って差し支えないでしょう。どうです?』

「…………」



 鳳花は口を閉ざしながらも心の中で盛大にため息をつく。王都にいる東馬から電話がかかってきたと家人に教えられ、何事かと思って折り返しの電話を掛けたら用件がこれ。自分の現状と比較しての暢気(のんき)さは、鳳花の胸中に名状しがたい感情を芽生えさせる。


 東馬を残して里帰りした鳳花の心中に考えが巡っていない訳ではないだろう。わざわざ脳天気な提案を鳳花へした腹積もりも察しは付く。

 それでも今、目の前に東馬が居なくて良かったと思う程度には酷い顔になっているだろうと鳳花は思った。



「……日程は」

『二泊三日で今からちょうど二週間後です』

「場所は」

『柵霜郡の長泣(おさな)川に面したところです。避暑には丁度良いですよ』

「柵霜郡に長泣川…………黄泉迷峡谷が近いですね」

『……向こうは立ち入り禁止区域ですし、関わるような事態にはならないかと』



 今度こそ鳳花は深々とため息をついた。暑さに弱い東馬のことだ。できる限り涼しい場所をと思ったところ、一番の候補地がそこだったとかいうオチなのだろう。自分と青葉の一件も頭をよぎったが、距離もあるし立ち入れる場所でもないから大丈夫だろうとタカをくくった、と。


 無神経、とは思わない。東馬の反応からも、鳳花の中に残る青葉への感情的な“しこり”には気付いていることは窺える。

 しかし自分と東馬との間にある認識のズレをことさら強く感じさせるのもまた事実で。



「……少し時間を下さい。政務との兼ね合いもありますから」

『承知しました。一人くらいの変更であれば三日前までなら可能だそうなので、お急ぎにならなくとも大丈夫です』

「はい。それではまた。今度はこちらから連絡します」



 そう言って鳳花は電話を切った。その後少しの間だけ受話器を見つめていたものの、頭を軽く振って受話器を戻し、自分の部屋を後にする。


 城の外の天気は晴れているはずだったが、日陰側にいるせいか、入側(いりがわ)廊下から望む外の景色はあまり明るくは見えなかった。





 鳳花のいる宿木城(やどりぎじょう)とその城下町は、高天山脈の麓にて山脈の南側を塞ぐように設けられている。

 これは大陸最大の霊脈結節点である高天山脈に一般人を立ち入らせないための塀の役割も兼ねているためだが、そのせいもあってこの皇家本城は広大な敷地面積を誇っている。省庁などの行政機関が内部に設置されている王家の宮殿よりも広いと言えば、そのデタラメさが分かるだろう。


 ただし一般の領民は居住を許されておらず、山脈を遮るように流れている天乃川(あまのがわ)を境界に許可の無い領民の立ち入りも禁じられている。広大な城下町には皇家と皇下十六門を始めとした家臣団のみが――皇家に仕え皇家のお役目を知る人々のみが居を構えており、その閉鎖性故に一度入れば二度とは出られない魔窟だという都市伝説すら囁かれている。


 そんな閉鎖性の一方で広大な面積に跨がる城下町は開放的だ。皇下十六門それぞれが持つ屋敷や修練場だけでなく、野菜を栽培する畑もあり、牛豚鳥の畜産も行われている。また広大な敷地を移動するための車道も敷設され、城からは車が走る様子も見ることができる。確かに一般の領民は住んではいないが、宿木城の城下町は正しく“町”としての機能を有していた。


 そんな宿木城に鳳花が里帰りしたのが三日前のこと。大学が休みとなり王都での政務も一区切り着いたため、領地の人々に顔を見せようと帰ってきたのだ。


 もちろん皇家嫡子の帰郷が平民が親の実家に顔を見せるのと同規模の訳がない。鳳花は昨日と一昨日の丸々二日間をかけ、ようやく皇下十六門の当主達や事前に約束していた領内の有力者達への挨拶回りを終えた。むしろまだ嫡子の身だからこそこの程度で済んでいると言えるかもしれない。


 ただし方々への顔見せは鳳花が里帰りした理由の半分程度にすぎない。


 そのもう半分の理由のために王都に東馬を置いて帰ってきた。そして忙しい中でも時間を作り、鍛練に没頭しようとしたのだ。


 ――それなのに。



「は~、それで鍛練の時に雑念が混じっとったんやねぇ。納得納得」

「……それについては申し訳ございません。せっかくお忙しい中で時間を作って頂いているのに」

「そんな畏まらんでもええ。真面目に取り組んどらんかった訳ではないんやし、自覚があるんやったらうちからは何も言うことあらへん。反省している人間に追い打ちをかけるほどうちは鬼やないしなぁ」



 運が良いのか悪いのか、稽古の相手を頼んだのはそんな鳳花の心の澱みなどすぐに見抜けてしまう人だった。皇本家専用の訓練場から本城へと戻る道すがら、抱えているモヤモヤを何気なく指摘された鳳花は、稽古相手を務めてくれた女性に原因も含めてその訳を打ち明けた。


 ――あの第三十席挑戦権獲得会にて青葉に叩きのめされ、東馬が公衆の面前で屈辱的な土下座をさせられた時、鳳花がまず覚えたのは申し訳なさと恥ずかしさだった。


 自分の浅はかな行動が東馬の立場を悪化させてしまったこと。

 思い上がっていたこと、東馬以外を軽く見てしまっていたこと、己の立場の重さを真に理解できてはいなかったこと。


 他にも種々雑多(しゅしゅざった)な方向に対して鳳花は己が恥ずかしくて仕方なかった。すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑え、周りからの色取り取りの視線を浴びつつも大会の主催を務め上げたのは、それが己への罰でありケジメで、せめてもの矜持だったからだ。


 それからひと月の間、鳳花は鍛練へさらに前のめりになりながらも自分自身を見つめ直した。自分に無いものや足りないものを探して補おうとした。


 東馬を残し都木子だけ連れて里帰りしたのもその一環だ。悔しいことに青葉から受けた指摘は正しかったのだろう。東馬に頼り切るあまり、他の討ち手に向ける目が(めし)いていたのは事実なのだから。


 少しでも次期当主として胸を張れるようになるには一度東馬の傍を離れるべき。そう思ったからこそ鳳花はいつも傍にいた幼馴染みがいない不安を抑え、皇家の本城である宿木城の門をくぐったのだ。


 第一隊の事務所の一角、()()に与えられた部屋に通された鳳花は、応接用の椅子に座って弱音を語る。



「自分を見つめ直すために東馬を置いてきたのは間違ってないと思ってます。でも東馬は私の我儘のせいで土下座させられたことに対しては本当に何とも思っていなくて、私を責める素振りさえないんです。きっと私が不甲斐ないとかそういう考えもなくて……だから、東馬への申し訳なさを抱えて雪子先生に教えを請うている今の自分が、余計に空回りしているように思えてしまうんです」

「ほんに、鳳花ちゃんは真面目やねぇ。あ、お茶飲む?」

「……いただきます」



 口に残る苦々しさごと喉の奥に流し込む。尊敬する義母から手渡されたお茶はその人柄と同じように程よく温かく、お茶を飲む自分を見つめる目もまた温かいものだ。


 一般論で言えば、子供は自分の母以外の父親の妻に対しては複雑な感情を持つものだ。すでに生母が身罷(みまか)っているのであればなおのこと。


 しかし鳳花から義母――(すめらぎ)雪子(ゆきこ)へ向けられる感情は単純だ。尊敬と親愛、この二つで完結する。


 雪子は第一当主直属遊撃隊四席にして御伽衆全体席次()()()――すなわち皇家の最高戦力たる天武八達の一人。霊獣討滅の能力と実績は東馬をも上回り、一度戦場に付いていった時に見たその華麗かつ鮮烈な戦いぶりは、鳳花にとっての討ち手の理想像として今も心に焼き付いている。


 一方で、戦場から離れてしまえばそこに居るのはのんびりとした隙だらけの女性。皆世()との約束を忘れていたせいで監督役を急遽欠席(ドタキャン)してしまっていたのが良い例だろう。敬意が薄れることはなけれども、近付きがたさともまたこの女性は無縁なのだ。こうして東馬には明かせない悩みを打ち明けることができる程に。


 雪子は頬に手を当てて、手のかかる子供を見るような目を鳳花に向ける。



「東馬くんが気にしてない、だから自分も気にしなくていい。そう考えられたら楽やけど、そう考えられないのが鳳花ちゃんやからねぇ」

「申し訳ございません」

「こらこら、皇家の嫡子ともあろうものがそう簡単に何度も頭を下げるものやない。それに謝罪は明確な非があって初めて行うべきもの。悪いことを何もしてへんのに頭を下げるのはその場凌ぎの短絡的な行いでしかないんよ?」

「それは……そう、ですが……」

「今の場当たりな謝罪だけやない。向こうに東馬くんを置いて里帰りしてきたこともそう。鳳花ちゃんが()()()()()()()()()()()を持って努力しとるのは今日の鍛練の様子見てうちも分かっとるけど、自分を追い込めば抱えている問題が解決すると考えるのも短絡的やとも思うとる」

「……かもしれませんが、でも私がもっと強かったら、次期当主として相応しい人間であったなら、今回のような事態にはならなかったと思うんです」

「本当にそう?」



 雪子は鳳花の瞳を覗き込んで問いかける。



「鳳花ちゃんの本当の悩みと問題は強くなることで解決できるものやの? 鳳花ちゃんも本当にそう思うとるの?」

「……それは……」



 出てくるはずの反論が鳳花の口からは出てこない。何かを絞りだそうと口を開いても、相応しい言葉が見つからず閉じるだけ。その繰り返し。


 雪子は急かす様子もなく静かに湯飲みに口につけていたが、ふと何かに気付いたように目を瞬かせ、思い出したように「ああそうや」と眉を開いた。



「忘れとった。今日兄やんが殿への定期報告のためにこっち帰って来る予定だったんよ。どうやらちょうどこっちに向かって来とるみたいやし鳳花ちゃんも同席せぇへん?」

「よろしいのですか? 久しぶりの兄妹水入らずのところにお邪魔しても」

「気にすることないない。うちらももういい歳なんやし、水入らずでも水抜かずでも何も変わらんて。それに兄やんも機会があれば鳳花ちゃんに直接詫びたい言うとったし」

「……青葉の件のことでしたら既に謝罪文は受け取っております。峡谷からおいそれと離れられないお立場なのですからそれで十分だと思っていますが」

「表向きは謝罪を受け入れても内心で納得してるとは限らんやろ? 兄やんは心配性やからな、『姫様はただでさえ本音を押し込んでしまうきらいがあるゆえ、直接言葉を交わすまでは安心できぬ』だそうや」

「…………」



 青葉の暴走については九割自分が悪いと考えている鳳花だったので、当人からのものも含めて謝罪を受けるのは心苦しさを感じている。


 ただ、“相手が本当はどう思っているか分からない”という似たような悩みを現在進行形で抱えている鳳花だったので、その謝罪を受け取ることに否やはなかった。


 そして間を置かずに入口の扉が叩かれる。雪子の許可を得て開かれた扉の向こうに立っていたのは、見上げるほどに高い巨躯。ただでさえ小柄で童顔な雪子が隣に立てば、兄妹(きょうだい)ではなく父娘(おやこ)にも見えてしまう勇壮な偉丈夫。


 手練れ揃いの御伽衆にあってもなお別格の存在感を放つその男の名は。



「お久しぶりです焔山殿。ご多忙でありましょうが、変わらずご壮健で何よりです」

「はい、お久しゅうございます姫様。まず始めに……先日の我が隊の部下が引き起こした一件、心よりお詫び申し上げまする」



 轟木(とどろき)焔山(えんざん)


 御伽衆第三北方霊域鎮圧隊隊長にして、全体席次()()()


 第一席(すめらぎ)威三朗(いさぶろう)、第二席(かがり)星牙(せいが)に並ぶ皇家三強の一角は、肩書きにそぐわない腰の低さで頭を下げた。

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