023.好事家達の集い
今回はコメディ全振りです。
第三十席挑戦権獲得会から一ヶ月が経過した。
大会前はまだ初夏の具合だった暑さもすっかり熟し、夏真っ盛りとなった気温は屋外に出た者に容赦なく汗を流させる。
中間考査を終えて学業から束の間の自由を得た大学生達であろうとも、夏の暑さから逃れることはできない。学生の一部は同じ趣味を持つ仲間達と顔を合わせようと大学構内に足を運ぶが、趣味が異なろうとも額に汗を浮かべているのは同じだった。
その中には当然、汗を流すだけでは収まらない者もいる訳で。
「あっっづい……」
東馬は口を半開きにしながらサークルの部室で机に突っ伏していた。御伽衆の人間であれば二度見どころか三度見するような光景であり、鳳花の従者として傍に付いている時であればまずありえないような力の抜けた姿を晒している。
部室には戦場の東馬を知っている人間はいないが、夏の暑さに萎びている東馬を見たことがある人間もおらず、東馬に向けられている視線には一様に意外さが含まれている。
「おっどろき~。石動くんってこんなに暑さに弱いんだね~。普段との落差が凄くて一瞬誰だか分からなかったよ~」
「……うるせえ、こちとら冬生まれなんだ。夏が得意な肉体構造をしてないんだよ」
「ううむ、貴族の護衛とは思えんダラケっぷりだべ。鳳花姫が見たら何と仰るでな」
「俺だって姫様の前でこんな体たらくを見せたりはしないし、公的な場で醜態を晒したりもしない。けど今は姫様も他の貴族もいないんだ。サークルの中でくらい肩の力を抜いたって良いだろ」
先月の大会が良い例だが、皇家では付け入る隙を見せればすぐに敵対勢力から突き上げを食らってしまう。鳳花の傍に居続けるためにも東馬は完璧な従者として振る舞っているが、東馬とてまだ成人も迎えていない一人の未熟者。家中の目も他の貴族家の目も報道の目もない、こういう閉ざされた場所でくらい肩の力を抜かないと身が保たないのだ。
東馬は今日、グルメ探索研究会の集まりに参加するために大学に来ていた。鳳花の護衛やら第一隊の任務やらで出席率が高いとは言えないが、だからこそ顔を出せる時があれば出している。
ちなみに会話からも分かる通り、今日は鳳花は大学に来ていない。さらに言えば王都にもいない。鳳花は都木子だけを連れて皇家の領地に里帰りしており、帰ってくるまでの十日間だけ東馬は護衛の役目を解かれていた。
もちろんそれは東馬の望んでいたことではなく、東馬のこの醜態は暑さにやられているだけが理由ではなかった。
そんなことは露知らない部員達に面白がられていると、東馬の背後で部室のドアが開けられる。
「おお、もうけっこう集まってるな。しかも石動が来ているとは珍しい。暑さに弱いというのに感心感心」
「……部長」
「おっす~ぶちょ~」
「おはようございや~す」
「うむうむ。いつも通り上役への敬意が全く感じられない挨拶だ。もう少し背筋を伸ばしても良いんだぞ?」
ある意味大学生らしい、上下の垣根の緩い挨拶に苦笑しながら部長の三門清水は席に着く。常に家や立場の格を意識して過ごしている東馬もその意見には同意するが、清水自身が不快な顔をしていないので口には出さない。暑くて口を開くのが面倒なのもあるが。
「つーか部室での遭遇率の低さで言えば部長だって大概じゃないスか? 俺部長と前に会ったのは中間考査前が最後ですし、今日の招集も副部長経由で聞きましたし」
「前にも言っただろ? 俺にはこの国を守るための重大な任務が与えられていて忙しくてだな」
「はいはいご立派ご立派~」
「理由は何であれ、あまり来れないんでしたら副部長に席を譲ればいいのでは?」
「ぶっちゃけあんまり顔を見せない人を上役に据えておくのも違和感があるのよねぇ……」
「はっはっは。馬鹿を言え。このサークルに俺以上に指導者が務まる奴はいないだろうが」
「……自信ある人ー」
「「「は~い」」」
「よ~し石動と挙手した奴ら、そこに直れ」
ボキボキと手を鳴らす清水を、その隣に座る副部長の雨海大典が額に手を当てながら制止する。
「皆、漫才はそれくらいに。部長、あまり時間が取れないのは事実なのですからそろそろ本題に入りましょう。続きは会議が終わってから余り時間でやるように」
「見なさいみんな。私はね、リーダーってのはこういう発言ができる奴だと思うのよ」
「蜂須賀先輩はああ言ってますけど、何かご意見はございますか部長。いえ、部長(仮)殿」
「あぁ”ん!?」
「ほ・ん・だ・い・に! 入りましょう!」
さすがにこれ以上脱線しても仕方ないと思ったのか、部長も含めて皆大人しく席に着く。
部室に集まったのは東馬も含めて総勢十人。大学に登録している部員数だけならこの倍はいるが、サークルの活動を熱心に行っている部員だけで言えばここにいるのでほぼ全員だ。東馬は出席率こそ低いものの、同人誌に載せる情報を豊富に提供してサークルの財布を潤しているので発言力はそこそこあった。
実際にその発言力、今回の議題である“来月の合宿はどこに何をしに行くか”というような、重めの話し合いにて結構効果を発揮するのだ。
例えば場所。
「候補地の中では柵霜郡のここが良いと思います。酷暑なのでできるだけ涼しい場所を選びたいですし、山や川が近くにあって景観も整ってるのでオススメです」
「ええ~、こんな山道を歩くのぉ~? そりゃ〜石動くんは荒事に長けているから許容するだろうけど、こっちは訓練を受けてない一般人なのよ~? できるだけ移動に体力を必要としない場所が下の子達にも良いと思うけど~……」
「いいんじゃないでしょうか、私は賛成です。空腹は最高の調味料とも言いますから」
「おらも石動の意見に賛成だぁ。いつも都会のど真ん中に居るおら達だからこそ、たまには緑溢れる自然の中でも食ってみてぇし」
「それは二人も同じように自然の中で育ってるからでしょ~?」
「普段は頭ばっか使ってるんだからたまにはいいじゃねえの。特に砂山なんて甘いもんの食い過ぎで体だけじゃなく顔も膨らんできたし少しは運どいってぇ!!」
例えばその地方での名物。
「では柵霜郡のどこかということでとりあえず決定ですね。ここで有名な物というと……」
「川の幸と、清流の水を使用して作った米ですね。俺のオススメは鮎の塩焼きです。前に定食として食べた時は自然の雄大さに心から頭を垂れました」
「川には入水可能だろうか?」
「どんな昆虫がいるの?」
「……一応尋ねますがそれを聞いてどうする気ですか女性のお二方」
「せっかくの夏だ。潜ってどんな魚がいるか生態調査したい」
「自然の雄大さを感じられるんでしょ? だったら口に入れなきゃ始まらないじゃない」
「なあ……うちの女子って癖が強すぎねぇ?」
「どれだけ煮込んでも灰汁が浮いてきそうだべな」
「色恋でごたつく可能性は皆無だってことで前向きに考えよう。じゃないと悲しくなる」
「……そこら辺にしとけ。女性陣が射殺すような目を向けているぞ」
それぞれの主義と趣味と趣向が飛び交いつつも、東馬の意見を中心に合宿の内容は固まっていく。学年でも年齢でも一番下の東馬の言葉を誰も無下にしないのは、今まで積み上げてきた実績と信頼が故だろう。
ただし東馬の提案が全て通るかと言えばそんな訳はない。
「では場所は柵霜郡、日程は二泊三日で決まりですね。日中は二班に別れて宿泊地の徒歩圏内にあるご当地名物を探す、と。夜はどうしましょう? 各班が探してきた物の品評会でもやりましょうか」
「いや、それだけじゃあもったいない。せっかくだし俺が最近発掘した珍味の試食会を開くってのはどうだ?」
「やですよ。だって部長のオススメってゲテモノだらけじゃないですか」
「食の探求者と呼んでくれても構わんぞ?」
「味覚を正常化してからお願いすっべ」
「じゃあ私からとっておきの昆虫調味料の紹介を――」
「心の底から結構だ」
「去年の地獄の再演は何とぞご勘弁を……!」
「昼に魚を捕まえて捌くのはどうだろう。素潜りが嫌なら釣りでも良いぞ」
「素潜りは誰もやらないし釣りだってどうせ前みたいに餌は現地調達とか言うんだろ? 却下だ」
「地産地消は大事じゃないか」
「響きの良い言葉を使えば何でも許されると思うなよ」
「いつも思うがみんな見事に趣味嗜好が偏ってんな。この俺みたいにもっと調和の取れた選択肢を出せないものか……」
「その全てに漏れなく(激辛)が付いてくる人にバランス云々言われてもね~」
「砂糖が主食の奴にだけは言われたくねえよ!」
ここに集っているのは皆己の得意分野に一家言を持つ好事家達。そんな人間が一堂に会せばどうなるかは自明の理だ。収めようとして収まるものではない。
「まあまあ落ち着けってみんな。そんなに意見が纏まらないなら、いっそ一番偉い人間に全て任せてしまうというのはどうだろう」
「駄目です」
「却下です」
「論外です」
「……ねえ、みんな俺の扱いが雑過ぎない? 一応部長なんだけど」
「「「日頃の行いのせいじゃないですか?」」」
「そういうところだけ意見一致するのやめろや!」
ちなみにこの間東馬は一言も発言していない。探し、見つけ、食べるだけの東馬はこういった議論には参加しないようにしていた。断じて口出しして噛みつかれた末に論破されるのが怖いからではない。断じて。
ただそうでなくとも今回は他の部員達(部長除く)の機嫌を損ねるようなマネをしたくない理由があった。白熱した会議が少しだけ落ち着いた頃を見計らい、東馬はそろそろ~と手を上げる。
ギンッ! と幻聴が聞こえそうなほど鋭い眼光が一斉に向けられるが東馬はめげない。
「夜の催しに関しては何も意見を挟むつもりはないんだが、みんなに一個だけ頼みがある」
実を言えば東馬が今日、灼熱の気候にも関わらずわざわざここに来たのは、このお願いをサークルの皆にするためだった。
皇本邸の訓練場で恐らく今、一心不乱に稽古に打ち込んでいるであろう鳳花の姿を思い浮かべながら東馬は言った。
「特別参加ってことでうちの姫様を合宿に同道させてはもらえないだろうか。色々と考え事が多いせいかここ最近塞ぎ込みがちでな、ちょっとした息抜きをさせてあげたいんだ」
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