表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/51

022.月下の師弟

 気付けば継道のお猪口が空になっていた。東馬が酒瓶を持って注ぎ入れる間は会話が途切れるが、東馬が酒瓶を置いて少しすると、継道は(おもむろ)に口を開いた。



「閉幕した後、姫様はどのようなご様子であったか」

「師匠と別れる前とお変わりはありませんでした。表向きは、ですが」

「では裏側はどうであったとお主は見る」

「涙が出そうになる自分を必死に抑えておられました。理由としてはおそらく……」

「己自身に対する情けなさ、であろうな」



 初日で青葉に敗れた後、鳳花は本来の役目通り、大会の主催者としてその後の試合の一部始終を見守った。


 通常、試合で敗れた討ち手は大会の終了を待たず即座に所属部隊の管轄地域に戻る。これは万年人手不足の御伽衆に戦力を遊ばせておく余裕がないためだが、もちろん主催者の鳳花にこの慣例は当てはまらない。鳳花は惨敗を喫したその体で観客席に座り、衆目の中に在り続けた。


 その間鳳花はずっと無表情を顔に貼り付けていたが、一方で両手を固く握りしめており、その目尻は時折小刻みに震えていた。

 つい先ほど私室に戻るのを見送った時も鳳花は気丈な態度を取り続けていたが、東馬の目にその姿は決壊寸前のダムのように危うく映った。



「原因は敗北と、あやつが試合中に放った言葉か」

「おそらくは。……師匠は青葉の発言をどう思われますか?」

「間違ったことは言っておらぬ。過度に期待を抱きすぎているとも思うがな」

「私も同じ考えです」



 青葉の怒りは鳳花が試合前に青葉へ何かを言ったことが原因らしかったが、それを差し引いても青葉の行いは暴挙と言ってよく、自分と継道からの叱責の上で鳳花へ謝罪をさせている。


 しかし青葉の意見が間違っていた訳ではない。特に東馬への依存から御伽衆の討ち手達を軽視しがちになっていたことは東馬も危うく感じていた。


 ただ、常日頃から傍にいる東馬が言ってもすんなり鳳花の耳に入るとは思えなかった。実際に大会参加を制止することは叶わずじまいだったので、気心の知れた青葉に教導役を依頼しなければならなかったのだ。


 その目論見は試合にてある程度は実を結んだのだろう。しかし青葉の方にもまた鳳花への偏見があったと言わなければならない。



「姫様はまだ成人もされておられぬ。二千年を超えてなお続く皇家当主の重責を、そんな歳の方が十全に理解できているはずがなかろうに」



 大陸の安寧を保つためには皇家の存続は絶対であり、皇家当主、ならびに次期当主の責任が大きいのは論を()たない。


 けれどいかに超常の力を持つ一族とはいえ、力以外の部分は他の人間と何一つ変わらない。生理的欲求もあれば喜怒哀楽も持っている。当然、子供の時期というものも存在する。最初から全てを兼ね備えてなどいるはずもない。


 葦原統一王国において成人年齢は十七歳。大学進学率が八割に及ぶ現代において、その年齢の人間はまだほとんど社会人として世に出ておらず、社会の本当の厳しさも、お金を稼ぐことの難しさも、親の有り難みも真に理解できているとは言い難い。


 鳳花は他家への折衝やお抱えの店子(たなこ)への経済支援など、皇家当主の仕事の一端を担っている。そのため社会での対人関係の複雑さや一銭がもたらす価値を肌で実感しており、同世代の人間と比べれば現実への理解は何歩も先を進んでいる。


 そんな鳳花に長すぎる歴史の重さも理解しろ、というのは酷な話だろう。青葉でさえ全てを理解しているかどうか定かではないのに。



「五大盟門の人間は誇りが高すぎる、と師匠も以前仰られていましたが……都木子さんはおくびにも出しませんし、青葉も普段はあんな感じですから、篝家はてっきりその枠から外れていると思っていました」

「……お主は青葉を甘く見ておるな。あれはあの世代でも屈指の皇家への誇りと忠誠心の持ち主なのだぞ」

「そうなのですか?」

「そうでなければあの歳で第三十席への挑戦権は得られまい。あそこまで実力を高められたことこそ強い誇りと忠誠心の裏付けであろう」

「言われてみればその通りですが……普段の態度があれなので、いまいちピン来ませんね」

「お主であれば無理もなかろう。何せ姫様が無理を押してまで大会に出ようと思われた理由がどこにあるのかも分かっておらぬのだからな」

「……師匠には分かるのですか?」

「うむ。かつて私も通った道であるからな」



 言葉に代わり視線で続きを促すと、そこでようやく継道は東馬へと顔を向けた。


 しかし返ってきたのは回答ではなく質問だった。



「時に弟子よ、お主は自分以外の人間を羨ましいと感じたことはあるか?」

「え? ……まあ、ございますが……」

「誰かを妬み、引きずり下ろしたいと考えたことは?」

「それは無い……と思います」

「絶対に敵わないと感じた相手と出会ったことは?」

「無いです。研鑽を積めばいずれは勝てるようになるでしょうし」

「お主はそう思っても、他の人間はそうではないのだ」



 継道は酒を手酌で注ぎ、ぐいと口の中に流し入れる。



「人は己が前に壁が立ちはだかった時、登るための道筋を見出してそれを踏破しようとする。しかしいくら道筋を見出すことができたとしても、細く、険しく、長い道のりであれば足踏みし、場合によっては諦めてしまう。しかし弟子よ、お主はその神域の才によって、いかなる道筋であろうと踏破できてしまう。少なくとも己自身の能力によって叶えられる事柄についてはな」

「…………」

「お主の前には乗り越えられる壁しか立ちはだからず、いずれ超えられる敵手しか現れない。だからこそお主は自分と誰かを過度に比較する必要を認めず、焦りも嫉妬も劣等感も抱かないのだ。姫様の悩みに気付かぬのも道理と言える」

「今回の姫様の暴走は、そういったものによるものだと?」

「『皇家の嫡子として、次期当主として相応しい自分にならねばならない』。……姫様がよく口にされるというこの言葉こそ、その何よりの証明であろう」



 鳳花の口からその言葉を聞いた時の光景を思い出す。


 記憶の中で共通していたのは自分の不甲斐なさを嘆いていたこと。そして唇を噛みしめ、手を固く握りしめていたこと。……そう、ちょうど昨日と今日、観客席に座りながら試合を見届けていた時のように。


 そしてこうして指摘されてしまえば他にも思い当たる節はあり、東馬はがしがしと頭を掻く。



「……もしかして、私も原因の一つだったりするのでしょうか」

「ほぼ間違いなかろう。お主のような百年に一人の天才から惜しみない忠誠を捧げられていて、それに釣り合う主であろうとするのは誠に、自分に厳しい姫様らしいお考えよ」



 継道からの保証によって、王都に来てから東馬が抱いていた数々の違和感が結びつく。さらに思い起こせば討滅の試しを終えた時にもその萌芽があった。


 今までは単に鳳花が己に厳しいが故だと考えていた。しかし背後に東馬と比較しての焦りや劣等感もあったのだと考えれば、過度に自分の努力を認めない意固地さも頷ける。比較対象の少なさも含めれば尚更に。


 振り返れば王都に来た日の翌日、『ろ』級霊獣討滅で明らかになった東馬との実力差に対して、鳳花は悲嘆に暮れていた。あの時はまだ御伽衆に入ったばかりの新人だから当然だと東馬は深刻に考えなかったが――。



「私は……どうすれば良かったのでしょうか……?」

「さて、な。こればかりは姫様と話し合うしかなかろうて」

「未熟な私めに何かご助言等は頂けないのでしょうか?」

「……そうさな」



 そこでふっ、と継道は微笑んだ。

 東馬を馬鹿にするような笑みではない。例えるならばそう、手のかかる子供達の成長を微笑ましく見守る親のような顔で。



「一つ言えるとすれば、本音で語り合え、ということになるか」

「私は姫様に隠していることなどございませんが」

「その答えが返ってくる時点でお主らは本音で語り合ってなどおらぬ。十年二十年共に居ようとも、互いの全てを知ることなど到底できない。それもまた、人というものなのだからな」

「はぁ……」



 意味は分かれども言いたいことはよく分からない助言に東馬は首を傾げるしかなく。


 結局それ以降も肝心なことははぐらかしたまま、継道は庭を眺めながら酒を飲んでいたのだった。


ご意見・ご感想や評価ポイント等をいただければ嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ