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017.次期当主として

前回の更新から大きく間が開いてしまったこと、誠に申し訳ございませんでした。


それでは3日連続投稿の1話目になります。

 ――自分は何をしているのだろう。


 試合を目前に控えた討ち手の待機場所で、外から響く衝撃音を聞きながら、鳳花は一人そんなことを考えていた。


 主としての強権で東馬に無茶を言い、皇家の次期当主としての立場を使って無理を通させた。

 出場したかったからそうさせた訳だが、一方で鳳花にも馬鹿なことをしているという自覚はあった。いくらねじ込める枠があったとはいえ横紙破りなのは変わらない。そんなことをすれば、ただでさえある家臣達との溝をさらに広げてしまうだろうと容易に想像が付く。


 そんな重い損失を背負って大会に出ても、優勝どころか一勝できる見込みも少ない。この行動に意味が薄いのは東馬に言われるまでもなく分かっている。


 けれど、もしかしたらという希望も捨てきれない。自分の実力を卑下して見るには鳳花は若く、御伽衆入りした後の日々は重かった。


 もちろんそれだけがこの暴挙の理由ではないのだが。


 ……少し前までは大会に出場する討ち手が代わる代わる挨拶に訪れてきていたが、最終戦の一つ前となった今、この待機場所に他の討ち手の姿はない。勝負の決着が付いた討ち手はここには戻ってこないため、広い室内は閑散としている。


 いや、正確には一人居る。ただ鳳花はできる限りその人物へと関心を向けたくはなかった。

 しかし不幸なことに、その人物は無関心を貫くには活動的過ぎた。



「やあやあお姫様。初出場で緊張してる? 私も初出場だから緊張してるんだ~。一年に一度の機会だし? 毎年機会(チャンス)が来るとは限らない訳ですし? しかも相手がお姫様だから緊張しない方が無理なわけですよ。ということで緊張をほぐすためにも、少しだけお・は・な・し、しません?」

「全く緊張しているように見えないのですが……」



 台詞の内容に対する女性の口調の不一致ぶりは清々しささえ覚えるほど。人を食ったような態度は年季が入っており、事実、初めて面通しをした時からこの捉えどころのない性格は変わっていない。


 ついていない。対戦相手が知らされた時に鳳花がまず思ったのがそれだ。

 鳳花はっきり言って青葉のことが苦手だ。青葉が王都のこの別邸に来ることが伝えられた時、まだ自分が出場者になる前の時点から鳳花の内心には薄雲がかかり始めるようになっていた。


 その理由の一つは東馬にたびたび誘いをかけていることだ。


 東馬は若手の有望株で、出自はどうあれ実力は確か。鳳花の従者という立場にいることで反感はあるが、逆に言えばそれさえなければ取り込みこそすれ排斥する理由はない。皇において名門と謳われる家の全てが一度は東馬を勧誘していることが視線の熱さを物語っている。

 その突端とも言うべき家が篝であり、当主の長女である青葉なのだ。



「よそのヒモが付いていない優秀な人材なんて放っておく方が馬鹿じゃないですか?」



 とは、東馬への勧誘の真意を問い質した際に青葉が悪びれず返した回答だ。皇家内部における立場が変わるだけなので個人的な理由で接近を禁ずるのは(はばか)られる。そのため鳳花は、東馬と青葉が関わる機会がある毎に誰にも言えないモヤモヤを抱える羽目になっていた。



「さっき東馬くんに会いましたけど、今回の件で大分困らせていたみたいですねぇ。お姫様の我儘で無理して傍に置いているのですし、東馬くんにこれ以上反感を買わせてしまうのはあまり良くないと思いますよ~?」



 たちが悪いのは鳳花がモヤモヤを抱えているのを見透かした上で臆せずに踏み込んでくること。行動自体は諫言の域を出ず家臣としての一線を飛び越えてもいないので、鳳花はいつも責める言葉を失ってしまう。結果、苛立ちだけが募っていくのだ。

 この質問もそうだ。問いを投げかけているくせに、青葉のニヤニヤ顔は「うんうん、理由は言わなくても分かってますよ。分かってますけど聞かせて欲しいなぁ」と言わんばかり。


 いっそ処断してしまおうか、と考えることもある。皇の『絶対命令』に討ち手は誰も逆らえない。切腹の一つでも命じれば目の前のニヤケ面はすぐに死への恐怖に染まるだろう。それでスッキリするかどうかはともかく、以後は不要な苛立ちに悩まされなくなるのは間違いない。



「褒められた行いではないことは認めましょう。ですがそれをお前に指摘される筋合いはありません。東馬に命じたのは私なのですから、反感を買うとしても私であって東馬ではない」



 しかしそれは最後の手段だ。これは父からも厳命されている。『絶対命令』で自害を命じていいのは討ち手が皇に明確に反旗を翻した時のみ。誰もが認める“大義名分”を元に行わなければ、むしろ皇にこそ破滅を招くものなのだ、と。


 皇家には『皇下(こうか)十六門(じゅうろくもん)』と呼ばれる、討ち手を輩出する十六の家がある。東馬のような例外を除けば討ち手は必ず十六家のいずれかの出身であり、三百年以上前から皇家の戦力を担い続けてきた。

 中でも七百年以上の永きに渡って皇家を支えてきた五つの家は『五大(ごだい)盟門(めいもん)』と称されており、青葉と都木子が属する篝家もその内の一つに数えられている。


 皇家は霊獣討滅を、誰に言われるでもなくお役目として己に課し続けてきた。皇家のその“酔狂”に共感し、付き合ってくれている人々の集まりが皇下十六門とも言えるだろう。超常の力を手に入れられる特典があるとはいえ、絶対命令の原則を受け入れ命を賭して戦場に立つ彼ら彼女らの決意は、ぞんざいに扱っていいものでは決してない。


 討ち手達は替えの利く駒ではなく敬意を表すべき仲間。「主だから」「命令には逆らえないから」と横暴を働いてしまえば仲間達の信頼は地に落ちる。当然、洗礼を受けようとする人の数も減り、御伽衆は組織の形を保てなくなるだろう。その先に待つ霊獣の楽園を現実にさせないためにも、皇の当主は常に尊敬を集める存在であり続けなければならないのだ。


 歴代当主達の誠実たらんとする努力が実を結んだ結果、皇家は四公爵随一と言われる繁栄を領地にもたらしている。『皇に名君と仁君はあれど、暴君と暗君は生まれ得ず』と謳われることさえある。その輝かしい足跡と信頼を、鳳花が絶やしていい訳がない。



「いやぁ、それは甘い見通しですぜお姫様。まさか命令したのは自分だから反感が向くとしたら自分だけだとか思ってません?」

「そこまでは思っていませんが、主となるのは私でしょう。それが道理というものです」

「理屈ならばそうなりますが、理屈だけで通るほど人は合理的に生きてませんよ。下っ端は経緯なんて知らないんですから、端からは東馬くんが職権を乱用した依怙贔屓をしてるように見えますって。断言してもいいですが、今回の姫様の我儘で一番非難されるの東馬くんですからね?」

「……だから、今から辞退しろと?」

「自覚して下さいってことです。ただでさえ東馬くんへのみんなからの反感は強いんですから、姫様が助長してしまっては東馬くんの居場所が無くなるだけでしょうに」



 尊敬を集めるべき立場だとは分かっている。しかしそれでも、自分の後ろめたい部分にずかずかと踏み入れられて平静でいられるほど、鳳花はまだ大人ではなかった。

 図らずもそれは青葉の言葉の正しさを証明したことになるのだが、この時の鳳花は気付かない。



「そもそも東馬に反感を持ち続ける方々の方が非難されて然るべきなのではないですか? 東馬は御伽衆の一員として十全以上に役目を果たし続けているのです。私からすればそのような方々こそ狭量と言わざるを得ません」



 鳳花の言葉に青葉が驚いたように眉を開く。青葉の反応に、その背景にある理由に思いを馳せることも無く、優位に立ったという感触だけを頼りに言葉を続ける。



「私が東馬を重用しているのは東馬が有能であることもそうですが、何より信頼できるからです。それを他の方々は出自が怪しいだの、下賤だのとくだらないことばかり……。だから一層信頼できなくなるのだとまだ分からないのですか」

「確かに口幅ったい奴らはいますけどねぇ……」

「従者として傍に置くことにも、私は条件を出しているではありませんか。“同年代で東馬に勝てる者がいれば”と。条件を満たせないのであれば余計な口を挟まないで欲しいものです」

「……とは言いますが、それって実質不可能(無理ゲー)ですからね? 東馬くんの実力知ってる人だったら「そんな無茶な」で終わりますって」

「ならば文句を言わないことです。御伽衆は実力主義なのでしょう? 実力の伴わない非難は見苦しいだけです」

「……ふ~ん……」



 その時に鳳花の耳に届いた青葉の声は、それまでの陽気な声とは毛並みが違っていた。

 言うなればそう、ぐつぐつ煮えた鍋の蓋から中身が溢れ出そうな気配で――その理由が何なのかに鳳花が考えを巡らせる前に、青葉は静かに尋ねてくる。



「じゃあ姫様は私達に勝てるつもりでいるってことですか? 御伽衆は実力主義で、実力の伴わない非難は見苦しいって言いましたけど、姫様は他の者を押しのけてまでこの場にいても非難されないだけの実力があるってことですか?」

「……皇家の次期当主として、東馬の主として……何よりいずれ御伽衆(おまえたち)を率いる者として、一勝くらいは当然だとは思っています」

「ふ~ん…………そうですか」


 青葉は頭の後ろで手を組み唇を尖らせ、思案するように天井を見上げた。座ったまま両脚を上げ、しばらくその姿勢のまま体を前後に揺らしていた。

 主家の嫡子を前にした振る舞いではなかったが、鳳花はその姿に言葉をかけることはためらわれた。


 くだけた態度とは真逆の、言い知れぬ迫力が青葉から漂ってきていたからだ。


 幸いにも無言の空間が広がってそう時間を置くことなく、闘技場で繰り広げられていた試合が終わった。参加者を呼ぶ呼び鈴が鳴ると、青葉は傍に立てかけてあった己の得物――鉄製の直槍を手に取って立ち上がり、鳳花に声をかけることなく外へと向かう。


 その後を追おうとする鳳花を青葉は肩越しに振り返り、ただ一言を投げかけてきた。



「じゃあお姫様。正々堂々、本気でやろっか」



 青葉のその笑顔は、なぜか笑っているようには見えなかった。

『五大盟門』は誤字ではないです。


次の更新は明日の15時の予定です。

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