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015.姉弟子への依頼

「隙ありぃ!」

「いや無いからな」



 忍び寄る曲者が背後から覆い被さってこようとした瞬間、東馬の体は逆に曲者の背後に移動していた。歩法を使った高速移動の術で不意打ちを回避して、東馬は蘇芳の戦闘装束を着た曲者の頭に手刀(チョップ)をいれる。



「あたっ。う~……また奇襲失敗かあ。今度こそ不意を突けたと思ったのになあ」

「俺を舐めないでくれ。気配と足音を消したくらいで不意打ちを許すほど甘い鍛練はしていない」

「だからこれくらいは当たり前だと? か~、やんなっちゃうね。これだから天才くんは可愛げが無いんだ。そこら辺、少しは姫様を見習ったらどうなの?」

「一考はしておく」



 曲者の女性が後頭部を手で押さえて振り返った。痛みを与えないよう力加減はしていたので、その仕草はわざとらしいと言う他ない。この女性は会うたびにこんな調子でこんな奇襲(イタズラ)をしてくるので、いちいち相手をしていたら時間を浪費してしまう。


 同じ師の元で同じ釜の飯を食った仲なので女性がどういう人物なのかは知っている。雑に扱っても問題ないと判断した東馬は大会参加者への普通の対応を取ることにした。



「では青葉(あおば)殿。大会参加者であることを確認させて頂きたいので、部隊からの推薦状をお出し下さい」

「ちぇ~つれないなあ。……はいどうぞ。お確かめ下さい」

「拝見致します」


 女性は肩に提げていた鞄から書状を取り出した。東馬はそれを受け取って開き、書状の内容を(あらた)める。


 討ち手が大会に参加するためには、原則として所属する隊の隊長と副隊長からの推薦が必要になる。推薦可能人数は一部隊につき二名。第一隊を除いた他の七部隊から各自推薦されるため、合計して十四名が正規の参加者となる。

 これに皇家重臣と天武八達が合議によって推薦した二名と、挑戦を受ける現三十席が加わった計十七名が、約三日間かけて次の第三十席を巡って戦い合う。それがこの挑戦権獲得会の概要だ。


 ちなみに第一隊が推薦者を出さないのはそもそも全体席次を持っている者しか所属が許されないため。第一隊が最精鋭と(うた)われる所以(ゆえん)はここにある。


 女性から受け取った書状には隊長・副隊長の署名と、当主から貸与され部隊長のみが使える印章が捺印されている。そして文面には『第三北方(ほっぽう)霊域(れいいき)鎮圧隊(ちんあつたい)代表として、(かがり)青葉(あおば)を参加者に推薦する』という旨が確かに記載されていた。



「……残念ながら問題無いようですね。では篝青葉殿。監督役として貴殿を改めて歓迎致します」

「そんな枕詞(まくらことば)を付けられて迎えられても嬉しくな~い」

「まあ、個人としては特に歓迎していないからな」

「なぁにぃ? 年長者に対して敬意が足りてないぞこのやろー。天才くんとはいえ、私よりも四つも年下のくせして生意気な~」

「もう二十のくせして気軽に抱きついてくる貴方もどうかと思うがな……」



 女性――青葉は背後に回りつつ、東馬のこめかみにぐりぐり拳を押しつけてくる。距離が近く馴れ馴れしく、異性としての意識が乏しい肌の触れあい(スキンシップ)過多な行動は、はっきり言って東馬は苦手だ。


 ただ、邪険に扱いつつも嫌悪の対象とならないのは、彼女の見た目や性格、言動から害意が全く伝わってこないためだろう。


 標準より高く東馬よりは低い身長に、引き締まりつつも起伏に富んだ体躯。活動的な短い黒髪を騒がしく揺らしている一方で、柔和な顔立ちと左目の泣き黒子が人懐っこさと女性らしい印象を与えている。

 戦闘装束を着ていなければ普通の大学生と間違える者もいるだろう。加えて皇家の中でも屈指の名門である篝家の出身と聞くと、大抵の者は驚きを隠さない。――彼女の叔母を知る者ほど、尚更に。


「で、どうして姫様や叔母様がここにいないのかしら? あの冷めた目とキッツ~い目を見るのを楽しみにしてたんだけど?」

「そんなものを楽しみにできる貴方の神経を疑うが、現在姫様と都木子さんは別件の対応をしなければならない。なので貴方に限らず、参加者の応対をできるのは俺と、あとはこの場にいる者だけだ」

「別件? どんな貴賓が来ていると?」

「王太子殿下だ」

「あ~……そりゃ仕方ないか。昔っから、お偉いさんの機嫌を損ねるとめんどくさいことにしかならないからねぇ。……あれ? でもだったら君がここにいることの方がおかしくない? いつも金魚のフンみたいに姫様の後ろをくっついているくせに、どういう風の吹き回し?」

「事実かも知れないが言い方を考えろ、言い方を」



 いくら周りに家中の人間しかいないといっても、受付をしているこの場所は大広間。屋敷で一番広い部屋であり、無遠慮に会話していれば周りの視線は集まってしまう。参加者・観戦者の受け入れはあらかた終わったので、東馬は他の者に後を任せ、青葉を促し一足早く闘技場へと向かう。


 個人的にも青葉へ用があったので渡りに船ではあり、東馬は装束のポケットから一枚の用紙を取り出して青葉に渡す。



「何これ?」

「見れば分かる」

「ふーん。……ああ、勝抜戦(トーナメント)の組み合わせかぁ。そういえば公平を期すために会場入りしてから明かされるって決まりだったわよ……ね……」



 尻すぼみになっていく言葉と、パチパチと瞬きをする青葉の様子に、東馬は己の意図が伝わったことを悟る。



「何か質問はあるか」

「……じゃあ、まず一つ。この組み合わせを決定したのは君?」

「ああ、監督役の権限を使わせてもらった。あらかじめ言っておくが、もう一人の監督役になった師匠も同意の上だ」

「老師も許したとなると……なるほど、これはお姫様のわがままってことかい?」



 青葉は広げた紙をぷらぷらと振る。そこにある対戦表の一番端にある組み合わせ――初日最後の対戦(カード)として組まれている名前には、『篝青葉』ともう一つ、『皇鳳花』の名が確かに記されている。



「まあ、長い話では無いんだが――」



 何やら楽しげな青葉に顔をしかめながらも、説明のために東馬は一週間前のことを記憶から脳裏へと掘り起こした。





「……何故(なにゆえ)ですか?」



 鳳花が挑戦権獲得会への参加を希望した直後、東馬はまずその疑問を投げかけた。


 出たいと思う考え・気持ちに、ではない。挑戦権獲得会は多くの討ち手が熱い眼差しを向ける晴れの舞台。それに出場し、自らの腕を試したいと思うのは、御伽衆の一員として自然なことだ。


 しかし鳳花は御伽衆に入ってから半年にも満たない。霊獣討滅経験は討滅の試し後の半年の間で一体のみ。どちらも中位の『は』級であり、修羅場をくぐったとはお世辞にも言えない。そんな経験の浅い人間が大会に出ても、熟練者(ベテラン)に一蹴されて即敗退が関の山だ。


 それが分かっていないはずがないのに、斜め前を歩く鳳花の表情は崩れない。



「自分の実力を試したくなった。――この答えでは不足ですか?」

「妥当だとは……思います。ですが納得は致しません。私に天武八達の権限を使わせてまで参加する意味がどこにあるのです?」



 挑戦者十六名の内、二名は皇家重臣と天武八達の合議によって決められる。これはいかに皇家の重臣といえど軽々(けいけい)に身内の推挙ができないようにするためだが、同時に天武八達に恣意(しい)的な推挙を許さないためでもある。今回の大会で推挙した二名も天武八達が重臣と協議して認められた参加者であるため、参加を希望するというのなら鳳花もまたこの(ふるい)にかけられた末に認められる必要があった。


 しかし開催まで一週間、欠員による穴埋め枠としての参加、何より皇家の次期当主としての鳳花の立場が、その過程を狂わせることを可能にする。



「確かに今の状況と条件ならば、姫様の参加を強く拒む人間はいないでしょう。しかし姫様は御伽衆に入って半年足らずで、大物を討滅した実績がある訳でもない。そして他の七名ならまだしも、私は姫様の従者です。推薦したところで私の依怙贔屓としか見られないでしょう」

「周りからどう見えるかなど関係ありません。私は参加したいと思って、従者であるお前は参加を許可できる立場にある。だから私の参加を許可して欲しい、とそう言っているのです」

「……一体どうされたのですか。いつもの姫様らしくありません」



 東馬の口をついて出た言葉に、鳳花は一瞬だけ鋭い視線を向けてくる。自らを戒めるように視線はすぐに前へ戻ったが、響く靴音がわずかに大きくなった。



「私らしい、とは具体的にどのようなことを指しているのです?」

「それは…………周囲の感情と自分の希望を天秤にかけた時は、道理が立つ方を常に選ばれるところ、などですが……」

「ではそうではなかったということでしょう。そもそも周囲の反対を押し切ってお前を傍に置いている時点でその見解は誤りです」

「そう、かもしれませんが……だとしても分かり切った損を取ろうとする姫様ではないでしょう。今無理して参加したところで他の討ち手の反感を買うだけです。()()()()()()()でしょう」



 大きく靴音を響かせて、鳳花はその場に立ち止まった。



「どういう意味です?」

「はい?」

「私が参加することに何の意味も無い、とは、どういう意味かと聞いているのです」



 今度こそ、鳳花は鋭い視線を真っ直ぐ東馬へ向ける。視線に込められた感情の熱に一瞬気圧されそうになるも、東馬は従者としてではなく一人の討ち手として、そして鳳花の指南役の一人として、客観的に断言する。



「今の姫様では参加する討ち手には勝てません。対戦相手が誰であろうと同じです。それ故に、私は意味が無いと申し上げました」



 そう告げると、鳳花はわずかに鼻白んだ様子を見せた。


 が、



「……何と言われようと、私は参加します。これはもう決めたことです」



 顔を背けて鳳花は再び歩き出す。その表情と感情は、立ち止まる前よりもさらに固くなってしまっていた。



「姫様……」

「お前に『絶対命令』を使いたくはありません。……いいですね、東馬?」



 反論は許さぬその言葉に、東馬は「……承知しました」と答えることしかできなかった。





「なるほどねぇ。それでこうなった、と」



 経緯を聞き終わった青葉は対戦表を見ながら笑う。ただし先ほどと異なり、その笑みには厄介事に巻き込まれたことに対するめんどくささも混じっていた。



「それで? ()()()()()()()に私を選んだ理由は聞かせてもらえるんだよね?」

「姫様もよく知っている相手であること。姫様も手合わせの経験があること。姫様に余計な手心を加えないだろうこと。主な理由としてはこんなところだ」

「つまりは()()()()()()()()()()()()()、と。うーわ、やるとしたら徹底的だねぇ。というかいくら効果的だとしても、そんな憎まれ役をよりにもよってこの私にやらせます? 下手すりゃ私、姫様に切腹命じられない?」

「……意外だな。姫様に嫌われている自覚はあったのか」

「嫌われてるは言い過ぎでしょうが。まー悪乗りしすぎたのは否定しませんがねー」



 青葉は空を見上げながら冷や汗を流しているが、これについては東馬も擁護する気は全くない。


 何せこの青葉という女、人のことをおちょくるのが大好きな性格のため、会うたびに先のようなイタズラをしかけては鳳花や東馬を煽ってくるのだ。

 鳳花と二人揃っている時は特に顕著となり、鳳花の感情を逆撫でするように東馬にくっついてきては、零下になった視線を注いでくる鳳花と、視線を浴びて固まる東馬の様子を見て笑っている。そのせいもあって、ついこの間東馬が第三隊の応援に行くことになった時も、鳳花は言外に不機嫌さを漂わせていた。



「ねぇ、どうしても私がやらなきゃダメ? さすがに命の危険を冒してまで憎まれ役を引き受けたくはないんだけど」

「普段の行いのツケが回ってきただけだろう。それに心配なら無用だ。姫様は私的な好悪で貴重な戦力を自ら削るような真似はしない。そこら辺の公私はきっちり切り分ける方だからな」

「根っからの姫様信者からの保証。……信頼性皆無だわぁ」

「説得力が無いのは認めるし、万が一危なくなったら俺が止める。だからどうか引き受けてくれないか。これは皇家の今後に関わる事だ。貴方も他人事ではないはずだろう」

「確かに、姫様が()()()()()()()()()のは問題だろうね」



 けど、と青葉は前を歩きながら東馬を振り向く。

 その顔にはもうおちゃらけた様子はない。



「自覚してる? 姫様が()()()()()原因の一端は、君にあるってこと」

「……承知の上だ。だが俺ではこの問題を解決できない。大事に至る前に何とかしなければならないし、そのためには貴方の力を借りるのが最善だと思ったんだ」

「……はぁ、しょうがない。滅多にない弟弟子の頼みで、ついでに老師の依頼でもある訳だしね。憎まれ役、謹んでお引き受けましょう」

「すまない。恩に着る」

「――ただし、一つだけ条件があります」



 青葉は東馬の眼前で人差し指を立てる。依頼の報酬を求めてくるのかと東馬は考えたが、そうではなかった。


 そんな生易しいものではなかった。



「やり方は私に任せてもらう。それでも良いのなら、あの世間知らずのお姫様にきっちりと現実を教えてくるわ」



 闘技場から見える空に、少しずつ雲が増えてきていた。

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