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013.主の心、従知らず?

前回の投稿から大きく間が開いてしまったこと、誠に申し訳ございません。

 朝日を瞼の裏から感じて鳳花は目を覚ました。


 窓から差し込む夏の日差しは早朝でも眩しく、ギラギラしている。鳳花は反射的に瞼を開けたが、すぐに目元を手のひらで覆った。

 ただしそれは日の光を避けるためではない。


「あ~……まずい夢を見てしまった……」


 鳳花の脳裏には夢で再生された、かつての記憶がこびりついていた。空いたもう片方の手で胸元を抑えるものの、鳳花の心臓は起きたばかりとは思えないほど早鐘を鳴らしている。


 東馬の前では素直に感情を出しているように見える鳳花だが、実のところ東馬の前でも出す感情は選んでいるのだ。東馬に見せている感情が嘘という訳ではないものの、見せて良い感情とそうでない感情を分けた上で、前者の方をあけっぴろげにしているだけで。

 その意味で言えば、鳳花が今表に出してしまっている感情は見せてはいけないもの。誰が見てもそうと分かる“恋する乙女”の顔を、人前で晒したいと思う人物はいないだろう。


 普段胸の奥に押し留めている想いがすっかり表に出てしまっていて、何とか感情を整理しようと鳳花は両頬をぱんぱんと叩く。



 ――あの日東馬によって埋め込まれてしまった“種”は、いくら時間をかけても吐き出すことも、消化することも出来なかった。


 東馬は洗礼を越えた後、鳳花への献身ぶりはそのままに、日に日に逞しさと頼もしさを身に付けていった。神威を扱えるようになったことで過酷さを増した修行にも食らいつき、次々に御技を習得していった。



 十二歳にして御技の中伝位に到達。


 この二百年間で最年少での討滅の試しの突破。


 三百年前の『大再編』後最短となる奥伝位への到達。


 そして、昨年成し遂げた『ろ』級霊獣の単独討滅。



 比類ない実績は同世代の門弟達に影を踏むことすら許さない。それを()()()と吐き捨てる者も、一度剣を合わせてしまえばその偏見は打ち砕かれた。


 今もなお東馬を追い落とそうとする者の動機は(ねた)みや(そね)み、後は己の立場を脅かされることへの危機感だけだ。そういったものを持たない討ち手達はとうに東馬を認めている。東馬の噂を疑う者も肩を並べれば同じこと。

 鳳花が次期当主として安定した立場を手にしているのも、東馬が鳳花へ一心に忠誠を捧げていることが大きく作用している。あれほど優秀な男が忠を尽くす鳳花様であれば次期当主として不足はなかろう、という訳だ。東馬にその自覚はないだろうが。


 実際、東馬を快く思わない者の中でさえ東馬の忠誠心の強さを疑う者はいない。洗礼を越えたことももちろんだが、実績が、言動が、何より主君を語るときの東馬の誇らしげな姿が、鳳花に仕えることへの喜びを如実に表しているからだ。


 その姿を見聞きして困ったのはむしろ鳳花の方だったりする。


 何せ自分の至らぬ部分さえ知悉(ちしつ)した幼馴染みが、誰の目にも明らかな優秀さを引っ提げながら、本当に心身を賭して自分に仕えてくれているのだ。

 一方で主君を全肯定するような盲目さや、鳳花を(かこ)うような歪んだ独占欲とも縁遠い。稽古でも手心を加えず、焦る自分を諫めてもくれるのは昨日の一件が証明している。


 ナンパされている様子を面白がって見物しているような茶目っ気もあるが、それは一人の人間として鳳花を尊重しているからこそ。文句を言ったりからかったりするのも、主君が等身大の人間だと知っているが故。敬愛しているからこそ軽んずることも、重んじ過ぎることもしないのだ。鳳花がそれを望んでいないと分かっているから。


 同い年の異性の幼馴染みが、そんな()()()()家臣として傍に(はべ)ってくれているのだ。惹かれない方がおかしいだろう。



「……いえ、そうではないですね」



 分かっている。それは建前だ。責任ある立場に居るのに恋などしてしまった自分を弁護するための言い訳だ。


 理性的な恋など存在しない。人はいつだって感情を積み重ねることで想いを紡ぐ。



 ――互いの成長に喜び合った。


 ――片方を軽んずる者へ怒りを燃やしてきた。


 ――哀しみを抱きしめ合って共有したことがあった。


 ――日々の楽しみを二人で見出してきた。



 数多くの思い出と感情を東馬と積み重ねてきた。下らない過去は一つとしてなく、思い出のどれもが黄金色(こがねいろ)に輝いている。


 何より、鳳花は憧れたのだ。


 強大な敵を前に威風堂々と立ちはだかる背中に。


 傷だらけになっても力強さを失わない姿に。


 守り抜いたものを見て優しく笑う顔に。


 それらに触れるたびに鳳花に植えられた“種”は芽を伸ばした。芽はいつしか実を結び、今では大輪の華を咲かせている。

 芽生えた恋心は厄介で、自覚した直後は特に苦労した。東馬の顔を直視できなくなり、東馬に不審がられたこともある。


 何より困ったのは、鳳花の男性を見る際の基準が全て東馬になってしまったことだ。


 東馬より誠実かどうか。

 東馬より忠誠心が強いかどうか。

 東馬より頼もしいかどうか。

 向上心があるかどうか。視野が広いかどうか。格好良いかどうか。

 そして何より、東馬より自分を大切にしてくれるかどうか。


 そうして比較を重ねたのと同じ回数、鳳花はどれだけ東馬が、自分の理想の男性像そのままなのかを痛感する羽目になった。


 そんなこともあり、鳳花は東馬に恋心を悟られぬよう手を尽くさなければならなかった。ある時は拗ねたフリをして突き放し、ある時は余裕のある風を取り繕ってからかい、またある時は諫めるための折檻をしたりもして、とにかく背後にある気持ちを東馬に悟られないようにしてきたのだ。

 東馬を振り回してしまっている自覚はあったので、たまに不安になりもした。そういう時は妹のように東馬に甘えたり、東馬の趣味に率先して付き合ったりした。


 努力が実を結んだのか、今のところ東馬が感付いている様子はない。それはそれで異性として見られていないようで腹立たしい気持ちになるのだが。



『そもそもどうして気持ちをお隠しになるの? 石動さんはあれほど姉様を大事に思っているのに』



 唯一気付かれてしまった妹の皆世(みなよ)から、そう尋ねられたことがある。まだ小さい皆世からすれば自分達は――口にするのも恥ずかしいが――相思相愛にしか見えないため、鳳花が気持ちを隠す理由が分からなかったのだろう。


 しかし傍目からはそう見えているとしても、鳳花自身の捉え方は少々違う。



『東馬が私を大事に思ってくれている理由が、私が東馬を大事に思う理由と同じとは限らないでしょう?』



 東馬の忠誠に疑う余地はない。けれど、それが惚れた腫れたという()()理由を背景にしているとは限らない。あの地に足の付いた忠義の姿勢と、それが続いている時間の長さを思えば、むしろ恋愛感情以外を下地にしている方が自然だろう。


 勘違いされがちだが、鳳花は自分のことをそれほど大それた人間だとは思っていない。


 特別な身分に加えて特殊な力とお役目を持っているだけで、父のような実力や実績、東馬のような天才性を持っている訳ではない。五感で得た情報からのみ学んで考えることができる、勤勉なだけの普通の人間なのだ。


 唯一容姿だけは“御伽衆最麗(さいれい)”と謳われた亡き母の美貌を受け継いだが、それが東馬の忠誠を得た理由かと聞かれれば“否”と答える。あの真っ直ぐで澄んだ瞳を前にしてそんな答えを口にするのは、東馬への侮辱でさえあるだろう。


 だから分からないのだ。東馬が自分をどう思っているのか。一体どんな感情を柱として、鳳花に忠誠を捧げ続けているのか。


 いっそ聞いてしまえば楽なのかも知れない。けれど恋愛感情が一切無いのだと告げられた時、鳳花は自分が立ち直れるかどうか自信がなかった。さらに言えば、異性や恋愛対象として認識されているという根拠も持っていなかった。


 何せ東馬の鳳花への扱いは、完全に『世話の焼ける妹』か、もしくは『手のかかる主』のそれなのだ。顔を寄せるなどすれば反射的にひるんだりするが、すぐに扱いが元のように戻ってしまう。到底『同年代の異性』に対する態度ではない。


 せめて“世話の焼ける”や“手のかかる”の部分を省略させるべく日夜精進しているが、残念ながら今現在も目立った変化は起きていない。

 東馬は鳳花に対して度々“焦らなくていい”と言葉をかけるが、焦る理由の半分が東馬自身にあるとは考えもしていないだろう。誰のせいだと思っているのか、と鳳花が漏らしそうになったのも一度や二度ではない。


 そんな自分の内心に東馬は気付いているのかいないのか。





「まあ、気付いていないのでしょうけれど」



 そう、目の前で繰り広げられる馬鹿騒ぎを端から眺めながら鳳花は独り呟く。


 時間は昼の食事時。場所は王都の一角、大学からほど近くに構えた定食屋の店内。そこはかつてないほど熾烈な争いを繰り広げる二人とそれを見守る仲間の興奮によって、むせかえるほどの熱気が立ちこめていた。



「すげぇ! 石動の奴、あの『溶鉱炉の胃』を持つ副部長と互角の争いをしてやがる!」

「いや待て見てみろ! 若干副部長よりもご飯の減りが早い。しかもどんどんペースが上がってやがる!」

「嘘でしょ!? まだ制限時間の四分の一しか経っていないのに、この速さだと……!」



 食卓で一対一(サシ)で向かい合いながら、東馬ともう一人――熊のようなどっしりとした体格の三年生が、タライ桶のように大きな皿に乗っている料理を爆食している。二人の形相は真剣そのもの。額から頬にかけて汗が流れ、口の動きは一瞬たりとも止まらない。


 グルメ探索研究会が行事の一つ、大食い・早食い料理への挑戦行脚(あんぎゃ)。今回は一時間という制限時間内にどれだけ多く食べきることができるか、という大食い兼早食いの挑戦だ。

 美食の名店を探すのとは異なり、大食漢のみが希望制で参加するこの行事。昨年開かれた時はサークルメンバーで参加したのは現在の副部長だけだったが、今年加入した新鋭の登場によって、場はかつてない盛り上がりを見せていた。


 そして空になった皿を掲げ、東馬が叫ぶ。



「おかわり!」

「何ぃ!?」

「馬鹿な、まだ制限時間の半分も経ってないんだぞ!?」

「信じられない。副部長はようやく皿の半分を過ぎたばかりなのに……」



 そして再び盛られた料理を余裕綽々で食い散らかす東馬。その姿をメンバー達は驚愕の眼差しで見つめ、離れたところでそれを眺めている鳳花は若干の呆れを込めて息を吐く。


 御伽衆の討ち手達が大飯食らいなのをよく知っている鳳花にすればこの程度は驚くことではない。皇家本邸で第一隊所属の精鋭達の食事風景を度々目にしていたが、まるで掃除機のように料理が喉の奥に吸い込まれていく光景に、人の可能性とは無限大なのだな、と鳳花も思わず唸ってしまったほど。残念なことに、全く感動的ではなかったのだが。


 そしてそれが、精鋭中の精鋭たる東馬であればどうなるのか。答えが目の前で繰り広げられている食卓決闘(フードファイト)である。


 最終的に東馬は制限時間内で大皿三杯分をぺろりと平らげた。王者の副部長が二杯、店の最高記録が二杯と三分の一ということを考えると、圧倒的大記録を樹立したことになる。満足感溢れる笑みで拳を天へと突き上げる姿は余裕そのもので、苦しそうに顔を歪めている副部長と比べるとまさに王者の風格とさえ言えた。



「いや~……おたくの護衛さん、凄まじい食べっぷりですね。サークル史上最強のフードファイターが誕生してしまったのかもしれない。これが通常通りの支払いになっていたらと思うとぞっとしますよ」

「……ご心配なく。その場合は責任を持って当家でお支払いいたしますので」

「わお、さすがは古くから続く大貴族のご令嬢。手持ちの小遣い(ポケットマネー)は潤沢という訳ですね。憧れます」



 自然な動きで隣に腰掛けたのはサークルの部長だという男。髪を一般的な大陸人の黒から茶へと変えている軽薄そうな笑みをする青年で、姓が三門(みかど)ということだけは知っている。言うまでもなく鳳花が最も嫌う類の男であり、先日初めて会った時からその印象は変わっていない。

 自然と鳳花の視線も刺々しいものになるのだが、青年は気付いていないのか、それとも気付いた上で気付いていないフリをしているのか、一定の礼節を保ちつつも気安い態度を変えようとしない。


 今回鳳花は普段の忙しさの気晴らしも兼ね、東馬の誘いでこの行事へと同席させてもらっていた。誘った当人が職務を(表面上だとしても)放棄しているのは護衛としてどうかと思うが、大量の料理が次々と消費されていく光景にはある種の清々しさを覚えるので、楽しんでいる東馬の姿を見る分には気晴らしの目的は達せられている。

 もっとも、嫌いな部類の人間を相手をしなければならないことには精神的な負荷(ストレス)を覚えており、来て良かったかと聞かれれば微妙なのだが。



「しかし貴族のご令嬢と聞いて身構えていたのですが、予想よりも遙かに話しかけやすい方で安心しました」

「特権的身分にあぐらを掻いた我儘姫(わがままひめ)とでも思っていたのでしょうか」

「いえいえさすがにそこまでは。石動の奴から話を聞いていましたから、平民にもご理解のある方だろうとは思っていました。しかし主をひいきして当然の護衛から語られる話というのはどうしても信憑性が欠けますからね。半信半疑、というのが本音でした。失礼だとは承知の上ですが」

「構いませんよ。誤解されるのは慣れています。私の人間関係はすべからく、誤解を解消することから始まりますからね」



 そう答えて鳳花はストローからジュースを吸う。遠回しに会話を打ち切ろうとする行動だったのだが、相手に伝わることはなく会話は続く。



「しかし初めてお会いした時も思いましたが、本当に護衛は石動一人だけなのですね。身の危険を考えれば、一人どころか三人くらいは常に付いているものだと考えていましたが」



 鳳花は横目で三門を見て、ストローから口を離す。



「費用対効果です。生半可な護衛が複数人付くよりも、東馬一人が付いている方が身の危険は少なく、必要な人手や労力を低く抑えることができますから」

「……ふむ。自分はそこのところ門外漢なのでよく分からないのですが、貴方がそう仰るほどに石動の奴は手練れなのですか?」

「ええもちろん。実力も実績も、家中で比較対象になる者はいないでしょう。何より東馬は()()()()()。今はあのようにはしゃいでいますが、非常時だけでなく普段から私の無事を最優先に考えてくれる男です。護衛としてこれ以上の重要な資質は無いと思いますが?」

「守られる当人である貴方が仰るのであれば、確かにそうなのでしょうね。しかし……」

「……何か?」

「ふふ。いえ、石動のことになると随分とお熱く語られるのだな、と思いましてね」



 う、と思わず口から声が漏れそうになる。全く自覚のなかった鳳花の様子を、三門という男は面白そうに見つめてくる。



「なるほど。石動の奴が貴方を自慢げに語る理由は、貴方が主として優れた資質を持っているからだけではなかったようだ」

「私は有能な家臣を真っ当に評価しているだけです。他に深い理由はありません」

「わざわざそう付け足している時点で、他に理由があると語っているようなものだと思いますが? まあ、石動以外が護衛になることを頑なに拒んでいるご様子からして、ある程度予想はできていましたが」

「……東馬がそう言ったのですか?」

「いやいやまさか。ご心配せずとも、石動があなたのプライベートを口走ったことはありません。あいつの言葉の端々やその状況から推測しただけです。……どうやら当たっていたようですがね」



 話しかけてきた時から変わらない軽薄そうな顔。それを鳳花は先ほどとは違う理由で目を細めて窺う。嫌悪の感情はその半分が警戒へと変わりつつあった。

 三門は視線の意図に気付いていない様子でコップの水をあおる。しかし先ほどと違い、鳳花にはその様子が(つくろ)ったものだという確信があった。



「貴方には及ぶべくもない短い付き合いですが、石動について分かったこともそれなりにあります。その上で申し上げるとするなら、あなたが望めば石動が断ることはないと思いますよ。身分差とかを抜きにすればですが」

「何のことを仰っているのか分かりませんが」

「では別の言い方をしましょうか。外堀を埋めるよりも先にするべきことがあると考えます。貴方風に言うのであれば、とても費用対効果に見合っているとは思えない」

「…………」



 鳳花は無言で席を立つ。これ以上言葉を重ねる理由は無かったし、これ以上会話を続ける必要も感じなかった。何より、自分と東馬の関係を外野から口出しされたくもなかった。



 ――昨日今日会ったばかりの人間に指摘されるまでもない。鳳花がこの関係を変えようとしなければ自分達の関係はおそらく一生このままだろうということは、鳳花自身が一番よく分かっている。加えて、東馬の気持ちを問い質す勇気も持たない自分が講じている策が、迂遠だということくらい最初から自覚している。


 先に述べた通り、鳳花の中の理想の男性=石動東馬という式はもはや動かしようがない。そのため『東馬以外が結婚相手になるのは絶対にヤダ』という希望(ワガママ)を何とか実現するべく、鳳花は現在進行形でお膳立てを進めている。 


 憎たらしいサークルの部長が見透かした通り、東馬以外の従者・護衛を付けることを拒んでいるのもその一環。能力を示し実績を積ませ、『皇鳳花の伴侶として最も相応しいのは石動東馬である』と家中の意見を誘導するためだ。 


 もちろん家臣達の提案をただ蹴飛ばしているだけでは反感を高めるのみ。そのため鳳花は以前から――東馬が御伽衆に加わってから――『自分達と同年代で東馬に勝てる者がいれば傍に付けることを考える』という条件を出し、挑戦者を受け入れてきた。


 この条件を出したことで実際に戦ったり、迷惑を被ったりするのは東馬なだけに、鳳花も引け目を感じてはいる。



『ごめんなさい東馬。だけどお前の代わりというのが、私には考えられなくて……』



 そんな、本心でありつつも肝心の理由はぼやかしている、主として卑怯な詫びの言葉にも、



『構いませんよ姫様。誰かにこの椅子を譲りたくないからこそ、私はあの時洗礼を受けることを提案したのですから』



 しかし東馬は笑みさえ浮かべながらそう言って、鳳花の望み通りに数多の挑戦者達を蹴散らしてきた。そして齢十六にして御伽衆の頂点たる『天武八達』へと登り詰め、家臣の反論の声を叩き潰したのだ。

 今や家中にも『石動であれば仕方なかろう』という(諦観も含めた)声もわずかながら出てきており、その意味では鳳花の目論見通りの状況が整えられつつある。


 ただし所詮はお膳立て。東馬の気持ちがどこにあるかは依然として分からないままだ。


 東馬の方から本音を打ち明けてくることは期待できない。東馬は御伽衆の討ち手として、皇家の家臣として、何より鳳花の従者として、良くも悪くも己の分を弁えている。従者としての一線を越えることはなく、鳳花が望まなければ忠実で有能な家臣の枠に納まり続けることだろう。未だ家中の反感が根強いからこそ尚更に。

 ならば鳳花から胸中を打ち明け、東馬の胸中も聞き出せばいいのだが――それができれば、という話になってしまう。


 鳳花は東馬に目を向ける。東馬は人の輪の中で、綺麗に空になった皿を掲げた格好で記念撮影をしていた。そんな中、視線を向ける自分の姿を見て何を思ったのか、東馬はやりきった報告をするかのように軽くこちらに手を振ってくる。


 それはあたかも、寂しそうにしている子供に対し「忘れてないから大丈夫ですよ」と教えるかのようで。


「はあ……」


 鳳花は思わずため息をつく。一体いつになったら自分は『面倒を見る対象』から抜け出すことが出来るのだろうか、と。

 実力を付ければいいのか、頼り甲斐がある主になればいいのか、もっともっと外見の美しさを磨けばいいのか……考えをいくら巡らせてもピンとくる案は出てこなかった。


 しかしそれから一週間後。鳳花の元に届いた知らせが、思いもかけない機会をもたらすことになる。

更新のペースは今後も遅くなることがあると思いますが、エタることはないとお約束します。

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