12 おっさん、オムレツ量産機になる
文化祭当日。
わがクラス——2年2組でやる催し物は『メイド喫茶』だが、俺は裏方に徹することに決めていた。俺は調理係として、調理実習室の一画を借りて喫茶店で出す軽食を準備するのだ——衛生管理や火気の使用のため厳しい審査をクリアしなければならなかったが、ほとんど一人暮らしのような生活をしてきた俺の料理の腕前は〝まあまあのレベル〟であり、審査の結果、調理器具や材料の取り扱いにお墨付きをもらうことができた。
しかし、うちのクラス以外で飲食を提供するクラスはないようで——あまりにも厳しい審査をみんな忌避して企画の時点で諦めてしまう——、2組全員に配られたクラスTシャツを着た俺は、調理実習室にぽつんとひとりで突っ立っていた。
「お化け屋敷やってまぁす!」とか「このあと十時から体育館で演劇部の公演がはじまります! ぜひいらしてくださーい!」などの威勢のいい声が、実習室のそとの廊下からくぐもった響きできこえてくる。
生徒全員が文化祭の高揚感に舞い上がり、非日常的なテンションのなかにいるときに、俺だけ〝蚊帳の外〟にいた。仲間はずれにされたようで胸がチクチク痛んだが、同時に、〝こんなときにひとりでいる特別感〟みたいな変な自意識が芽生え、妙な安心感もあった。
『メイド喫茶』で提供される飲食の大半は、現場で対応することになっていた。飲料はクーラーボックスに入れられたペットボトルから出されたし、フライドポテトや唐揚げなどのメニューは冷凍食品を2年2組の教室に設置された電子レンジで温めて提供された。俺の仕事は、冷凍食品ではできないメニュー——おもにオムレツ——をつくることだった。注文が入れば、クラスの誰かがここまで来て——携帯電話の使用は禁じられていた——伝える手筈になっていた。なので、それまでとくにやることはない。
「はやく死にてえなぁ……」
そんな言葉が無意識に口から零れた。心の声が漏れ出たというより、ただの口癖みたいなものだ。前の人生、そんなことばかり言いながら生きていたような気がする。今回の人生もそんな風に生きるのだろうか。
——そうかもしれないな。
諦めに似た気持ちになる。
ぼんやりとした時間が過ぎる。もしかしたら、このままひとつもオーダーが入らず、俺の文化祭は調理実習室でひっそりと引き籠ったまま終わるのかもしれない。まあ、それも悪くないか……
そんなことを考えていたら、実習室の扉がガラガラと大きな音を立てて唐突に開いた。俺がびっくりして振りむくと、皆川がドカドカと無遠慮に部屋に入ってきて、「亮平! オムレツ二個! 大至急だ!」と大声で喚いた。
「え」
俺は、白昼夢から現実に強引に引き戻されたせいで、まだ頭がボーっとして状況が呑みこめなかった。
「おい! オムレツだって!」
「……お、おう」
俺はやっと理解して体を動かした。冷蔵庫から玉子を取り出して調理をはじめる。
その後は怒涛の注文ラッシュで、俺は〝オムレツ量産機〟と化し、文字通り〝休む間もなく〟調理をしつづけた。
三十皿を過ぎたあたりで、何個つくったかをかぞえるのをやめた。
十二時でいったんメイド喫茶を閉めて昼休みに入ったときにはすでに、調理実習室の冷蔵庫に入れてあった食材のほとんどがなくなっていた。
午前中が嵐のように過ぎ去っていった。ヘトヘトに疲れ切った俺は、椅子に腰を下ろして深いため息を吐いた。
——やっとひと息つける……にしても、教室じゃいったいなにが起こってんだ? なんにしても食材がないんだ。オムレツは売り切れだと伝えなきゃ。
俺は重い腰を上げて立ち上がると、2年2組の教室へむかった。
しかし、教室はもぬけの殻で誰もいない——のちにきいたところでは、メイド喫茶が予想を超えて大人気であり、それによってテンションの上がった2組の連中は「みんなでゴハン食べようよ!」という話になり、全員で近所のファミレスに行っていたそうだ。つまり、俺一人だけクラスの奴全員から存在を忘れられていたのだった。
そんなこととは露知らず、途方に暮れた俺は教室の黒板に『タマゴ在庫なし! オムレツ売り切れ!』と、でっかく書き残して、教室を出た。
そのときだ。
「ゲッ! やってないじゃん、メイド喫茶ァ!」
と嘆く男子生徒の声が耳にとどいた。見てみると、知らない男たち——おそらく他校の男子高校生——が三人、2組の扉にかかる『準備中』の札を見て、この世の終わりのような大仰な反応をしていた。
「ははっ、残念だったな。お前がひとりでダンス部見にいったからだぞ」と男子高生A。
「そうだそうだ。絶対メイド喫茶のほうがいいって俺たちがいってんのに、それをきかなかった、お前が悪い」と男子高生B。
「だってダンス部のほうが可愛い子が多いとおもったんだよ」と悔しがっている男子高生C。
どうやら女の子目当てで文化祭にやっていきた連中のようだ。
「お前はほっんと馬鹿野郎だ。ここのメイド喫茶にはメチャクチャ可愛い子がいたのにな」とA。
「ああ。俺はミクちゃんがよかったな。小柄で可愛くてさ」とB。
——ミクちゃん? ……まさか『菅沼美空』のことか?
それを受けてAがつづく。
「そうそう。メイド服も胸を強調するデザインでさ、その子背ェ小っちゃいくせにおっぱいがデッカくてな。妙にエロかったぜ」
——クッ……こいつら好き勝手言いやがって……それ(菅沼が巨乳な件)に気づいてたのは俺のほうが先なんだぞ……く、くやしい……〝胸を強調するデザイン〟だと……見てえェェェ!
Aの軽口がつづく。
「でも、俺はカホちゃん派だな。メガネっ娘にポニーテール……俺の属性にブッ刺さったぜ」
——メガネ? ポニーテール? カホってまさか……『五十嵐果帆』!
「たしかに! カホちゃんもよかったなァ。スラッとしててスタイルがメチャクチャよくて、よく見ると顔も美人なんよな」
——コ、コイツら……こちとらメガネをかけてない五十嵐の顔を知ってんだよ! 同棲もしてたし! ……って、ま、夢のなかでなんだけど……
「な、なんだ……この人」と、Cが俺の顔を見ていた。
気づくと俺は、菅沼と五十嵐をモノみたいに寸評するこの三人組を、鬼の形相で睨みつけていた。実際、俺は腹が立っていた。これほどまでに怒りを覚えたのも久しぶりだ。なにより俺より先にコイツらが菅沼と五十嵐のメイド姿を見ていることが許せなかった。
三人組は俺を見ながらコソコソとなにか言っている。
「……やべえ奴だ。行こうぜ」
と言っているようだ。
三人組は、俺を〝やべえ奴〟扱いすると、どこかに行ってしまった。俺も「ふぅ」と深呼吸して心を落ち着かせる。
「……腹、減ったな」
今日は購買も休みだし、コンビニでなにか買うか。いや、外出て歩くのもダルいな。俺は調理実習室にもどると、メイド喫茶の予算で買ってあった冷凍食品の唐揚げと餃子をレンジで温めて食べ、昼食代わりにした。
そのあと、文化祭期間中立入禁止になっている屋上に出た。屋上にはだれもいなかった。俺は屋上の柵に寄りかかって座ると、疲れていたのだろう、いつのまにか眠りにおちていた。




