第27話 秋の祭り(3)
「ルカ、先ほどの男だが、背丈はこれくらいだったな」
アレクシアが手でおおよその高さを示す。ルカはすぐそばの路地に生えている木の枝を指した。
「はい。軽く身をかがめた状態でこの枝ほどの身長でした。だからまっすぐに立てばきっと、このくらいです」
「なるほど」
具体的で役に立つ答えだ。あの一瞬でよく見ている、とアレクシアは感心する。
「あと、被害者の女性とすれ違いざまに左半身でぶつかっていました。その時に紐を切ったのですから、左利きの可能性もあると思います」
アレクシアはうなずいて、男の去った方角に足先を向けた。
「行こう」
「はい!」
***
「へへっ」
高く放り投げた巾着が、ちゃりちゃりと硬貨の擦れ合う音を立てて落ちてくる。両手で受け止めて、男はにやにやと笑った。
巾着はずっしりと重い。田舎の小娘がこんなに持っているとは意外だったが、今日の祭りのためにせっせと貯め込んだのかもしれない。
もう一度放り投げて、再び手で受け止めた瞬間だった。横から勢いよく頭をはたかれた。
「バカが! 浮ついてんじゃねぇ!」
「す、すまねぇ……」
痛む頭をさすりながら男は謝る。彼が兄貴分と慕うもう一人の男は、顔の痣を歪めながらさらに怒鳴った。
「そんなもん、いつまでも持ってたら足がつくだろうが。早く捨てちまえ!」
男はあたふたと袋の紐を解き、中から金を抜いた。
空っぽになった巾着を人目につかないところに投げ捨て、そそくさと街道に戻る。
「目当てはこれからだっていうのによ。つまんねぇことでしょっぴかれたらどうするつもりだ!」
あたりをきょろきょろと見渡しながら、彼らは町外れの小屋へと入っていった。
***
アレクシアたちが追っていた男たちを再び発見したのは、街の中を半周ほど探し回った後だった。
「いました!」
ルカが指さしたのは、間違いなく先ほどの男だった。板張りの扉をそっと開けて顔だけを出し、人目のないことを確かめてから、足早に立ち去っていく。
「あそこは何の建物ですか?」
男たちが出てきた場所は、民家には見えなかった。
漆喰を塗り込めた木造の壁に、茅葺きの屋根。何かを保管する倉庫か納屋のようだ。
アレクシアの顔がさっと青ざめた。
「……花火だ」
「え!?」
「祭りの最後に、豊穣への感謝と祖霊への祈りを込めて花火が打ち上げられる。その保管庫だ」
「花火……」
火を点けて打ち上げ、空中に大輪の華を描く花火。
その美しさは民衆に人気を博し、近年では祭礼の場にも用いられるようになった。
ルカも王家が主催する公式行事の際、フィナーレを鮮やかな花火が飾ったのを目にしたことがある。
アレクシアは静かに説明した。
「王都は何もかも最先端のものがそろっているのかもしれないが、花火の文化と製法の技術に関しては、都会よりも辺境地帯の方が進んでいる」
花火の起源は遠方に戦況を伝える連絡手段として用いられた火と煙、いわゆる狼煙であるからだ。
より複雑な内容を伝えるため、花火には様々な色彩が開発され、遠く離れた平原にまで届けるため、高く信号弾を打ち上げる技術が生み出された。
「もちろん、この村で保管している花火は軍事用ではない。先ほど言ったように、祭りを締めくくるために使われる観賞用の花火だ。だが火薬には違いないし、取り扱いが危険なのは言うまでもない」
「まさか……」
保管庫の鍵は壊されていた。
もともと関係者以外が立ち入ることはないだろうとの油断もあり、さほど頑丈な施錠をしてはいなかったらしい。
倉庫の中は特製の棚が設置され、球状や筒状の花火が整然と並んでいた。
特に荒らされた形跡はなかったが、先ほどの男たちが何もせずに出ていったとも思えない。
慎重にあたりを見回していったアレクシアは、一番奥の棚の前に片膝をついた。棚の下部分をのぞきこんで、愕然とする。
「……持ち出されている」
棚の奥には不自然なすきまが空いていて、一部の花火が無断で持ち去られたことを物語っていた。
「アレクシア様。ここにある花火は軍事用ではないとおっしゃいましたね」
「そうだ。観賞用に美しさを追求した製法で作られているから殺傷力は低い。戦場で爆弾として使えるほどの威力はないが、火薬の詰まった火工品であることは間違いない。こんな街中や人混みで暴発すれば死傷者が出る可能性はある」
静かな声音の中に含まれた焦燥を感じ取って、ルカはかえって冷静になった。
この倉庫を立ち去っていった男たちの様子を、頭の中で回顧する。
「……先ほど出て行った者たちは、一見して手ぶらのようにも見えるほど軽装でした。服の中に花火玉か筒を隠していたとしても、ごく少量ではないでしょうか?」
「そうだな。この隙間を見ても、持ち出したのは一つかせいぜい二つかだろう」
ぱっと見ただけでは、倉庫に目立った異変はない。
アレクシアたちは先ほどここを出て行く男たちを目撃したが、そうでなければ侵入者があったことはすぐには気がつかないだろう。
「一つか二つならば、大がかりな犯罪に用いるつもりはないのではないでしょうか? 通りすがりの少女の服を切って所持品を盗むような小悪党です。倉庫への侵入と花火の窃盗も、金品が目当てと言っていいのでは?」
「確かにそうだ」
戦闘に使用するような爆弾などそう簡単に手に入るものではない。
威力の強い火薬も一般には流通していないから、手ごろな代替品として花火を狙ったのだろう。
逆に考えれば、犯人は本物の爆弾を入手できるほどの立場にはないということ。民間人の枠を出ない、小物の悪党なのだろうと想像がつく。
持ち出した数が少ないことを考えても、大がかりなテロ行為に及ぶつもりはないはずだ。
「この祭りの中で、盗んだ花火を使って金目のものを強奪するとしたら、どう使用するのが効果的でしょうか?」
問われて、アレクシアはざっと村の風景を回顧した。
祭りのために飾り付けられた街道には、さまざまな屋台や出店がにぎやかに並んでいた。
飲食物を中心に、雑貨や工芸品、手作りのアクセサリーに染め物に編み物。
しかしどれも手ごろな価格帯のものばかりで、高額な品を扱った店はない。
いずれかの店を狙って売り上げ金を奪ったところで、そう大きな利益にはならないだろう。
しかも、周囲には人目も多い。祭りは年々人気を増しており、今年もたいへんな人出でにぎわっている。
これだけ多くの見物客でごった返している中では、露店から金銭を盗んだとしても、通行人に目撃されてしまう可能性が高い。
「どこかの店を狙うのではないとしたら……」
青玉の瞳が、なだらかに伸びる丘の上へと視線を向けた。
「……教会、かもしれない」
「教会ですか?」
「この村には歴史的な教会がある。建物は古く、かなり老朽化していたらしいが、私の父が陞爵された時、新たに改装したのだ」
王家から下賜された祝い金を投じたこともあり、朽ちかけていた教会は再び壮麗に生まれ変わった。
たとえば銀の燭台ひとつ、金の鐘ひとつ、アンティークのランプひとつ盗むだけでも、かなり高値で売りさばくことができるだろう。
どこかしらの露店を狙うよりも、ずっと実入りはいいはずだ。
「行きましょう!」




