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【受賞・書籍化】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚れする  作者: 朝森さな
【本編】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚する

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第137話 ヘルミーネの末路(2)

 孤立したヘルミーネが寄生しようとした先は、ルカだった。

 

 ヘルミーネはこの期に及んでなお、自分は母としてルカに愛情を注いだ──と強固に主張し続けた。


 だから自分の今後の生活の保障をしろ、親孝行するのは当然の義務だ、とわめきたてたのだ。


 どこまでも面の皮の厚い要求だが、これについてはルカは取り合わなかった。無視した、といってもいい。


 ヘルミーネはルカから搾取さくしゅすることしか考えていないのだから、話し合いなど不毛でしかない。


 相手にするだけ時間の無駄だし、いくら話し合ったところで一方的によりかかられるだけだ。


 世の中にはどれだけ誠実に対応しようが、性根が変わらない人間というものは存在する。

 

 周囲はルカが情に流されないかと心配したようだが、ルカとてそこまで愚かなお人好しではなかった。


 やかましく援助と保護を要求する元継母に対し、ルカははっきりと絶縁を言い渡し、面会を拒否した。


「ルカ、いるんでしょう? 出てきてちょうだい! もう一度話し合いましょう!」


 ヴァルテン家の壮麗な門前で、ぎゃんぎゃんと吠えたてるヘルミーネ。


 再三ルカと会いたいと希望したものの、どんなに申し入れてもなしのつぶて。何の返答もないことにいら立った彼女は、業を煮やして男爵邸にまで乗り込んできたのだ。


 しかし、ついこの間までヘルミーネが女王のように君臨していた絢爛な豪邸は今、厚い門扉を頑として閉ざし、彼女の出入りを厳然と拒んでいた。


「通してちょうだい! 私はこの家の女主人よ! 息子に、ルカに会わせて!」

「お帰りください。あなたはもうこの家の主ではありません」


 柵の奥から冷淡に告げたのは、見慣れない中肉中背の男だった。


 リートベルク家に仕える従者で、アレクシアの立てた代理人だという。


「代理人? どうして他人が来るの!? 私はルカと直接会って話がしたいのよ!」

「あなたがそのような態度だからですよ。ルカ様は私たちのお嬢様の夫となられる方。不審者と引き合わせることはできません」

「ふ、不審者ですって……!? 私はルカの母で──」


 ヘルミーネは愕然としながら、すっかり傷んだ髪を逆立てた。


「ルカ様は二度とあなたにお会いになりません。あなたにルカ様を息子と呼ぶ資格はないと、裁判の時にも言われたはずです」

「そ……そんな……ひどいわ……!」


 大富豪の妻として、ずっと一流の品々に囲まれて暮らしてきたヘルミーネだが、今となっては美しいドレスの一着も、高価な宝石の一顆いっかも持ってはいなかった。


 贅を極めた豪邸にはもう住めない。


 夫に離縁され、実家からも見放され、社交界では夫を裏切ったふしだらな女だと後ろ指をさされている。


 財力を鼻にかけてずっと周囲を見下してきたせいで、こんな時に助けてくれる友人の一人さえいない。


 どこにも行き場がないのに、どこにいても針のむしろという、八方ふさがりの状態だった。


「こんな仕打ち、あんまりよ! 私はいったいこれからどうやって生きていけばいいの!?」


 代理人の男はゆっくりと息を吐いて、言い聞かせるように告げた。


「もちろん、自分で働くのです」

「じ、自分で? 働く……!?」


 言われた内容が理解できなくて、ヘルミーネは目を白黒させた。


「働くなんて卑しい平民のすることじゃない! そんなのこの私にできるはずがないわ!」

「卑しいと思うことは自由ですが、労働はごく普通のことです」


 自らの畑を耕し、額に汗して労働にいそしみ、日々のかてを得る。


 ごく当たり前のことだ。みんなそうやって懸命に生きている。それを卑しいと恥じる方が間違っているのだと、代理人は淡々とヘルミーネをさとした。


「ああ、ですが……確かにあなたの場合は大変でしょうね。何しろ平民のように働けば暮らしていけるというわけではないのですから」

「ど、どういうこと……?」

「お忘れなのですか? 大切なご子息に課せられた、多額の賠償金のことを」


 ただの平民であれば、真面目に働きさえすれば生活していける。


 家族と笑い合い、友人と親しみ合い、仕事仲間と助け合い、余暇を楽しみながら充実した日々を送ることができるだろう。


 だが、ヘルミーネは違う。


 彼女の一人息子のマティアスは、有罪判決を受けて懲役刑に処されている。


 ルカとアウグストはマティアスと赤の他人だと認められたが、ヘルミーネとマティアスは間違いなく実の親子だ。


 マティアス一人では一生かかっても払いきれないであろう巨額の賠償金は、母であるヘルミーネも連帯責任を負う。


 ヘルミーネの実家であるシェンバッハ伯爵家も賠償金の負担を命じられて応じたが、一部であって全額には到底満たない。


 残債はマティアス本人およびヘルミーネの二人にのしかかることになる。


 今後ヘルミーネが得た収入は、強制的に息子の賠償金に充当される──ということだ。


「……な、なんてこと……!」


 ヘルミーネはわななきながら目の前の柵を強くつかんだが、鋭利な柵はびくとも動かず、代理人の男に手は届かなかった。


「ルカに……あの子に会わせて! 助けてほしいともう一度頼むわ。マティアスの賠償金を肩代わりしてほしいとルカに──」

「ルカ様は金輪際あなたがたとは関わりません。相続されたヴァルテン家の資産を、あなたの生活費やご子息の賠償金にてることはなさいません」


 代理人の男は淡々と、ルカからの伝言を告げた。


 どれほどの年月がかかっても、たとえ一生を費やしても、地道に働いて金を捻出するように。


 それがマティアスの犯した罪に対する慰謝であり償いだ──という趣旨だった。


「こんな……こんなことって……!」


 働くことなど屈辱でしかないのに、働かなければヘルミーネは生きていけない。


 しかもどんなに慣れない労働に励んだところで、すべて息子の贖罪しょくざいのために巻き上げられてしまう。


 ヘルミーネは泣きながら、アレクシアをなじる言葉をありったけ叫んだ。


「こんな非道な取り立てをするなんて、リートベルクは鬼よ! 悪魔よ! 私から何もかも奪って楽しいの!?」

「リートベルクは関与していませんよ。収容所は国の営む施設ですから。再建にかかる費用の全額を負担するのも、あなたがたに賠償金を請求するのも王家です」


 静かに言う代理人の言葉にヘルミーネは打ちのめされたが、すぐに顔を上げると、


「そうだわ、あの男! マティアスの本当の父の居場所を教えてちょうだい!」


 そう、いいことを思いついたとばかりに膝を打った。


「辺境伯令嬢はあの男の所在を知っているんでしょう? マティアスの実の父親なんですもの! ちゃんと責任を取ってもらわなくっちゃ!」


 もう顔も名前も思い出せないが、美男だったことは覚えている。二十年経っても、きっと悪くない容姿をしていることだろう。


 結婚して家族がいるかもしれないが、そんなことは関係ない。


 妻子がいようが追い出して、ヘルミーネが妻の座に収まればいい。そして彼に養ってもらうのだ。


 彼の子供を産んだ自分にはその権利があるはずだ──とヘルミーネは期待に胸をはずませた。


「早く教えろと言っているのよ! あの男はいったいどこに住んでいるの? 言いなさい!」

「……本当にアレクシアお嬢様が予想した通りの要求をなさるのですね……」


 あきれてものも言えない、といった様子で、代理人の男はつぶやいた。


「教えるはずがありません。情報提供者の安全を守ることは当然の義務です。正直な証言をしてくれたことに感謝こそすれ、証人を危険にさらすような真似は決していたしません」

「はぁ!?」

「アレクシアお嬢様からの言伝ことづてです。──"これがあなたのしてきたことの結果だ"」


 "これがあなたの生き方の報いだ。元男爵夫人。

 あなたの不実で非道な行いが、この結末を招いたのだ──"


 もしもヘルミーネが妻としてアウグストに貞淑であったなら。

 継母としてルカに優しく接していたなら。

 実母としてマティアスを甘やかさず育てていたなら。

 伯爵である兄と良好な関係を保っていたなら。


 こんな末路を迎えることはなかった。


 何もかもヘルミーネ自身の行いが招いたこと。すべてが身から出た錆なのだ。


「……!」


 ヘルミーネに深く突き刺さったその言葉は、絶望と同じ色をしていた。

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