第128話 二人の王子(2)
ルカはリュディガーの眉目秀麗な顔立ちを、真っ向から見つめた。
「リュディガー殿下。殿下が先ほど、王太子殿下は既婚者だからこそまずいと言っておられたのは……」
「ご自分が幸せな結婚生活を送っておられるからだ。最近の兄上は以前にもまして、私も早く身を固めろとしつこい。義姉上とアレクシアはきっと仲良くなれるだとか、私の結婚式では祝辞を読むつもりだとか、絶対に泣いてしまうから今から練習しておくだとか……。もうやめてほしい……。私には婚約者すらいないというのに……」
王太子夫妻が円満なのは喜ばしいことだが、おかげで兄のお節介には磨きがかかってしまった。
リュディガーはほとほと疲れた様子でぼやきながら、兄を説得にかかる。
「結婚なら兄上がしているのだからもう充分でしょう? 義姉上とは仲睦まじくお過ごしではありませんか!」
「そうだ。私とベアトリスは睦まじく過ごしている! だからおまえにもこの幸福を知ってほしいのだ!」
ベアトリスとはエドガーの妻だ。結婚前の名はベアトリス・クララ・アーレンブルク公爵令嬢。二年前にエドガーと正式に婚約し、昨年結婚して王太子妃となった。
「私はおまえに幸せな結婚をしてほしいのだ、リュディガー!」
熱く訴えるエドガーの勢いに押されて閉口するリュディガーを、アレクシアが促した。
「リュディガー。いい加減に本当のことを言ったらどうだ」
「おい、やめろ馬鹿」
リュディガーが焦った様子で止めた。
脇でエドガーが「リュディに馬鹿と言われるなんて羨ましい……」と羨望の目を向けている。
「黙っていてくれないか、アレクシア。君には関係ない」
「ここまで巻き込まれている時点で関係なくないだろう。言わないなら私から伝える」
アレクシアはリュディガーの制止を振り切って、エドガーの前に進み出た。
「エドガー殿下。リュディガーが結婚しようとしないのはそう思える相手がいないこともありますが、一番はエドガー殿下のためです。リュディガーは自分が後継者になる道を閉ざしたいのです」
「なっ……! そうなのか、リュディ!?」
リュディガーは黙り込んだが、否定しないということはほぼ認めたも同然である。
「エドガー殿下とリュディガーは年齢も大差なく、母方の公爵家の後ろ盾もほぼ等しい。結婚相手の権力によっては、リュディガーは兄君をしのぐことができてしまうのです」
「しのいでもらってかまわないのだが……」
「リュディガーはそう思っていません。娘をリュディガーに嫁がせようと画策する貴族たちは、あわよくば外戚としてリュディガーを担ぎ上げ、王太子の交代を謀ろうとするでしょう。それはリュディガーが最も望まないことなのです」
リュディガーは観念したように、言葉を紡いだ。
「……兄上と義姉上にはまだ御子がおられません。私の結婚で妻の実家が力を持つことも看過できませんし、万が一にも私に先に子ができて、兄上の血統をおびやかしてしまうこともあってはなりません」
「私はおまえの子なら喜んで世継ぎに擁立するが」
「いけません。国が乱れるもとです。兄上が王となり、次代はいずれ生まれる兄上の御子が担う。それが最も望ましいのです。ですから少なくとも兄上が即位されて治世が安定するまでは、私は結婚などする気はありません」
「そんなのいつになることか……!」
双方譲らぬかまえで、第一王子と第二王子は火花を散らす。
弟の幸福を望む兄と、兄の王位を盤石にしたい弟。
揉めているのかいちゃついているのかわからない争いに、ルカは思わず顔をほころばせた。
「エドガー殿下とリュディガー殿下は、とても仲良しでいらっしゃるのですね」
「仲良し……?」
「はい。お互いを深く思いやっておられて感動しました。僕は弟と……本当は弟ではなかったのですが弟だと思っていた頃も含めて、一度も仲が良かったことがなかったので、お二人が羨ましいです」
「君の場合は相手が悪いな。あれと仲良くできる兄はいないだろう」
エドガーはしみじみとルカをねぎらった。
マティアスのことは法廷での姿しか知らないが、高慢で厚顔無恥な彼のふるまいから、ルカの積年の苦労を想像するのはたやすかった。
「あのような短慮な弟なら私も無理だ。男爵夫人も非常識が服を着ているような人間だったが、あの二人が継母で弟だったとは想像を絶する。君は実によく耐えてきたと思うぞ」
「はい。短慮と言えば、以前リュディガー殿下もマティアスの短慮な行いをたしなめられたことが……あっ……」
「どうした?」
「いえ。昨年のパーティーでマティアスが婚約を発表して、リュディガー殿下にお叱りを受けたことを思い出したのですが……」
王宮で派手に婚約を披露し、真実の愛とやらを宣言して酔いしれていたマティアスとナターリアは、リュディガーから厳しく咎められた。
しかし、考えてみれば王宮での婚約発表はあの二人が最初ではない。
その前年に、王太子エドガーと公爵令嬢ベアトリスが大々的に婚約の成立を発表し、王侯貴族一同から万雷の祝福を受けたのだ。
マティアスたちは王太子夫妻を剽窃したに過ぎない。身分の違いも理解せず、無許可で行ったというのが大問題なのだが。
「あの時、リュディガー殿下がマティアスを糾弾されたのは……いえ、マティアスたちのしたことは咎められて当然なのですが、殿下をより怒らせた理由は、王太子ご夫妻の婚約発表の猿真似だったからではありませんか?」
「ヴァルテン男爵令息とクレーフェ伯爵令嬢の婚約発表の件は後から聞いた。まぁ不遜ではあるが、若気の至りだろうと気にしていなかったのだが……リュディがそんなに怒っていたのか? うちの氷の貴公子が? それは見てみたかったな……」
エドガーは羨ましそうに言った。この王太子は少々、弟から罵られることに憧れすぎている。
「王宮を舞台にした婚約発表は、王太子殿下と妃殿下だからこそふさわしかったのに、マティアスたちが分不相応にもお二人を模倣するような真似をしたから……だからリュディガー殿下は許せなかったのですね」
「君は勘がいいな、ルカ・ヴァルテン……」
リュディガーは苦々しそうに認めた。
「そうだ。兄上と義姉上の思い出を真似るような行動が許せなかったし、考えなしに持てはやす周囲にも腹が立った。あの後には王族の入場も控えていたしな。兄上たちの目に触れる前に早急にやめさせたいと思った」
ルカは朗らかに笑んだ。
ヘルミーネやマティアスが法廷で再三口にしていた「腹違いでも仲良く育った、たった二人きりの兄弟」
彼らの口から出た時はただの薄っぺらい戯れ言にしか聞こえなかった言葉は今、目の前の二人の王子を形容するのにふさわしい、実のある言葉に感じられた。




