第115話 口頭弁論(2)
ざわつく空気を気にすることもなく、ヘルミーネはマティアスの無実を声高に主張した。
「わかっていただけましたわね? 息子に悪意はなかったということを! この子はただ兄に会いにリートベルクに行っただけで、監獄の襲撃には何も関与していませんわ!」
「話になりません」
強く否定したのはアレクシアだった。
本当にルカに会うことだけが動機なら、本物のヴァルテン家の騎士たちは問題なくマティアスに付き従っただろう。
「兄に会うために、なぜ傭兵を騎士に偽装する必要が? 監獄を襲撃して囚人たちを脱獄させる必要が? グルナート王国秘蔵の爆薬を持ち込んで、我が領を危険にさらす必要があったというのですか?」
すべて訴状に記した内容だが、こうして言葉にして羅列すると怒りがこみ上げてくる。
「だから、それらはすべて嘘なのですわ! すべて卑しい傭兵たちが勝手にやったことです! マティアスは悪くないの。この子に責任はありません!」
ヘルミーネがヒステリックに叫んだ。
(素直に認めるはずがないとは思っていたが……想像以上に話にならないな……)
アレクシアは長い息を吐く。
この剣幕からすると、傭兵たちに相当の金をつかませたことは想像に難くない。
彼らには捕まってもマティアスの名は吐かないことはもちろん、自分たちの独断でやったと供述することさえ誓わせているらしい。
「傭兵たちの証言だけで男爵令息の無実は証明できません。こちらにも証人は大勢います。我々も我が家の騎士たちも、みな令息の暴挙を目撃しています」
「騎士だと!? あんな犯罪者くずれの連中のどこが騎士なんだ!?」
マティアスは思わず立ち上がって声を荒げた。
丁重にへりくだる行儀のいい騎士たちしか知らなかったマティアスにとって、リートベルクの屈強すぎる騎士たちは、騎士のカテゴリーから大きく逸脱していたらしい。
他国の傭兵団の刺青をたやすく読み解き、自分たちもタトゥーだらけの異様な風体をしたユリウスやクラウスやマリウスたちは、マティアスの目には自分が雇った悪名高い傭兵たちよりも、よほど恐ろしい凶悪犯罪者に見えたようだ。
「リートベルクに所属する騎士たちは、我が家を通して王家に仕える身でもあります。偏見で愚弄するのはやめていただきたい」
射るように鋭くマティアスを制したアレクシアは、その苛烈な眼光をヘルミーネへと向けた。
「ヴァルテン男爵夫人。私とて冗談や酔狂で訴訟を起こしたのではありません。ご子息は先ほど王家を象徴する真珠の前で、必ず真実のみを述べると誓約したはず。にも関わらず、このまま見苦しい否認を続けると言うのなら……」
アレクシアの唇に力がこもる。
静かな覇気に揺れる髪は、まるで燃えあがる漆黒の火焔のようだった。
「──徹底的に戦います」
法廷に緊縮が走った。
アレクシアの威厳に気圧されて、傍聴人たちも思わず姿勢を正す。
「……っ……!」
ヘルミーネは一瞬、たじろいで泡を飲んだが、すぐに不服そうに原告席を睨みつけた。
「……賠償金を……支払えばいいのでしょう?」
「賠償金?」
「最初からそれが目的なのでしょう?! 辺境の貧乏田舎貴族が、我が家の財産めあてにこんな裁判など起こして! 私たちを強請ろうというのでしょう!?」
貧乏田舎貴族だとか、財産目当ての訴訟だとか、とんだ言いがかりである。
先ほどの「盗人たけだけしい」などの発言含め、偽証罪には当たらなくとも、侮辱罪には該当するのではないだろうか。
ヘルミーネはアレクシアのとなりに立つルカを、憎々しげに指さした。
「そこにいるルカが唆したのでしょう? 下賤な傭兵たちからは金を取れないからと! たまたま居合わせただけのマティアスに罪をなすりつけて! 我が家から賠償金を掠め取ろうというのね!」
がなり立てるヘルミーネは、とにかくマティアスの関与は全面的に否認する構えらしい。
「監獄の襲撃は傭兵たちが勝手にやったこと」「マティアスはただ兄に会いに行っただけ」「ルカが辺境伯家を教唆し、男爵家の財産の奪取を企てている」……というのがヘルミーネの主張ということだ。
どこから反論したらいいか枚挙にいとまがないほどに、どこもかしこも穴だらけのお粗末さであるが。
「ルカ! あなたを慕う健気な弟に、どうしてこんなひどい仕打ちができるの!? ここまで育ててやった恩も忘れて、家族を破滅させようとするなんてひどすぎるわ!」
マティアスもルカをなじる時だけは生き生きとする男だったが、母親も同じだ。
何しろ二十年も近くもの間、息を吐くようにして見下してきたのだ。マティアスよりも年季が入ったヘルミーネの罵倒ぶりは、悪い意味でさすがの貫禄である。
「私たちにいったい何の恨みがあるというの? いい加減にしてちょうだい、ルカ! この恩知らずが!」
聞いているだけで悪酔いしそうになるほど、たっぷりと毒気が含まれた唾罵だった。ヘルミーネはすがるような目でアレクシアを見上げると、
「リートベルク辺境伯令嬢、お気づきになってください! 真の裏切り者はあなたのとなりにいるということを!」
と、法廷中に響きわたるほどの大声で指弾した。
「辺境伯令嬢は騙されているのです! ルカは自分が庶子で我が家の後継者にはなれないからと、あなたに取り入ったのですわ!」
こちらもどこかで聞いた気がする話である。
──悪いのはルカだ。自分は被害者で、何の非もない。ルカの奸計に嵌められたのだ。
アレクシアもルカに謀られている。自分は誤解を解き、真実を知らしめ、あなたを救いたいだけなのだ──
ひたすら他責的で、とことん自己弁護に走る上に、恩着せがましさも兼ねそなえた不快な弁論術は、息子のマティアスがよく披露していたものだ。
いや、ヘルミーネの方が元祖で、本家本元と言っていいのだろう。
「私はあなたのために言っているのです! 目を覚ましてください、辺境伯令嬢! ──ルカは血だけでなく、性根までも卑しいのだから!」
あくまでも「あなたのため」をくり返すヘルミーネに、アレクシアはこれまででもっとも瞋恚に駆られた顔を向けた。
「……いい加減にしろと言いたいのはこちらです、男爵夫人。今の発言は──」
「アレクシア」
婚約者に対する侮辱に訂正と撤回を求めようとしたアレクシアを、ルカは静かに制した。
「気にしないで、受け流して。この裁判の目的はマティアスの罪を問うことだ。僕への個人的な攻撃はどうでもいいから」
アレクシアにとってはどうでもよくない。
だが、ヘルミーネのでたらめな誹謗中傷をいちいち取り合っていてはきりがないのは確かだ。
ルカに対する「育ててやった恩」とやらの実態が、虐待からの追放でしかないことも、アレクシア個人としては洗いざらい追求したいところだが、今回告訴した内容の主旨とは逸れてしまう。
ヘルミーネが素直に認めるはずもない話を、今ここで深追いしたところで水かけ論にしかならない。
「あんな言葉は僕を少しも傷つけない。君が心を乱される価値なんてないよ」
涼しい顔で言うルカに宥められて、アレクシアは深く呼吸をすると、被告席に向き直った。




