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こちらは〈学園艦〉ながと、わたしの法を探しています  作者: でまちやなぎ


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第五話 コートの争いは、コートで解決 ③

「風紀委員さん! あの赤髪の子が私を殴ってきたんです! 早く捕まえてくださいっ」


 ツインテールは先ほどまでのイヤミったらしい態度から一転、明らかに被害者ぶり始め、ぶりっ子らしく恋人に対するような猫なで声で風紀委員にアピールした。しかし、川端と名乗った風紀委員の方もそうやって被害者ぶった態度をとる連中は多々見てきたようで、特に同情することもなく、周囲にツインテールが言ったことが正しいか確認を取った。


「この人話を盛ってます! 殴られてないのに殴られたって言ってる! 嘘つきは泥棒の始まりなんだよ。あっ、でもあんたは泥棒が先か」


「江坂さんはその人を殴ってはおりませんわよ。殴ろうとしただけです」


「……こ、言葉のあやというやつです。でもウチ、本当に怖くてぇ」


 私の方を一瞬だけきつく睨み、ツインテールは風紀委員の腕に縋りついた。川端委員は困惑しながらゆっくりとツインテールを振り払い、


「このまま捕まえても証拠不十分ですよ。それに、暴行未遂罪は刑法上存在しません。……ところで、この酷い有様はどういうことですか。まるで泥棒が入ったようだ」


と辺りを見回した。ツインテールと取り巻きは川端委員から目を背ける。先ほどまでは威勢が良かった彼女たちも、それが泥棒になるかどうかはともかくとして後ろめたいことをしているという自覚はあったようだ。


「そう! まさに泥棒なんです!」


 軟式部の先輩が久方ぶりに口を開き、川端委員に事のあらましを説明し始めた。今までは私たちばかりがツインテールと口論していたけれど、私たちは軟式部に体験入部に来ただけの新入生にすぎないことを忘れてしまっていた。


「……なるほど」


 軟式部の先輩による説明と、それに対して時々反論を加えたり自分にとって都合の良い事実を付け加えようとしたりするツインテールの話の両方を聞くと、川端委員はすぐに宣告した。


「硬式部の皆さん。直ちにかごを軟式部に返還しなさい」


「ちょっと、話聞いてました? あのかごは私たちの所有物で……」


「かごが硬式部の所有物であっても結論は同じです。あなた方の行為は窃盗罪に当たるおそれがあります。これは警告です」


 ぴしゃりと言い放った川端委員に対してツインテールは押し黙るしかなかった。しばしの沈黙のあと、


「……かごを持ってきなさい」


と取り巻きに命じて取りに行かせた。それでも自分が動く気は全くないらしい。


「バカバカしい。一旦はあんたたちに返すけど、すぐに硬式部から返還請求をさせてもらうわよ。なんでこんな無駄なことしないといけないわけ?」


「窃盗罪の保護法益は所有権ではなく占有と解されていますので。似たようなクレームをつけてくる方がたまにいらっしゃいますが、同じように説明しています」


 ツインテールはあっという間にぶりっ子仕草をやめ、川端委員に聞こえるようにわざと大きな舌打ちをした。もちろん川端委員はどこ吹く風だ。


「保護法益って?」


 イチョウが問うと、川端委員は丁寧に説明してくれた。


「例えば、殺人罪はなぜ存在するのかといえば人の生命を守るためですよね。ここでの『生命』のことを保護法益というのです。要はその法律が守ろうとしているもの、ですね」


 読んで字のごとくとも言えるかもしれない。どんな法律にも必ず何かそれを通じて守りたいものがあるから定められているのであり、それを保護法益という四字熟語で示しているにすぎない。


「そして、窃盗罪の保護法益は『占有』と申し上げましたが……占有とは何か、から説明が必要ですよね」


 川端委員は床に転がっていた黄色の軟式ボールを私に手渡した。


「このボールが江坂さん、あなたの持ち物だとしましょう。これが『所有』。このボールを自由に使えます。そして今、あなたはこのボールを現にその手で持っていますね。これが『占有』」


「……はあ」


 所有と占有が微妙に違うことはなんとなく分かるけれど、それ以上の理解が進まない。頭の上にはてなマークを浮かべていると、川端委員はひょいっとボールを私から取り上げ、驚きの声を上げる暇もなく続けて言った。


「ところが突然、どこからともなく現れた私にこのボールが盗まれ、持ち去られてしまいました。この場合でもボールの所有権は当然、江坂さんにありますよね。しかし、占有は私に移りました。この例から分かるように、占有というのは物に対する現実的な支配のことなんですね」


「あっ、何となく分かってきたかも! もしかして、窃盗罪って今あるその状態自体を守ろうとしているんじゃない!?」


 横からイチョウが口を挟んできた。今あるその状態、つまりそれは今現在の占有状態ということになるのだろう。


「そのとおりです、勘が鋭いですね。『窃盗罪の保護法益は占有である』という立場に立つと、その物について所有権を有していなくても、現に今それを持っているという状態を法は守ろうとしているという結論になります」


「待ちなさいよ、そんなの変じゃない。所有権がなくてもいいんでしょ? それこそ泥棒が盗んだ物を取り返そうとしても窃盗罪になっちゃうじゃない。取り返して何が悪いのよ」


ツインテール、あんたも泥棒の側では……というツッコミは一旦おいておくとして、彼女の話にも一理ある。自分が所有している物なのだから、他人に取られたら取り返せるのは当たり前じゃないのか。


「悪いですよ。そのような取り返しを認めると弱肉強食の世界になりますから。何のための〈法〉なのですか」


「わ、私が悪いって!?」


「あっ……そうか。取り返そうと思うなら民法とかにしたがって返還請求をするべきで、実力を行使するのはダメだ、ってことか」


つまり、刑法や民法を含めた〈法〉というものの全体のバランスを考えて、このような場合も窃盗罪に当たることにしたということだ。刑法と言われると刑法だけを見てしまうものだけれど、他の法律も意識しないといけないのは、〈法〉の一部である以上当然だ。


「ええ。『自力救済』は原則として許されません」


 川端委員のレクチャーが終わったのとほぼ同時にツインテールの取り巻きが件のボールかごを持ってきて、


「ほら。これでいいんでしょ」


と軟式部の先輩に投げつけるようにして渡した。先輩はかごを拾い上げると、絶対に離すまいと抱えた。しかし、ツインテールは予定通りの行動をする。


「さあ、そのかごは私たち硬式テニス部の所有物なので返しなさい。これなら文句ないんでしょ?風紀委員さん」


「そのかごがあなた方の所有物ならば、ですがね」


「硬式部のものに決まってるじゃない。さあ、早く……ねえ、私さあ、そうやって無駄に粘ろうとする人のこと大っ嫌いなんだよね。早くそれ、渡してくんない?」


「嫌。これは軟式部のものだから」


「はあ、何なの、あんたたち。カスみたいな練習してると思えばカスみたいな成績出して、おまけにそのカスみたいな態度! 無駄なの、無駄。あんたたちの行動は全部無駄なのよっ!」


 軟式部の先輩と彼女を守ろうとするイチョウの周りをツインテールの取り巻きたちが取り囲み、一斉に罵声を浴びせ始めた。とてもではないけれど、これがお嬢様御用達のスポーツであるところのテニスプレイヤーとは思えなかった。下手くそだのカスだのと、口に出すのもバカバカしいくらいにくだらない悪口だ。こういう時こそミヤさまがビシッと……。あれ、ミヤさまは?


「待ってください。そのかごは硬式部の所有物とは言えませんわ」


 いつの間にか倉庫の奥の方へ行っていたミヤさまが戻ってきて、一枚の領収証を示した。そこには、購入者として女子硬式テニス部と女子軟式テニス部が連名で記されていた。川端委員はそれを受け取ると、少し考え込んで言った。


「ふむ。どうやらかごは硬式部の所有物とは言い切れないようです。当時の関係者は既に卒業しているでしょうから正確には分かりませんが、共同で買ったということは、おそらくあのかごは両部の『共有物』なのではないですか」


 領収証の持つ意味を冷静に評価してみせた川端委員に対し、ツインテールはもはや怒りすら隠さない。


「は、はあ!? 軟式部との共有? なんでウチらがあんなヤツらと仲良く半分こ、なんてしないといけないのよっ! ウチらはインターハイに出るの! あんたたちが持ってたって意味ないのよ!」


「そうですか。ならば、方法は二つです」


 この場にいる全員の注目が自分に注がれたのを確認すると、川端委員は淡々と説明した。


「一つ目。共有物を単独所有にするには、共有者である軟式部と硬式部の双方の同意が必要です。何とかお互い納得できるまで話し合ってください」


「軟式部と話し合い?そんなのするわけないじゃない」


「なら、二つ目。学園艦審判所に審判を仰ぐことですね。解決までにおそらく数ヶ月以上はかかりますが」


「す、数ヶ月!? そんなの間に合わないわよっ」


 間に合わないとは一体、何に間に合わないのだろう。それにしても学園艦審判所の審判手続は時間がかかりすぎでは……?まあ、数百件に及ぶという事件を審判員数名で回していると言うし、仕方ないのだろうけれど。


「でしたら、お互い納得できるまで話し合うことですね。風紀委員は民事不介入ですから、協力はいたしかねますが」


 ツインテールはぐぬぬと唸り、取り巻きたちとコソコソ相談し始めた。どこまでいっても陰湿な連中だ。

数分後、ツインテールは自信満々に軟式部の先輩に進み出て、ある提案をした。


「ねえ。この際、テニス部らしくテニスで決着をつけましょう」


「……そうね。硬式部には散々やられたし、ちょうどコテンパンにしてやりたいと思ってたところ」


「えっ、やめときなよっ!言っちゃ悪いけど、インターハイ相手に軟式部に勝てる見込みなんてあるの?」


 私もイチョウに同感だ。たとえ軟式テニスをやるににしても、申し訳ないけれど、勝つ確率は高いとは言えないように思う。


「私たち軟式部は、今までも硬式部に同じように嫌がらせをされてきてたんだ。その間ずっと、我慢、我慢、我慢だった。でも今日、部員ですらない皆さんは私たちのために戦ってくれてる。もう我慢なんてしないし、したくもない。一泡吹かせてやりたいの」


 先輩の声は強大な敵を前に震えていた。けれど覚悟はとっくに決まっていたようだった。彼女は軟式テニス部を心から愛していて、そんな部を陰湿な連中から守ろうとしている。

 そしてそれはきっと、彼女の心の中では審判所で争うべきものじゃない。テニスプレイヤーの本能として、試合の勝敗で白黒をはっきりさせたいのだ。


「あはは、何をぐちゃぐちゃ言ってるの? まあ、そんなの無理だけどね。硬式部に逆らったらどうなるか、思い知らせてあげる。……硬式と軟式、どっちでやるか決めないといけないわね。風紀委員さん?」


「私が決めろということですね。では、コインの表が出たら硬式、裏なら軟式ということで、両部ともよろしいですか」


 両部の代表はともに黙ってうなずいた。川端委員はそれを目配せで確認すると、コインを高く空に投げた。

 硬式か軟式か、どちらでやるかによって有利不利が大きく変わる。もはや単なるギャンブルにすぎないんじゃないかと思ったけれど、売り言葉に買い言葉とはこのことで、両部ともヒートアップしてそのことは意識していないようだ。


「……表ですね。よって、試合は硬式のルールにしたがって行います」


「ふふっ、あはは!軟式部の皆さん、ごめんなさいね。でもウチら、手加減はしないから」


 軟式部にとっては絶望的な展開だ。かりに軟式だったとしても相手はインターハイに出るような選手で勝敗はせいぜい五分なのに、硬式というアウェーでの戦いを強いられる。けれど、先輩は自ら勝負に乗った手前、それを受け入れるしかなかった。

 テニスコートの争いはとうとう、コート(裁判所)ではなくコート(クレーコート)に持ち込まれることになったのだった。

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