第二章【六】圧倒的な魔族からの忠告
パプキアに魔力を補充してもらったあと、彼自作のポーションを貰った。
もちろん、MP回復のアイテムだ。
パプキアはすぐに召喚を解いたので、具現化に使う魔力も消耗していない。
(もうほんとチート感すごい……)
ごたごたしたあとなのに、ノアは魔力が満タンという状態である。
(ってことは。もしかしたら、召喚する『執事』によっては、かなり使えるんじゃないかしら)
そんな可能性に、ノアは瞳を煌めかせた。
ノアの基礎体力と精神、魔力がある程度固まれば、彼らの特性を活かしてかなり有利に魔術を扱えるようになるはずだ。
そんなことを考えてニマニマ笑っていると、ひょいとサイラスに抱き上げられた。
驚いて見上げると、すぐ近くにサイラスの顔がある。
「捕まっていろ」
バサリ、と人型のまま翼を広げるサイラス。
その翼、服のどこから出てるの? そんな疑問を飲み込む。
サイラスがあっという間に、鳥のように飛翔したからだ。
(ぎゃああああ!)
彼の首筋にしがみつく。
気がつけば、落ちたら即死は免れないほど上空にいた。
「兄上がいる場所を思い浮かべろ、意識を辿って向かう」
「心を読むってこと?」
「思い浮かべている光景を読むんだ、読心とは違うな」
それなら、とノアは頷いて、レイブランドの家の周辺の景色を思い浮かべる。
サイラスは、「わかった、あの湖の近辺か」と呟くと、ある方向に向かって飛び始めた。
「なるほど、兄上の気配が感じられないわけだ」
「うん?」
「あの湖の周辺は特殊でな。昔死んだ魔術師の魔力が残っていて、足を踏み入れた人々を迷わすんだ。あの辺は妙な感覚で、気配感知もできない」
「そうなの!?」
レイブランドの家に初めて訪れたとき、迷わないように言われたことを思い出した。
(アガーノも、変なところから来たわよね。魔術師は、湖を目標に転移してくるはずなのに……なんか、いきなり果樹のところで、道を聞かれて……)
まさかそんな理由があったとは、思いもよらなかった。
「その魔術師って、どうしてあんな山奥に、迷子になる魔術をかけたの?」
「さぁな、私が生まれる以前の話だ。私は最古と呼ばれる魔族より、ずいぶんと新しいから……。兄上ならば、ご存知かもしれないが」
「あっ、そうだ。サイラスって、本当に魔王なの? 魔族の王様?」
「もちろんだ」
サイラスが、ふふっと自慢そうに笑う。
王様といえばとても偉いイメージがあったので、移動する際はぞろぞろ共を付けていると思っていた。
そうノアが言うと、サイラスが苦笑する。
「王というのは、強さの階級だ。魔王は四人、それ以上でも以下でもない。私は公爵となってから、当時の魔王に勝利して魔王の階級を得た」
「喧嘩して買ったってことね」
なるほど、と呟いたノアに、サイラスは眉を下げた。
「喧嘩と言われると、なんだか弱々しく聞こえるな」
「違うの?」
「……違うような違わないような……まぁ、いい。そういうわけで、魔王だから必ずしも最古の魔族というわけではないのだよ」
最古の魔族というのは、この世に生まれた最初の世代のことだという。
ノアは、とりあえず頷いた。
なんだか分からないけれど、彼らには彼らのルールがあるようだ。
「そうだ、さっき村の人が魔帝がどうのって言ってたけど。口調からして、なんだか凄そうな感じで――」
「魔帝陛下は我ら魔族の真祖だ。そして、すべての魔族の頂点に君臨する、この世でもっとも強い方でもある」
やはり、魔王より魔帝のほうが階級が上らしい。
ノアは静かに息をついた。
(いつか会うことがあるかしら。……いいえ、きっと関わる機会さえ一生こないわ)
聞いただけで、住む世界が違うっぽい。
「ノア、少し急ぐぞ」
「う、うん、わかアアアアアアアア!」
これが少しならば、とても、はどのくらい早いのだろう。
首にかかる重力に命の危険を感じながら、ノアはジェット機のように飛ぶサイラスの腕のなかで、蒼白になるのだった。
◇
湖の畔に降り立つと、辺りは静まり返っていた。
レイブランドたちが戦っているかもしれない、と最悪の想像までしていたノアは安堵の息をつく。
いつも通り平和で、壊れたものもない。
(……あら? 鳥がいない)
湖には、いつも何かしらの鳥が泳いでいるのだが。
ノアはハッと辺りを見た。
(静か過ぎない……?)
普段何気なく過ごすなかで、自然と耳に入ってくる生活の音がない。
つまり、生き物の気配が感じられないのだ。
嫌な予感を覚えて、ノアはレイブランドの家に飛び込んだ。
リビングに、甲冑を着ていた男が椅子に腰をかけていて――今は男性用のチャイナ服のような衣類を纏っている――ノアを見るなり驚いた顔をした。
ノアはサッと辺りを見るが、レイブランドとアガーノの姿はない。
「……そなたは、もしや」
「あ、あの、さっきここにいた者なんだけど!」
男が口を開いたが、すべてを聞き終わるまで待てずに遮るように言った。彼は「そなたは、もしやさっきの女か」というようなことを言うとふんだノアは、自分で言うことで時短を目論んだのである。
しかし、男は目をまん丸にして「ああ、うむ」のつぶやいた。
(もしかして、別のことを言おうとしてた?)
もしそうなら、申し訳ない。
しかし、今は急ぎなので許して欲しかった。
「ここにいた魔術師二人はどこ?」
ノアは男に駆け寄りながら叫ぶ。
男は洗礼された優雅な動きで、奥の部屋を指差した。
彼を寝かせていたベッドがある部屋である。
「わしは、彼らと戦いたくなかったのじゃ。…ほら、わしってめっちゃ強いじゃん? すごいじゃん? あまり手加減ができぬしのう」
息を飲む。
(それって、どういう意味? ……まさか!)
レイブランドたちが襲ってきたから、不可抗力で攻撃した……そういう意味だろうか。
だとしたら、二人はどうなってしまったのか。
静まり返っているのは、すでに戦闘が終わったから?
物が壊れずに残っているのは、圧倒的力の差を前にレイブランドたちが敗北したから?
ノアは慌てて奥の部屋に向かった。
嫌な汗が流れて、呼吸が浅くなる。
「先生!」
叫びながらドアをひらく。
そこには、レイブランドとアガーノが着ていた服が落ちており……全裸の幼児が二人、それぞれ遊んでいた。
「…………え?」
長考の末につぶやくノア。
もしかしなくても、この二人はレイブランドとアガーノだろうか。
おそらく一歳半くらいの幼児――男の子――たちの髪の色からして、壁一面にラクガキをしているのがレイブランド。
床を転がりまくって遊んでいるのがアガーノだ。
「彼らとは言葉も通じぬし、とりあえず逆行させたのじゃ。偉いじゃろ? 無血開城(?)じゃ。褒めても良いぞ? ふっふ~」
ゆったりとノアを追ってきた男が胸を張った。大人を子どもの姿にした、そういうことだろう。
ノアもレイブランドの弟子になり、魔術について学んできた。しかし、こんな魔術は聞いたことがない。これでは、なんでもありの魔法の世界だ。
ドラゴンの姿になる魔族もそうだが、魔術師にはできないことばかりを見てしまって、ノアの感覚が麻痺寸前である。
(これが魔族……)
圧倒的な力の差に、ローリィの村で逃げ出した傭兵たちの気持ちが今更ながら理解できた。
「ねぇ、二人を戻せるの?」
「もちのろんじゃ。じゃが、また襲われたら次は手加減できぬぞ」
それは困る。
ノアは逡巡したのち、一人ずつ戻してほしいと伝えた。
なんとか、レイブランドとアガーノに、現状と魔族に悪意がないことを話そうと思ったのだ。
そのためには、レイブランドとアガーノは別々に説き伏せた方がいい。
間違えても二人で魔族に襲いかかるなんて、あってはならないからだ。
「よかろう、どちらから戻す?」
意外にも話の通じる魔族で、ノアの要望に快く応じてくれた。
そうして、無事にレイブランドとアガーノは元の姿に戻ったのである。
ノアは今日この時の恩を数十倍にして売りつけようと画策した。
魔族についての説明だが、アガーノはすんなりとノアの言葉を信じてくれた。レイブランドも最終的には信じてくれたものの、とんでもない量の小言を言われて、ノアはげんなりする。
そうして今、三人で部屋の中央で頭を寄せ合っていた。
二人が戻った時点でローリィの村についても話したが、今はレイブランドの家に訪れている二人の魔族をなんとかしなければならない。
「――ノア、本当に魔族の言葉がわかるのか?」
「はい。なんでですか?」
「知らんわ! 前代未聞だ。お前は何から何まで規格外過ぎて……あぁ……」
レイブランドは頭痛がするとでもいうように頭を抱えたりかきむしったりする。
二人を助けようと頑張ったのに、とノアは頬を膨らませた。
そんなノアの頭を、ぽんぽんと撫でてくれるアガーノ。優しいと思いきや、彼の表情は「こうすればよかろう? 満足だろう?」と言っている。どうやらノアに貸しを作ったことが心底不満な様子だ。
レイブランドが冷ややかにアガーノの手を払う。
「……いや、レイブランドに叩かれる理由がわからんのだが」
「触るな。ノアが穢れる」
アガーノが露骨に落ち込む姿を横目に、ノアが口をひらく。
「向こうは戦う気はないみたいですし、帰ってもらうというのは?」
「なんの要求もなく、か。そもそもなぜ甲冑姿で倒れていたんだ」
「さぁ。聞いてみますか?」
レイブランドは眉を潜めたあと、首を横に振った。
「余計なことに首を突っ込みたくない」
確かに。
その後、万が一戦闘になった場合の配置や手順、行動を話し合ったあと、居間に出た。
もしかしたら魔族たちはとっくにいなくなっているかもしれない。
そんな期待は、居間で和気藹々と二人の魔族が紅茶を嗜んでいる姿を見た瞬間に、ぺしゃんこになる。
どうやら、サイラスが茶器を操って紅茶を手ずから入れたらしい。
それ、レイブランドの家のやつだけども。
「ノア。無事に――むぎゅ」
「話し合いは終わったようじゃな。さすがノアじゃ。ふふ、ノアというのじゃろ? サイラスから聞いたぞ。なんとも可愛い名よの~」
口をひらいたサイラスの頬を押し、美貌の男が立ち上がった。
彼はレイブランドたちなど見えないというようにノアの前までやってくると、すっと身を屈めてノアの手を取る。
その甲に口づけた。
こんなふうに挨拶されることは久しぶりで、ノアは頬を引きつらせてしまう。
今のノアは公爵令嬢ではないのだから、こんな扱いをされる筋合いはこれっぽっちもない。
「あ、あの、私、ありがとうございます。ご挨拶が遅れましたが、私、ノアといいます」
「わしはジェイドリウスじゃ。気軽にジェイって呼んでおくれ」
「は、はい……え?」
ジェイドリウス。
つい今日聞いたばかりのその名前は、魔帝と同じものだ。
(まさか、この人が……魔帝? ええっと、まさかねぇ)
ジェイドリウスは穏やかに微笑んで、すっと優雅に立ち上がる。
「ありがとう、ノア」
「え、な、なにが」
「わしを助けてくれたのじゃろう?」
甘やかな微笑みが、ずいっと近づけられる。
絡め取るように柔らかな微笑に視界を奪われて、ノアは頬を染めた――などということはなく、げ、と小さく呟いて体を反らす。
魅了してやろう、という感情が手に取るようにわかってしまって、この男には気を許してはならないと否応なしに決意する。
「……ふふふふ」
「あ、あの、ジェイ……さん?」
「魔法耐性は完璧じゃのう。わしもノアほどの耐性があれば、呪いにかかることもなかったのじゃが」
「なんと、兄上は呪いにかかっておられたのですか! なんという……どこの無礼者が兄上に呪いなんぞを掛けたのだ、俺が懲らしめてやる!」
叫ぶサイラスの言葉をさらっと無視しながら、ジェイドリウスは笑顔でノアに言う。
「弟サイラスがくれた甲冑に、呪いが込めてあったのじゃよ。そうとも気づかずに今度の仮装パーティ用に使おうと試着したのじゃ、迂闊じゃったわ」
「あああ兄上!?」
「そしたら、あっという間に意識を乗っ取られてのう。挙句、体まで乗っ取られてしもうて、森の中を何日もさ迷っておったのじゃ……結果としてノアに出会えたのじゃから、まぁ、よしとするが」
つらつらと話すジェイドリウス。
顔を真っ青にして、「死んで詫びます!」と叫ぶサイラス。
「兄上、決して俺が込めた呪いではございません。決して、決して!」
「わかっておるわ。熱っ苦しい、離れよ」
ジェイドリウスは、ちらりとレイブランドとアガーノを見て、それから改めてノアを見た。
「此度はノアに助けられた」
「いえ、呪いを解いたのは他の――」
「最初にわしを見つけ、助けてくれたのはノアじゃろう? 今後、もし困ったことがあれば、いつでも呼ぶがよい。力を貸そう」
そう言って、ジェイドリウスは踵を返した。
翻るマントが、なんとも格好良い。……あれ、いつの間にマントを羽織ったの?
「ああ、そうじゃ」
ふと、ジェイドリウスが肩越しに振り返った。
「ノア。『悪の魔術師』に気をつけよ」
言い終えるや否や、サイラスがノアの知らない魔方陣を展開させる。
ジェイドリウスがそのなかに入るなり、パッと魔族二人は姿を消した。
久しぶりの更新です。
しばらくパソコンが使えなくなってたんですが(肩と腰が痛くて、頭痛やら吐き気やらまで…)、治りつつあるので、ぼちぼち再開していきます。
頻度は落ちますが、完結まで頑張りたいです。
さらっと読める話をめざします~。
よろしくお願いいたします。




