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「初めまして」
緊張した声音でそう言う彼女は不安げな表情で視線を彷徨わせた。
少しウェーブがかった金色の髪に澄んだ青色の瞳。
瞬く度に揺れる長いまつげ。
その全てに見覚えがありすぎて、ひどく落ち着かない気持ちになる。
しかし彼女からはすでに初対面の挨拶が放たれている。
そう、いくら見覚えがあったって、私達はあくまで初対面なのだ。
「あの・・・?」
「あ、あぁ・・・ごめん。私は紫呉。アンタは?」
「私は如月真桜です。」
如月真桜。そんな聞き慣れない名前を馴染ませるように、口の中で呟いた。
柔らかく微笑みを浮かべる彼女の頬は寒さのせいか、それとも初対面の挨拶からくる緊張のせいか、紅く染まっていた。
「ここじゃ冷えるでしょ。人が来るなんて思ってなかったから部屋とか片付いてないけど、よかったら上がって」
そう言って誘うように、部屋の方向へ足を向けて少し振り向きながら手招きすれば、不思議そうな顔をした青色の瞳と目が合った。
「・・・どうかした?」
「あ、いえ!お邪魔します」
その声に後押しされるように彼女は慌てて自分の靴に手を掛けた。
それを横目で見ながら一足先にリビングへと向かう。
片付いていない、とは言ってもそもそもこの部屋には必要最低限のものしか置かれていない。すなわち、散らかるほどの物も無ければ、わざわざ片付ける必要がある物も無いのだ。
あるとすれば足元に無造作に置かれた読み掛けの文庫本一冊と渦を巻いて絡まっている携帯の充電コードくらいだった。
すると小さな物音がして彼女がリビングに顔を出した。
「お、お邪魔します」
「何回それ言うのさ」
思わず小さく笑いながら指摘すれば、彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせてしまった。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?それともココアとか甘い方が好み?」
「いえ!あの、お構いなく」
「いいから。どれ?」
「・・・じゃあ、コーヒーでお願いします」
小声で発された言葉は少し意外なものだった。
てっきり紅茶もしくは甘いものを好むと思っていたからだ。
彼女は私にそう思わせるような外見をしていた。
「紫呉さん?」
黙り込んだ私を不思議に思ったのであろう。
恐る恐るといった面持ちで彼女が顔を覗き込んできた。
「あ、あぁごめん。コーヒーね。淹れてくるからちょっと待ってて」
「ありがとうございます」
「真桜さんって多分年下だよね?もしかして蒼生の彼女さんとかだったりする?」
「・・・あの!」
台所に消えようとした私の背中に向かって、彼女にしては珍しく少し大きめの声で呼びかけられた。
その声にいささか驚き、足を止めて彼女を見やった。
「影宮さんからお話、聞かれていませんか・・・?」
影宮というのは蒼生の名字である。
影宮蒼生。それが彼のフルネームだ。
それは兎も角、お話とは一体なんの事か。
暫く考えた後に、質問を質問で返す形で尋ねた。
「ごめん、言ってる意味がよくわからないんだけど・・・何の話?」
そう口にしながら無性に嫌な予感がしていた。
彼女の足元には少し大きめのボストンバックとキャリーケース。それに加えてここに現れてからの彼女の落ち着きのない、戸惑ったような態度。
全てをふまえた上で想定される答えは限られており、ポケットに仕舞いこんであった携帯をすばやく耳元に当てた。
「蒼生、今すぐ来い。異論は認めない」
「やっぱそうなるよねー!でも雪降ってるし寒いし家から出たく無いかなー」
へらりと笑うヤツの顔が簡単に目に浮かんだ。
「ふざけるのも大概にしろ。いいから来い」
「あれ?紫呉ちゃんってばもしかして怒ってるのー?」
「蒼生」
「はい、すぐ行きます。だから怒らないで!」
ブチッと荒々しく電話を切りながら思わず舌打ちをすれば、少女は大げさなくらい肩をビクつかせて自分の上着を胸元に手繰り寄せた。
「真桜さん」
「はいっ!?」
「コーヒーに砂糖とミルクは?」
「ぶ、ブラックでお願いします」
震えた声で返ってきたその答えに頭の隅で違和感を感じながら、あぁやっぱりと思っている自分がいて、嘲笑いたくなるような気持ちになった。
「話はコーヒーを淹れてからにしよう。その頃にはアイツもここに着くだろうからね」
すうして私は、うっすらと微笑みながら彼女に背を向けた。