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「眼球ブッ潰れて‼ 二度と俺を見んじゃねぇ‼ ファッ糞共がァァッッ‼‼‼」
「塔野ォ‼ 噴水をブッ壊せェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッ‼‼‼」
二人が同時に絶叫した。
荒砂はガラス片がこぼれないように慎重にシャベルを振りかぶり、逐人はトンネルに入らずに噴水池を囲む背丈ほどの鉄柵に手をかけた。そのままジャンプして鉄柵を乗り越えようとするが、飛ぼうとした瞬間に、シャベルの直撃を受けた胴が、無理に動かすなと警告をするかのようにズキリと痛み、登りそこねる。
逐人に躊躇はなかった。
「うおおおおおおおおおオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ‼‼」
力の限り叫ぶことで脳を興奮状態にして腹部の痛みをごまかす。そして左手で柵を握り直し、シャベルで叩かれ怪我をした右手の小指を立てた状態で鉄柵に叩き付けた。
グベキィ! と小指がひん曲がり、骨に溶岩でも流しこまれたような熱い痛みが逐人の脳を揺さぶる。
唐突な自傷行為。
その狙いは意識の焦点を変えること。
新たな箇所に加えられた激しい痛みで胴体に響く鈍痛を覆い隠し、足腰に怪我の負荷を無視した挙動を強制する。
同時に痛みで強く握りしめた左手が柵を強くグリップした。
右小指以外で再度、鉄柵を掴んで思い切りジャンプ。転がり落ちるように池の中に入る。噴水池の水深は足首程度までしかなく、水底にしたたかに体を打ち付けた。
荒砂は力の限りシャベルを振ってガラス片を風に乗せ、飛ばす。
「終いだァ‼」
同時に、視界が閉ざされたところにとどめをさすべく、逐人たちの方に駆けだした。
物理法則を超えた確率収束の力により軌道を制御され、一すくい分のガラス片は綺麗に三等分されて荒砂が標的と定めた三人に向かっていく。
手前の直刃。池の中の逐人。トンネル内の蕨。
まず最初に、眼球を切り裂かれるのは直刃のはずだった。
だが、三方に分かれたガラス片の群れは再び一つにまとまり逐人の方に向かっていった。
荒砂がガラス片をまき散らす瞬間、彼はすでに考えていたのだ。
──ガラス片は全て僕の方に『向かう』か『向かわない』かっ! そんで────ッッ
『自動発動型』の確率収束は、通常の確率収束よりも未来の確定力が強く、上書きができる。
蕨から聞いていたことだ。
これで、直刃がガラス片をくらうことはなくなった。
されど、それは逐人がその分の厄を負うことを意味している。
一人ですべてのガラス片を受けきれば、失明の確率はさらに増す。
それなのに逐人はガラス片の乗った風に向き合い、目を開けたまま堂々と立っていた。
柵から離れた位置で、普段の彼には似つかわしくない確信を持った立ち姿。
風が届くのは瞬間のこと。荒砂は違和感を覚えることもできなかった。そして、逐人が小さく呟いていた言葉を聞くことも。
「────噴水は僕の顔面に『勢い良くかかる』か『たいしてかからないか』か」
逐人の目を極小のガラス片が襲う、その刹那──、
噴水の全てのノズルから、天に向かって水の奔流が伸びていった。
うなりをあげていくつもの水柱が上へ上へと昇っていく。
その内の一つ、太い水流が、逐人の足元から彼の顔面をアッパー気味に襲った。逐人は顎を打つ水流にのけぞりそうになるのを耐え、顔面を水の勢いの中に押しとどめている。
噴水の勢いは平時、穏やかに公園を彩っている時と違い、非常に激しくなっている。池の外周付近にあるノズルから出た水が頂点に達し、あたりをけぶらせながら周囲に降り注ぐと、鉄柵を超えて直刃や荒砂にも飛沫がかかった。
水柱の出現に荒砂は足を止めてしまう。
そして見た。
立ち上る噴水の隙間から、両目をあけて自分の方を見る逐人を。
彼はガラス片を受けることなく無傷で荒砂を見すえていた。
「水流の盾……」
直刃が呟いた。
そう、逐人は噴水の水でガラス片を防いだのだ。
荒砂の確率収束による、ガラス片が目に入る未来の確定を覆すには、ガラス片を運ぶ砂以上の強い力とわずかな隙間もない守りが必要だった。
吹き上げる噴水の水は風より勢いがあり、隙間もない。
ガラス片は自動で逐人の瞳に向かうので、顔面ごと目を水流の中に入れてしまえばあとは勝手に水に弾き飛ばされに来てくれる。
「なんだ、と……ッ」
荒砂が呻く。
完全に決まったと思っていたのだろう。その気になれば、そばの直刃をシャベルで殴打することもできただろうが、棒立ちになってしまう。
なぜ突然、噴水が動いたのか。
その答えはトンネルの中の少女にあった。
電光のヒーロー少女、塔野蕨が逐人の要求に完全に答えてみせたのだ。
彼女の力、『帯電体質』の確率収束による、電子機器の過剰出力破壊。
それが、噴水の制御機構を暴走させて水を噴き上げさせていた。
ウォータートンネルの壁は薄く、あまり固くない素材でできていたようで、下の方の一部が警棒で砕かれていた。そこから水面に手を伸ばし、蕨は『帯電体質』の確率収束を使っていた。水に触れた状態で使ったためか自分にも電気が流れたようで、右手を押さえてうずくまっている。
もちろん、この結果は彼女の力だけで起こしたものではない。
逐人が自分に『勢い良くかかる』という未来を、確率収束で確定したことにより、噴水は望んだ形で、かつ、強く暴走することになった。
確率収束━━未来を確定する力の掛け算。
直前まで諦めを持っていた逐人が見せた発想力のきらめき。
そのきっかけは明確にして瞭然、直刃の危機であった。
ひときわ大きく水が噴き出されてから、ガコン、と音でもしそうな落差で水流の勢いが落ち、そのまま噴射が止まる。『帯電体質』の確率収束の本質は電子機器を壊すことだ。過剰出力は副次的なものにすぎない。噴水の制御機構は破壊され、人の手が加えられない限りもう水を噴くことはないだろう。
街灯の光が霧状になった水に当たり、きらきらと光った。
水分を含んだ空気を背に、びしょ濡れの逐人は鉄柵の上に立っていた。
荒砂の体に緊張が走る。
水を浴びたせいでポケットに入れていた土は湿り、固まってしまった。使えないわけではないが、細かい土埃の状態と比べると風に乗せて相手の目の中に入れるのは難しい。逐人たちに近寄ってしまったのでガラス片も後方だ。
「なんだっつーんだよ……っ、ファッ糞がァ……っ!」
「身を守るための噴水だったが、思った以上に効いたみたいだな」
追いつめられていることが見透かされている。その事実が荒砂の鼓動を上げる。
だがそれ以上に、逐人に見下されているという状況が、彼に怒りを湧き上がらせた。
「舐めた目で見てんじゃねェぞ‼ 厄病神ィィィッッ‼‼‼」
シャベルを握り直し、荒砂は手近な直刃を無視して逐人に突撃した。
「塔野!」
逐人が名を呼ぶと、トンネルから出てきた蕨が逐人に『ダイレクト』を投げ渡した。
柵から飛んだ逐人と荒砂が激突する。
荒砂の振るったシャベルを逐人はかわし、逆に『ダイレクト』を肩口に叩きつける。
そのまま、逐人は改造警棒のスイッチを押した。
使用者である逐人も、ゴムスーツをライダースーツの下に着こんでいた荒砂も、水に濡れた状態では安全なはずもなく。
はじけるように電気が走り、衝撃に二人の意識は暗中に飛ばされた。




