9 ほだされちゃうんだよなあ
ぬん、と立つ魔王。
角と羽は出しているし、黒い魔王っぽいマントを羽織ってる。
「どこへ行く?」
静かにマキナが尋ねてくる。これは、怒っている。
私はマキナを見上げて答える。
「探検」
「探検?」
「お城の中を見て回ろうかと思って」
「俺が案内する」
すぐに答えて、マキナは私を抱え上げた。やっぱり移動は抱っこが基本みたいだ。筋力落ちそう。頑強があるから落ちないと思うけど。
「お仕事だったんじゃないの?」
そもそも私がお昼寝するに当たり、名残惜しそうに用事だ、と部屋を出たのはマキナなので。
イケメン納豆魔王のマキナはいわば国家元首なので、それなりに仕事があるはずだ。多分。統治とか。……統治、してるのかな。支配はしてそうだけど。
「まあ、仕事は仕事だが。自動書記のペンを置いてきた。必要最低限はそれで済む」
魔術リモートワークか。
「歩きながら考えられるの?」
私の問いかけに、マキナは目を丸くする。
「わかるのか?」
「多分、ペンを動かす魔法と、それとは別に判断する何かをつけるんでしょう?」
「よく分かったな。高速思考で並列処理している。心配はいらない」
それ肉体負荷めっちゃかかるやつー!
中学の頃に召喚された先で組んだパーティーの一人がそのスキル持ってたけど、脳が常にフル稼働だからいっつも目が充血してたし眼精疲労つらそうだったよ。癒やしの加護で常時回復かかってるから私とは別の意味でデスマーチしてたよ。元気にしてるかなあ。最終戦で高速思考しすぎて血の涙流してたなあ。治したけど。
「疲れない?」
「お前がいれば疲れなどない」
「……そう、かな?」
「ああ」
抱き上げた私のつむじにすりっと頬擦りするマキナ。これはもうペット的可愛がりではないだろうか。溺愛って言っても猫とか小動物のあれ。
「じゃあ、マキナが一番景色がいいって思うお部屋に連れて行って」
「景色?」
「うん」
「何故?」
「マキナが生きてる世界を見たい」
答えると、ふにゃ、と笑った。イケメンの破顔は心臓に悪い。
本当は、景色がいい部屋ならそこから飛び降りることも出来るかなっていう打算なんだけど。
この顔見てると無理だなぁ。なんかもう私がほだされてるもん。
番とか、そういうのはともかく。
まだ彼から全部話されたわけじゃないし、私も全部は話してないけど、それでも、縋るように愛されたら、ほだされちゃうんだよなあ。根が勇者だからなー! わたしなー!
まだ会ってから一日だけどね。
それでも、なんとなく、わかるものっていうか、感じるものはあるよね。
私を抱えて歩きながら、マキナは何も言わない。
石造りの螺旋階段を登って、城の尖塔の一つを上がっているようだ。
きゅ、とマキナの服を掴むと、また僅かに微笑まれた。
尖塔のおそらくてっぺんにある、部屋とも言えない部屋。
見張り台か、矢を射るための場所だろう。本来は。
マキナの城になってから、この部屋は見晴らしがいいだけのただの部屋だ。
「ここは?」
「もとは見張りなどが居たところだ。今は、鳥系や空を飛べる獣人や魔獣たちの出入り口にもなっている」
マキナが答えながら、窓ガラスの無いのぞき窓というかのぞき穴に歩み寄ってくれる。
小さな石造りののぞき穴から外を眺める。身を乗り出そうとすると、がっちりとマキナが抱きしめていて、小さな空しか見えない。
「マキナ、空しか見えない」
「……そうか」
少し不満げに答えてから、マキナはしゅるしゅると髪を伸ばしてロープみたいに私を縛った。ラプンツェルか!
それからもう一回り大きい小窓に私を腰掛けさせる。ちょうど、足を外に投げ出して座っている感じ。
夕方に差し掛かった空と、風が心地良く頬を撫でて、髪が揺れる。
足元を雲が流れていくのは、空に浮かぶ城ならではだろう。
そういえば酸素薄い、とか、気圧低いとか感じないな。ファンタジーなのか、頑強のおかげなのかは、まあいいか。
気持ちいい。
なんだかとても、ゆったりした気持ち。
リラックスっていうか。
脱力っていうか。
このまま目を閉じちゃいたい。
煉瓦造りの小窓の枠に肩を預けて、目を閉じる。
鳥の声もない。庭の方から、木々の葉音がする。
お昼寝したばかりなのに、穏やかな気持ちになって、また眠くなってきたよ。
「わふ」
とあくびを噛み殺す。
目を開けて、空を見る。そういえば太陽どっちだろう。腹時計的に夕方なんだけど。
「眠いか?」
「ちょっと」
「部屋に戻ろう。そろそろ、冷え始める」
「ん」
頷くとすぐに後ろから脇に手を入れられて、引き寄せられて抱き上げられる。
腰に巻かれていたマキナの髪はいつの間にかなくなっている。
マキナの腕に抱えられて、胸に頭を預けると、ぽかぽかして、本当に眠くなってくる。
「馴染んできたんだろう。無理に起きようとせず、眠るといい」
「……なじ、む?」
聞き返すけど、頭に靄がかかってるみたい。
眠りに落ちる寸前みたいに、夢うつつに感じてしまう。
なにか、大事なことの、はずなのに。
「明日になればわかる」
穏やかな声のマキナの顔が、眠気と逆光でよく見えない。
「マキ、ナ」
つぶやいて、私は意識を手放した。
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